既視感
昨日は短かったので本日は連続投稿。最初が肝心なので飛ばしていきます。
兄からの爆弾発言を受けた私は、あわてて外に飛び出した。
タクシー乗り場の列に向かう。
どうしよう。とりあえず、学校に行った方がいいのだろうか。
でも制服もないし。
しまった。入学初日からやってしまった。
そんなことを考えながら列に並んでいると、後ろから見慣れた男に声をかけられた。
……うちの運転手だった。
「……お嬢様」
「……」
うん。ごめん。
気が動転して、うちの迎えが来ていることすっかり忘れていた。
こうみえても私は財閥令嬢。
当然お抱え運転手なんてものがいる。
だが前世では一般人だったので、とっさのときにはすこーんと頭から抜け落ちてしまうのだ。
「ごめんなさい」
「お姿が見えたのにいらっしゃらないので、どうなさったのかと思いました」
全く穴があったら入りたい。
小さくなりながら兄から連絡を受けたと微笑む運転手の嵯峨山さんに連れられて止めてある車に向かった。見慣れた黒のリムジン。
嵯峨山さんは昔からうちに勤めてくれている40代の物腰柔らかな人で、小さい頃は兄と共にお世話になったものだ。
「お嬢様。直接学園の方へ向かいますから先に着替えて下さい」
「ええ」
後ろのトランクから真新しい制服の入った箱を取り出す嵯峨山さん。
準備が良い。流石だ。
彼から手渡された制服を抱え、いそいで空港内に戻った私は、お手洗いで手早く着替え、車の後部座席に乗り込んだ。
◇◇◇
空港を出て、そのまま高速道路に乗る。
渋滞も特になさそうなので問題なく学園に到着できそうだ。
「……入学式って何時からなのかしら」
車中に流れる沈黙に耐えきれずに呟く。声が聞こえたらしい嵯峨山さんが笑いながら答えてくれた。
「10時からと聞き及んでおります。お嬢様。今、8時ですから十分間に合うかと」
「そ、そう。ありがとう。……さっきは本当にごめんなさい。来てもらっていることをすっかり忘れていました」
再度謝罪すると、嵯峨山さんは否定するように緩く首を振った。
「いえ、やはりお嬢様はお変わりになっておられないと嬉しく思いました」
「……勘弁してください。本当に恥ずかしいのです」
いたたまれなくなり、どんどん声が窄んでいく。
私を慮った嵯峨山さんは、それ以上何も言わないでくれた。
ああ、有難いけど、やさしさが辛い。
高速を降りてしばらく走ると、正面に大きな建物がそびえたってるのが見えてくる。
白い、一見城のようにも見える建物。
これが、小学校のころ私が通い、またこれから通うことになる暁学園だ。
暁学園は、小学校、中学校、高校、大学とある、いわゆる上流階級の子供たちが集まる学園だ。
まさか自分がこんな学校に通うことになろうとは思いもしなかったのだが、兄の鶴の一声で私の入学はあっさりと決まった。
「伊織が普通の学校に行くっていうのなら、私も行くよ。伊織を一人にしておけないもの。転校する」
シスコンの兄はまるで託宣かのごとく家族に告げた。
いや、無理。無理だから。
とてもではないが、兄を普通の小学校になんて通わせられない。
その当時、兄は8歳。
小さくとも近い将来確実にきらきらしいイケメンに成長することが確約されてる整った美しいご尊顔。そして財閥の跡取りという肩書き。
そんな兄が普通の学校へ行く? 冗談はやめてもらいたい。
兄の事は大好きだが、いろんな意味で私の胃がきしみ続けることになるに違いない。
恐ろしい未来を確信した私は、関わりたくもない坊ちゃん嬢ちゃんと学友になることを覚悟した。
どっちの方がましか。どっちもどっちのような気がしたが、知り合いや友人がいないわけでもないし、少しでもましだと思える方を選ぼうと思ったのだ。
溜息をついて顔を上げれば、父も母も私の正しい選択を今か今かと待っている。
ここで、『じゃ、一緒に普通の学校に通いましょう』なんて空気のよめない発言、無駄に精神年齢が高い私にできる筈もない。
結局ひきつった表情のまま、兄に全面降伏するしかなかった。
そして入ると宣言したものの、はい、では入学しましょうとならないのがこの学園だった。
世の中には寄付金を積めばいいという学校も少なくない数あるが、暁学園は違うのだ。多額の寄付金は当然としても学力が追いつかなくなれば、容赦なく退学に追い込まれるスパルタ進学校。
そんな学園の入学試験は勿論簡単なものではない。
だが、前世からの業で勉強の虫と化していた私の敵ではなかった。
悠々と主席合格を勝ち取った私は学園の初等部に入学。そして4年のときに兄と共にドイツに留学したというわけだ。
この学園はそれ以来。転校というよりは改めての入学という扱いになったので、数ヶ月前ネットで高校の入学試験を受けさせられた。
勿論結果は言わずもがな。転生者をなめないでいただきたい。
「お嬢様、着きましたよ」
物思いにふけっていると、いつのまにか学園の目の前まできていた。時間を見ると入学式一時間前。
ちょうどいい時間らしく、私と同じ入学生と思われる生徒たちや、世話をしてくれる先輩たちが続々と正門をくぐっていく。車での登校もぽつぽつみられたが、大抵は歩きでやってきていた。
入学式というイベント上、今日だけは車での登校はできるだけ遠慮してほしいと、入学の案内にはあった。そのため、車での登校はやっぱり目立つ。
本当は私も歩いてこようと思っていたのだが、今日は仕方なかった。
高等部の正門前に静かに車が止まる。嵯峨山さんが恭しくドアを開けた。
生徒達の視線が集まるのを感じる。
少し恥ずかしいがまったくの自業自得。
「いってらっしゃいませ。お嬢様」
「ありがとう。いってまいります」
車を降りて、しゃんと背筋を伸ばす。レンガ造りの正門の両脇には大きな桜の木が植えられていた。
「綺麗だわ」
なんとなく正門前に立ち、空を見上げた。意味はない。何気ない動作のつもりだった。
見上げた空は雲一つない、絶好の入学日和。並木道にも植えられた桜がひらひらと花びらを舞い散らせる。まるで一枚絵のようだと思った。
「え……?」
あり得ないことに、デジャブを感じた。
……どこかでこの景色をみたことがある気がする。いや、まさか。
小学生のときか。でも高等部とは通用門が違う。この門は初めて使うはず。
それならいったいどこで見たというのか。
なんだか急に怖くなってきて、私はそれ以上考えるのをやめた。
何かを思い出しそうな気がする。でも、思い出したくない。
頭の中に警告音がひっきりなしに響いている気がする。
やめろ。やめろ。思い出すな。思い出したら駄目だ――――。
「ああもう、訳が分からない」
頭を軽く振って思考を中断させた。
混乱していたが、今は考えている場合ではない。入学式が始まってしまう。
せっかく嵯峨山さんのお陰で間に合ったのに遅刻するなどできるわけがない。
「とりあえず行こう……」
私はもう一度首をふり背筋を伸ばすと、今度こそ校門をくぐった。
ありがとうございました。




