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鬼ごっこは命がけ  作者: 伊代
4章
28/32

戸惑い

 バイトという名のお手伝いで、叔父が経営する居酒屋で久しぶりに精を出して働いていたわたしは、ガシャリとグラスが倒れる音に背後を振り返る。

 と、黒いスーツ姿の男性がカウンターに突っ伏していた。隣に座る綺麗なお姉さんが驚いた顔をして硬直してそれを見ている。

 デートで酔いつぶれる男の人ってどうなのさ、なんて内心呆れつつもお仕事モードで声を掛けてみる。

「―――お客様、大丈夫ですか?   っげ」

 小さく悪態をついてしまったのは、黒く長い睫毛で瞳を閉じている綺麗な男の顔に見覚えがあったからだ。

 誰だっけー、この人……なんて、現実逃避してみるけど空耶だよね、うん。

 しつこくしつこくわたしに迫ってくるくせに女連れかー、いいご身分デスネ。


「おにーさん、起きてよー。もぅ、ほんとお酒弱すぎ~」

 とか言いつつ、ケラケラ笑っているこの可愛いお姉さんは誰だろう?

 居酒屋で男女が二人肩を並べて呑んでたら普通は恋人同士、デートだろうけど。ふーん、美男美女でお似合いだね。


「どうしようかなー、このまま連れて帰っちゃおうかなー。あ、そこのキミ、タクシー呼んでくれない?」

「……………………」

 あー、これが噂に聞く「お持ち帰り」ってやつ?

 介抱するだけかもしれないけど、意識のない人間を連れ帰るのってどうなの?

 まあ、このお姉さんが悪い事するとは思わないけど……(いや、何が良くて何が悪いのかは分からないけど)。




 空耶とは事件以降、距離を置いていた。いや、実際はその前からずっとだ。

 というよりも、親密にしていたのは出会ってすぐの1週間だけなんだよね。

 それ以降はまともに会話もしていないという、思えば奇妙な関係だ。


 事件後もストーキングされているけど、無視もしくは攻撃することで接触を交わしている。

 空耶は怖いし、変態だし、嫌いなイケメンだし、なにより菊さんの身代わりにされるのもごめんだし、ここで庇ってやる理由なんて無い―――なのに、なぜか胸がチクリとする。

 こんなのヤキモチみたいでイヤだ。妬く意味が分からない。

 これじゃまるで空耶に気があるみたいだ。

 そんなはず、ない―――だから、これは人助け。


「失礼ですが、急性アルコール中毒の可能性もありますので、経過を観察されてから移動された方がよろしいかと……」

 マニュアル通りの対応だ。まぁ呼吸に問題はなさそうだし、顔色も悪くないから大丈夫だとは思うけど。

「えー、そうなの? 私、そういうの分からないからよろしくね~!」

「―――あ、お客様!?」

 笑顔でさらりと言うなり、お姉さんはすっと席を立ちお勘定を済ませて帰ってしまった。

……何、その薄情さ。恋人じゃない、の?


 ドアが開いてちりんと鈴がなる音に、状況反射で「アリガトウゴザイマシター!」って叫んでる場合じゃないよ! どうすんのさコレ……。




「ごらぁあぁッ! 離せ!! ばか空耶!!!」

 暴れまくった。力一杯。手足をバタバタさせて。

 けれど空耶は微塵たりとも動かない。


 後ろ頭を抱え込まれ、わたしの顔はしっかりと厚い胸板に押しつけられている。視線だけを少し上げると安らかな寝息を放って幸せそうな顔でスヤスヤと眠る空耶―――。

 ああもう!! 殺意さえ湧いちゃうね!!

 このオッサンはどうやっても死なないだろうけど!!



 あの後、バイトが終わってもカウンターで眠ったままの空耶をなんとか揺さぶり起こした。

 店から出たは良いものの、歩きながら船を漕ぐオッサンに困り果てたわたしは、その辺に転がしておくわけにもいかずに近くのビジネスホテルに放り込むことにした。


 背中を押しながらシングルベッドが一つのシンプルな部屋に連れて行き「おとなしく寝なさい」と声を掛けると、寝ぼけつつもコクリと首を縦に振り「うん」と素直に頷く様子には密かにキュンと母性本能をくすぐられてしまったが、なんとかスーツとワイシャツを脱ぎ捨て半裸でベッドに潜り込むのを確認して、そのまま部屋を出ようとした―――が。

 長い腕でひょいと抱き上げられてしまい、そのままがっちりとベッドの中でホールドされてしまった。

 しっかり寝ているはずなのに腕の力が抜けないってどういうこと?

 もがき暴れるのに疲れてもうぐったりだ。


「あおい……すき」

「!!!!!!!!!!!!!」

 なんて寝言だ!

 なんて柔らかな笑顔だ!

 こんな優しげな空耶は反則だ!!

 暴れるのを止めたというのに、今度は心臓が勝手に暴れている。

 熱いのは頬に密着する空耶の素肌なのか、わたし自身なのか。


 でも―――菊さんの身代わりだと分かっていながら、こんな風に空耶の言動に動揺してしまう自分がイヤ。

 他のことは空耶に改善させたり、わたしも譲歩したり出来るかもしれないけど、その一点だけは我慢出来そうにないんだ。

 それにさっきの女の人も気になるし……。


 あれこれ考えているうちに、空耶の腕が一瞬緩んだ。

 その隙をついて重たい腕から抜け出し、わたしはその場から駆けだした。

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