6月中旬 食事会 上
こんばんは。今日は連続投稿します。
きりがいいので、食事会を終わらせたかったので。
助手席の窓から外の景色を眺める。いつもの見慣れた光景。別に珍しくもなんともない。だが今、私は今までにない熱心さをもって外へと意識を集中していた。
視線が痛い。車が出発してからというもの、ディアスの物言いたげな視線が突きささる。私は必死で気が付かないふりをして、景色を眺め続けている、とそういうわけだ。
「伊織さん」
話しかけるタイミングを見計らっていたであろうディアスだが、一向に私がそちらを向かないことに気が付いたのだろう。直接声を掛けてきた。勿論例の、甘い声で。でも、甘いのにどこか底冷えする気がするのは何故か。
車内に二人だ。無視するわけにもいかない。私は何もしりません的な顔をしてディアスの方を振り返った。折しも信号は赤。ディアスはにっこりとほほ笑んでこちらを見ていた。
「な、なんでしょう。先生」
逃げられるとは思っていなかったが。
一応あがいてみたけれど、やはり無駄だったようだ。
「先ほど、神鳥君が言っていましたね。婚約者、と。本当ですか?」
やはりその話か。ディアスの顔が今までになく怖い。私はぎこちなく肯定の意を返した。
「幼少時に、親同士の決めた婚約者です。ですが、私は彼と結婚するつもりは今のところありません」
「思いあっていると、彼は言っていたようでしたが?」
「……誤解です」
まるで尋問を受けているようだ。そこまで話すと、ディアスはふーと息を吐いた。
少し、場の雰囲気が柔らかくなる。
「僕に対する宣戦布告……というわけですね」
やってくれます。というディアスに何と言っていいのやら困る。
私だって、まさか誠司くんがあそこまで言ってくるとは思いもしなかった。
ディアスに対抗するために咄嗟にでた言葉だったのだろうが、彼もかなりおいつめられているのだろうか。
「まさか、あそこまではっきり敵視されるとは思いませんでしたよ」
「なんというか、誠司くんはああ見えて、結構短絡的なところもありますので……」
「普段そんな風には見えないので驚きました」
そうでしょうとも。
普段の神鳥君は、まるで王子様みたいですからね、というディアスに困った顔しかできない。実際、女生徒たちは彼をこっそりそう呼んでいるし(ばればれだが)、誠司くんもその期待通りにふるまっている。
だが、中身を知ってしまえば、王子は王子でも残念王子としか思えない。
「僕たちは、今は横並びだと思っていいのですか?」
突然ディアスが話を振ってくる。私は慎重に答えた。
「……そう、ですね。そういう意味では、先生たちだけではなく、全員が横並びだと思います」
「結構頑張って口説いているつもりなんですが。あまり伊織さんには通用していないみたいですね」
「毎回ドキドキして大変困っています。もう少し手加減してほしいくらいです」
「手加減して、神鳥君にもっていかれても困りますからね」
手は抜いてくれないようだ。
それにしても、先ほどからディアスを正視できなくて困っているというこの事実をどうしてくれようか。
悔しいが、ディアスは本当に格好いい。特にスーツに弱い私には、今日のディアスの格好はピンポイントにクるのだ。おかげで車を運転する横顔にもうっかり見惚れてしまう。
これは駄目だと思って視線をそらそうとしても、いつのまにか見ているという始末。……黙ってはいるが、多分ディアスには気付かれている。なぜなら、そのたびに彼の口元が笑みを作るから。全く腹立たしい話である。
そんなやるせない、微妙な空気を読んだかのように突然私のスマホが音をたてて鳴り響いた。
慌てて、スマホを取り出す。相手はリザ。ディアスに断って電話にでた。
『もしもし、イオリ?』
『リザ、どうしたの?』
リザの様子に緊急を感じ取った私は手早く要件を聞く。
『母さんが……』
『師匠がどうしたの?』
『目を離したすきにいなくなった』
『はあ? また?』
驚いて詳しく話を聞けば、どうやら師匠はリザと一緒にホテルを出た後、少し目を離した隙にふらふらとどこかに行ってしまったらしい。
『あの人は全く……』
唸るように言うが、いなくなってしまったものはどうしようもない。ちらりと時間を確認する。予約時間まではもう少しある。さっさと見つけてしまわなければ。
『リザ、師匠と別れた場所の詳しいポイントを教えて』
『ああ、ちょうど今そこにいるから座標を送る』
しばらくして送られてきた場所をアプリのマップで調べる。そのまま検索を掛け、師匠がいきそうな場所を絞り込んだ。この位置からなら多分師匠は間違いなくここに居る。リザに捜索ポイントを添付ファイルで送り、同時に電話を掛けた。
『リザ、恐らく師匠はここ。こちらも向かうから、リザも来て。先に見つけた方が師匠を確保』
『了解。では後で』
電話を切り、ディアスに行先の変更を告げる。
「先生、師匠が行方不明です。行き先の変更をお願いします」
「行方不明、ですか?」
とまどう様子の彼に、これが日常茶飯事であることを説明する。そして向かってほしい場所を示した。ディアスはさらに困惑した様子を見せた。
「……構いませんが、本当にこの場所でいいんですか? それよりもまずは、スマホで連絡をしてみた方がよいのでは?」
当然の質問だったが、私は断言した。
「間違いなくここにいます。蛇足ですが、師匠にスマホを携帯するという概念はありません。おそらくホテルに置きっぱなしでしょう。電話をするだけ無駄です」
黙って向かえと無言で訴えると、ディアスは頷いて方向を変えた。
人ごみにあふれる商店街を突っ切る。ディアスは車と一緒に商店街の入り口に置いてきた。人を避けるように進めば、後ろから声を掛けられる。
『イオリ』
リザがきていた。軽くうなずいて、私は先を指し示す。そこは20人程度の行列ができた、最近評判のたい焼きの店だった。
『いた』
ざっと並んでいる行列を確認すると、その中に自分たちの師匠がいるのを発見できた。ほっとしつつも近寄っていく。絶対に逃しはしない。
『師匠』
『あら、イオリ。どうしたの?』
見つかっちゃったと言わんばかりの師匠に頭痛を覚える。隣では、リザも米神を押さえていた。
『ディアス理事との夕食会に遅れます。こちらのたい焼きも確かにおいしいですが、今回理事が用意して下さった店のデザートは、半年待ちでも食べられるかわからないものですよ。逃してもいいのですか?』
『あら』
途端目がキラキラと輝きだす。きっと店名まで聞いていなかったのだろう。面倒くさくなって、逃走したと見える。その逃走先は、当然甘味処以外ありえない。このあたりの有名店といえば、この『総本家 浪速屋』というたい焼き屋。間違いなくここだろうとは思ったが、どんぴしゃすぎて自分でも驚く。
『店名は母さんにいった』
『リザ。どうせ師匠は聞いていない』
首を横にふると、リザもそうだなと疲れたようにいった。
『どうしたの? 早くいきましょう』
すでに行列から抜け出た師匠が手を振っているのを確認して、さらに二人でため息をついた。今度こそ抜け出されないように、両側から師匠をはさんでディアスの車まで連れて行く。和菓子の話をしているから、もう逃げることはないと思うが念のためだ。そうやって車まで戻るとさっさと後部座席に放り込み、急ぎ店へと向かった。
つづく




