表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイラの冒険 異世界からの帰還  作者: まさふじ
第1章 青き山脈の誓い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/17

第5話 雨上がりの静寂と、決意の光

いつの間にか、雨は上がっていた。湿った土の匂いと、刺すような夜の冷気がテントの中に忍び込んでくる。


「……っ」


こめかみの奥を刺すような、ひどい頭痛が続いていた。魔法を無理に放とうとした代償。視界を閉じても、瞼の裏にはあの漆黒の魔獣の影と、飛び散った奏の血が焼き付いて離れない。


テントの外では、時折、魔獣の遠吠えがこだましていた。それはあたしたちを嘲笑っているようにも、これ以上は来るなと警告しているようにも聞こえた。


「……今は、行かせない」


闇の中で、奏の静かな声が響いた。彼女は自分の肩に巻かれた包帯を、片手でぎゅっと締め直した。顔色は青白く、呼吸もまだ少し荒い。


「あなたを、ここで失うわけにはいかないから」

「……うん。分かってる」


あたしは悔しそうに唇を噛んだ。行きたい。でも、行けば死ぬ。その現実が冷たくのしかかる。


「これは――『負け』じゃないわ。準備不足の撤退よ」


奏は自分に言い聞かせるように、けれど断固とした口調で続けた。


「……次、同じことをしたら、私はあなたを守れない」


あたしは麓に見えるレガリアの街に視線を移した。


「いったん、あの街へ行く……んだよね」

「……そうね」


奏はしばらく考えてから口を開いた。


「今回の戦いで、アイラの魔法が霧散した。まずはレガリアで、あなたの魔法を制御する方法を見つけましょう。もちろん賢者の情報収集もね。遠回りになるけれど、……生き延びるための準備をするの」


あたしの胸の奥で、小さな敗北感が燻り続けていた。けれど、奏の瞳はもう前を見ていた。


 * * *


「ねえ、奏。……不思議なことがあるんだよね」


テントで横になりながら、あたしは、右手の薬指にはめた指輪を、そっとなぞった。


「不思議? その指輪のデザインのこと?」

「ううん、そうじゃなくて『温度』のこと」


あたしは膝を抱え、指輪を指先で慈しむように触れた。アズライトの夜風に晒されながらも、その指輪だけは別の陽だまりにあるように、柔らかな熱を帯びている。


「この指輪、小さいときにお母さんから渡されたの。ずっと持っているやつなんだ。学校で嫌なことがあったり、自分がどこか周りから浮いているような気がして落ち着かない時……いつもこれを触ってたの」


奏はだまって聞いていた。


「そうするとね、お母さんの手みたいに、すごく温かくなるんだ。……不思議だよね、ただの金属のはずなのに。この子が『大丈夫だよ、ここにいるよ』って励ましてくれるみたいで」


奏は自分のブラックシルバーの指輪を見つめた。鈍い光を放つその指輪を、彼女もまた愛おしそうに指先で転がす。


「私の指輪もね……母からもらったものなの」


奏は続けた。


「……わかるわ。私も同じような感覚があるの。私の場合はね、計算の合わない数式を解いている時のような焦燥感に、いつも苛まれていた。そんな時、この指輪の冷たい重みと、不思議な温かさだけが、私を崩壊から守ってくれていた」


彼女の指輪もまた、静かに、だが確かな熱を宿していた。


「アイラ、あなたはこれを『慰め』だと思っていたかもしれない。でも、私にはわかる。これは……私たちが『何者であるか』を忘れないように、指輪がずっと呼びかけ続けていた証なのよ」

「……あたしたちが、何者であるか」


あたしはその言葉を反芻するように指輪を握りしめた。


戦いから撤退し、無力さに打ちひしがれそうな今、この温もりだけが「まだ終わっていない」とあたしの心に灯をともしていた。そして、指輪の温かさに触れるたび、こめかみの痛みが、ほんの少しだけ和らいでいくのがわかった。


あたしはテントの隙間から、麓に見えるレガリアの街の灯を見つめた。

そこには、息を呑むような景色が広がっていた。


雨雲が去った夜空には、見たこともないほど鋭く輝く星々が広がっていた。

そして眼下――アズライト山脈の裾野には、レガリア王国の街の灯が、まるで地上にこぼれ落ちた星屑のように、鮮やかに、くっきりと瞬いている。


「行こう、奏。あたし、強くなりたい。……もう、誰かが傷つくのを見てるだけなんて嫌だから」


街の光を見つめながら、あたしは初めて「帰りたい」ではなく、「進みたい」と思っている自分に気づいた。決意の言葉と共に、指輪が一際強く熱を持った気がした。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ