身代わり
更新が遅くなりまして申し訳ありませんでした。
わたしと空耶へ交互に視線をやりながら語る王珠ちゃんの声は、どこか寂しそうだった。
「アタシは長生きして魂が宿った付喪神だったから、鬼の空耶とは意志疎通出来たの。長い付き合いだったし、空耶の事は息子みたいに想ってた。
だから、どこか人間を毛嫌いしていた空耶が菊ちゃんに初恋した時、アタシは良い傾向だと思って温かく見守っていたのよ―――残念ながら結ばれることはなかったけどね」
ああ、やっぱりね。
自分でもビックリする程、淡々とした感想しかない。
先祖の菊さんを好きだった空耶。
わたしはその血筋だから、外見が似ているとか同じようなニオイがするのかもしれない。
それが―――それだけが、空耶がわたしに拘る理由だろう。
―――つまり、わたしは初恋の人の身代わりというわけ。
「河原崎葵」という個人を気に入っているわけじゃないんだ。
でも、わたしはわたし。
菊さんじゃない。
何百年も前の初恋の人を今でも想っている空耶は、良く言えば情熱的なのかもしれない。
けれどそれは同時に、わたし個人を無視して昔の恋を成就させようという盲目的でねじ曲がった愛情―――いや、愛情ですらなく執念とも言える。
長い睫毛に覆われた漆黒の瞳を伏せてうなだれている空耶を目にしても、もう何も思わなかった。
「ああ! お労しや、空耶さま……」
ずずずと鼻をすする音の発生源は瑠惟さんだ。
魑魅というのは気配もなく登場するのが得意らしい(まあ魑魅だから当然なのかもしれない)。焔星くんと電話していたらしいから、来るだろうと思っていたけどね。
瑠惟さんはヨロヨロと芝居がかった動作で空耶に歩み寄りその肩に両手を添える。
「その麗しいギザギザハートを、この瑠惟めが慰めて差し上げたい……ああ、空耶さまぁぁぁ!」
そのまま、おもむろに背中からガバリと空耶を羽交い締めにする。
「ぬぅおをぉっ! ぇえい離せこのオカマ! くそっ! おい、車尾! こいつをどうにかしろ!」
……非常に暑苦しい。
キリリとした渋いオジサマがイケメン青年に抱きつくという構図は一部の方々には好まれるだろうが、わたしの趣味ではない。残念ながら。
騒がしい二人を横目に、ベッドから足を下ろしてみる。
まだ少し痺れたような違和感があるものの、歩行には問題がないようだ。
「わたし、帰るね」
誰にというわけでもなく、ポツリと言い残してその場を後にする。
ぎゃーぎゃーわーわーと、けたたましい喚き声が響く部屋を出て暗い廊下をのろのろと歩く。
玄関の扉は蝶番が外れていて本来の意味を成していなかった。
その隙間を通り抜けて、山へと出る。
埃とカビの臭いから解放され、肺が清浄な空気を吸い込んでようやく現実に戻れた気がした。
足早に―――とは言えないが少しでも早く立ち去りたくて、じいちゃん達が心配して待っているだろう家路を急ぐ。
買ったはずの醤油は無くしてしまったのでもう一度買いに行ったが、当然のようにお店は本日の業務を終了して閉まっている。
無駄足を踏んだことにカッツリ凹みながら帰宅。
案の定、お父さんだけでなく、じいちゃんばあちゃんにまで帰宅が遅い事を咎められた。
デニムパンツが裂けている事に目敏く気付いたお父さんには「前からほつれてた箇所が木に引っかかって裂けてしまった」と苦しい言い訳をしておいた。
確かに出血していたはずの太ももの傷は、焔星くんの手当のおかげか全く見当たらなくてそれが唯一の救いだ。
今日は何から何まで焔星くんには大感謝。
もしあの時、偶然に居合わせてくれなかったら――――――いや、考えるのはやめよう。