共通イベント イジメカッコワルイ
こんばんは。今日の更新です。宜しくお願いします。
残りのゴールデンウィークはだらだらしてすごした。
ディアスにバカなカミングアウトをしたせいで、非常に精神力を消耗してしまった私は勉強する気にもなれず、気の向くままにピアノを弾くか自室でごろごろするかという、まったくもって怠惰な生活を送っていたのだ。
そして休み明け。すっかり自堕落生活に身を窶していた私は、重い体をひきずるようにして登校していた。
だるい。もう、いろんなものが全部面倒くさく感じる。これも全部ディアスのせいだ。
はあ。と大きなため息をついて靴箱を開ける。
目の前の、上靴の上には白い封筒が乗っていた。
……これは。
手に取って、その場で無言のまま封を開ける。
カッターナイフの刃でもしこんであるか、と思い警戒したがそういうこともなかった。白い便箋が一枚でてきてそこには「昼休み、屋上でお待ちしています」という一文があった。差出人の名前はない。もう一回ため息をついて、手紙を見直した。女の子の字。無記名。ということは、恐らく兄さんや誠司くん関連の呼び出し。
……さらに気が重くなった。
ゲームでもそうだったが、兄さんや誠司くんには乙女ゲーのお約束的にファンクラブなるものが存在する。まあ、あれだけ顔が整っていれば、眺めて鑑賞したいという気持ちもわからなくはないから、不思議には思わない。
確か悠斗や総ちゃんにすらあったはず。悠斗は、言うまでもなく大きな病院いくつも経営する直系の御曹司だ。頭もいいし、見た目だけなら薄幸の美少年。分からなくはない。
総ちゃんは……ゲームでは格好いいところもあったから、あってもおかしくないと思ったが、今はどうなのだろう。あんなキャラに成り下がってしまっては、ファンクラブなんてできるようには思えないのだが。
……まあ、とにかくゲームでは皆、非公式ファンクラブなるものがあった。
非公式とはいえそのような存在があるということは、勿論ファンクラブ内でのルールなるものも存在するわけで。そういえば主人公は、そのルールに触れたとかで呼び出しを受けてしまうのだったか。ファンクラブ会員外にまでルールを押しつけてくるとか、ありえないだろう。
ちなみにその時一番好感度の高いキャラが助けにきてくれる。
……と、そうかこれもイベントか。
一気に行く気が失せた。
珍しく兄さんが潰しそこねた呼び出しかと思ったら、イベントだから私のところまで届いたのかと納得した。この手の呼び出しは、すべて私の手に届くまでに握りつぶされるのがほとんどだから、おかしいとは思ったのだ。
さて、どうやって対応すればいいか。
少し考えたが、すっかり面倒くさくなっていた私はどうでもいいかと、手紙をゴミ箱に投げ捨てた。
チャイムがなって、昼休み。私は教室にいた。のんびりお弁当をつつきつつ、昼休みを満喫。後で図書館でもいくかーと思っていたら、がらっと扉が勢いよく開かれた。
「鏑木 伊織! 何故こないの?」
顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけてくる女がいた。いかにもお嬢様然とした気の強そうな女性だ。腰までの茶色いストーレートヘアは綺麗に手入れされている。
見覚えはない。はてと思いながら立ち上がろうとして……やめた。
「何故座りなおしたの!?」
そう言われましても。
「呼ばれたみたいでしたので立ち上がろうと一旦は思いましたが、考えてみれば私はあなたを存じ上げないなと思い直しまして」
座りなおした私に、詰め寄ってくる女生徒に答える。学年を示すカラーで二年だとわかった。
「手紙が入っていたでしょう!」
読まなかったの? という彼女にああ、と手を叩く。そうか、手紙の犯人は彼女か。
「確かに。今朝方、靴箱にて確認しました。ですが署名もないようでしたので、見なかったことにしました」
周りからぐふっと噛み殺したような笑い声が複数響いた。いや、おかしいことなんてないよね。
イベントに参加する気はなかったし、誰かもわからない人からの呼び出しなんて、普通に考えて行くわけないでしょう。
「見なかったことにした?」
「はい」
ごみ箱に捨てましたと、いい顔で笑ってやると、案の定向こうは怒り心頭という表情になった。
「ふつう呼び出されたら、来るものでしょう」
「時と場合に寄ると思います。内容によっては、私も応じるつもりはあります。今回の場合、明らかに女性のモノとわかる書体。要件も、署名もなし、とくれば考えられるのは兄か会長に関する話かと思いまして」
なんとなく、内容が推測できましたのでなかったことにしましたが、違っていました? と聞けば、思い切り睨みつけられた。
「多人数で囲まれて脅されるのも億劫だと思いましたので伺いませんでした。何か私の行動におかしな点でもありましたか?」
多人数で、の辺りで一回区切って教室の外を見る。明らかに彼女の仲間と思われる、おそらくファンクラブ会員だろうお嬢様方がきついまなざしでこちらを見ていた。
「とにかく、こちらは用があるの。来てもらえるかしら?」
「お断りします。兄たちに関する事でしたらそれぞれ本人へどうぞ。私を介しても何にもならないと思います」
むしろ嫌われると思うし、あの二人の報復は怖いよ?
彼女は何とか会話の主導権を握ろうとしているみたいだが、どこ吹く風でかわす。最近ディアスや誠司くんにやられっぱなしなのでちょっと楽しいかもと思ってしまった。
「あなたに、話があるの」
「伺うつもりはないと申し上げましたが。先輩。他のクラスメイト達の邪魔です。ご自分の教室にお帰りいただけますか?」
にっこり笑って退場を促せば、彼女は苦虫をかみつぶしたような顔になり「放課後また、来るから」と捨て台詞を吐いた。
「先輩。私はどこの誰かもわからない方を、わざわざ待つ趣味はありません」
追い打ちをかけてみる。
「2年特進、佐竹桜子よ!」
怒鳴りつけられるように名乗られた。あら、彼女は――――。
「あんたまた何かやったのか?」
佐竹先輩が去った後、悠斗がこちらへやってきた。どうやら様子をうかがっていたようだ。
「何もしてない。言いがかりをつけられているだけ。ね、悠斗は佐竹先輩って聞き覚えある?」
「ん? いや」
考えるそぶりを見せた後、悠斗は首を振った。
「多分誠司くんのファンクラブ会長だと思うんだよね」
名乗られた名前に聴き覚えがあった。多分そうだと思う。
そこまでいうと悠斗もああ、と頷いた。
「いたな。そんなやつ。名前までは覚えてなかったけど。あ、思い出した。外にいた女の一人は、確かお前の兄のファンクラブ会長だ。つーことは、これイベントか?」
兄さんのところの会長さんもいたのか。
「だと思う。だから昼休み、スルーしてみたんだけどね」
「待ちぼうけくらわせたってわけか」
なるほどなと、悠斗は得心したような表情をみせた。
「当たり前でしょ。素直にイベントに乗る気はない」
ただでさえ、知らないイベントが増えているのだ。知っているイベントくらいは回避したい。
「共通イベントだっけ?」
「そう。よくあるファンクラブ呼び出しの、いじめイベント。好感度の高いキャラが助けてくれるやつ」
「あったなあ。それ」
思い出したようにいう悠斗に、助けに来てくれる? と聞いてみる。
悠斗は苦笑しつつもはっきり断った。
「いや。行かないな。あんた、一人で何とかしそうだし。俺よりも生徒会長様とかが助けにきてくれるんじゃねえ?」
「ありそうだねえ」
素直にうなずくと驚かれた。
「へえ。認めるんだ」
「何を」
「生徒会長様があんたに惚れてるって事実」
「ああ……」
見ないふりをしてきたのは、やはりばれていたようだ。
「逃げないって約束したから」
「ふーん。会長様ルート行く気になったのか?」
「そんな大げさなものじゃないけど。でも、そうだね。誠司くんが助けに来たらややこしいことになりそうでいやだな」
「俺の婚約者に近づくな! とか素でいいそうだもんな」
楽しそうに笑うが、笑いごとではない。今の誠司くんなら本当にあっさりばらしそうだ。
「ま、行かないが正解なんじゃね?」
難しい顔をする私に悠斗は笑いを収めつつ、それでも真剣な顔でいった。
私もそう思う。
◇◇◇
放課後になって教室をでた私は、またしてもため息をつく羽目になった。目の前には佐竹先輩とその取り巻き。ご丁寧にも教室の外で待っていたらしい。
「鏑木さん、話があります」
「佐竹先輩。昼休みの件は、お断りした筈ですが?」
仕方なく返事をするも、彼女は自分の意思を曲げる気はないようだ。ますます疲れる。
「すいません。本当に時間がないのです。放課後は先約がありまして」
嘘ではない。
「INELか電話で少し遅れると連絡をいれれば、済む話ではなくて?」
「どうしても、話さないといけませんか?」
内容はわかっている。わざわざ別途説明を受ける必要もないと思うが。
大仰にうなずく彼女に、こめかみを押さえた。
……ああ、頭痛がする。
「本当に向こうの方が先約なのです。先輩。どうしてもとおっしゃるなら、連絡を入れるのは構いません。ですが、お名前をださせていただきます。それでもよろしいですか?」
疲れた声でいうと、恐ろしいことに了承の返事が返ってきた。
昼休みも堂々ときていたから隠すつもりはないらしい。バカか。
もう、それなら早いところ終わらせてしまおうと思い、INELをうった。
すぐに既読のマークがつく。
そうして連れてこられたのは、空き教室の一つ。
佐竹先輩のほかに、5人の女生徒が一緒だ。学年は様々。6対1か……。
教室へ入るや否や、5人は佐竹先輩を筆頭にしてぐるりと私を取り囲むように位置どった。
逃げられないようにするためだろう。スムーズな動きに、慣れを感じる。いつもこうやって制裁を加えているのだろう。
配置が完了すると、佐竹先輩は一歩前にでた。そして高圧的に、自分たちの要求を突き付けてきた。
「単刀直入にいいます。鏑木さん。あなた、神鳥様や鏑木様に対して馴れ馴れしすぎるわ。もう少し分を弁えなさい」
……ああ、うん。テンプレですね。
これに付き合わされるとか、辛い。
なんで回避できなかったかなあ。イベント。
「昔からああいう感じなので、今更言われても困るのですが」
「そんなことあるわけないじゃない!」
激昂する彼女に落ち着いてとジェスチャーする。彼女は、私がドイツへ行ってからの転入組なのかな。だとしたら、知らなくて当然なのか。
「事実です。あの、失礼ですが、私が鏑木里織の妹だってことはご存知ですよね。神鳥誠司の幼馴染だってことも」
ファンクラブ会長さんですものね。知っていますよね。といえば少し驚いた顔をされた。ああ、気が付いてないと思われていたのか。
「勿論よ。腹立たしいけどね」
いや、そういわれても。
わかっているというのなら、関係性やら親密度とか察してほしい。一応まがりなりにもファンクラブを名乗っているのだから、その辺りくらい押さえていてもいいはずだ。
ただでさえ、ディアスの件で疲れているのだ。くだらない嫉妬でかき回されるのは本当に困る。
「そうですか。それでは、鏑木里織が極度のシスコンという事実も当然ご存知ですよね。妹に対して悪意を持つ人間に対して容赦しないということも含めて、当然分かったうえで今回行動をおこしたんですよね?」
単なる確認ですけど。そう言えば少し青ざめたような顔をする先輩方。ある程度は分かったうえで仕掛けているんだろうけど、お粗末すぎる。
「ふん、あなたがいわなければいいだけの話ではなくて?」
鼻をならして強気に出る先輩。
どうやら口封じの方向で考えているらしい。
確かに複数の人間に取り囲まれて脅されれば、黙って従う人間も多いのだろう。
主人公も取り囲まれて、泣きそうな声ですみませんって何度も謝っていたな、とこんな時にゲームのストーリーを思い出す。
「残念ですが」
私にそんな手は効かない。
ではさて、お仕置きの時間です。
そう言おうとしたところで後ろから声が聞こえた。
「いい加減にしなよ」
「えっ!?」
……まさかの総ちゃんだった。
ありがとうございました。




