第一章ボロ屋編 第5話「荷役はつらいよ」
あらすじ
清王朝初期、王朝拡大に大きな影響をもたらした摂政王ドルゴン。
徳川家康の孫にして、豊臣秀頼の正室・千姫。
権力の絶頂期に若くして急死したドルゴンと、
大坂夏の陣で落城寸前だった千姫は、
突如見知らぬ世界へと身一つで飛ばされる。
そこから成り上がる二人の物語。
主な登場人物
ドルゴン:清朝初期の権力者・摂政王
千姫:徳川家康の孫・豊臣秀頼の正室 猫かぶりのお姫様
フカ:逃亡奴隷、ドルゴンにフカと名付けられる。
「荷役はつらいよ」
ボロ屋に落ち着いたのも束の間、二日も経たぬうちに、
ドルゴンはフカを伴って早朝から仕事探しに出ていった。
「兄貴、金はあるのに急ぐ必要あんのかよ?」
フカは不思議そうだった。
「金が尽きてからでは遅い。生きる術は早めに掴んでおく。
それに、早いうちにこの街の様子を見ておく必要がある。」
ドルゴンは短くそう答えた。
◆
仕事――と言っても、流れ者ができることなど限られていた。
二人が向かったのは王都の河港。
大河に面した商会倉庫が軒を連ね、朝から喧騒の渦を巻いている。
荷下ろし、積み込み、樽、麻袋、木箱の山。
男たちの怒号と罵声と、時に暴力。
まさに荒くれ者の巣窟だった。
「そこの二人、働きたいのか? うちの仕事はきついぞ、大丈夫か?」
倉庫の荷役統括の男、オズヴァルトが声をかけた。
「へぇ、大丈夫でさぁ。働かせてくだせぇ」
ドルゴンが前に出て頭を下げる。フカも合わせて頭を下げた。
「名前は?」
「ドルゴン」「フカ」
「ドルゴンねぇ……なんだか偉そうな名前だな……
まぁいいだろう。今はちょうど、人が必要だったところだ。
おい、ハンス! 新入りの二人、ドルゴンとフカだ。お前の班に入れてやれ。
あんまり無茶はさせるなよ!」
「へい、分かりやした、オズヴァルトさん。
おい、でけぇのとチビ! こっちに来い!」
班長ハンスは声を張り上げた。
髭は伸び放題、皮ベルトの上から腹がこぼれ落ちている。
「種籾を10袋、あの船だ」
「へい」
「おい、もたもたするなよ!」
ハンスはいきなりフカの尻を蹴りつけた。
「いってぇな! な、何すんだよ!」
「口答えすんな、とっとと行け!」
「くっ……! とんでもねえとこに来ちまった……」
「おめぇもだ!」
「……」
一方ドルゴンは、蹴りを受けても文句ひとつ言わず、淡々と荷を運んでいた。
◆
荷役の仕事は、想像以上に苛烈だった。
木箱の角は肩に食い込み、
粉塵は喉に焼けつく。
滑車は軋み、怒号は飛び交い、
気を抜けば指を潰す。
「フカ、なかなか要領がいいな」
ドルゴンが声をかけると、
「ああ、重いものを運ぶのは前のとこでもよくやってたからな。慣れたもんよ」
フカは自信ありげだった。
昼休み。
班員たちは倉庫裏の石畳の陰で腰を下ろし、
持参した粗末な昼食をとりながら愚痴と己の境遇をこぼしていた。
「はぁ……今日もキツいわ。腰だけはやらないようにしねえとな」
貧乏農家の三男坊、ライナー。
「俺ぁ商会に借金返せず、畑も女房も持ってかれたんだ。
なのにこんな荷運びだぜ……ハハ、泣ける話だよ」
元自作農のゲルト。
「俺はちょっと、故郷で……まあ、言えねぇよ」
訳アリの獣人カラム。
「ぐへへ……俺なんか博打でしくじってよ。借金取りが怖くて逃げてきたんだ。
けどここなら、まぁ……誰も俺を知らねぇしな……」
借金持ちのイゴール。
「なぁ、お前らは……どこから来たんだ?」
ライナーが訊いた。
「俺は……似たようなもんだよ」
元奴隷のフカ。
「遠い国から流れてきたんでな……」
謎の男ドルゴンは短く答えた。
だがそれ以上語らない。
それがかえって、班員たちの想像を掻き立てた。
(出稼ぎか……)
(財産を奪われたのか……)
(罪人か……)
(借金逃れか……)
(逃亡奴隷か……)
それぞれ勝手に理由を作り、勝手に納得していた。
◆
午後も仕事は続く。
またハンスの怒鳴り声が飛んだ。
「ライナー、ゲルト、カラム! この木箱20、あっちの馬車に積み込め!」
「へい!」
「イゴール、あと新入り二人ぃ。
おめぇらは、種籾を30袋、あの船だ!
くそぅ、また種籾か……今年はやけに多いな……急げ!」
「……へい、分かりやした」
こうして荷役たちの一日は、慌ただしく過ぎていった。
◆
「夕食」
「ほれ、フカ。今日はよう働いたろう。もっと食べよ!」
千姫が気前よく粥をよそって差し出す。
「あ、ありがとよ、姫さん」
フカはうやうやしく両手で受け取る。
その日の夜。
仕事を終えたドルゴンとフカはボロ屋に戻り、千姫と一緒に粗末ながら温かい夕食を囲んでいた。
「で、務めはどうじゃった?」
千姫が尋ねると、ドルゴンは淡々と答えた。
「荷の流れが分かれば、街も国も読める。
……成り上がるにはちょうどいい場だ。」
「そうか……ならよい。じゃが、身体だけは大事にせいよ。
ほれ、お主ももう一杯。」
「うむ、いただく。」
千姫は、今度はドルゴンの皿に粥をよそいながら、ふと眉をひそめた。
「ところで、この粥、やけに滋味があるのう。肉も入っとるし……これは何の肉なのじゃ?」
確かに、貧乏暮らしには不釣り合いなほど濃い味だった。
「水鳥だ。川で見つけたので、石を投げて仕留めた。
骨を砕いて煮るとよく味が出る。」
「い、石で……?」
千姫の動きが止まる。
「まったくよ、兄貴はとんでもねぇことするよ。あんなの誰も真似できねぇよ」
フカが盛大にため息をつく。
千姫とフカは驚き半分、呆れ半分で顔を見合わせながら、
それでもおいしそうに粥をすすっていた。
◆
「農民もつらいよ」
商会の奴らときたら、金のことしか頭にない。
あいつらは、人間の皮をかぶった何かだ。
……俺は、もともと小さな畑を耕して、
女房とつつましく、けれど幸せに暮らしていたんだ。
数年前、豊作になるという噂が流れた。
商会も「今年は種籾がよく出ている」ともっともらしいことを言った。
俺は、ほんの少しだけ欲をかいたのかもしれない。
畑を大きくして、もう少し楽をしたい――そんな小さな夢を持ってな。
だから種籾を多めに借りた。
だが、その年の収穫は平年並み。
年貢を納め、契約分の麦を差し出したら……
利子分をつけて返す種籾が、もう残っていなかった。
それでも、女房と二人で必死になって頭を下げた。
商会は「今年だけは見逃してやる」と言った。
……だが翌年、神さまが背を向けた。
また種籾を借りて挑んだ畑は、不作だった。
貸付は雪のように積もり、
俺たち夫婦は、家と畑を手放すしかなくなった。
それでも返済には足りなかった。
「こっちは商売なんだよ。返せねぇは通らねぇ。
お前が奴隷になるか、女房を娼館に売ってでも払ってもらうぜ」
商会の奴らは、淡々と言いやがった。
俺は女房さえ無事なら、自分が奴隷になってもいいと思った。
だが――
「私ひとり残されるなら……
ここにいるのも娼館へ行くのも、変わらないよ。
いいよ、私が行くよ……」
女房は笑った。泣きそうな顔で、笑ったんだ。
そのまま商会の奴らに連れていかれた。
俺は……全部、失った。
そして、俺だけじゃない。俺みたいな農民は、
この国には、ごまんといるんだ。
俺はそのまま王都へ流れて、
今はこうして日雇いの荷役仕事にしがみついている。
そんなある日、
変なやつが俺のいる班に入ってきた。
大柄で、見たことのねえ顔つきの男だ。
休憩の時、偶然二人きりになったとき、
「なぁ、おめぇが前に言っていた身の上話、もっと聞かせてくれねぇか?」
唐突に奴は聞いてきた。
俺は気づいたら自分の身の上を話していた。
誰かに聞いてほしかったんだろうな。
もう家も畑も、女房もねぇ俺の話を。
男は黙って聞いていた。
聞いているのかいないのか分からん表情で、ただ静かに。
話し終えた時、
男は初めて、普段とは違う低い声で言った。
「……農民たちを救いたくはないか?」
背筋が凍った。
優しい声じゃない。
だが、不思議と突き刺さってきた。
「お前には、人を率いる才があるようだ。
その気があるなら……兵法を教えてやろう」
商会の連中に、思い知らせてやれるかもしれない。
そんな予感が、胸の奥の黒い部分でじわりと膨れた。
そして気づいたら、俺はうなずいていた。
ドルゴンという人物が好きで書いた妄想小説です。
楽しんで頂けたら幸いです。
次回、2025/12/19 20時投稿予定




