伊織的考察 その1
いつもありがとうございます!
まさか投稿一週間ほどで、こんなにたくさんの方々に読んでもらえるようになるとは思ってもみませんでした。
感謝!!!です。
それでは、本日の更新をどうぞ。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
……ちっちっちっちっちっ
意識の外から時計の針の音が聞こえてきた。いや、本当はもうずっと聞こえていたんだろう。そんなことくらい、とっくに気がついている。格好悪く、現実逃避していただけ。
ここはお正月に一時帰国して以来の私の部屋。電気もつけずにいたため、部屋の中はまっくらで今何時かもわからない。
……ようやく落ち着いてきた。
あの時奴に、あまりに予想外のことを言われ、一瞬にして脳がパニックを起こした。そこからの記憶はあやふやでよく覚えていない。
……兄に心配かけたんだろうということだけはわかる。おぼろげに、何度も部屋の扉の前まできた兄が声をかけてくれていたことを覚えているから。
返事もろくにせず、ひたすら自分の世界にひきこもっていた私を兄はどう思っただろう。あまり気に病んでほしくない。
「はあ」
ベッドからおりて、まずは電気をつける。時計を見ると、もう23時をこえていた。明日から学園に行かなければいけない。時間はないが、考えられることは考えておかなくては。
少しでも頭をはっきりさせようと思い、シャワーを浴びることにする。
バスルームへ行く途中にある兄の部屋に寄り、感謝と謝罪を伝えた。
心配そうな表情を見せる兄に、何も問題はないと伝えた。嘘をつくのはひどく心が痛んだが、まさか本当のことを告げるわけにもいかない。何かあれば相談するからといい、部屋をでた。兄は何かいいたそうにしていたが、黙って引き下がってくれた。
温度を高めに設定したシャワーをさっと浴び、帰りに何か食べ物を見つくろう。
食事もせず引きこもっていたが、今になって空腹を覚えてきたのだ。体重増加が気になるが、空腹では何も考えられない。りんごを一つ手に取ってよく洗うと、そのまま噛り付いた。
酸味が妙に胃に沁みる。おいしいと思えた自分に少しほっとした。
「さて」
部屋に戻ってきた私はベッドではなく机に向かった。引き出しをあけ、新品の大学ノートを取り出す。整理するためにも書き出した方がいいと思ったのだ。
書き出す順番は迷ったが今日は時間もない。とりあえず気になるところから考えて書いていこう。何が一番気になったか。それは――――。
『ディアスのセリフ』
本日一番のショックはこれだ。思い出したくもないが奴は確かに『日本に帰ってきていたんですね』と言った。つまり、私という存在をすでに認識していて、なおかつ留学していたのを知っているということだ。
原作の流れでは、奴が主人公に会うのは今日のあのシーンが初めてなはず。ディアスの心を動かす歌を披露した主人公に興味を抱くというのが最初。
過去にあったことがあるという話はどこにもなかった。後で思い返してみようとは思っているが、確かに私は色々なことをしでかし、色々と流れをかえてしまっている。
だがどう考えても私にディアスに会った記憶はない。大体小学校4年終了時にはドイツに行っている。設定上、学園から出ることのできないディアスが、ドイツでの私を知っているとは思えない。
一体何をもって私を知ったのだろう。
しかし、それを奴に直接追及することは決してするまい。
……藪をつついて蛇がでてきてはたまらない。
次。
歌がうまくないという時点から、私に興味を持たないという可能性も考えてみる。
……駄目な気がする。
彼は前世の曲に興味を抱いていた。上手い下手を気にしているようには思えなかった。
……つまり選曲ミスか?
私の歌はお世辞にも上手いとは言えないし、ありふれた歌にでもしていれば出会わないままスルーできたのではないだろうか。
この世界に存在しない曲を歌うなんて、本当にバカじゃないのかと思う。
桜に浮かれて、あんなチョイスをした自分をしめてやりたい。
「でも手遅れっぽい感じがひしひしと……」
非常に残念な話だが、多分すでに興味を持たれてしまったような気がする。
奴は確か音楽が好きだった。力の源みたいなことをゲームで言っていた。いい曲や歌を聴くと力がたまっていく、みたいな。だから音楽科があるんだろうな。
私は、歌はうたえないけどピアノなら弾ける。
ピアノについては留学を知られていた件から考えても、たぶんばれているだろう。
では、さしあたっていったい奴にどう接するか。
ディアスルートなど行きたくない。確かにゲームでは問答無用の一本道だったが、ここはゲームの中ではない。私は、ほかの人と会うことを選択することができるし、ゲームのようにボタン一つで一日を終わらせることもできない。だから、うまくやれば奴をやりすごすことができるかもしれない。現実は二択なんかではないのだから。
「きめた」
よし。とりあえずの方向性としては、できるだけディアスを避け、好感度があがらないような会話を心掛け、もしピアノを望まれた場合は断ろう。
ここまで考えたが、もしかすると私の自意識過剰で、本当はただ偶然話しかけただけ。興味をもったわけではなく、つまりはこの後の接触は一切ない。……なんて超展開が起こるかもしれない。
そうだ。決まったわけじゃない。あまり不自然に反応しすぎると心を読まれる可能性もある。奴は悪魔。確か対象に触れる事で心を読めるというくだりがあった。十分に注意しつつ遠巻きに様子を伺う程度で。うん。
ある程度、ディアスへの対応を考えたことで少し気が軽くなった気がする。最初は逃げられないかもと思って気が遠くなったが、落ち着いて考えればなんとかなりそうな気がしてきた。
時間はもう12時を回ってはいるが、もう一つくらい考察しておこう。そうだな。
『私が歌えない件について』
このどうしようもない件についてだ。
ゲーム内容を思い出したとき、これに関しては本当にショックだった。何をするにも歌がいるのに、やってないとか。乙女ゲーの主人公としてはありえない超展開におののいた。
何故こんなことになったのか。ははは、分かっているとも、自分のせいだ。
とりあえず主人公が歌を歌い始めたきっかけはなんだったか。そこから考えてみる。私も大概奴のルート以外は飛ばし飛ばしのスキップできてるから、そう細かく覚えているわけでもない。攻略サイトなんて見なければよかった。おかげで奴以外のルートは選択肢も話もうろ覚え。
え? ディアスのことがさっきから『奴』扱いになってるって? 今となればそれで十分でしょ。前世の私、何をとちくるっていたのか。
……ああ、そうか。声か。
それはともかく、色々と人生もかかっているし、何が何でも思い出さねば。
確か、攻略キャラの一人、幼馴染の由良 総太朗が小学生のころ、両親を事故で失った時に彼を慰める為に歌ったのが最初だったはずだ。
悪夢をみると、眠れないと悲嘆にくれる彼を抱きしめながら子守唄を歌う主人公。
うん。そういう感じの過去スチルを見た気がする。
その後彼に照れながら、
「お前の歌すごく好きだ。あの時はお前に救われた。本当につらかったときお前の歌が心に沁みこんできて、あったかい気持ちになれた。だから俺は今こうしてここに居れるんだ」
なんてことを言われ、それをきっかけに歌い始めるようになった……だったかな。改めて考えると主人公、チョロすぎてびっくりだ。
そんなかかわり方をしているので、ゲーム開始時からすでに由良の主人公に対する好感度はかなり高い。
確か主人公は今の私と違って歌がかかわらない限りは頼りない、おとなしい女の子だったから、それを守ってくれる面倒見のいい優秀なお兄ちゃん的な立ち位置だった。
知り合いの誰もいない学園に通うことになった彼女のために、心配だからって一緒に外部入学試験うけてくれるんだよね。
彼女は入試に受かるほどの実力がなかったから、音楽特待生として歌で音楽科にはいったけど、彼は実力で特進科に入学。
ほとんど何もしなくても恋愛エンドにたどり着けるキャラだった。
……うん。面倒見のいいお兄ちゃんとか、総ちゃんが別人だ。
これ、もしかして私がちゃんとイベントこなしていたら、総ちゃん、あんな痛い初恋こじらせたみたいなキャラにならなかったのかな。私があげたリボンを大切にしてるとか言っていたけど、もしかしたらそれ握り締めて辛い夜を越えた……なんて展開ないよね。
罪悪感から好きになるのは違うと思うし、やらないけど……明日から、もう少し総ちゃんにやさしくしてあげようとちょっとだけ思った。
……うーん。しんみりしてしまった。
駄目だ。ちゃんと考えないと。今は罪悪感につぶされているときじゃない。
しゃんと背筋を伸ばして再びノートに向かう。
次に書き留めるべき言葉は、
『何故イベントが起きなかったのか』
書いてみたものの、しかしこれは考えるまでもなかった。
答えは簡単で、それが起こる前に別のフラグをたててしまったからだ。
多分一番初めに私が折ってしまった、いや立ててしまったといった方がいいかもしれない大きなフラグ。
このせいでたぶんすべてが大きく狂ってしまった。
その時の私の行動はささいなもので、でもその後に引き起こしてしまったものは波及効果があまりにも大きかったと今ならわかる。
そう、そのイベント名は、あえて名前をつけるならばこうだ。
『再婚のすすめ』
この一言に尽きる。
読んでくださりありがとうございました。
明日は引き続き、考察2になります。予定したところまで進まなかった……




