デッド オア アライブ
いつもありがとうございます。感謝しています。
ちょっと説明ちっくになってしまいましたがお楽しみいただけますように。
皆さん、こんにちは。鏑木伊織です! 年は15歳。高校一年生です!
今日は楽しみにしていた入学式。
もう高校生だし、素敵な出会いがあるといいなあ。恋に勉強に頑張ります!
……って誰だよ。
わけのわからない現実逃避をしてしまった……。
どれだけパニくっていたんだ、私。
衝撃の出会いですっかり混乱してしまった。そんな暇などどこにもないというのに。
とにもかくにも、色々と考えたいことがある。思い出したと一言でいっても、頭の中はまだ整理しきれていない事実や、現実との齟齬が山のようにあって理解が追いついていない。これからの私の行動だって考えないといけない。
……そう、さしあたっては私が『歌が得意ではない』という如何ともし難い事実について。
「初めて聞く曲でした。あなたの作曲ですか? ……どうしました? 僕の顔に何かついています?」
記憶がよみがえったショックで完全に固まってしまっていた私に、彼(確かフィアラル・ファン・ディアスという名前だった)はもう一度話しかけてきた。
……やっぱりすごくいい声をしている。
勿論外見も好みだったのだが、この声には劣る。別に声フェチってわけではないのだけど、この声だけはどうしても駄目だった。声で思い出すとか、前世の好みをそのまま引き継いでいたってことだ。……最悪。
「いえ、なんでもありません」
あまり会話しないように心掛ける。後は、さっさとこの場を離れるだけだ。この人とのイベントなんて絶対に起こしたくない。先ほど思い出した事実に全身が震える。
彼、フィアラル・ファン・ディアスは、最初学園の先輩いう立場をとって近づいてくる。だが、実際の彼は学園の学園長兼理事長だ。隠しキャラという扱いで、攻略キャラ4人を全ルートクリアすると初めて彼のルートが開く。
ルートに入る条件はただ一つ、
『入学式の日、桜の下で歌を歌う』だ。
他のキャラクターを攻略して2週目以降、オープニングが流れる前に、何故か選択肢が追加される。それが、中庭にいくかどうかだ。
1週目にはない選択肢で、行ってみても特に何も起こらない。ただ綺麗な桜に見惚れるというどうでもいいエピソードが追加されるだけだ。
それが、全てのルートを攻略して最初からやり直すと、中庭に行った時に『歌ってみる』という選択肢が表示される。それを選択すると今のように彼が現れ、スチル表示、オープニングと進み、彼のルート、つまりは真相ルートに突入するのだ。
真相ルートとは、学園と彼の秘密に関するルートなのだが選択肢は最後の二択のみ。ここで彼にあったが最後、問答無用で話は進む。ほかのキャラへ寄り道? とんでもない。誰に会うかの選択肢も出ないのだから寄り道したくてもしようもない。
そんな私が前世において初めて彼を見たのは、そのゲームの発売日も一月は過ぎたころだった。その日もだらだらとネットをしていた私は偶然そのゲームのサイトを発見、興味本位でプロモーションムービーをみたのだ。
初めて聞く名の絵師さんが手がけたそのゲームの映像は、なかなかに私好みだった。ムービーを見る限りキャラも悪くなさそう。だけど特にこれってキャラはいないな、そう思った。
だが、その中の最後に出てきた彼をみたとき、私の目は釘付けになった。
ストライクすぎる好みの外見。そして映像の中での彼の声。……大好きなあの声だ。
そのままポチっとお買いものボタンを押した私は悪くない。買わないという選択肢はどこにもなかった。
お急ぎボタンを押したので、次の日にはゲームが届いた。わくわくとさっそくゲームを始めた私はショックを受けた。攻略できるキャラは4人。彼がいない。なんでだ。
不思議に思ってネットで検索すれば、どうやら全キャラクリアした後の隠しとしてでてくるらしい。私はめげなかった。大ボリュームのストーリーをスキップボタンと声カットでさくさく進めた。攻略サイトを使い、速読の要領で話を読み、彼のルートへとこぎつけた。
そこまでして辿り着いた彼のルートの話はとてもよかった。どっぷりはまったし、私的には非常に満足した。
――――しかしだ。それは、ゲームだった場合のみの話。
ネタバレになるが話の終盤で明かされる彼の正体は、悪魔だ。
1000年ほど昔、力ある陰陽師に結界と契約をもってこの地につなぎとめられてしまった悪魔。普段は絶対にしない油断をした隙を狙われ、不本意にも封じられてしまった。ただ、非常に強い力を持っていた彼をそれ以上どうすることもできなかった陰陽師は、彼と契約を交わした。
1000年の間、この地で人を守ること。
そうすれば、この結界は解くと。もともと陰陽師の張った結界は、1000年以上はもたないものだった。だからどうせ解けてしまうものなら、と契約をもちかけたのだ。
悪魔は退屈していた。本気で抵抗すれば、この程度の結界はなんともなかったが、暇つぶしとしては丁度いいと契約を受け入れた。契約により封じられた半径10㎞圏内から出ることはできなくなったが、それも別に気にならなかった。
人間側の上層部はこれを利用した。裏切る心配のない、人を守ってくれる悪魔。自分の子供たちを預けるのに、これ以上都合のいい存在もいない。悪魔のいる場所には早々に上流階級子息たちの為の教育機関ができた。彼は長として未来の人材の育成と、その保護にかかわることになった。
別にどうでもよかった。子供を守れというなら、自分の契約範囲内にいるものなら守るし、そうでなければ捨て置く。彼にとってはその程度のものでしかなかった。
そしてそれは1000年の長い間に名をかえ、意味をかえ、現在暁学園として存在している。
彼のことは勿論トップシークレット扱いで、現在もほんの一握りの人物しかしらない。そして知っていても話半分と思っている者もいるし、何よりもうすぐ契約期間が終了するということを誰も知らない。
それは散々に上に利用された当の陰陽師が、1000年という限定期間であることを結局明かさなかったからだ。
恐ろしいことにゲームのルートでは、来年で契約期間が切れることになっている。長い間自分勝手に接してきた人間に対し、彼は非常な憎しみを覚えており、契約期間終了時には世界を滅亡させようかと本気で考えている。……つまりだ。
彼の唯一の選択肢は、彼を受け入れるか否か。
受け入れた場合は通称『桜エンド』とも言われる『契約者エンド』に分岐。文字通り彼の契約者となって、同じ悠久の時を過ごすことになる。主人公が望むならばと、守護者であり続けることを承諾するエンドだ。
そしてもう一つのエンドがいわゆるバッドエンド。
そう、もうお分かりかと思うが『世界崩壊エンド』だ。
悪魔である彼を受け入れられないという主人公に絶望した彼は、そのまま全魔力を開放。すべてを消滅させてしまう。
地球すらなくなってしまった宇宙空間に、黒い翼をはためかせ、彼女の亡骸を抱えながら涙を流すという彼のスチルは非常に美しかった。
……美しかったが、口元が笑みをかたどっていたのが非常に怖くもあった。
「これであなたは永遠に僕のものだ」
このセリフを彼はどういう気持ちでつぶやいたのか。
とにかく彼のルートは、永遠か死か。その二択に集約されてしまっているのだ。
……どんなデッド オア アライブだ。
そしてそれを知っている私が思うこと。それは、関わりたくない。これに尽きる。2次元と3次元は違うよね。誰が関わりたいものか。
しかし非常に困ったことに原作の流れとはずいぶん違っている。私の歌のくだりもそうだし、この辺りはあとで考えなければならない。
だがとにかくまずはこの男から逃げること。
思わず後ずさりそうになったが気合で踏ん張った。
そうだ。自然な流れで会話を終了させ、印象に残らないようすみやかにこの場を去るのだ。私に課せられたミッションはこれだけ。
行け! 伊織! 私はやればできる子だ!
……多分。
私はにっこり微笑みながら言った。
「先ほどの曲は思いつきです。桜があまりに綺麗でしたので、つい。お騒がせして申し訳ありませんでした。それでは、私はこれにて失礼させていただきます」
よしっ! 完璧だ。
後はそのまま礼をして、この場を去るだけ。だが、敵もさるもの。
必死の私をあっさりひきとめた。
「ああ、ちょっと待ってください。……あなた、どこかであったことありませんでしたか?」
ねーよ!
なんだそのくだり。ないよね。ないはず。原作でもなかった。ここは『ノー』だ!
「ありません」
よく言った、私!
もういいよね。と再度にっこり笑って答える。彼は少し考えたようにした後、もう一度私の方をみて「ああ」とうなずいた。
「日本に帰ってきていたんですね」
……その後、どうやって場を辞して、家まで帰ってきたのか記憶はない。
気が付いたときには自室のベッドの上で、膝をかかえてふるえていた。
ありがとうございました。




