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アイラの冒険 異世界からの帰還  作者: まさふじ
第3章 魂の共鳴、光と剣

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第16話 導く光と交差する刃――神羅の守護獣と卒業試験

神羅島に上陸してから、季節が一つ巡ろうとしていた。

数えてみれば、今日でちょうど百日目。


泥臭い体力作りから始まり、第十日目で開通した魔力回路チャネル

そして、奏とソウシンさんの『合気』を経て、あたしたちの修行はついに最終段階へと突入していた。


最初はあんなに重かった石の籠も、今はもう背負っていない。

代わりに、あたしの身体にはうっすらと引き締まった筋肉がつき、日焼けした肌には、この島で流した汗と泥の記憶が刻まれている。


奏の動きは、以前とは比べ物にならないほど洗練されていた。「気」による肉体強化を我が物とし、風を切るような瞬発力で木々を縫って走る姿は、まるで鋭い刃そのものだ。


その一方で、あたしは――。


「だーっ! また爆発しちゃった!」


魔力回路チャネルが繋がり、忌まわしい頭痛はもう起きない。自分の中に眠る膨大な魔力は、いつでも引き出せる状態になっている。――それなのに、肝心の『魔法制御』がどうしても上手くいかないのだ。


焦げた地面の上で頭を抱えるあたしに、静かな声が降ってくる。

振り返ると、木陰に立つ奏が、呆れ半分、優しさ半分といった顔であたしを見つめていた。


「アイラ、落ち着いて。力を『溜める』ことばかり考えないで」


ここ数日、あたしの「魔法制御」の師匠は奏が務めている。


「奏はさ、『気』が流れてるときって、どんな感触なの?」

「感触……そうね。力で無理やり押し出そうとするんじゃなくて、元々そこにあるものが『流れている』のをイメージするの。自分の意思でコントロールするのではなく、ただ、導く」

「導く……」

「あなたの身体は、ただ魔力を溜めておく箱じゃない。天と地を繋ぐ『導管くだ』なのよ。出すことを怖がらないで。ぶつけるんじゃなくて、受け流すの。魔法を『風』にするみたいに」


奏はすっと目を閉じ、深く、静かな呼吸をした。

その瞬間だった。彼女の周囲の空気が、澄み切った清流のようにサラサラと流れ始めるのを、あたしの肌がビリビリと感じ取った。

目には見えないはずの『気』が、確かな意思を持って循環している。力みは一切ない。ただそこにあるべくしてあるような、穏やかで研ぎ澄まされた流れ。


(……そっか。魔法も、気と同じなんだ)


力じゃない。流れだ。

あたしは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。


奏の導きに従い、「押し出そう」とする意思を捨てる。

暴走を恐れて無意識に力んでいた身体の緊張を解き、ただ、自分の中を通る「道」を譲るイメージ。


――パキン、と。

脳内で、小さな氷が割れるような音が響いた。


その瞬間だった。

足の先から指先、そして脳天まで。今まで感じたことのない、冷涼で透明な「風」があたしの身体を突き抜けた。

胸の奥で燻っていた熱い塊が、一気に「気」の通り道へと滑り込み、洗練されたエネルギーへと変換されていくのが分かる。


ゆっくりと目を開ける。

視界が、信じられないほど鮮明だった。


「……見える」


空気の粒。力の流れる道筋。それがどこを通れば一番自然なのか。

そして何より――傍らに立つ奏の「気」と、あたしの「魔法」が、目に見えない糸で一つに繋がっているような感覚があった。

あの『合気』の同調だ。


あたしは、そっと右手の指先を前に向けた。

これまでは、爆発的な炎の塊しか出せなかった手のひらに。


ポッ……。


一点の曇りもない、完璧な球形の光が浮かび上がった。

熱くも冷たくもない、純粋な魔力の塊。それが、あたしの指先で意思を持つように踊っている。


「……できた」


指先に浮かんだ光は、小さな星のように静かに瞬いた。


「信じられない……今まで、こんな簡単なことだったなんて」


奏が小さく笑った。


「簡単じゃないわよ。百日かけて、やっとここまで来たんだから」


完璧な制御を手に入れた瞬間だった。

奏もまた、あたしの光球を見て、満足そうに小さく微笑んだ。


「見事です」


パチパチ、と手を叩く音と共に、師範代リャンさんが姿を現した。


「回路の開通、そして制御。アイラさん、あなたの魔法の基礎はこれで完成しましたね。……さて、ここからは仕上げです」

「仕上げ?」

「ええ。神羅島での修行の集大成、卒業試験を始めましょう」


リャンさんが指を鳴らした瞬間――。


ズズンッ……!


地響きと共に、島の奥深くから低く恐ろしい咆哮が響き渡った。

巨大な牙が地面を削る。木々をなぎ倒し、姿を現したのは、岩のように硬い皮膚を持った巨大な猪の魔獣だった。


「この島の古い守護獣です。――ただの魔獣ではありませんよ。神羅島の修行者を見極める守り手になります」

「……試験ってもしかして」

「はい――。試験の内容は簡単です。あの守護獣を、二人で退けてください。殺してはいけませんよ、あくまで島の守護者ですからね」


言うが早いか、リャンさんは素早く後方へと飛び退いた。


「グルルォォォォッ!!」


巨大な猪は、ただ力任せに突っ込んできたわけじゃない。

あたしたちの呼吸を見定めるように、ほんの一瞬、不気味なほど静かに動きを止めた。


「来るわ、アイラ!」

「うん。――信じてる、奏」


ドンッ、と地面が爆発したかのような踏み込み。

赤い目を血走らせた巨体が、一瞬で距離を詰めてくる。


「っ……!」


避けきれなかった巨大な牙が、奏の肩口をかすめた。

衝撃で、奏の身体が数歩後ろへ弾き飛ばされる。


地響きを立てて迫る巨体を前に、あたしは不思議なほど冷静だった。


「奏、合わせて!」

「ええ!」


奏が踏み込む瞬間、あたしの魔力も同時に動いた。


奏が一気に距離を詰め、守護獣の側面へと回り込む。彼女の刀から放たれる鋭い「気」が、魔獣の意識を完璧に惹きつけた。

その隙に、あたしは手のひらに魔力を集中させる。


(力を溜めるんじゃない。導いて、形にする……!)


「はあっ!」


あたしの指先から放たれた光弾が、凄まじい速度で宙を駆け、守護獣の右前足のすぐ横でピンポイントに炸裂した。

意図的に威力を絞り、衝撃と閃光だけを最大化した一撃。


「グォッ!?」


目くらましと爆風をモロに浴びた守護獣が、たまらず体勢を崩す。それでも巨体を無理やり捻り、なおも突進を続けようと――大きく足元がグラリと傾いた。

その一瞬の隙。


「――もらった!」


踏み込んだ奏の刀が、美しい銀の軌跡を描く。放たれた神速の一撃が、守護獣の急所である首元の分厚い皮膚を、峰打ちで正確に打ち据えた。


「グガッ……!?」


巨体が大きく揺らぎ、そのままズシンと地響きを立てて倒れ伏す。

完全に気を失ってはいないが、戦意は喪失したようだ。


「……やった!」

「ええ、私たちの勝ちね」


あたしと奏は顔を見合わせ、思わずハイタッチを交わした。

あたしの魔法が隙を作り、奏の剣がそこを突く。二人の呼吸は、これ以上ないほど完璧に噛み合っていた。


「お見事。神羅島の修行を、ここまで活かした者は久しぶりです」


静かな拍手と共に、リャンさんが歩み寄ってくる。


「安心してください。あの守護獣は、この島の修行を見届けてきた古い守り手です。実力のない者には決して本気を出さない。ですが――」


リャンさんは二人を見て、わずかに笑った。


「あなたたちには、きちんと牙を向けましたね」


あたしたちは、ほっと安堵の息をついた。


「それにしても、魔法に私たちの『気』の訓練が役に立つのですね。驚きです」


ロレンスさんが熱弁していた「統一回路仮説」は、これで正しいことが実証されたのだ。


「ただ、私たちは魔法はよくわからないのですが、……少々惜しい気がしました」

「えっ?」

「アイラさん。あなたの放った光弾、威力は十分でした。これはこれで戦えるとは思いますが、広域への攻撃になっていました」


リャンさんは、爆発でえぐれた地面を指差した。


「魔法の制御を覚えた今、次なるステップは『集中』です。より精密に魔力をコントロールする。エネルギーを一点に集中させることができれば、さらに強力な魔法になります」


リャンさんはそこで言葉を区切り、奏の腰にある刀、そしてあたしを交互に見た。


「たとえば、……私たちは武具に『気』を込めて戦います。同じように、もしあなたのその高密度な光を、武具の一点に集めることができたら、どうなるでしょうね?」

「武具に、魔力を……」

「ええ。それができれば、計り知れない力となるでしょう。それこそが、魔法と剣の真の融合です」


あたしは自分の両手を見つめた。

魔法を放つだけじゃない。武具に魔力を宿す。


それは、これからの戦いを左右する、決定的なヒントだった。


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