4月下旬 体育見学
こんばんはー。今日も無事更新できました。宜しくお願いします。
ハイキングイベントを無理矢理ぶち壊した数日後、私は体育の授業を見学していた。
痛めた足は捻挫。しばらく安静にするようにとの事だった。
天候は相変わらずの晴天。運動場の隅にある木陰のベンチに座りながら、クラスメイトたちが砲丸投げをする姿を眺める。男子はサッカーだ。4月と言っても気温は高めでじんわりと汗がにじんできた。
「こんなところから見学させられるくらいなら、保健室待機とかの方が良かったよなぁ」
隣に座る悠斗が愚痴る。男女別の体育だが、見学くらいは一緒でいいと許可をもらった。悠斗も当然体育は見学だ。いつもは1人で座っているのだが、今日は足首捻挫の私も隣に参加させてもらっている。
「暑いしね。動けないって辛いわ」
「イベント破壊の代償が捻挫っていうのも、割にあわないな」
「いや、破壊の前に無理矢理イベントに叩き落とされた時の負傷だから」
悠斗にはすでに結果報告してある。
イベントを潰したと端的に説明すれば、やりやがった。とのお褒めの言葉をいただいた。
「その調子でディアスフラグもたたき折れよー」
「完全に他人事だね」
できるものならやっている。
「おーい、今里。お前ちょっと職員室行って出席簿とってきてくれないか」
2人でぼそぼそ話していると、体育教師から声がかかった。
「分かりました」
私は足を怪我しているから選択肢から外されたのだろう。悠斗はさっと立ち上がり、職員室へ向かって歩いて行った。
……1人になってしまった。
やることもないので、ぽつんと1人ベンチでぼんやりする。向こう側ではきゃっきゃと声がしているが、何だか別世界を見ている気分だ。
私もついこの間までは、単なる転生者だと思っていたのだけど。まさか乙女ゲームの主人公とか、びっくりだ。誰が想像できるものか。
「平和だなあ」
今の自分の置かれた状態とは大違いだ。ちょっとだけうらやましい気持ちが声に出た。
「そうですね。伊織さんは平和は嫌いですか?」
「……平和は素晴らしいと思います、先生。別に何か含みがあるわけではありません」
……もはや驚かない。私の呟きに返答する形で声をかけてきたディアスに、間をおいて答えた。相変わらず全く気配を感じなかった。うん、スルーだ。
「あれ? 驚かないんですか?」
「最近よくお会いしますから。いちいち驚くのも疲れます」
どうせ1人になれば何か起こるだろうと身構えていたさ。ディアスだとは思わなかったけど。
「あなたの驚いた顔を見るのが好きだったのですが」
「悪趣味ですね。女性に嫌われますよ」
「あなたに嫌われてしまっては困ります。気をつけましょう」
……決してツッコミはいれない。
むすっとしていると、ディアスは私の目の前にやってきてしゃがみ込んだ。
「……怪我をしたと聞きました。大丈夫ですか?」
おい、情報源はどこからだ。
「問題ありません。少し捻っただけですから。それより先生こそ、こんなところで油を売っていていいのですか?」
「そう邪険にしないで下さい。ようやく仕事が終わって、一息入れにきたのですよ。そうしたらあなたの顔が見えたので」
きてしまいました。そういうディアスに無表情のまま答える。
「そうでしたか、お疲れ様です」
早く去って下さいね、という私の心の声は届いただろうか。
神経が随分と分厚そうなディアスは、私の意向をまるっと無視して会話を継続させた。
「足を怪我してしまっては、ピアノを演奏することもしばらくできませんね」
……ディアスとの会話のコツは、話に乗っからない事だ。
「あなたのピアノの音色が聴けなくなるのは心が痛いです」
……乗っかったら負けだ。負けなんだ。負け……
「……私、この学園で弾いたことありませんけど、誰が別の方とお間違えではありませんか」
……どうしてもスルーできなった。
屈辱のまま、それでもつい答えてしまった私にディアスは首をゆるくふった。
「いいえ、あなたですよ。そしてここで聴いたのではありません」
「……ヒントをだし過ぎです。先生。思い出すまで待つのではなかったのですか?」
さらりと情報を挟み込んでくるディアスにイライラする。
「すみません。つい気が急いてしまうのです。……早く思い出して欲しいとね」
ディアスとの会話は疲れる。知りたくもない情報を、無理やり断片的に押し付けてくるものだから、余計わからなくなる。いや、わかりたくない。
「そんな日は来ないと思います」
あえてディアスを視界にいれないようにして言った。しかしディアスはめげた様子もない。
それどころか
「……あなたは思い出しますよ。必ず、ね」
思わせぶりにいうこの男が本当にいやだ。しかも微笑のおまけつき。いらない。
「また、是非あなたのピアノを聴きたいものです」
お前に聴かせるピアノはない。
「学園で弾く気はありません。私は音楽科の生徒ではありませんから」
当然の事実を持ち出す。学園の音楽室は主に音楽科の生徒が使う。勝手に私が使っていいものではないし、わざわざ手続きをとってまで聴かせてやる義理もない。
「それなら、僕の部屋に来ませんか? 理事長室には僕所有のグランドピアノがありますよ」
何故そんなものがある。
「お断りします。……どうしてもというのでしたら、そうですね、ピアニカでも弾いてさしあげましょうか?」
誰が悪魔の部屋になどいくか。反射的に断って、そのまま意地悪く代替案を提案してやった。ピアニカネタは私の中で絶賛続行中だ。
ふふん。
「それも楽しそうですね。是非お願いしたいものです」
「……冗談に決まっているじゃないですか」
さらっと肯定されて、こちらがひく。ねめつけるようにしてディアスをみると、こちらの気分とは全く逆に、嬉しそうに笑っていた。
「ふふふ、本当にあなたは楽しい人だ」
だからそんな要素はどこにもない。ありえない冗談を真に受けるこの男の方がよっぽど面白い。
微妙な顔をした私に気分を害したのだと思ったディアスが、フォローをしてきた。
「勘違いしないで下さいね。褒めているのですから。……僕の興味をひくなんて、なかなかできることではありませんよ」
「いりません」
のしつけて返してやる。
「伊織さん、僕は貴女に何かしてしまいましたか?」
ディアスはふと、寂しげな顔になって私に尋ねてきた。
何のことだ?
「いえ、別に」
「なら何故あなたはいつも、僕に対して妙な警戒をしているのですか?」
「え?」
まともに会話しようとしない私に困ったように質問を続けるディアス。
……別にディアス自体が気に入らないのではない。ルートに入りたくないだけなのだ。
「それこそ気のせいだと思います。別に先生に対して何とも思っていません」
「なんとも……ね。それはそれで寂しい話ですが、では僕はあなたに嫌われているわけではないのですね?」
「ええ、まあ」
よかった、と心底ほっとしたようにいうディアスに罪悪感が沸いた。考えてみればディアスにとってはひどい話だ。彼は別に自分が悪魔だとばらしたわけでもない。何もしていないのに私に勝手に避けられているわけなのだから。
……もう少し対応を考えた方がいいかもしれない。
逆に不自然で、こうやって違和感を覚えられてしまう。まるでG(例の黒いイヤな虫)でも見たかのような顔をするのは、流石に失礼かなと思った。
「誤解させてしまっていたのでしたら謝ります」
少しだけ、悪いなと思った私は一応謝ることにした。
「いいえ。あなたが否定してくれただけで十分です。ありがとうございます」
ふんわり笑われて、顔に熱があつまったかのような感覚を覚えた。やめて。本当にやめて。その顔と声、本当に弱い。
どうしようもなくなって思わずうつむいてしまった。
「伊織!」
声が聞こえて、職員室の方から悠斗が慌ててこちらに駆け寄ってくるのがみえる。
――――ああ、助かった。
「時間切れですね」
残念そうなディアスの声が、耳元で聞こえた。
はっと顔をあげると、そこにはもう誰もおらず、私だけが変わらず一人ベンチに腰かけていた。
◇◇◇
「大丈夫か!伊織」
私が呆然としているうちに、息を切らしてやってきた悠斗はきょろきょろとあたりを見回した。
「今、ディアスがいたように見えたんだけど」
……だよね。
「いた。突然消えたように見えた」
「それって……。なあ、やっぱりあんた昔どこかで、ディアスのフラグ立ててきたんじゃないのか? あいつ自分が人外なこと、あんたに隠す気ないように見える」
「なんでそう思う……」
悠斗に言われて声が震えた。
でもどうしてだろう、私もそんな気がする。
「それこそ俺が知りたい。……ゲームのヒロインがディアスの正体知るのって後半部で、しかも偶然だったよな」
「そうだよ」
ディアスは人間に自分の正体を知られたくないと思っている。だから、本当に偶然知ることになるのだ。ただ、正体を知られてからのディアスは、箍が外れたかのように主人公を口説き倒すようになるのだが。
「……それまであいつは自分が人外の存在だということを、一切悟られるようなことはしていなかった筈だ。それが何故こんな前半部で、疑われるようなまねをしてくる? 絶対にわざとだ。あんたに知られたいとしか思えない」
悠斗の言い分は多分間違っていないだろう。そして残念なことに、私には確証があった。
おそらく、思い出してほしいというディアスとの出会いに、その正体に通ずる何かが絡んでいるのだ。それに気付かせるため、奴はわざと自分の正体をにおわせるような発言と行動をとっている。
……昔の私、いったいどこでそんなフラグを拾ってきた。壊すだけじゃ飽き足らず、いらないフラグまで立てているなんて本当余計な事しかしていないな、私。
「多分、それで正解だと思う」
「まじかよ。正規ルートとは全然流れ違うけど、それってある意味ディアスルート行き、まっしぐらじゃ……」
悠斗の言葉が現実味をもって私にのしかかる。
「勘弁して。ディアスに対してそういった好意は一切持っていないから。勝手にルート分岐されても困る」
「じゃ、どうするんだよ」
イラつくように聞いてくる悠斗に、私は重々しく答えた。これしかない。
「……気付かないふりをする」
実際はすでに正体諸々知っているが。
でも、知っているからこそ、無視することも易いと思うのだ。
「どんなわざとらしいことをされても、全力でスルーする」
「おい」
それはちょっと、というような悠斗にさらに言葉を重ねた。
「だって、それしかないじゃない。思い出した途端、怒涛のごとく迫られるのは絶対に嫌。何の為に今までやってきたと思っているの」
私は普通の人生が歩みたい。
「あんた……そんなにディアスの事嫌いだったのか」
びっくりしたようにいう悠斗に小さく否定する。
「ううん。前世ではディアスルートがやりたくてこのゲームを買った。顔も声も信じられないくらいストライクど真ん中」
「なら、なんでそこまで」
そう言われても……ねえ。
ストーリーを知っていればわかると思うけど、ディアスは完全にヤンデレ系でしょ?
「……現実でもう一度、ヤンデレと関わる気はないから」
――――前世の旦那様は、監禁系ヤンデレでした。
ありがとうございました。




