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ヴィンス固定イベント 祭 下

続きです!結局書き直していたらこんな時間になってしまいました。

宜しくお願いします。

 次の日、師匠たちは昨日と同じく和菓子めぐりを決行するということで、昼から別行動をとることになった。気持ちは重いが仕方ない。もらってしまった浴衣を着つけていく。

 嗜みとして、着付けは一通りできる。特に外国では着物や浴衣は好評なので、意外に着る機会が多いのだ。出来上がって化粧を施し、鏡に映る自分を確認する。美しい紫に蝶の文様が映える浴衣をみて、ヴィンスの趣味の良さだけは認めなくてはいけないと思った。

 用意が終わり、時計を確認する。

 そろそろ19時。

 ホテルのロビーに降りていくと、そこには思った通りヴィンスがいて、私を待っていた。


「伊織さん、こちらです」

「ごめん、遅かった?」


 慌てて駆け寄ると、見惚れるような笑みを浮かべる。相変わらずの格好よさにうつむいた。そうすると、くいとあごを持ち上げられる。


「隠さないで下さい。あなたに見惚れていたのですよ。思った通りよく似合っています。……このまま食べてしまいたいくらいです」


 甘い声でそっと話すヴィンスに、顔が茹ったように熱くなる。この凶器のような声、どうにかならないものか。


「それはどうも。……それよりお祭って歩いて行くの? 少し距離あるけど」

「いいえ、跳んでいきます」


 何とか話を逸らして告げれば、仕方ないといった風に解放してもらえた。

 ふうううう。セーフ!

 そうして落ち着いてヴィンスを見ると、やはりと言うべきか、彼も浴衣を着ていた。それも、私の浴衣の柄と対になるようなもの。うわ、こいつわざとか。せっかく好みの浴衣だと思ったけれど、絶対に二度と着ない。


「せっかくなので、お揃いにしてみました。どうですか? 僕のこの髪色じゃ、あまり似合わないかなとも思ったのですが」

「いや、似合ってるよ。なんか、無駄な色気まで駄々漏れで、あまり正視できなくて辛いけど」


 正直に告げれば、嬉しそうに笑う。柄に目を瞑れば、本当に似合っていると思う。周りもちらちらどころか、がっつりこちらを見ているのがなによりの証拠だ。

 ああ、セットだと思われたくない。


「無駄ってなんですか。あなたに効いていると嬉しいんですけどね?」


 自然に腰に手をまわされる。心の中で悲鳴を上げた。しかし今日は最初から飛ばしてくるな。今がこれならこれから先、私はどうすればいいのだろう。


「ヴィ……ヴィンス。腰……恥ずかしいからやめてほしいんだけど」

「今から移動しますから、このままで。……もしかしたら落っことしてしまうかもしれませんよ?」

「え、移動って? こんな人目のあるところで?」


 いくらなんでも目立ちすぎるだろうと思ったが、結界を張るから大丈夫だという答えが返ってきた。


「結界……」

「ええ、これで僕たちを認識することができなくなります。それから跳びますから、心配する必要はないですよ」


 そう言って、片手をあげて何かの動作を数度行った。途端、あれだけ集めていた人の視線が全くなくなる。


「こんな感じですね」


 あまりに鮮やかで、思わず拍手してしまった。どうも、とヴィンスが笑う。

 普段、ヴィンスが急に現れて驚くことがよくあったが、それってこういうことだったのかと納得する。結界を解いた瞬間認識できるようになるから、急に現れたように見えるのか。いや、それともただ目の前に跳んできているだけか? ……まあ、どっちでもいいか。

 瞬間移動に結界、きっと他にも色々できるのだろう。最早、ヴィンスがやることに疑問を抱いても無駄だ。できるというのだからそうなのだろう。

 そういう男だと思っておくのが一番私の心に負担が少ない。


「私はどうしたらいい?」


 瞬間移動なんて当たり前だが初めてだ。負担が少しでも減る方法があるのなら教えてもらいたい。

 真剣に尋ねるとヴィンスは、ではと言った。


「おとなしくしていてください。後、僕にできるだけ触れている事。途中であなたを落としてしまっては目も当てられません」

「落ちる……」

「冗談です。あなたを落としたりなんかしませんよ。そんな事になったら……ふふ」


 一瞬にして、周りの温度が冷え切った。目が笑っていない。怖い。


「ヴィ……ヴィンス! 良いから行こう。もう始まっているんじゃない?」

「……そうですね。では、しっかり僕につかまってください」

「う、うん」


 ヴィンスの腰にしがみつくようにする。ヴィンスはそれを楽しそうに眺めて左腕で私を抱えた。ぎゅっと目を瞑る。ふと、上下に揺れたような気がした。


「伊織さん、もういいですよ」


 声が聞こえて恐る恐る目をあける。途端、夜空に広がる大輪の花。


「うわあ」


 感嘆の声が響く。ヴィンスから腕を離してしまったが、彼の腕に抱えなおされてしまった。


「危ないですよ。落ちたらどうするんですか」

「え?」


 苦笑するヴィンスが周りを見ろと視線を向ける。花火しか目に入っていなかった私はそこで初めて、周囲を全然気にしていなかったことに気が付いた。


「ぎゃあああああああああ!」


 咄嗟にヴィンスの首にしがみついた。全く気が付いていなかったが、そこは空中のただ中だったのだ。何もない空中になぜかヴィンスがしっかりと立ち、そこに私が抱きついている状態。どうりで周りの人や声が気にならなかったわけだ。


「どうなってるの、これ? 怖い!」

「伊織さん、大丈夫、大丈夫ですから落ち着いて」


 パニックになって必死にしがみつく私を両手で抱えなおす。その様はお姫様抱っこそのものだったが、それを恥ずかしいと思う余裕はない。


「落ちる、落ちるからー!」

「落としませんよ。ほら、大丈夫ですから、深呼吸して」


 ぎゅうううとしがみつく私を撫でると、ヴィンスは夜空を指さした。


「ほら、また一つ」


 誘われるように、その先を追う。綺麗な大輪が瞬間夜空を彩った。


「……綺麗」

「ふふ、特等席でしょう?」


 それはそうだが、まさか空中で花火鑑賞とか思いもしなかった。本当に何でもアリな男だ。


「綺麗だけど、心の準備をさせてほしかった」


 まだ離れるのは怖い。ヴィンスにしがみついたまま文句を言うとヴィンスは笑った。


「驚く顔を見たかったんですよ」

「そういうレベルじゃないと思う。……今も結界張ってるの?」

「勿論」


 まあ、空中に人がいるとか騒がれたら大変だものね。

 話しているうちに、少しずつ慣れてきた。首に回した腕を緩め、ヴィンスの腕の中で上体を起こす。

 花火を見やすいようにそっと抱えなおしてくれた。


「ごめん。重いよね」

「いえ、全く。むしろ役得です。もっと抱き着いていてくれていいんですよ?」

「いや、あれは……」


 大失態だ。いくら恐怖とはいえ、思い切りしがみついてしまった。考えてみれば今だってお姫様抱っこ状態なのだが、そこは気にしないでおこう。だって落ちたら怖い。


「いいですよ。追及しないであげます。ほら、また」

「うん」


 視線を追うと、そこに花火が高く上がる。下の方から、人々の感嘆の声やざわめきが聞こえてくる。

 そのまま、二人で花火を眺めた。たまに言葉を交わす他は無言で、ただ花火を鑑賞するだけ。そんな贅沢な時を過ごした。体勢は変わらずお姫様抱っこのままだったが、最早気にならなくなった私は、花火が上がるたびに、遠慮なくその腕の中で右に左に、もそもそと動いていた。

 

「伊織さん」

「ん?」


 ふと、声がかかる。振り向くと、ヴィンスが柔らかい表情で私を見つめていた。花火が上がって、その光で顔に影がかかる。下から、たまやーという声が聞こえた。

 不思議に思って首をかしげる。ヴィンスは何も言わなかった。ただ、私の前髪をやさしく梳いて、無言で顔を近づけてきた。


 ……これ、は。


 瞬間、ぱっと何かが頭に浮かび、反射的に左手でヴィンスの顔を押しのけた。

 明らかに拒否の姿勢を見せた私に、ヴィンスは不満げな表情をする。


「伊織さん」

「だめ」


 もう一度、近づこうとするヴィンスに、今度ははっきりと「ノー」を突きつける。


「どうしてですか」


 むすっとするヴィンスに私の意思を伝える。


「好きでもないのに流れでキスしたりとか、しない。そんな事するような女に見えたのならすごく残念」

「でも僕は、あなたに口づけたい」

「そこに私の意思がなくても?」


 そう言うと、ヴィンスは少しひるんだ。


「……あなたは、少しでもそういう風には思ってくれませんでしたか? 僕にキスされてもいいと思いませんでしたか?」

「思わない」


 ここは引いてはだめだ。嫌だと首を振る。だって、ヴィンスとそんなことするの、想像もできない。


「ひどい人だ。あなたは。……こんなに近くにいて、僕に抱かれる事を許しておいて、それでもだめだというのですね」

「だ……抱くって」


 言い方が卑猥だ。

 おろおろとする私をヴィンスは切なそうに眺めて、そして強く抱きしめる。骨がきしむような強さに、むせそうになる。


「ちょ……痛い」


 背中をたたくも、ヴィンスは力を緩めてくれない。そうして、低い声で呟いた。


「……本当はね、あなたを奪ってしまう事なんて簡単なんですよ」

「え?」


 抱きしめられて身動きがとれない、その中で聞こえた言葉に聞き返す。


「あなたをさらって、どこかに閉じ込めてしまえばいい。僕以外は誰も訪れることのできない場所に。そうすれば、あなたを他の誰かに奪われることもないでしょう?」


 至極当然であるかのようにいうヴィンス。何も言えず、目を見開いたまま、彼の言葉をただ聞く。


「あなたを逃げられないようにして、それからゆっくりと口説き落とせばいいのです。勿論、返事はYESしか聞きません。時間はいくらでもありますから。……僕がどれだけあなたを愛しているのか、理解できるまでじっくり教えてあげますよ。心にも体にもたっぷりとね」


 つーっと指で私の唇をなぞる。その仕草がぞっとするほど妖しくて目が離せなかった。後ろで大きな花火がまた一つ、色鮮やかな花を咲かせる。


「誰にも僕たちの邪魔はさせません。人間なんかに僕が止められるわけがない。逆らうのなら、僕たち以外すべて壊してしまいましょう。簡単なことだ。……元々そうしようと思っていましたしね。それを止めたのがあなただっただけで」


 ……本当にやってしまいましょうか。

 耳元で囁かれる毒を含んだ声に、恐怖しか感じない。怖いのに何かに魅入られたかのように、ヴィンスから視線を外せなかった。

 ヴィンスは綺麗に笑って、それからすっと表情を消した。


「……僕は、自分で思っている以上に嫉妬深いみたいです。伊織さん、正直に答えてください。……あなたのここに触れたのは誰です?」


 そう言って、もう一度唇に指を触れさせる。ヴィンスのいう意味を理解してぞっとした。

 誠司くんの事、もしかして気付かれている?


「な……なんのこと」

「ばれないとでも思ったんですか? そんなところも普段なら可愛らしいですけどね。今は憎たらしいとしか思えません。……相手は神鳥くん、ですか?」

「っ!」


 しまったと思った時には、遅かった。私の反応で分かったのだろう。ヴィンスの目がすうっと細くなる。


「ち……違うの……。あれは、深い意味はなくて、……私が落ち込んでいたから慰めてくれただけで……」

「あなたは、なぐさめてくれる相手になら唇を許すのですか」


 必死で言い募るものの全く聞いてもらえない。


「それなら、僕でもいいでしょう。神鳥君がよくて、僕が駄目だというのならその理由を教えてもらいたいですね」


 それを認めるかどうかは別ですが、というヴィンスの声が身を切るように冷たい。

 初めて聞く声に、気が付くと涙がはらはらと流れ落ちていた。駄目だと思っても止まらない。

 ――――泣きたくなんてないのに。


「ちが……違う。本当に……そういう意味で……キスしたんじゃない。違うのに」

「……」

「どうして怒るの。別に私は誠司くんをそういう意味で受け入れたわけじゃない。ヴィンスのことだって、ちゃんと真面目に考えようって思っているのに、どうして」

「伊織さん」


 止まらない。ヴィンスへの恐怖と悲しみと、色々なものが一緒になって流れていく。力の入らない腕でヴィンスの背中をたたいた。


「怖い……怖いよ。こんなの私の知ってるヴィンスじゃない」

「……泣かないで下さい」


 止まらない涙にしゃくりあげれば、頭上で嘆息した音が聞こえ、抱きしめていた腕の力が弱まった。ゆっくりと子供をあやすように背中を撫でられた。


「……すみません」

「ヴィンス?」


 ヴィンスの声に反応する。いつものトーンに戻ったことに、少しだけほっとする。


「頭に血が上っていました。信じてもらえないかもしれませんが、本当に泣かせるつもりはなかったんです。ただ、あなたの唇に他の男が触れたと思うと冷静ではいられなくなった。……僕はこのとおり、心の狭い男なんですよ」

「そ、それは」

「わかっています。あなたが今、誰のものでもないことも。でも、耐えられなかった。誰かに奪われるかもしれないと、はっきりと自覚してしまった。それなら、先にさらってしまえばいいと……そう思ったんです」


 先ほどとは違い、冷静な様子で淡々と話すヴィンス。だけど、話を聞いた私はその内容に涙が止まってしまった。

 さらうって……ナニソレ、怖い。


「ヴィンス……?」

「ええ、今はもうしません。……僕はあなたの涙に、甚く弱いみたいですから」


ずるい人ですねと目の端に残った涙をすくわれ、黙ってしまう。自覚はあった。

 帰りましょうかというヴィンスにこくりと頷く。いつの間にか花火は終わってしまっていた。


 あっという間に、元のホテルのロビーに戻る。ヴィンスの腕の中からようやく解放され、ほっと息をついた。


「……疲れた」

「……今日は付き合ってくれてありがとうございました。怖がらせてしまってすみません。……でも、あれは僕の本心ですよ」


 ヴィンスは何ともいえない、やるせない表情をしていた。


「……あなたを奪ってしまいたい。誰にも見つからない場所に隠してしまいたい。それは確かに僕の中にある感情です。何がきっかけであふれ出るのか僕にもわからない。だから、僕がそうならないように、あなたも行動には気を付けてくださいね?」

「ヴィンス?」

「あなただけが、僕の全てを決定することができるのです。……僕の鍵を握る、愛しい人」


 ゆっくりと私の手をとり、指先に軽く唇を当てる。私はただ、そんなヴィンスを見上げていた。


「……私、そんな大層なものじゃないよ」

「それを決めるのは僕です。……今夜はゆっくり休んでください」


 ヴィンスは手を握ったまま、そっと私の頬にキスをした。これくらいは許してくれるでしょう?

 そう言って。

 そして、来た時と同じように一瞬で掻き消えた。

 頬を押さえ、与えられた衝撃によろよろしながら、なんとか自分の部屋へと帰り着く。それだけのことが非常にきつく、辛く感じた。

 部屋に入り、無言でベッドにダイブする。浴衣のよれも今は気にならなかった。ひどく消耗し、疲れていた。そして思う。 

 ……今更ながら、私はとんでもない男に目をつけられたんじゃないのか?

 ベッドの上で、感情をなくしたような目をしたヴィンスを思い出す。連鎖反応で、ゲームの世界崩壊エンドのラストシーンを思い出した。

 主人公の亡骸を抱え、全て滅ぼした世界の上で笑うヴィンス。あの彼と、さっきの彼は確かに同一人物だと思えた。

 ……世界崩壊か。

 ヴィンスのセリフを思い出す。邪魔をするのならば、私たち以外全てを壊すという彼にすさまじい狂気を感じた。でもいくら愛を囁かれても、私は彼をいまだ愛しいとは思えない。

 でも、でもだ。

 ――――そうやって世界が崩壊したとしても、きっと私は死ぬことすら許されない。

 無理やり契約させられて、囚われの契約者として、壊れたまま永遠を生きることになる、そんな未来が用意されているのかもしれない。

 それは世界崩壊エンドより性質が悪い、まさに私にとっての最悪のエンド。


「やめた」


 ……そこまで思って、馬鹿らしくなって考えを放棄した。

 考えないって決めたはずだ。まだ未来は確定したわけじゃない。あがけるだけあがくと、やりたいようにやると、そう決意したのだ。

 どんなに脅されても、宥められても、壊されたって、私の心は私のモノだ。

 私の事は私が決める。

 ……たとえそれが、私にとって望ましくない未来を呼び込む事になろうとも。

 そうやって得た結末なら、それがどんなものであれ、きっと最後には受け入れられる。

 そう、私は信じている。


◇◇◇


「ふふふ。あなたに拒否権がないということ、少しは理解してくれたかな? では、恒例の……イベントクリアおめでとう」





ありがとうございました。

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