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アイラの冒険 異世界からの帰還  作者: まさふじ
第1章 青き山脈の誓い

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第2話 鉄の理、紺のブレザーの少女

ソルナ村を出て、街道を歩くこと数日。


景色は徐々に険しくなり、遠くには巨大な山脈――アズライトの断崖が、青い壁のようにそびえ立っていた。


「あれを、越えるの……?」


見上げるだけで首が痛くなるような高さだ。ため息をついて、水筒の水を飲もうとした、その時。


ザッ。背後の草むらから、足音がした。


「誰?」


振り返ると、そこには二人の男が立っていた。村人じゃない。全身を灰色の外套で覆い、腰には剣を下げている。目つきが鋭く、あたしを見る目は、獲物を品定めするような冷徹さに満ちていた。


「……反応があったのは、この女か」

「間違いない。あの魔法石から、高出力の波形が出ている」


男の一人が、手にした奇妙な機械を見ながら言った。

そういえば、長老が言っていた。帝国だったっけ。

「危険な影」ってまさか……。


「娘、その石を渡してもらおうか。あと、ご同行願おう」

「い、嫌です! あたしはただの旅行者で……!」


後ずさるあたしの腕を、男の太い手が掴もうとする。怖い。殺される。あたしがギュッと目を瞑り、胸元のネックレスを握りしめた瞬間――。


キィィィン!


甲高い音と共に、青い光の壁があたしの目の前に出現した。男の手が、見えない障壁に弾かれる。


「なっ、シールドだと!?」

「お前、魔法使いか! なら、腕の一本も覚悟してもらうぞ!」


男たちが剣を抜いた。ギラリと光る刃。もうダメだ。あたしは腰が抜け、その場にへたり込んだ。


――死ぬ。こんな、わけの分からない場所で。


男が剣を振り上げた、その刹那。


「――そこまで」


凛とした、鈴を転がすような声が響いた。同時に、銀色の閃光が走る。


ガキンッ!!


男の剣が、あり得ない方向に弾き飛ばされ、宙を舞って地面に突き刺さった。


「な、何だ!?」

「誰だ貴様!」


男たちの前に割り込んだのは、一人の少女だった。艶やかな黒髪を一本のポニーテールに束ね、その手には、白く輝く細身の日本刀が握られている。彼女は、男たちに向かって切っ先を突きつけたまま、静かに言った。


「それ以上、その子に触れるなら、次は腕を落とすわ」


低く、抑揚のない声。けれど、そこには絶対的な自信と、冷ややかな理性が宿っていた。彼女が放つ圧力――「気」のようなものに押され、男たちがたじろぐ。


「て、帝国の公務を邪魔する気か!」

「帝国? 知らないわね」


少女は鼻で笑った。


「私が知っているのは、隙だらけの相手には『面』を叩き込むのが礼儀だということだけよ。……消えなさい。私の剣は、無駄な殺生をするためのものじゃない」


その言葉には、不思議な説得力があった。男たちは顔を見合わせ、「ちっ、覚えてろ!」と捨て台詞を残して、逃げるように森の中へ消えていった。


助かった……。あたしは大きく息を吐き出し、へなへなと座り込んだまま、少女を見上げた。


「あ、ありがとうございます……あの、あたし……」


少女は、ゆっくりと刀を納めると、こちらを振り返った。切れ長の目。整った顔立ち。綺麗な人だ。でも、どこか冷たい鉄のような印象を受ける。


「礼ならいいわ。それより、その格好……」


少女は、あたしの制服を見て、わずかに眉を寄せた。


「何ヶ月も前からこの世界を歩いているけれど、そんな奇妙な服を着ているのは私だけだと思っていたわ」


え? 言われてみれば、この少女の服装も変わっている。冒険者のような革の防具を着けているけれど、その下に羽織っているのは――。


「……えっ? その紺色のブレザー、左胸の刺繍……」


見間違うはずがない。あたしが毎日着ているものと同じだ。


「もしかして、市立第二高校の生徒、ですか……?」


少女の動きが止まった。初めてその能面のような表情に、計算外の動揺が走る。


「……。あなた、どうしてその名前を? 私の学校を知っているの?」

「知ってるも何も……あたし、アイラです! 2年の……。あなた、3年の黒髪の……名前は知らないけど、剣道部ですごく強くて有名だった先輩ですよね!?」


そうだ、思い出した。全校集会で表彰されていた、あのクールな先輩だ。少女は目を細め、あたしの金髪をまじまじと凝視する。


「……2年の。……ああ、あの。校門でいつも無駄に目立っていた金髪の子か」

「『無駄に』は余計ですけど!」


少女――先輩は深いため息をつき、頭を抱えた。


「……論理的に考えて、あり得ない確率だわ。まさか、私以外の『迷い子』が、こんなところにいるなんて」


「あの……先輩。さっき、何ヶ月も前からって言いましたよね?」

「ええ。私は三ヶ月前にここに来たわ。あなたは?」

「三ヶ月!? あたしは、えっと、一週間くらい前です……」

「……タイムラグがあるのかしら。あなたも、あの路地裏の古本屋を見つけたの?」

「はい。ただ……あの路地に入るかどうか、……見つけてから三ヶ月くらい悩んでて……」


あたしがモジモジと言うと、先輩は呆れたように肩をすくめた。


三ヶ月。あたしは悩んでいたけど、先輩はあの時すぐに飛び込んだんだ。


「でも……どうしてあんなに戦えるんですか? 剣道部だったとはいえ、相手は刃物を持った男の人たちで……」


先輩は、あたしをじっと見据えていた。


「戦うしかなかったのよ」


先輩は、自分の手のひらをあたしに向けた。その手を見て、あたしは息を呑んだ。

白くて綺麗な指。けれど、手のひらは皮がめくれ、硬いタコがいくつも重なり、ボロボロになっていた。


「この世界は、私たちがいた場所とは違う。法も警察もない。力のない者は奪われるだけの場所よ」


彼女は淡々と、けれど重く語った。


「ここに来てすぐ、私はそれを悟った。だから、お世話になっている村の蔵からこの真剣を借りて、来る日も来る日も振ったわ。手の皮が破れて、血が柄に滲んでも、振るのを止めなかった」


「先輩……」


「生き残りたかったからよ。……ただ、家に帰るまでは」


その言葉の重みに、あたしは胸が詰まった。あたしはつい最近来たばかりで、まだ何も分かっていなかった。この世界の怖さも、『帰りたい』という願いの切実さも。彼女はこの三ヶ月、たった一人でその恐怖と戦い続けてきたんだ。


ボロボロの手のひら。その痛々しい努力の証を見つめていたあたしの視線が、ふと、ある一点で止まった。


「……指輪。ブラックシルバーですね」


傷だらけの左手。その中指に、場違いなほど美しい、黒銀の指輪がはめられていた。盾と剣が重なり合ったような、不思議な紋様が刻まれている。


「ん? ああ、これ?」


先輩は指輪を親指で軽く撫でた。


「何でもないわよ。小さいころ母親からもらったの。……そういえば、あなたも」

「はい。あたしのはプラチナです」


先輩の視線が、あたしの手に落ちる。


「綺麗ね。……それにこの翼のデザイン、私のとどこか雰囲気が似ている」

「えっ、本当だ……。なんだか対になっているみたい」


あたしは自分の指輪を撫でた。不思議と、二つの指輪が近づいたことで、輝きが少し増したような気がした。


「ふふ。同じ学校の制服を着て、お揃いみたいな指輪をして。あたしたち、すごく気が合いそうですね」

「なっ……。何を呑気なことを……」


先輩は呆れたように言いながらも、少しだけ表情を緩めた。

そして、あたしに手を差し伸べた。


「私はかなで。とりあえず、私がお世話になっている村まで来なさい。一人で夜を迎えるのは危険よ」

「はい、奏さん!」

「奏でいいわよ。私もアイラって呼ぶから」

「……わかりました。奏」


差し出されたその手は、ゴツゴツとして硬かったけれど、何よりも頼もしくて、温かかった。あたしはその手を、両手でしっかりと握り返した。





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