理由
本日二度目の更新です。
それから空耶と焔星くんの関係について教えてもらった。
焔星くんは地獄から地上に仕事で出張(?)している鬼であり、通常の魑魅の縄張りには属さないため空耶のグループ(凶暴性があるという意味ではチームとか族と言うべきかも)とは無関係らしい。
けれど魑魅の頭領としての空耶のやり方が焔星くんの仕事内容に差し障るらしく、二人は昔から衝突しているのだそうだ。
そこで「強すぎる力には逆らわない」という大前提は? という疑問が生まれる。
でもいくらわたしでも「焔星くんて空耶より強いの?」なんて聞くのは憚られた。
(ただ、焔星くんの場合は人間の姿でいる時はあまり力が出せず、本来の鬼の姿に戻ると戦闘能力が上がるとのこと)
魑魅に襲われない方法については、やはり空耶のニオイが取れるのを待つしかないらしい。
ただし乙女(…………。)を狙う高位の特定種については別問題なので、手っ取り早く乙女でなくなるしかないようだ。
これは相手がいないと無理なわけで………………あー、凹むね!
他の手段としては、わたしの魂が穢れてしまえば良いようなので極悪人にでもなれば良いんだろう。ぐふふ。
…………あれ、おかしいな?
これって「どうにも出来ない」って事じゃないデスカね。
空耶がわたしに執着する理由は流石に分からず終い。
焔星くんの言う通り、ニオイの事もあるのかもしれない。
けれど、空耶の家で最後に王珠ちゃんが何か言い掛けた事と、それを止めた空耶の様子がどうにも引っかかっている。
まあ、こればかりは本人に聞くしかないだろう。
でも―――。
焔星くんとやりあっていた冷酷無情な空耶を思い出す。
肉体的には人間だというのに、生粋の鬼である焔星くんより余程鬼らしかった。
そうかと思えば、わたしが焔星くんを庇った時の空耶の動揺……。
あの時は二人が傷つけ合うのがイヤで咄嗟に身体が動いただけだった。
どっちを選ぶとかどっちが大事とか、そんなつもりは全くなかった。
だから何故空耶にあれほど衝撃を与えて傷つけてしまったのか分からない。
わたしと空耶は、出会ってから日も浅い。
そこまでの情念を抱える程にお互いのことを知っているわけではない。
だから、ただニオイがどうとかでは説明できない何かが、空耶を動かしているように思えてならなかった。
別れ際の泣きそうな顔がフェードアウトして、いけ好かない美形の顔がくしゃりと歪む。
……うん、きちんと理由を知らなきゃ―――。
話が終わったのは、日暮れ前だった。
そろそろお暇しようと外に出ると、庭をぐるりと囲む門の外に目を赤くギラギラと光らせたネズミが一匹、わたしを凝視していた。
身体をピリピリとした感覚が走る。
サイズこそ普通のネズミだけども魑魅だ、間違いない。
ネズミに睨まれた袋のネズミだね。あはは。
大抵の魑魅は陽が高い間は活動が鈍く、日暮れから活動し出すらしいから、ちょうどそんな時間になってしまったのだろう。
……うーん、ネズミかぁ。
怖くはないけど、噛まれたら痛そうだ。
空耶に時間をもらった以上、魑魅に美味しく頂かれないように身を守る術が今のわたしにはない。
結果として彼を頼っていたんだなと、今更ながらにその事実が胸に突き刺さる。
兎に角もこの状況をどうしたものかとウンウン唸っていると、後から来た焔星くんも気づいたらしい。
「あー、瑠惟?」
「了解です、坊ちゃま」
短く答えると同時にわたしの前にスッと身体を滑らす瑠惟さん。
何? 何の以心伝心なの? 目と目で通じ合ってるの!?
瑠惟さんはわたしを背に庇うようにしながら、スタスタとネズミへと歩を進める。
金縛りにでもあったように微動だにしないネズミ。
それに手を伸ばし、やすやすと掴み取った瑠惟さんはおもむろにネズミに顔を寄せ―――唇を落とした。
見る見る内にネズミの雰囲気が変わってゆき、真っ赤な瞳も黒く真ん丸になった。
それを確認した瑠惟さんが解放すると、ネズミはチョロチョロと道の端へと消えていった。
「御馳走様でした」
スーツの胸ポケットからハンカチを取り出し、上品に口を拭う瑠惟さん。
……えーと、どういうこと?
「ヒダル神は食欲の権化なんだヨ。
生来が動植物型の魑魅にパワーを使うと、相手の妖力を喰らい尽くして本来の姿に戻す事が出来るんだ。
ホントは人に憑いて空腹感を与える悪霊的な魑魅なんだケド、それを応用した裏技だネ」
「へえええ、凄いじゃないですか瑠惟さん! カッコいいオカマさんなんですね!」
ネズミに欲情したのかと思ったのは秘密にして、素直に感心して賞賛の拍手を送る。
ニヤリと口の端を持ち上げる瑠惟さん。まんざらでもなさそうだ。
オカマであることは否定しないんだね!