嗜虐
残酷です。苦手な方はお戻り下さいませ。
薄暗がりの中、抑揚の無い声でわたしを真上から覗き込むのは一人の見知らぬ痩せた中年男性だった。
面長で骨ばった顎、窪んだ細い目、薄い唇。
確かにわたしを映しているはずなのに、どこかボンヤリとした瞳。
僅かに開いた唇は笑みの形を取っているのに、笑っているようにはまるで見えない。
そのまま無感情にただじっと見下ろされて酷く居心地が悪い。
やがて男の視線がわたしの身体へと移動すると、感情を伺わせない声で口早に話し出した。
「アリを潰したらね、手足はもちろん身体も簡単に折れちゃったんだ。
それならカマキリはどうだろう、ネズミはどうだろう、トリはどうだろうって色々試してみたんだけど、なんだか物足りない。
でも漸くああそうだ、ニンゲンを試してないからなんだって気付いたんだ」
(なに? 何を言ってるの?)
脳が理解を拒否する。
ただ、常軌を逸している事だけは分かって皮膚が粟立つ。
男は緩慢な動作で右手を上げる。
サバイバルナイフのような、ギザギザの歯をした刃物が握られている。
「さぁて、どこからかな……?」
ぶつぶつと言いながら男が手をひらひらと動かす度、鋭利さを見せつけるように刃が角度を変え銀色に鈍く光る。
(逃げ、なきゃ―――)
起き上がれ、と力を入れてみるが、やはり手足の先がぴくりと動くのみ。
それに目敏く気付いた男は足下へと移動する。
「ああ、そうだ……足が……邪魔だよね…………
左足の太股中程にヒヤリとした感触。
デニムパンツの裾に、ナイフの刃を上向きにして差し込まれる。
男は一息に刃を引き上げた。
デニム地が二つに割れる。大腿部がすべて露わになる。
そこをス―――とほんの数センチ動いた手が、足の付け根付近で皮膚の表面を滑るように切り裂く。
「ち……血……紅い……濃くて甘いニオイだね……ひひひひひひ」
ナイフに僅かについたその一滴を、男は指ですくい舐めとる。
肉の薄いザラつく手が、出血した箇所の周囲を撫で上げながら鼻を寄せ、まるで犬のように鼻を鳴らしながら執拗に嗅ぎ回る。
いやだいやだきもちわるい!!!
泣くつもりなんてないのに、勝手に涙が溢れてくる。
有りっ丈叫ぶも、猿ぐつわをされている口では曇った声がうーうーと漏れるだけ。
それが気に入らなかったのか、男は顔を上げるとすっと目を細める。
ベッドがギシリと軋み、男が身を乗り出す。
「僕ね、五月蠅いニンゲンは嫌いなんだ…………う、るさい……どこ、喉……?」
わたしに馬乗りになると、男は躊躇いのない動作で喉元にナイフを寄せた。
ああ、わたし死ぬんだ。
やり残した事があったんだけどな。
瞼を閉じると、空耶の顔が浮かんだ。
ラブコメのコメはきっと食べられてしまったのでしょう……。あわわ。