8月某日 とある彼のある日の思い出 下
こんばんは。今日は昨日の続きです。
さくっと出来たのであげてしまいます。昨日の分を読んでない方は、そちらからどうぞ。よろしくお願いします。
自分が一目惚れをしたという事実は、酷く俺を打ちのめしていた。
外見に惚れたという奴らを最早嘲笑うことはできない。俺も同じ穴の狢だ。
一度機会を逃してしまうとなかなか話しかけることができない。また、外見から入ったという後ろめたさもあり、ただ遠くから様子をうかがうだけの日々が続いた。
眺めるだけでも、想いは募る。その中で彼女の名前をようやく知った。
やはりかなりもてるようで、あちらこちらからモーションを受けているようだ。
嫉妬の炎が燃え上がり、彼女の知らない所でその芽を潰した。
「なあ、彼女、俺と付き合っているんだよな。殺されたくなかったら、二度と俺の女に手をだすなよ?」
手段は色々使ったが、顔が良いというのはこういう時、得だと思った。
この顔ですごむと恐怖になるらしく、大概の男は睨みつければ二度と彼女に近づかない。喧嘩も強い方なので鬱陶しい害虫退治は粛々と進み、彼女に近づく男は激減していった。
そんなある日。俺は図書館裏に潜んでいた。理由は簡単。俺が声を大にして「彼女以外興味はない」と言っても諦めないバカ女たちから逃げていたのだ。
元々女などどうでもよかったが、彼女を好きになってから余計に他の女が鬱陶しくなった。
彼女以外の女なんてどうでもいい。はっきりとそういっているのにも関わらず、相も変わらず寄ってくる馬鹿ども。一夜だけでもいいなんていう勘違い女もいる。何故俺の貴重な時間を割いてまで、お前らを構わなければいけないのか。虫唾が走る。
言葉で説明してもわからない奴らなので、俺は仕方なく逃げの一手にでていた。このままここに隠れていればそのうち諦めてどこかへいくだろう。そう思って壁に張り付いていたのだが、そこに声が響いた。
「何してるの?」
追ってきた女たちの一人かと思って身構えた。面倒くさいと思いつつも振り返れば、そこには愛しの彼女が、目を丸くしてこちらを見ていた。
――――都合3度目の邂逅。
「女の子たちから逃げてる……」
情けないところを見られたと思いつつも正直に話せば、じろじろとこちらを見た後納得したように頷かれた。一つ気になったのだが、彼女の表情や声から、どうも俺を初対面の相手だと認識しているらしい。それに気が付き、ものすごくショックを受けた。
……後に話を聞けば、やはり彼女は俺との出会いはここだと思っていたらしい。訂正する気も起きず、そのまま頷いておいたが、このときの俺の衝撃は余りあるものがあった。
話までしておいて忘れられるとか初体験すぎて泣ける。しかもそれが懸想している相手だなんて、今までのツケでも払わせられているのだろうか。
「そっか、頑張って」
一人、悲嘆にくれていると彼女の声が聞こえた。どうやら無関係を貫くことに決めたらしい。
本気で自分に興味がないことを突きつけられ、正直泣きたくなった。彼女の俺を見る目は、二度目の邂逅の時と全く同じものだった。
そしてそのまま、関係ないとばかりに彼女はその場を立ち去った。
呆然と一人、彼女の背中を見送る。
……わかっていたが、全く相手にされていない。俺を見もしなかった。
「く……くくく」
自然と笑いがこみあげてくる。おかしくて仕方なかった。そうか、彼女は俺を認識すらしていなかったわけか。
それはそうか。
本当の意味で話したのはたったの二度。それも短い言葉の遣り取りのみ。それで認識してもらおうという俺の考えが甘かったわけだ。
彼女に俺の容姿や頭脳、実家の権力そういった諸々が通用しないことはとっくにわかっていたはず。彼女はそういったものに一切興味がない。ここ数か月彼女を見てきたから知っている。
そうだ。まずは自分という存在を認識してもらわなければ何も始めることはできない。
「お前にも、俺を刻んでもらわないとな」
俺が彼女に知らず刻みつけられたように。
俺だけが囚われているなんてそんなこと許せるはずがない。初めて欲したどうしても欲しいもの。
必ず手に入れる。様子見なんて俺らしくなかった。手加減している余裕なんてないはずだ。
初めての恋に俺も随分ととまどっていたみたいだとようやく気づき苦笑する。
全く自分らしくなかった。確かに恋愛は初めてだが、俺らしくやればいい。それだけだ。
調子を取り戻した俺は次の日、必修教科の教室前で彼女を待ち伏せた。じろじろと物珍しげに皆、俺を見ていくが無視した。
そうやっていると、彼女がやってくるのが見えた。教室の壁にもたれていた背を起こして声を掛ける。
「同じ1回生だったのか」
彼女が俺を覚えていないというのなら最初からやり直そう。そう思い、にっこりと笑った。ぽかんとした表情を浮かべた彼女はしばらくしてから「ああ」と合点がいったという顔をする。
「えーと確か昨日の……」
「朝比奈、朝比奈蓮」
絶対に知らないだろうから、名前をしっかりと名乗る。
「あ、うん。私は――――」
「知ってる。俺の事は蓮って呼んで」
「え?」
反論する隙は与えない。話をこちら主導で進めていく。コツは、相手に考える時間を与えないことだ。
「でさ、突然なんだけど俺と友達になってくれない?」
「は?」
何が起こっているのかわからず唖然とする彼女を、得意の理論攻めで固めていく。数分の後には、まずは無事『友人』の座を手に入れることに成功した。
その後も手は一切抜かない。上手く言いくるめて、彼女を自分の所属するサークルに参加させた。以前よりももっとあからさまに、周りに付き合っていると吹聴して回った。そうすると、さすがに彼女の耳にも入る。噂自体は彼女が必死に否定していたみたいだが、彼女が噂を否定するよりも早く、俺と付き合っているという噂は広まる。勿論、誰が元凶なのかも。
そうして罠をしかけて、俺は待った。
時間はさほどかからなかった。今、彼女はこちらに向かってきている。
ばたばたと走る音がする。その足音は怒り狂っている彼女の心境を表していた。目はきらきらと輝き怒りを伝えていたが、俺には綺麗だとしか思えない。
「チェックメイト」こっそりと呟いた。
「蓮! 私たちが付き合っているなんて、どうしてそんな嘘をついたの!」
ほら、やっぱりそうきた。
俺は見えないようにほくそ笑む。彼女は、非常に警戒心が強く異性からの好意に敏感で、なかなか告白すらさせてもらえない。こうなったら自分から話をふってもらおう。そう思ったのだ。
「何かまずかったか?」
素知らぬ顔で答える。案の定彼女は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「当たり前でしょう。つきあってなんかいないんだから!」
「……本当になればいいんだな。なら、俺たち付き合おう」
「は?」
展開についていけない彼女が固まる。
「俺はお前が好きだ。お前だって気が付いていただろう?」
「そ、それは……」
彼女が相手の場合は、一気にたたみかけるのが一番有効だ。だから一切容赦はしない。
「お前の外には何もいらない。好きだ。愛している。だからおれと付き合ってくれ」
「えと、そのあの」
「俺が嫌いか?」
「そんなことないよ!」
「なら、いいよな?」
「……う……うん?」
どうしてこうなったと疑問形ではあったが、押しに弱い彼女は、ついには勢いに負け頷いた。そんな彼女を俺はそっと抱きしめる。抵抗はされなかった。
「嬉しい。大事にするから」
彼女が、流されただけなのは分かっていた。だが、それでもよかった。手に入れてしまえば、もう彼女は逃げられない。だって俺が逃がすつもりがないから。
そんな始まりだったが、彼女はちゃんと俺を愛してくれていたらしい。それにようやく気が付いたのが、付き合って半年ほどが過ぎ、彼女が俺の出した同棲の提案を頷いてくれたときだ。
「それで蓮が安心するっていうならいいよ」
絶対に断ってくるだろうからと、またしても罠を張っていた俺は肩透かしを見事に食らった。まさか素直に頷いてくるとは思いもしなかったのだ。
「……いいのか?」
「なに、その顔。そんなに意外だった? なら言わなきゃいいのに」
「お前がどう言おうと、YES以外の返事は聞かないつもりだったし」
「蓮……何が不安? 私、始まりはあんなだったし、蓮が裏で何しているのか何となく知ってるけど、それでもちゃんと蓮の事が好きだよ?」
彼女のセリフにどくんと心臓が鳴る。
久しぶりの感覚に胸を押さえながら彼女をみた。彼女は笑っていた。それに背中を押され、俺は恐る恐る内ポケットにいつも入れていた婚姻届を差し出す。
「……なら、俺を安心させてくれるっていうなら、俺と結婚してくれ。俺と一緒に住んで、俺の知らない時に外へ出ないでくれ」
「いいよ」
あまりにあっさりと頷く彼女。
「そのかわり大学は卒業させてね」
そう条件を突きつけてくる彼女があまりにも平時と変わらないので、俺の方が混乱する。
「本当に?」
「嘘ついてどうするの。いいって言ってるのに。あー、そうだ。乙女ゲームはやらせてよ。私の数少ない楽しみの一つなんだから」
彼女はいわゆるヲタクで、腐女子だった。入学式の日も無関心に歩いていると思ったら、あれはどうやら昨晩プレイした乙女ゲーの内容を脳内再生していたから気が付かなかったという、重度のゲーマーだったのだ。
「……2次元は仕方ない。俺以外の男を見ないなら許す」
「うん。それでいいよ。……ねえ、蓮。これで私の事少しは信用できた?」
「……ああ、愛している」
泣きそうな気持で彼女を見つめる。彼女はにっこり微笑んで俺を抱きしめた。
「知ってる。蓮の愛は重いからねえ。でも大丈夫。ちゃんと受け止めてあげる。……これでも私、蓮の事、愛しているから」
ぎゅっと彼女を抱きしめ返した。彼女は幸せそうに笑っている。自分の執着が常軌を逸していることくらい気が付いている。彼女はそれを分かって受け入れてくれた上で、そう言ってくれているのだ。そのことが途方もなく得難いものだと心から思った。
自分の心が温かいもので満たされる。生まれて初めての感覚に涙がにじむ。
愛する人に愛されているのだという実感が、ぞくぞくと体を伝う。
……ああ。
……やはり、俺はこの先ずっと彼女を手放せない。この感覚を失う事など、もうできない。
死ぬまで、一緒だと心底思った。
逃せない。逃せられない。かわいそうに、性質の悪い男につかまって。でも。
俺にできる精いっぱいで愛するから、お前も俺だけを見てくれ。望むのはただそれだけだ。
彼女をもう一度抱きしめて、誓いのキスをする。二人目を合わせて、幸せだと俺は心から微笑んだ。
◇◇◇
「……ふう」
あいつとの出会いを思い出してしまったせいか、体が熱い。何十年とたった今でも、あいつの事を考えるだけでこれなのだから、症状は末期だ。
ちらりと時計を確認する。……時間はまだある。頭を軽く振って、バスルームへ向かった。冷水でもかぶって、少しでも頭を冷やさなければ。
そしてまたいつもどおりの日々を過ごすのだ。
俺という存在を押し殺して過ごす3月までのカウントダウン。用意された美しい檻と鎖。
……でもおそらく無駄になるだろう。あいつはきっと俺を呼ぶから。
そしてそれで構わない。
壊したいわけではない。俺はあいつを愛したいのだから。
「俺がお前を間違わないように、お前だって俺のことをわからないはず、ないよな?」
自分に言い聞かせるように、何度も問いかける。
いつだって、最後には俺の欲しいものをくれたあいつ。
きっと今回だって、期待に応えてくれるはずだ。
――――俺はそう、信じている。
次の更新予定は、水曜日、かな。
ありがとうございました。




