ラズリ様はわたしたちの至宝です!
一部、差別的、不愉快な表現を含みます。
ある日、詐欺師呼ばわりされました。
いたいけな少女に向かって、なんて非道な言い掛かりでしょうか?
厳重に抗議しなければなりません。これは、立派な(?)名誉毀損です。
手始めに、言いつけてやりたいと思います。
可哀想なわたしをイジメた報いを受けるが良いのです。
「ラズリさまっ!あの方がセクハラしてくるんですっ!」
人を指差しては失礼なので、手に持っていたお盆で、指し示してみました。
ポイントはウルウルのおめめです。憐れみを請うように、生まれたてのバンビちゃんのように震えることも、忘れてはなりません。
やり過ぎて反感を招いては本末転倒ですから、ほどほどを狙います。
キュッと口唇を噛みしめ、頼りなさげにお盆を抱きしめて俯いてもみせましょう!
さて、コレでいかが?
チラリと見上げれば、苦笑いしたわたしのラズリ様が、頭を撫で撫でしてくれました。
あっ、気持ちいい。
もっと撫でてください。
思わず目的も忘れて、その手にスリスリと懐いてしまいました。
わたしとラズリ様の仲良しっぷりに、かの方はヤキモチを焼いたみたいです。
とっても不機嫌なお顔をなさっています。男の嫉妬は見苦しいだけでしてよ?
「ラズリさまに慰めていただいて、心の傷が癒えましたわ」
ペットリとラズリ様の腕に腕を絡めて、ウットリとラズリ様を見つめます。
「ふざけるな!」
いやん。短気な殿方は魅力も半減ですことよ~?
ラズリさまの腕の中なので、わたしは余裕しゃくしゃくたるもの。それがいけなかったらしい……
「ラズリ殿が甘やかすから、そやつが図に乗るのです!
飼い主ならば、《飼い猫》どもはきちんと躾るようになされよっ!」
汚いモノを見る目で、賢しげに忠告なんてしてくれました。
忠告?
いいえ、ただの侮辱です。
正しくは、正真正銘のセクハラでしょう!
カッチーンですわよ?
よりによって、《飼い猫》。
《飼い猫》とは、隠語ですらならない、愛人の蔑称です。
結婚前の女の子に対する、失礼極まりない発言ですっ!
わたしを馬鹿にするばかりか、ラズリ様まで侮辱されて、よい子ではいられません!!
安い挑発だとしても、わたしにとってラズリ様は宝物です。
大切な存在を傷つけるモノは許せません。
思わず飛び出しかけたわたしを、ラズリ様がやんわりと押し止められました。
悔し涙が滲みそうになるのをこらえていると、宥めるように頭を撫でてくれました。
「とりあえず……」
ふっと、微苦笑を浮かべたラズリ様は優雅な仕草で、かの方の鳩尾に拳を叩き込み、前屈みになったところで延髄に肘を打ち込み、更に地面に沈むところを蹴りで仰向けにひっくり返した。
流れるような三連続コンボです。
………はいっ??
「天誅?」
何故に疑問形なんでしょう?
護衛の騎士ふたり、ラズリ様の暴挙に微塵の反応もできずに立ち尽くしたまま。
ようやく茫然自失から立ち直っても、かの方を慌てたように助け起こすしかできません。
「あのう、ラズリ様?」
「見える場所に攻撃はしてない。それに、少し派手に脅しただけで、跡にも残らない。
しかし、ハッキリしたな。あんな女性蔑視の思想する者には、交渉の場所に立つ資格すらないよ」
困った、と全く困った表情もなく呟かれた。
本当に困った表情を浮かべているのは、冷静沈着を身上としている騎士たちのほうだ。
護るべき対象は、本当のお馬鹿さんだったのです。
ラズリ様に殴られても当然です。
しかも、護衛騎士たちは、ラズリ様の攻撃を防御することさえもできなかったのだ。
その素敵に過激なラズリ様は、いつもは寡黙なくせに、こんな時だけはとても饒舌になられます。
そう、今回も剣呑なオーラを辺りに撒き散らしながら、男たちを睥睨なさいました。
「一応は説明しておこうか。
私が保護する女性たちは、自分の夫や家族、恋人に虐げられ、私の所へ逃げて来たのだ。
反省もなく、彼女たちと話し合いすらしない。ただ返せと要求されても応じられるはずがないだろう。
何度でも同じ過ちを繰り返す男に渡すわけにはいかない。
だから、私が代わりに判断を下すことにしよう。
飾りだけの頭は必要ない。その重いだけの荷物を軽くする手伝いをしてやっても良い」
ひーっ!
コーワーいーーっ!!
ラズリ様、本気ですっ!
謝れっ、謝り倒せ、このノロマ!
首ちょんぱされたいのっ!?
さっさっと、ゴメンナサイしやがれってんですよ!
ラズリ様の本気を感じてか、わたしの内心の絶叫が聞こえたのか、かの方は青ざめながらも、ラズリ様に平身低頭で謝り倒した。
「カノカ」
「なんでしょう、ラズリ様」
「ノロマは言い過ぎ」
あう。心の声、だだ漏れでしたか…
流石は、ラズリ様。ツッコミどころが違います。
「……首ちょんぱは否定されないんですね……」
キョトンとしてもダメです。可愛らしいけど、ダメですからね!
ラズリ様は、わたしたち使用人にも分け隔てなく優しい。
わたしたちに対する理不尽さに怒ってくれるから、だからこそその優しさに甘えてはいけないんです。
だからこそ、その怒りや優しさゆえの暴走を抑えるのは、わたしたち使用人の義務なんです。
「だって、必要なの?」
心底不思議そうにされるラズリ様。やっぱり、本気だったんですね。
そんな不思議そうにされても困ります。
実際に、本当に首ちょんぱはダメですからね!
立派な殺人事件に発展です。お尋ね者決定です。
わかりましたよ。
じゃあ、次善策を提案させてもらいますね。
「では、こっそりと去勢してしまいましょう」
「去勢?」
「はい。再発防止にも性犯罪者には最適な処置なんですよ。
しかも、地位と権力と名誉のある見栄っ張りな男ほど被害届は出しません。
ただし、闇討ちと暗殺などの報復行為は覚悟してくださいね?
女々しい輩ですから、逆恨みは標準装備なんです!」
. わたしの説得にラズリ様は感心して、『カノカは賢い』と誉めてくださいました。
首ちょんぱもなしだとお約束までしてくださいました。
わ~い、ラズリさまに誉められちゃった♪
わたしたち主従を戦々恐々と見つめる男性陣の視線に、わたしは我にかえった。
チラリと見やれば、怯えた眼差しを返されてしまった。
「えへ?」
さて、どうしよう。
ラズリ様の高貴なイメージが派手に砕け散ってしまったかもしれません……