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6月中旬 食事会 下

*注意*

本日、連続投稿しております。

これは2話更新の2話目です。前の話を読んでいない方はそちらからどうぞ。


 


 何とか予約時間に間に合った私たちは、店の奥の個室に通された。お座敷の部屋は、かなり広めで外の景観が楽しめるようになっている。内庭は日本庭園のようなつくりになっていた。

 まだ6月、夕食時と言ってもほんのりと明るく、十分に景色を楽しめる。夜になれば、それはそれで風情溢れる空間を作り出してくれるのだろうが。

 二人は少し席を外している。ディアスと二人、席につきながらぼんやりと庭を眺めていた。


「よく、予約とれましたね」


 ついぽろりと思っていたことが口にでた。ディアスは、嬉しそうに笑った。


「伊織さんからいただいたせっかくの情報を無駄にはできませんから。この店の女将とは昔からの知り合いで、ちょっとした無理はきくのです」

「そうなんですか」


 やっぱり暁学園理事は伊達ではないらしい。


「伊織さんはこの店は?」

「興味はありましたが、予約半年待ちと聞いて諦めました。ですから、実はけっこう楽しみにしているんです」


 嘘をつく必要もないので素直に答えれば、良かったと微笑まれた。直視してしまった私は思わずうつむく。耳まで真っ赤になっている自覚があった。

 ディアスがくすっと笑う音がする。


「耳まで真っ赤になって、可愛いですよ。でも、そんな無防備な姿をこんなところでさらさないで下さい。……僕が困る」

「困るというのなら、やらないで下さい。……私が弱いの分かっていてやるのはずるいです」


 更なる囁き声に身もだえしそうになる。いたたまれなくなり、ますます小さく縮こまってしまった。逃げ出したいのに、逃げられない。そんな思いを抱えていると、部屋の入口の方から足音が聞こえてきた。ぱしっと障子の開く音がする。

 

『ディアス理事。こんなところで私の可愛い弟子に何をしているのかしら?』


 師匠がにんまりとわらってこちらを見ていた。この顔は……もはや嫌な予感しかしない。


『人がお手洗いに行っているすきに、何をしているのかと思ったら。ディアス理事はイオリの事が好きなの?』


 直球と言えばド直球な質問を、師匠はディアスに突きつけた。思った通りの展開ではあるが、師匠、確認するのはそこですか。


『ええ、そうなんです。必死に口説き落としているところなのですが、どうにも彼女はつれなくて』

『は? 先生、何言って……』


 お前もか。ディアス! なんでそんな真面目な顔で頷いている!

 八方ふさがりで困っているのですというディアスに、師匠はさらに問いかけた。


『……一つ確認するけど、本気でしょうね。私の可愛い弟子に手をだそうというのですもの。遊びなんて許さないわよ』


 師匠がきつい眼差しでディアスを牽制すれば、ディアスは勿論ですと神妙にうなずいた。


『遊びでこのようなことはしません。もちろん僕は真剣交際を希望しています』

『それなら、いいわ。イオリ、良かったじゃない。遊ばれているわけではなさそうよ』


 師匠とディアスのノリに全くついていけない。


『師匠。別に私は先生に対して何の恋愛感情も抱いておりませんが』


 思わず低い声がでた。師匠は、全く気にしていない。そう? と言って笑った。


『そんなこと言って。あなた、真っ赤な顔してたじゃない』

『そ……それは!』


 顔と声が好みで……って、さらに遊ばれる人物に知られたくない!

 黙りこくってしまった私に、師匠は大きくうなずく。


『年の差を気にしているのね。大丈夫。愛に年齢や立場なんて関係ないわ!』

『いえ……』


 全然違う。ちなみに師匠は、見た目どおりの奔放な人だ。

 非常に惚れやすく、冷めやすい。束縛を非常に嫌い、来るものは拒まず、去る者は追わない自由人。リザの父親のことも、誰かわからないと豪語するような人で、一時期リザは非常に悩んでいた。師匠が、心からリザを愛していることを理解してからは、リザも気にしなくなったようだが。


『師匠、違いますから。どうか落ち着いてください』

『母さん、ヒートアップしすぎ。イオリが困っている』


 一緒に戻ってきたリザも師匠をたしなめてはくれるが、一度火のついた彼女は止まらない。

 そうしてぐだぐだのまま食事が始まったが、案の定この話題は終わらなかった。ディアスも機嫌よく応じ、いつの間にか『ディアス理事を応援する会』なるものを一人で立ち上げ、全力で応援するという話にまでなってしまった。

 せっかくの美味しい料理だった筈なのに、不穏当な話ばかりが続き、全く味を感じられなかった。

 隣に座ったリザが、時折気の毒そうにこちらに視線をよこしてくるのがさらに辛い。

 ただ首を横に振って、この拷問の時間をひたすら耐え忍んだ。

 ……親睦会という名目であるなら、この試みは大成功だといえよう。私をネタにして、二人は非常に盛り上がったのだから。

 そうして食事は進みデザートの時間になった。水菓子のリストをみせられ、6種類の中から選べるといわれたので、私たちはあんみつをチョイスすることにした。

 師匠は非常にお気に召したようで、何度も美味しいと喜んでいた。良かった。

 さらにディアスは心得たもので、女将に頼んでおいたのだろう。なんとお土産として、今師匠がはまっている『みたらし団子』を持たせてくれたのだ。持ち帰りはしない店だと聞いていたのにこれには私もびっくりした。

 この気遣いには師匠も大喜びで、私とリザは、きっと今回のリサイタルは大成功間違いなしだなと、どこか他人事のように思いながら二人のやりとりを見ていた。


『母さんをあそこまで喜ばせるとは、できる男だな』

『……まあ、そうだね。一応あれでも理事長兼校長だし』

『お前は本当にあの男が好きではないのか?』

『リザまでいうの? ……顔と声は好みだけどそれだけだよ』

『そうか。まあ、何を考えているのかわからなさそうだしな』

『……』


 肩を落として、がっくりする。面倒そうな男にひっかかったと言外に言われた気分だ。思わず、いじわるしてやりたい気分に駆られる。


『リザ……。私、今日からそちらに泊り込もうかと思ったんだけど、やめようかな』

『ちょ……おい。母さんの面倒を私一人でみろっていうのか。それはおどしだろう。大体お前がいなくなった後、私がどんなに苦労したと!』

『なら、これ以上あいつの話はしないで』

『……分かった』


 店の人間やお互いの挨拶も済んだところで、タクシーがやってきた。やっと帰れると、一緒に乗り込もうとしたところで、何か企んでいる様子の師匠に止められた。


『師匠?』

『イオリはあっち。ディアスに送ってもらいなさい。あなたの荷物は持って行ってあげるわ。じゃ、先に行って待ってるから』

『え?』


 言う間に、師匠はタクシーを発進させる。いつのまに『ディアス』と敬称なしで呼ぶようになったのか。それはいいが、え?


「では、伊織さん。送りますよ。行きましょうか」


 『ディアス理事を応援する会』の活動はすでに始まっているようだった。


◇◇◇


「伊織さん、そんなにすねないで下さいよ」


 ディアスの車に仕方なく乗せられて、師匠の宿泊先に向かった私たちだったが、私はすっかりへそを曲げていた。


「別にすねてなんていません。師匠の理不尽さに怒っているだけです。もう少しすればおさまりますから、放っておいてください」

「結局怒ってはいるんじゃないですか……」


 呆れたようにいうディアスにうっと呻く。確かにそのとおりなのだが。


「師匠に直接怒りをぶつけても意味がないんです。全く気にしていないんですから。怒った方が馬鹿を見る」

「リザさんも苦労しているようでしたね」


 リザの名前を出されて、そうなんですよねと話を続ける。車は信号待ちをしていた。もうすぐそこにホテルが見える。


「師匠に振り回されていますから。でも、二人ともお互いをきちんと思いあっているって分かっているから強いんです。少しの事じゃ、揺らがない」


 家族の絆が強い。そういうとディアスは考えるように言った。


「家族……ですか」

「ええ、私もそうありたいと思っています」


 血は繋がっていないけれど、兄や母と。勿論父も。しみじみとそういえば、ディアスは少しさみしそうな顔をした。


「残念ながら僕には、関係のない話ですね……」

「先生?」

「僕には、家族と言えるものがいないですから」


 はっとしてディアスをみれば、気にしなくていいと首を振られた。

 それでも一応は謝る。ディアスに家族がいないだろうことはわかっていたはずだ。勿論知らないふりをするつもりではあるが、今のは確実に私が悪い。


「すみません。知らなかったとはいえ、無神経な発言をしました」

「いないものを欲しても仕方ありませんから。それとも伊織さん、あなたが僕の家族になってくれますか?」


 ……斜め方向から攻撃が来た。この話の流れ上、いいとも駄目だとも言えず動揺する。返事ができなくて沈黙してしまった私の様子を、ディアスは黙って眺めていた。そうして小さく笑った後、静かに車を止める。


「着きましたよ。伊織さん」


 そう言って、車のドアを開けてくれた。全く気付かなかったが、いつの間にかホテルに到着していたらしい。幾分ほっとして車を降りようとする私に、ディアスは身を屈めそっと耳元でささやいた。


「さっきの話は冗談です。忘れてください。……今はね」


 その言葉に思い切り顔をあげ、目を合わせてしまった私は固まる。ディアスの目は笑っていなかった。さあ、とばかりに背中を軽く押される。


「おやすみなさい」


 甘い声が背中に降り注ぐ。

 振り返った先に、ディアスはもういなかった。




ありがとうございました。


なんとか食事会終わった―。

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