義兄視点 里織 その2
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――――ぼくの本当の家族は、母さんだけ。だから僕が守らなきゃ。
子供のころの自分はこんな風に考えていた。
私が生まれた時、すでに父はいなかった。
話によれば父は母の妊娠中に車の事故で亡くなったらしい。
母は鏑木財閥の一人娘であったため、単なる一般人であった父との結婚を許されなかった。悩んだ末、勘当覚悟で家を飛び出したそうだ。
だが、父が亡くなった事でまた、話は変わる。
お嬢様育ちの母に一人での出産や育児ができる筈もない。
父の葬儀を終え、祖父母に説得された母は、結局実家に戻ることになった。母以外跡継ぎがいなかったため、私がのちの後継となることを条件に許されたのだった。
だが、そんなやりとりを幼いながらに知ってしまった私と祖父母との折り合いは悪かった。
孫に英才教育をほどこしながらも、娘を連れて行った男の面影が見え隠れするのか、どこか憎々しげにこちらを見つめる二人の姿に、幼いながら嫌われているのだろうと推測ぐらいはできた。悲しくはあったが、どうしようもない。自然と祖父母を避けるようになった。
母は私にやさしくしてくれたが、いつもどこかさみしい気持ちがあった。もっと家族が欲しい。私だけでは母を守り切れるか不安だ。私と母を包んでくれる優しい家族が欲しいといつも思っていた。
5歳になってしばらくたったある日。母は朝から鏡台にむかい、きれいに化粧をほどこしていた。なぜかどこかそわそわしてる様子だった母を私は不思議中尾で見ていたと思う。そんな私をみて母はくすくす笑っていたが、突然真面目な顔をして鏡越しに私に語りかけてきた。
「ねえ、里織。あなた、お父さんと妹が欲しくはない?」
「え?」
突然のことすぎて、目を見開き驚きしか表せなかった。
そんな私に母は「運命とであったのだ」と、「そのひとと結婚をしたいと思っているのだ」と、普段見ることのない、照れたようなうれしそうな顔で言った。
勿論私が反対するのなら結婚はしないとはっきりいう母にあわてて私は大きくうなずいて答えた。
欲しいと。ずっと家族が欲しかったと。
それをきいた母は私を抱きしめ、「ごめんね」といいながら少し泣いた。
せっかくの化粧が取れてしまうと私はまた焦り、小さな手で母を撫でた。
ずっと母を守らなくてはと幼心に思っていたが、母を託すことができる人が現れて自分もうれしかった。
二人で手をつなぎ、待ち合わせ場所だという喫茶店へ向かう。
そこで私は義父と義妹に紹介されることとなったのだが、初めて会った伊織という妹は、容姿はかわいいのだが、なんというかまあ、かわった子だった。
「初めまして。里織お兄ちゃん。小鳥遊伊織。3歳です。ずっとお兄ちゃんが欲しいと思っていたので凄く嬉しいです。仲良くしてください。パパともどもよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げ、3歳児と思えない挨拶をしてきたのにも驚いたが、満面の笑みで、兄ができてとてもうれしいというのを隠そうともしない態度がひどく印象的だった。
義理の父となる人は一代で会社を興したというIT企業の社長で、やさしそうな目をしていた。母が選んだ人だから間違いはないだろうと思っていたが改めてほっとした。
伊織はとてもかわいらしい子だった。
陳腐ではあるがお人形さんのような容姿。くりくりの真っ黒な瞳にバランスよく配置された顔のパーツ。墨のようなロングストレートの髪の毛はつやつやで、天使のわっかがきれいにできていた。
にこにこと話す伊織は、素直にかわいいと思えた。この子が妹になるんだと思うと、じわりじわりと喜びの感情が湧き上がってきて、私は口元を抑えた。
妹。
ずっとほしかった家族。口にするだけでにやけが止まらない。
母にはもう私はいらないだろう。新しくできた父がきっと母を私のぶんまで守ってくれる。
それなら私は、妹を守ってあげよう。やさしくして誰にも負けない家族になろう。
そう決めて、私はできるだけやさしく見えるように微笑んだ。
「はじめまして。里織です。君のような妹ができてうれしいよ。これからよろしくね」
「よろしくお願いします!」
その妹が色々周りをかき回してくれたおかげで、後に祖父母と和解することになったのだから、本当人生はわからない。
同じ習い事をしたいといえば、ピアノとヴァイオリンで合奏しようといってくれたり、ドイツに一緒に留学に行こうと誘えば、渋りながらも2年早くついてきてくれた。
本来私は、ひどくさみしがりやな性質なのだろうと思う。
そんな私は妹がいてくれるおかげで、幸せに笑っていられる。
妹が柔らかい声で私を呼んでくれて、私のわがままをきいて、同じようにわがままを返してくれることに無上の喜びを感じることができる。
もはやそれなしに私は存在できないとすら思う。
だから妹を害するものは私が許さない。全力で守りきるつもりだし、害意ある者がいれば必ず報復する。
いつか現れるかもしれない、妹だけの騎士が私から彼女を奪っていくまで、私が守り続ける。
あの時のことを思い出し、私は決意を新たにした。
隠された本音は見ない。突き刺さる胸の痛みには気付かないふりをする。
本当は、そんな時がこなければいいと思っているのだということを、いつものようにそっと目をつぶってやり過ごす。
もはやルーティン化してしまった儀式に自分でも情けないとは思うのだが、それでもそうするしか私にはないから。
「ああ……駄目な思考パターンだ」
ぼんやりと考え事をしていたら、ついいらないことまで思い出してしまった。
あわてて頭をふって考えを破棄する。
伊織だけの騎士などまだ早い。想像するのもごめんだ。
そういえばと思う。
目の前にいる幼馴染みの男は、腹立たしいことに一応伊織の婚約者という立場だった。だが、それは伊織が心から望んだものではないし、私も認めていない。
勿論これからも認めるつもりもない。
誠司もそんな不確かな立場だけで伊織を手に入れられると思わないでもらいたいものだ。
ほしいのなら、私の屍を越えていってもらわなければ。
スマホが青くひかり、着信を知らせてきた。発信者は嵯峨山。そういえばそろそろ一時間が経っている。通話ボタンを押し、用件だけを話して切った。
そのまま立ち上がり、誠司に声をかける。
「伊織、着いたみたいだよ。今、正門前に降ろしたって。迎えに行こうか」
「そうだな。仕事も片付いたことだしそれもいいだろう」
「だね」
……婚約者としては認めないけれども、友人としては認めている。
だから、共に伊織を迎えにくらいは良いだろうと私は誠司を誘った。
ありがとうございました。次話からまた主人公視点に戻ります。
よろしくお願いします。