4月中旬 教室での日常
本日更新分です。
「悠斗、今日の放課後生徒会室だって」
教室の一番前の席に座る悠斗に声を掛ける。4月も半ばにさしかかろうとしていた。
「ああ、わかった。そうだ、伊織これ。前に食べたいっていってただろ。目の前通ったから、買ってきたぞー」
「うわ。ネコヤの限定水まんじゅう。悠斗、ありがとう!」
ほいっと手渡された可愛らしいパッケージに心が躍る。悠斗がくれたものは、前々から食べたいと思っていたお饅頭だ。
並ばないと買えない人気商品の上、販売曜日が決まっていてなかなか手に入れる機会がなかった。前に食べてみたいと言っていたのを覚えていてくれたらしい。嬉しい。
「それだけ喜んでくれたのなら、水城に並ばせた甲斐があったな。でも、女子高生なんて誰ひとり並んでいなかったけど。若い女が喜んで食べるようなものでもないんじゃないのか」
「人の好みにケチつけないでよ。水城さんにありがとうございますって伝えてくれる?」
「わかった」
水城さんというのは、悠斗専属のお世話係。身体が弱い悠斗にいつも付き従っていてがっしりとした、一見SPみたいな体格をしている。
細やかな気配りが素晴らしく、私も一度会ったが感服させられたものだ。
しかしそんな人が、あの和菓子屋に肩身狭い思いをして並んだのだと思うと少し気の毒に思えた。
だってあの店は悠斗のいうとおり、アラフォー世代以降に大人気の和菓子屋さんだ。
……オイコラ、今精神年齢50歳の私には、ぴったりだって思ったやつ前へでろ。
悠斗と、協力体制に入って約2週間。こんなやりとりも普通になった。
最初はどうなることやらと思っていたのだが、お互いの事情を分かっているというのは想像以上に気が楽で、気が付くと悠斗と行動を共にすることが増えていた。
悠斗の家は大きな病院をいくつも経営している。
悠斗はそこの跡取り息子だ。
病院の御曹司である彼が現代医学では完治の難しい難病にかかるとは、ゲームだからとはいえ皮肉すぎる。
生まれてすぐ病気が発覚したという悠斗は、各分野の権威がいる病院を、それこそ世界中転院して回りながら育ってきたらしい。
これまで何度となく手術を受けてきた悠斗だったが、次がようやく本当に最後の手術となる。
予定では年明け。場所は悠斗の家族が経営する病院。
この手術をクリアすれば、無事悠斗は健康を取り戻すことになるのだから、私としては是非とも応援したいところだ。
なのに悠斗ときたら、「俺のルートに入らないことが一番の応援だ」なんて言う。ちょっぴり腹が立ったので、その時はうぬぼれるなと足を踏みつけておいた。
クラスメイトは、お互い生徒会役員でもある私たちが一緒に行動することを不思議には思っていないみたいで、意外にそっとしておいてくれる。
悠斗と一緒にいるとうるさいのは、総ちゃんだ。
昨日もひと悶着あってうんざりした。
「伊織ちゃん」
ああ言ってる間に、まただ。
仕方ない。私は振り向きもせず答えた。
「なに。総ちゃん」
「伊織ちゃん! どういうこと? 昨日教えてくれたアドレス、宛先不明で戻ってくるんだけど!」
「ああ」
私はできるだけ、感情を表さないようにして私は淡々と事実だけを述べた。
「メルアド、変えたからね」
「ひどい! なんで言ってくれないの」
思った通り、掴みかからん勢いで責め立ててくる。
「それがね、残念なことにあのアドレス、いたずらメールが多かったの。だから変えた。駄目だったかな?」
「いたずらメール?」
「そ。同じアドレスから50件以上も来ることもあってね。気持ち悪いじゃない。最初はきちんと対処しようと思ったんだけどきりがないし、少しでも早く解放されたかったから、やっちゃった」
「……そうだったんだ。俺の伊織ちゃんに……許せないな。そういうことなら仕方ないけど俺にも連絡ほしかったな」
「……ごめんね」
怒気をひっこめた総ちゃんに謝意を伝えるが、一片たりとも悪いとは思っていない。
なぜなら――――その50件以上のメールの犯人は、今目の前にいるこいつだからだ!
しかし、そうではないかとは思ったが、やっぱり自分が犯人だとはみじんも思っていないらしい。
総ちゃんにメルアドを教えるよう迫られてから数日、このままだといずれ不本意にも教えざるを得ない状況に追い込まれると悟った私は対策を講じることにした。
とりあえず、スマホを2台持つ方向に出たのだ。
まったく同じ機種のものを2台。
新しいスマホは表向き学園用。つまりは総ちゃん対策専用スマホとした。
総ちゃんにいつも使っているスマホだと認識させるため、見えるところに常に置くことにした。元のスマホは鞄の奥にしまっておいて、必要な時にはトイレなどでこっそり確認している。
学園外では今までどおり使っていたスマホの方を使用。面倒くさいが仕方ない。
そんな使い方にも慣れた昨日、悠斗のことでやたらとうるさい総ちゃんをごまかす為の犠牲に、ついに私は新しい方のスマホのメールアドレスを教えることになった。
二台持ちとはいえ、番号を教えることは断固として拒否した。
教えるからINELをしようと誘われたが、それは嫌だと断った。
あのアプリは既読表示がつく。
既読スルーも未読スルーもどちらもうるさく言われそうで絶対に嫌だったのだ。
しかし――――やっぱりと言えばよいのだろうか。
思ったとおり総ちゃんは、メール魔だった。
教えた瞬間からメールは着信を伝えつづけた。ちらりと内容を確認すれば至極どうでもいい、今何をした等の行動の報告と質問。
やっぱりなと思い、そのまま消音設定にして放り投げておいた。
夜になって、スマホの存在を思い出し確認して、即後悔。
メールの着信は80件を超えていた。
もはや内容を確認する気にもなれず、なのに引き続き無音でメール着信を伝えるスマホに心底うんざりした私は、その流れのままにアドレスを変えたのだった。
途端沈黙したスマホを見て、非常にすっきりとした気分を覚えたことは記憶に新しい。
やはり、二台持ちにしておいてよかった。総ちゃんの方のスマホ、見たくない。
「返事もくれなかった」
昨日のことを思い返していれば、総ちゃんはまだ言い募ってきていた。
うん。返事をするような内容じゃなかったからね。
「言ってあったと思うけど。夜はずっとピアノ弾いているから、返信はできないって。それでもいいって言ったの総ちゃんだよね」
一応返信しない言い訳も、最初に念押ししてある。
それにピアノを弾いているというのも本当なのだ。
「それはそうだけど。でも、寝る前におやすみのメールくらいくれても」
「私、筆不精だから」
それが嫌なら、変えたアドレス教えないけど。
そういえば、慌てて謝ってきた。
私は頷き「変えたアドレス覚えていないし、今スマホ手元にないからまた今度教えるね」と真顔で告げた。
これ以上粘っても無駄。下手をすれば教えてもらえない事態になると気が付いたのだろう。総ちゃんは「わかった。じゃあ次は絶対だよ?」といいながらしぶしぶ引き下がっていった。
一連の流れを口を挟まずじっと観察していた悠斗が、総ちゃんが離れたことを確認してからお見事という視線をよこした。小声でいう。
「お疲れ……あんたも、慣れたもんだよなあ」
「うるさい。慣れざるを得ないでしょ。自己防衛といってくれる?」
「いやあ、由良のアレを初めて見た時には驚きのあまり声もでなかった」
アレと言いながら、総ちゃんに視線を向ける悠斗。
目があって睨まれたらしく「こえっ」といって肩をすくめた。ばかめ。
「……私だってそうだよ。キャラ崩壊激しすぎてびっくりした」
「でもアレが許されるなら、俺がちょっとくらい違っていても別にいいかと思えるな」
うんうんと頷く悠斗にじと目で告げた。
「ちょっとで済まないけど」
「元を知らないから、俺には何ともいえないし」
「よくいう」
小さく笑った悠斗だが、ふと真面目な顔になって忠告してきた。
「冗談抜きで、いつか刺されるぞ。注意しろよ」
「うん。分かってる。私もそうなる前に、何とかしたいとは思っている」
一応こちらも真面目に答えれば、悠斗はもう一度総ちゃんの方をみてため息をついた。
「……なんつーか……その時は俺も一緒のような気がしてきた」
私と仲良くしている男の筆頭だからね。
巻き込んでごめんと謝りながらも軽口を叩いた。
「順番で行けば、私より悠斗の方が先じゃない?」
「……笑えねえ」
「だよね……はあ」
二人揃って溜息をついた。
今は、こんな感じで日々を過ごしている。
ありがとうございます。




