ヒーローは誰
本日二話目の投稿です。
すっかりダークでしたが、そろそろラブコメ再開です。
口腔内を飽くことなく延々と貪られ、熱く大きな手が身体中を這い回る中、痺れた頭でぼんやりと誰かの声を聞いた気がした。
視線を動かすと、薄暗い室内の奥が薄青色の光に包まれていて、近付いてくる。
「仕事で来てみればターゲットは延びてるし、知ってる顔がナニかしてるし。
あ、でもボク今かなりヒーローぽいよネ!
ホラ、極悪非道な男からカワイい女の子を救うなんて、一度は憧れる役回りじゃナイ?
て、ちょっとー。空耶サンてば、聞いてるノ?
楽しいのは分かるケド、無視しないでヨー」
焔星くん、だ。身体全体がぼんやりと発光している。
おどけた口調は普段通りで場違いというかまるで状況にすぐわないのだけれども、それがかえって「今度こそ本当に助かった」と思える。
「あのサ、そういうプレイが趣味でもいっそ『らしくて』ボクはイイと思うケド、葵サンにそーゆーのは早いんじゃナイ?」
手を伸ばせば触れる位置で棘を含ませて訴えるその声にも空耶はまったく頓着せず、わたしを離そうとはしない。
それどころか一層激しく重なる唇。
呆れたように嘆息する焔星くん。
「……あーぁ。いくらボディがニンゲンでも、やっぱり本性はオニなんだネー」
その言葉に、突然、空耶の身体が激しく跳ねた。
やっと解放され整わない呼吸で見上げる空耶は酷く動揺しつつも苛立っているようで、ごちゃ混ぜの感情を持て余しているように見えた。
「―――、、、悪、かった」
まるで冷水を浴びたかのように急速に平静を取り戻し、うなだれてポツリと呟く空耶。
そのあまりの急変ぶりにわたしはもちろん、焔星くんも唖然。
「え、あ、ウン。分かってくれたんならイイんだけど、ネ……?」
「……本当にすまなかった。菊の血は特別で、俺は抗えなかった」
「きく?」
ようやく出た声は喉に張り付くように小さく掠れていたけど、空耶はこくりと頷く。
「菊は、まだ鬼だった頃に出会った人間だ。
葵はその血を引いている。同じニオイと味がして、自分を止められなかった。
人間になったというのに、これでは鬼の頃と変わらない……やはり俺には人と共に暮らすのは無理だ……」
消え入りそうに弱々しく呟く空耶。
何故彼の感情はこうも瞬間的に一転するのか?
酷く脆く危うく感じる。
「なんか良く分からないケドさー、何悲劇のヒロインぶってるワケ?
イイ歳したオッサンが気持ち悪いヨ」
辛辣ながら言いたい事をよく表現してくれている。
彼が持つ鬼の部分は恐ろしいが、こんなグダグダの空耶も見たくない。
「まあ落ち込むのは勝手だけどサ、やっぱりボクの仕事に協力する気にはならないノ?
あーゆー魑魅に憑かれたニンゲンはきちんとケアしないとダメだってコト、まだ分からナイ?
手を貸してくれてたら大事な葵サンが襲われる事もなかったのカモしれないんだヨ?」
「…………………………そう、だな。検討しよう」
「え、ホント!? やったー! 長年の努力が結ばれるヨ! いやー、恋のパワーは凄いねー。
あ、この場合は葵サンが凄いのカナ。葵サン、ありがと!」
「う、うん……?」
未だに動かないわたしの手をとって喜ぶ焔星くんは、満面の笑顔。
仕事上で二人が衝突すると言ってたそれが解消されるということだろうか。
それよりも、わたしは菊という先祖らしき存在が気になっていた。
空耶がわたしに執着する理由がそこにあるのだろうと予測がつく。
それを考えていると、軽快な携帯の着信音がして、焔星くんが電話に出る。
「あ、瑠惟? ウン、ターゲットは確保してる。
そう、山の中の建物ネ。ちょっと面倒な事になってるカラ早く来て処理お願い」
へえ、ここ電波通じるのかと妙に感心していると、焔星くんがわたしの大腿部の傷口に目を留め眉を顰める。
「痛そう。触れてもいいなら手当てするケド、どうする?」
それほど痛みはなく、ひきつるような感覚があるだけだけど有り難くその申し出を受けることにした。
やんわりと触れる焔星くんの手の冷たさに驚く。まるで体温を感じない。
先程の熱い空耶のそれとはまったく異質なもののように感じる。
焔星くんが鬼だから、なのかな?
その冷たい掌で太股を数度上下に撫でるようにしてから、焔星くんが顔を近付ける。
これまた冷たい息をふぅっと吹きかけられて、あまりの冷たさにひゃっと声が出たが、それで手当はおしまい。
すると今更足を曝していることが急に恥ずかしくなって、顔が赤くなるのが分かった。
「あ、ありがとう……」
「あー、もう。葵サン本当カワイいなー。
変態な上にウジウジメソメソしてるオッサンは放っておいてサ、ボクにしとこうヨ」
うん、なんかそう言ってくれるならそうしたい気持ちはなくはない。
何か勘違いしそうになっていたけど、そもそも空耶が勝手に結婚だのなんだのと言っているだけで、気持ちが通じているわけじゃない。
空耶から変態を取ったら何も残らないような……