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アイラの冒険 異世界からの帰還  作者: まさふじ
第3章 魂の共鳴、光と剣

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第17話 比翼の剣

神羅島での過酷な卒業試験に合格してから、あたしたちは休むことなく修練場に立っていた。


基礎は完成した。けれど、それで終わりじゃない。ここで学んだことを継続し、さらに練度を高めていかなければ、あの圧倒的なアズライトの魔獣には到底太刀打ちできないからだ。


「奏……今のあたしたちなら、あの時の魔獣と戦えるかな」


休憩中、水筒の水を飲みながらぽつりとこぼすと、隣に座っていた奏が静かに首を振った。


「あの時とは違う。戦えるとは思うわ。でも、確実に倒せるかと言われれば……難しいでしょうね。私たちにはまだ、決定的な『決め手』がない」


奏の言う通りだった。


防御や回避ができても、相手の分厚い装甲をぶち抜くような一撃がなければ、ジリ貧になるだけだ。どうにかして、決定的な攻撃力をつけないと。


「……ねえ、奏。リャンさんが言ってたこと、試してみない?」

「武具に魔力を込める、という話?」

「うん。上手くいけば、今よりもっと強くなれると思うんだ」

「……そうね。私も、刀に『気』を乗せる感覚をもっと研ぎ澄ませてみるわ」


あたしたちは立ち上がり、修練場の中央へ向かった。

そこには、あたしたちの様子を見守っていた師範代のリャンさんが立っていた。


「やってみますか?」

「はい、お願いできますか」

「では、こちらに着いてきてください」


リャンさんから修練場の練習用の剣を渡され、あたしたちは岩の前に連れてこられた。


「まずは、奏さんからですね。――物にはそれぞれ固有の波長があります。その剣にも。力任せに注ぎ込むのではなく、その波長に合わせて『気』を送るのです」


リャンさんのアドバイスを受け、奏が剣をゆっくりと引き抜く。

彼女は静かに目を閉じ、剣にそっと手を添えた。澄み切った『気』が、淀みなく鋼の中へと吸い込まれていくのが、あたしの目にもはっきりと見えた。


「そうです。その感覚です。……では、あの岩を」


奏が目を開き、鋭い呼気と共に踏み込む。

銀の軌跡が閃いたかと思うと、大人の背丈ほどある硬い岩が、まるで豆腐でも切るように音もなく斜めに両断され、ズシンと滑り落ちた。


「さすが奏さん。基礎が完璧にできていますね」

「ありがとうございます」


奏の額にはうっすらと汗が浮かんでいたが、その表情は充実していた。


よし、次はあたしの番だ。

剣を引き抜き、奏と同じように目を閉じる。


(波長を合わせる……刀の声を聞いて、そこに魔力を流し込む……!)


手のひらから剣の柄へと、魔力を送り込む。

けれど――。


「だめだ、抜けちゃう……!」


剣に送り込んだはずの魔力は、金属の表面を滑り落ちるようにして、だらだらと空気中へ霧散してしまった。器に水が溜まらないような、もどかしい感覚。

これで合っているのか半信半疑のまま、えいやっと手近な岩に斬りかかってみる。


――ガキンッ!!


「いっ、たぁーっ!」


剣は見事に弾き返され、両手にビリビリと痺れが走った。岩には浅い傷がついただけで、到底斬れたとは言えない。


「アイラさん、波長ですよ。もう少し魔力の練度が必要ですね。それに……」


リャンさんは容赦ない、けれど的確な指摘をしてきた。


「アイラさんはそもそも剣士ではありません。仮に魔力を込められたとしても、それを活かす剣の鍛錬が圧倒的に足りていません」


あたしは肩を落とした。やっぱり、一朝一夕で魔法剣士になれるわけじゃない。あたしの魔法と、剣術。これをどうやって組み合わせれば……。


その時、ふと、ある考えが頭をよぎった。


「ねえ、奏。あたしの魔力……奏に流してみたらどうかな?」

「……私が、あなたの魔力を受け取るの?」

「うん。気の経絡けいらくは、魔力の回路でもあるってロレンスさんが言ってたじゃない? 奏は『気』を完璧にコントロールできてる。統一回路仮説が正しいなら、あたしが流した魔力を、奏がコントロールして剣に込めることもできるはずだよ!」


突拍子もない提案に、奏は少し目を丸くしたが、やがて小さく息を吐いた。


「……理論上は可能かもしれないわね。やってみましょう」


あたしは奏の背中に手を当て、ゆっくりと魔力を流し込もうとした。

しかし――。


「……っ!」


少し魔力を流した瞬間、奏が苦しげに顔を歪め、頭を押さえてしゃがみ込んでしまった。


「奏!?  大丈夫!?」

「ええ……少し、頭が割れそうになっただけ。上手く流れていないみたいね」


ふいに、野太い声が修練場に響いた。


「合気とは、力を合わせることではない。呼吸を合わせることだ」


振り返ると、いつの間にかソウシンさんが腕を組んで立っていた。


「ソウシンさん!」

「お前たちのやろうとしていることは面白い。じゃが、ただエネルギーを注ぎ込めばいいというものではない」


ソウシンさんは、根本的な指摘をしてくれた。


「奏の回路はすでに開いておる。流れ込まないのは、心の同調が足りんのじゃ」

「心の、同調……」

「そうじゃ。表面上の呼吸ではなく、魂の根底から互いを受け入れなさい」


ソウシンさんの言葉に、あたしはハッとした。


(そうだ、最初の合気の時もそうだった。お互いを信じないと、繋がらないんだ)


「奏、もう一回だけ、試させて」


あたしは再び奏の背中に手を当て、今度はより深く、自分の魔力の奥底まで繋げるようなイメージで魔力を送り込んだ。

だが、その瞬間だった。


「……っ、待って、アイラ! やっぱり……ダメ!」


バシッ、と。

奏の肩が激しく震え、彼女は弾かれたようにあたしの手を振り払った。

その顔には、今まで見たこともないような強い動揺――いや、はっきりとした「恐怖」が浮かんでいた。


「奏……。ごめん、あたしの流し方が強引だった?」

「違うの。あなたのせいじゃない。……ただ、計算が合わないのよ」


奏は自分の両腕を抱きしめ、荒い息を吐きながら後ずさった。


「自分の血管の中に、自分じゃない『熱』が入り込んでくる。まるで、自分の境界線が書き換えられて、私が私でなくなってしまうような……そんな、言いようのない恐怖があるの。侵食されて、奪われるような……!」


常に冷静で合理的だった奏が、初めて見せた弱音。

自分の中に他者が入り込んでくる恐怖。それは、孤高の剣士として生きてきた彼女にとって、アイデンティティを揺るがすほどの苦痛なのだ。


あたしは少しだけ沈黙した後、ゆっくりと歩み寄り、奏の正面に立った。

そして、震える彼女の両手を、優しく、でも力強く握りしめた。


「奏。……あたしね、アズライトで負けた時、すごく怖かった。でも、それ以上に怖かったのは、奏の温かさが隣からいなくなることだったんだよ」

「アイラ……?」

「あたしの魔力は、奏を飲み込むためのものじゃない。奪うためでもない。――奏の『剣』を、誰よりも遠くまで届かせるための光になりたいの」


まっすぐに彼女の目を見つめる。

一人で全部を抱え込もうとする不器用なこの親友に、あたしの全部を伝えたくて。


「一人で抱え込ませない。だから……あたしを、奏の一部にして。お願い」


あたしの言葉に、奏の瞳が揺れた。

ほんの数秒の沈黙の後、彼女は自嘲気味に、ふっと息を吐いた。


「……本当、あなたはいつもそう。私の合理的な不安を、理屈じゃない言葉で壊していくのね」

「えへへ、ごめん」


奏はほんの一瞬だけ空を見上げ、静かに目を閉じた。


「……わかったわ。私の『器』、あなたに預ける。好きになさい」


そう言って、奏は深く息を吐き、完全に脱力して目を閉じた。

その瞬間、彼女の中から分厚い壁が消え去るのを感じた。


「うん! 信じて!」


あたしは再び魔力を解放した。

青い粒子の奔流が、今度は抵抗されることなく、吸い込まれるように奏の身体へと溶け込んでいく。

二人のオーラが、一つに重なる。


(――熱い)


ふいに、あたしの頭の中に「声」が響いた。

いや、違う。これは奏の思考だ。合気によって完全に同調したことで、彼女の感覚が直接流れ込んできたのだ。


(熱い。でも、怖くない。彼女の奔放な魔力が、私の冷え切った理論を補完していく。……私一人じゃ、この景色は見られなかった)


奏の「気」という確固たる器に、あたしの「魔力」という莫大なエネルギーが注ぎ込まれる。

それは、空と海が溶け合うような、絶対的な全能感。


刀身が、蒼く脈動する。

空気が震え、修練場が静まり返った。

次の瞬間――


(これなら――届く!)


強引に繋ぎ止めた二人の心が、重なった。


「「――いっけぇえええええ!!」」


奏が踏み込む。

刀が振り下ろされた。


――次の瞬間。


刀身から極太の蒼い閃光が放たれた。

その閃光の中心で、魔力の光が脈打っている。


轟音。

修練場の空気を焦がし、地面をえぐりながら一直線に伸びたその光は、標的の巨岩を一瞬にして『蒸発』させた。

視界が白く染まり、やがてパラパラと砂ぼこりだけが舞い落ちてくる。


「……すご、い。今のは、一体……」


ピキッ……パキンッ!


次の瞬間、鋭い音を立てて、奏の握っていた剣が粉々に砕け散った。


「っ……!」


糸が切れたように、奏がその場に膝をつく。滝のような汗を流し、肩で激しく息をしていた。あたしも急に全身から力が抜け、へたり込んでしまう。


「奏! 大丈夫!?」

「ええ……平気よ。ただ、少し……身体が軋んだだけ」


凄まじい威力。だが、たった一撃で武器が壊れ、二人が動けなくなるほどの強烈な反動。

あまりの極端な結果に、あたしたちが呆然としていると、ゆっくりと歩み寄る足音が聞こえた。


「……すさまじい威力だが、まだまだじゃな」


大尊師ソウシンさんと師範代リャンさんが、砕け散った剣の破片と、えぐれた地面を交互に見つめていた。


「……失敗、ですか?」

「いいえ、大成功と言っていいでしょう。『魔法』と『気』が、一つの形を成したのですから。……ただ、今はまだ『不完全』です」


リャンさんは、膝をつく奏を見た。


「奏さんが無理をして『器』となり、アイラさんの暴れる魔力を強引に抑え込んでいる状態です。ゆえに力が内部で反発し合い、剣が耐えきれなかったのでしょう。このままでは、実戦で二度撃つことは不可能です」

「強引に、抑え込んでいる……」

「ええ。ですが――」

ことわりを超え、二つの魂が一つに響き合う、蒼き共鳴……。外なる理の『魔法』と、内なる理の『気』が、完全な同調を果たしたとき、その力は、計り知れないものになるじゃろう」


ソウシンさんの言葉に、リャンさんも頷いた。


「もし今後、お互いが完全に波長を理解し、一滴の反発もない『真の完全同調』に至った時、この技は完成するはずです」

「技、……師範代、……今のは、なんていう技なんですか?」

「名などありません――。あなたたちが、今、ここで生み出したのです」


ソウシンさんは静かに微笑み、あたしたちを見下ろした。


「……かつて神話に語られた、空と海が溶け合う奇跡。そのいにしえの言葉を借りるなら、それは――『比翼のひよくのつるぎ』といったところじゃろう」


ソウシンさんは、目を細めてあたしたちを見つめた。


「神羅でも、そう易々とは生まれぬ技じゃな」


比翼の剣。まだ未完成の、いびつな力。

あたしは自分の手と、隣で荒い息を吐く奏の横顔を見た。


まだ完全じゃない。

でも、一人では決して届かなかった力が今、確かな熱となって、あたしたちの間に宿っていた。





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