再会
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今日は仕事が休みなので、早めの投稿です。
車を降りた直後はいくつもの視線を感じてなんとも居心地悪かったが、校門をくぐり入学生の中にうまく紛れてからはその視線も消え失せた。
そのことにほっとする。
きらきらイケメンシスコンの兄がいるから無理かもしれないが、私の希望としては目立たず、そっと高等部を卒業していくことである。
学園には勿論大学も併設されているがそちらへ進む気は毛頭ない。外部受験で、国立大学を受験するつもりだ。そしてゆくゆくは、公務員に!
お金持ちの家に生まれたとはいえ、私の感覚は根本のところは前世のまま。
35年も庶民をやっていれば、金銭感覚だって身についてしまう。安心安全安定の公務員にあこがれて何が悪い。
留学までしたピアノだが、これだってどうなるかわからない。学園の高等部には音楽科もあったが、びびりの私は進学率の高い特進科を選択した。安定志向ですみません。
そんな私だから、恋愛は今のところする気はない。
前世で経験がある分憧れもないし、高校生での男女交際になど興味はないのだ。学生の本分は勉強。ここで偏差値を落として希望の大学へ入れないことの方が私は怖い。
そうはいっても勿論未婚で一生を終えようなどとは思っていない。無事目的を果たし、就職した暁には家をでるつもりなので、その後は是非とも将来安定そうなフツメンとお付き合い、結婚をと思っている。
イケメン? まったく興味ありませんとも。
程度を超えた美形は暴力だ。鑑賞するには素敵だと思うが、付き合うとなると面倒くさい。
僻みや妬みや嫉妬なんかで燃え上がった勘違い女たちに無駄に攻撃されるだけ。自分の精神すり減らしてまで美形と付き合うメリットって何? 私にはわからない。
ほどほどがいいよ。ほどほどが。
家族だとわかっていても気に入らないからと嫌がらせしてくるんだよ?
私を攻撃したら、余計その人に嫌われるとか普通考えないのかな。
いや、それよりも先に腹がたつんだろうか。身内でこうなのだから、他人ならどうなるか想像するだに恐ろしい。
勿論これは昔の兄の話だが、小学生にして私は悟ったのだ。
フツメン万歳。高望みはしない、と。
キラキラ美形は周りに被害がでないように、皆芸能人にでもなってしまえばいいのだ。
◇◇◇
周りをきょろきょろ見回しながら皆と同じ方向へ進んでいく。
送られてきた案内のパンフレットによると、入学式は1000人が収容可能のAホールで行われるらしい。
そこは多目的ホールで普段は音楽発表会が行われたり、選挙がおこなわれたりする。私はそこで、新入生代表挨拶を行う予定。入学試験トップだったのだ。
前世ではいつも2番か3番ばかりだったのでトップというのは本当に嬉しい。
努力って報われるんだな。頑張ってよかったと心底思う。
「えーと……あ、あそこか」
ホール前では受付が開始されていた。5列ほどに整列された列は乱れもなく、受付をすませた先では上級生と思われる人たちが新入生の胸のポケットに薔薇を挿している。8割方は内部進学生なのでとまどう人もほとんどいない。粛々と列がすすんでいく。遠目からみた胸の薔薇は、うちの派手な制服に妙に似合っていた。
自分の格好をつられたように見下ろす。
この学園の高等部の制服はブレザーだ。
有名なファッションデザイナーがデザインしたというそれは、一般高校からみてもおしゃれで憧れの的。学園に復学することにさほど意味を見いだせなった私が、この制服が着られるのならまあいいか。とあっさりうなずけるほど可愛い。
男性の方はすっきりとしたシルエットのベージュのブレザー。それに細身のタイ。規定というわけではないのでつけている人もいればそうでない人もいる。
反して女性の制服は、レースやフリルがふんだんに使われている。
全体的にふんわりとしたデザインの制服は男子と同じベージュで、はたして非常に扱いづらい代物となっていた。レースが何重にもなっていて服とは思えない重さになっているのだ。これは何の筋トレだと思わないでもないが、可愛いは正義だ。私からいうことは何もない。
私も、受付の列に並ぼう。
そう思った時、ざわりと空気が騒がしくなった。何事かとそちらに顔を向けると、のんびりとこちらへ向かって歩いてくる二人の男性の姿がみえた。
見事に二人とも知り合い。というか身内。
まず一人は兄。
生徒会で副会長をしているらしい。嵯峨山さんの話では、昨日泊り込みで仕事をしていたといっていた。徹夜明けにも関わらず、それをまったく感じさせない美貌にはもはや呆れるしかない。
背中まである長い薄茶の髪の毛は柔らかいストレート。サファイアのような青い目をした女顔だが、なよなよしい感じは全くない。
髪の色とか目の色とかどうでもいいよね。美形は何したってどうだったって美形なんだよ! といいたくなるような容貌だ。
兄が悪いわけではないが私のイケメン嫌いの原因。
もう一人は、一応婚約者という立場にある生徒会長さまだ。金髪碧眼の絵に描いたような王子様然とした彼は、私と目が合うと楽しそうにそのエメラルドグリーンの瞳を細めた。
彼が生徒会長だと聞いた時にはずいぶん笑わせてもらったものだ。
ちなみに二人とも純正の日本人だというのだから不思議な話である。
「伊織!」
喜びを全身で表現した兄はもう一人をおいて、さっさと私に駆け寄ってきた。他の生徒達は慌てたように兄に道を譲る。その後をまるで国王陛下か何かのように生徒会長様が続く。
その様子をみて、これがこの学園での通常モードであることがわかってしまい、無意識に頬が引きつった。
なんだこれ、リアルモーゼか。
一応私なりに、兄の影響で受けると思われるダメージだのなんなのをしっかりと考えてシミュレートしてきたのだが、いきなりくじけそうだ。
なんだこれ。人が自動で避けていくとか、どんなオーラかもしだしたらそんなことが可能になるのだ。
そして今から彼らに構われるとか、どんな拷問なのだろう。つらい。
「兄さん、久しぶり」
それでも会えてうれしいのは本当。だから自然な笑みを浮かべる。
シスコンぷりは半端ではないが、私にとっても大事な兄だ。
多少アレな発言はするが、前世から含めたら自分の子供のような年齢。寛大な心で受け止めようと思っている。
そんな兄は、まるでまぶしいものを見るような目で私を見つめた。
そっと私を抱きしめてくる。このあたり全部、昔からのいつもの一連の流れなので今更つっこみを入れる気にもなれない。周りの黄色い「きゃあ」という声の方が気になる。
兄がそっと囁いた。
「私の可愛いお姫様。無事についてよかった。会えるのを楽しみにしていたよ。今日は代表挨拶だろう? 私は君が本当に誇らしいよ」
糖度MAXの甘い声で囁く兄には苦笑するしかない。
周りが「きゃー! 鏑木様ー!」と悲鳴を上げているが、それもいつものこと。兄に抱きしめられた私をみて、遅れてやってきた生徒会長さま……誠司くんはたしなめる口調で兄と周りにむかって言った。
「里織。妹さんが困っていますよ。離してあげてください。さあ、皆さんも。準備の邪魔をしてしまってすみません。僕たちに構わず、どうか作業を続けてください」
その言葉で皆は慌てて動き出した。
相変わらずこちらをちらちらとみてはくるが、受付も正常に機能し始めたようだ。あちこちで「ほう。なんて素敵なの、神鳥様」や「いつみても麗しいわ、鏑木様」といったおそらくストーカー予備軍であろうお嬢様方の感嘆のため息が聞こえるが、今気にするところはそこではない。後で攻撃くらうかなーとは思うがそれもいつものことなので気にするところではない。
そう、気にするところではないのだ。
……大事なことなので3回いいました。2回ではとても足りません。
二人にうながされ、他の生徒たちの邪魔にならないよう人目につかない場所に移動したところで、私はずっとうつむいていた顔をあげた。
誠司くんは背が高い。見上げたその目にうつっている私は、きっと間抜けな顔をしているはずだ。自覚はある。だって衝撃のあまり今の今まで反応できなかったのだから。
「……誰?」
たっぷり間をおいて端的に言い切ると、隣にいた兄がこらえきれずふきだした。
うん、珍しいものをみた。
読んでいただいてありがとうございました。