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アイラの冒険 異世界からの帰還  作者: まさふじ
第3章 魂の共鳴、光と剣

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第18話 凪いだ海、神羅の剣

神羅島での修行の締めくくりは、驚くほど静かな朝食から始まった。


お盆の上に載せられたのは、炊きたての白い米。つややかで、一粒一粒が立っている。奏はそれを一口運ぶと、ゆっくりと、愛おしむように咀嚼した。


「……美味しい。一粒一粒の粒立ちが極めて大きく、噛むほどに生命力あふれる甘みが広がる。鼻に抜ける香りはどこまでも華やかで……。ええ、間違いないわ。これは、日本で『奇跡の米』と呼ばれたあの一品に匹敵する、いえ、神羅の霊気オーラを吸ってそれを超えている……」


陶酔したように語る奏の言葉に、これまでの厳しい修行の疲れが溶けていくような、深い安堵が滲んでいた。隣でそれを見ていたあたしも、思わず笑みがこぼれる。奏にとって、この「神羅の米」は単なる食事以上の、魂の拠り所になっているようだった。


「アイラ、見て。この輝き。まるで龍の瞳がこちらを見つめているような神々しさだわ。……このお米があるなら、私、一生この島で修行してもいいかもしれない」

「ちょっと、奏! 目的を忘れないでよ!」


 * * *


食事を終えたあと、あたしたちはソウシンさんに呼び出され、道場の奥の間へと招かれた。


静寂な空気が満ちていた。ソウシンさんは、あたしの目をじっと見つめて口を開く。


「さて、お主は魔法という外の理を、気という内の理で制した。暴れ馬のようだった魔力が、今は凪いだ海のように静まり、お主の意志に従っておる」

「はい……。自分の中の力が、ようやく自分の体の一部になった気がします」


あたしが答えると、ソウシンさんは満足げに頷き、言葉を継いだ。


「アイラよ。賢者に会いなさい。……奴は今も『青き山の奥地』に隠れ住んでおる」

「賢者――。やはり、いらっしゃるのですね」

「うむ。……そこは強大な『気の結界』に守られた場所。精神を制御できぬ者が近づけば、一瞬で正気を失うじゃろう。じゃが、今のお主らなら辿り着けるはずじゃ。奴なら、お主が真に『帰るべき場所』への道を示してくれるだろう」


続いて、ソウシンさんは奏に向き直った。その目は、まるでおじいちゃんが孫を見るような、慈しみに満ちている。


「奏よ。お主の合気、見事であった。その技は誰かを倒すためのものではない。理を守るためのものじゃ。お主の内に流れる『気の脈』が、この先の進むべき道を教えてくれるはずじゃ」

「はい……。この島に来て、ようやく自分の『重心』が定まった気がします。迷いが消えました」


奏の言葉に、ソウシンさんは目を細めた。その視線の先には、かつてこの島を守っていた誰かの面影が重なっているようだった。


「……左様か。ならば、もう何も言うまい。彼女を守ってあげなさい。剣とは、斬るためのものではない。道を切り開くものじゃ。……お主らの剣は、あるいは世界を変えるかもしれん」


そう言うと、ソウシンさんは立ち上がった。


「少し待っておれ」


ソウシンさんが奥から運んできたのは、長い年月を感じさせる白木の長持ちだった。彼が静かに蓋を開けた瞬間――道場の空気が、キッと凍てついた。


奏の息を呑む音が聞こえた。


「……『比翼の剣』。あれは二人の魂を重ねる絶大な力。じゃが、同時に物質への負荷も計り知れん。普通のなまくらでは、お主らが心を重ねる前に木っ端微塵じゃろうて」


ソウシンさんがうやうやしく取り出したのは、一振りの太刀だった。


漆黒の鞘は、まるで周囲の光すら吸い込むような静謐せいひつな輝きを放っている。その刀身は、抜かれてもいないのに――周囲の空気がわずかに歪んでいた。見つめているだけで、自分の“中心”が引きずり出されるような感覚だ。


「これは神羅十剣の一つ。いにしえより神羅を守る十人の守護者にのみ与えられた剣じゃが……末席がずっと欠番となっておった」


ソウシンさんが、その太刀を奏の前に差し出す。


「……奏。お主がこの剣を、自らの『道』として選ぶのなら、受け取るがよい」


奏の喉が、微かに鳴った。

差し出された白木の柄を見つめる彼女の指先が、期待と、そしてそれを背負うことへの畏怖に、小さく震えている。


その震えは恐れではなかった。「守る」という選択の重さを、初めて真正面から受け止めた証だった。


「私のような者が……本当に、いいのでしょうか」


戸惑う奏に、ソウシンさんは静かに微笑み、その剣を差し出した。


「これは神羅の剣。だが本当は――お主らのために、ここで眠っていた剣なのじゃよ」


 * * *


神羅島の波止場。ゴードンさんの船が、出発の時を待っていた。


「ソウシンさん、本当にありがとうございました。ここで気を教わらなければ、あたしは自分の力に振り回されたままでした。……これでようやく、自信を持って賢者様に会いに行けます」


あたしが深く頭を下げると、ソウシンさんは一瞬の間を置き、深く、重みのある声で言った。


「アイラよ。お主がどこから来たのか、わしには全てはわからぬ。だが、一つだけ確信していることがある。『帰るべき場所』は、決してお主を拒みはせぬ」

「……! はい。信じています。絶対に、日本に帰ってみせます!」

「道中、風が止まることもある。だが案ずるな。お主自身が『風』になればよい。……行け、賢者が待っておる」


船が岸を離れる。舵を握るゴードンさんが、快活な声を上げた。


「いい顔になったな、二人とも! 修行の成果、見せてもらうぜ!」


遠ざかっていく神羅島。山々の緑と、透き通るような海。あたしはその景色を見つめながら、隣に立つ奏に話しかけた。


「……奏。私、なんだか不思議な感じがするの。日本に帰りたいってずっと思ってたけど……今、この世界の空気が、すごく温かく感じる。前は異物だった。今は居場所になりつつある」


奏は腰に下げた神羅の剣の重みを確かめるように手を添えた。前方の水平線を見つめるその横顔は、かつてベイル村で絶望に暮れていた時とは別人のように、静かで強い光を宿している。


「それは、アイラの『気』がこの世界と調和し始めた証拠よ。……行きましょう。私たちが、迷い子としてではなく、自らの足で『帰る』ために」


そう言ったあと、奏は少しだけ悪戯っぽく口角を上げた。


「……その代わり、戻ったらまた特訓よ」

「えーっ! まだやるの!?」


あたしの悲鳴に、ゴードンさんが笑う。


「ハハハ! それで、次はどこへ向かうんだい?」


奏が頷き、あたしも大きく息を吸い込んだ。


「準備はできたわ」

「うん、行こう。賢者が住む青き山――アズライトへ!」


 * * *


船がゆっくりと岸を離れていく。遠ざかる二人を見送りながら、ソウシンは懐から一通の書簡を取り出した。そこには、「青き山の賢者」からの走り書きがあった。


『――その娘が、真実と世界のことわりを知った時、正気を保てる器であるか。お主の眼で見極めてほしい』


ソウシンはしばらく海を見つめていた。


「あの娘は、お主が恐れるほど弱くはない。……アイラよ、たとえ世界の理が覆ろうとも、お主の内の『凪いだ海』は決して濁りはせぬだろう」


やがて、ふっと目を細める。


「合格じゃよ、友よ」


その瞬間、指先から発した「気」が書簡を粉々に砕き、紙片は風に乗って空へ舞い上がった。





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