反省
「葵……」
耳元で低く掠れた声がわたしの名を呟くと熱い吐息がかかり、背筋がぞわりとざわめいた。
「! ちょっ、」
身を捩って「離せ」と暴れようとしたとたん強く抱きしめられ、胸の下を押さえつける腕と背中に密着する空耶の胸とで身動きがとれなくなった。
「聞いてくれ。俺は今までおまえに酷いことばかりしていた。多分。」
「多分じゃないでしょ………」
「う、うむ。酷いことをした。絶対!」
「それ本当に分かって言ってんの?」
「飲み屋で美耶子という女に言われたんだ。俺は葵に嫌われていると。だから反省した」
「あー! 店で一緒にいた人? ずいぶん親しそうだったけど誰?」
大切な事なのにすっかり忘れていた! わたしのバカ!!
首をぐきりと無理に捻って綺麗な顔を見上げ声を大にして聞くと、空耶は二、三回瞬きしてから「よく分からない」という顔でわたしを見下ろし眉を寄せた。
「あの日、店のすぐ前で悩みを聞くからと誘われたんだが……」
うわー、逆ナンってやつ? 顔のイイ男って得だなぁ。これだからイケメンは。いや、別にいいんだどね―――って良くないか?
「誘われてついて行っちゃうなら、わたしじゃなくても良いって事じゃない? 美耶子さん、綺麗だったし……」
「む、普段はいくら声を掛けられても全て断っているぞ。あの時は葵の事を知るために、歳も近そうな女なら適任かと思って話を聞いてもらっただけだ」
「え、えええええ!?」
わたしのことで悩んでた!? 意外すぎる! 「悩み? ナニソレ美味しいの?」っていうタイプかと思ってた。
どうしよう。自分のことを考えてくれるのって、なんか嬉しいかも……。
わたしの腹部に回されていた手が肩にまわり、くるりと身体の向きを変えられた。向かい合う形になって、腰を折る空耶の顔が目の前になる。
「今まですまなかった。これからは葵が嫌がる事をしないように努力する。だから、今度こそ『結婚のためのプロセス』というやつを教えてくれ!」
「あ…………」
なんて眼力だ。何か言おうと口を開いたものの、真っ直ぐな強い瞳に見据えられて言葉に詰まってしまった。
わたしは高校の時、部活で憧れていた先輩と二週間だけのお付き合いした事がある。手を繋いだだけの、実に青い春だった。
相手の人はいわゆるイケメンだったが、わたしはその顔が気に入ったわけではなく、真摯に部活に取り組む姿や気さくに声を掛けてくれる優しさに惹かれていた。
だからあっちから付き合おうかって言ってきた時は本当に本当に嬉しかったんだ。
ただ、それは相手からすると暇つぶし的な遊びだったらしい。
よく考えれば分かったハズなのに、その時のわたしは舞い上がっていて気がつかなかった―――顔が良くて男女問わず誰とでも気軽に仲良く出来るような人が、わたしみたいなのと真剣に付き合うわけがないって。
彼は、前の彼女と別れたばかりでその穴埋め的なものをわたしに求めていたのだろうけど、他の女子に告白されてOKし、あっさりとわたしに別れを告げてきた。
それからからというもの、恋愛対象になり得なさそうなくらい歳が離れた男性以外に不信感を持つようになった。偏見だとは分かっているのだけれど、殊更イケメンに対してはそれが強い。
つまり、わたしにとって空耶は胡散臭い典型。焔星くんは可愛がりたい典型だった(ブラックエンジェルだから過去形ね!)。