表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/17

第一章ボロ屋編 第5話「荷役はつらいよ」

あらすじ

清王朝初期、王朝拡大に大きな影響をもたらした摂政王ドルゴン。

徳川家康の孫にして、豊臣秀頼の正室・千姫。

権力の絶頂期に若くして急死したドルゴンと、

大坂夏の陣で落城寸前だった千姫は、

突如見知らぬ世界へと身一つで飛ばされる。

そこから成り上がる二人の物語。


主な登場人物

ドルゴン:清朝初期の権力者・摂政王

千姫:徳川家康の孫・豊臣秀頼の正室 猫かぶりのお姫様

フカ:逃亡奴隷、ドルゴンにフカと名付けられる。

「荷役はつらいよ」


ボロ屋に落ち着いたのも束の間、二日も経たぬうちに、

ドルゴンはフカを伴って早朝から仕事探しに出ていった。


「兄貴、金はあるのに急ぐ必要あんのかよ?」

フカは不思議そうだった。


「金が尽きてからでは遅い。生きる術は早めに掴んでおく。

 それに、早いうちにこの街の様子を見ておく必要がある。」


ドルゴンは短くそう答えた。



仕事――と言っても、流れ者ができることなど限られていた。


二人が向かったのは王都の河港。

大河に面した商会倉庫が軒を連ね、朝から喧騒の渦を巻いている。

荷下ろし、積み込み、樽、麻袋、木箱の山。

男たちの怒号と罵声と、時に暴力。


まさに荒くれ者の巣窟だった。


「そこの二人、働きたいのか? うちの仕事はきついぞ、大丈夫か?」

倉庫の荷役統括の男、オズヴァルトが声をかけた。


「へぇ、大丈夫でさぁ。働かせてくだせぇ」

ドルゴンが前に出て頭を下げる。フカも合わせて頭を下げた。


「名前は?」


「ドルゴン」「フカ」


「ドルゴンねぇ……なんだか偉そうな名前だな……

 まぁいいだろう。今はちょうど、人が必要だったところだ。


 おい、ハンス! 新入りの二人、ドルゴンとフカだ。お前の班に入れてやれ。

 あんまり無茶はさせるなよ!」


「へい、分かりやした、オズヴァルトさん。

 おい、でけぇのとチビ! こっちに来い!」


班長ハンスは声を張り上げた。

髭は伸び放題、皮ベルトの上から腹がこぼれ落ちている。


「種籾を10袋、あの船だ」


「へい」


「おい、もたもたするなよ!」

ハンスはいきなりフカの尻を蹴りつけた。


「いってぇな! な、何すんだよ!」

「口答えすんな、とっとと行け!」

「くっ……! とんでもねえとこに来ちまった……」


「おめぇもだ!」

「……」


一方ドルゴンは、蹴りを受けても文句ひとつ言わず、淡々と荷を運んでいた。



荷役の仕事は、想像以上に苛烈だった。


木箱の角は肩に食い込み、

粉塵は喉に焼けつく。

滑車は軋み、怒号は飛び交い、

気を抜けば指を潰す。


「フカ、なかなか要領がいいな」

ドルゴンが声をかけると、


「ああ、重いものを運ぶのは前のとこでもよくやってたからな。慣れたもんよ」

フカは自信ありげだった。


昼休み。

班員たちは倉庫裏の石畳の陰で腰を下ろし、

持参した粗末な昼食をとりながら愚痴と己の境遇をこぼしていた。


「はぁ……今日もキツいわ。腰だけはやらないようにしねえとな」

貧乏農家の三男坊、ライナー。


「俺ぁ商会に借金返せず、畑も女房も持ってかれたんだ。

 なのにこんな荷運びだぜ……ハハ、泣ける話だよ」

元自作農のゲルト。


「俺はちょっと、故郷で……まあ、言えねぇよ」

訳アリの獣人カラム。


「ぐへへ……俺なんか博打でしくじってよ。借金取りが怖くて逃げてきたんだ。

 けどここなら、まぁ……誰も俺を知らねぇしな……」

借金持ちのイゴール。


「なぁ、お前らは……どこから来たんだ?」

ライナーが訊いた。


「俺は……似たようなもんだよ」

元奴隷のフカ。


「遠い国から流れてきたんでな……」

謎の男ドルゴンは短く答えた。


だがそれ以上語らない。

それがかえって、班員たちの想像を掻き立てた。


(出稼ぎか……)

(財産を奪われたのか……)

(罪人か……)

(借金逃れか……)

(逃亡奴隷か……)


それぞれ勝手に理由を作り、勝手に納得していた。



午後も仕事は続く。

またハンスの怒鳴り声が飛んだ。


「ライナー、ゲルト、カラム! この木箱20、あっちの馬車に積み込め!」


「へい!」


「イゴール、あと新入り二人ぃ。

 おめぇらは、種籾を30袋、あの船だ!

 くそぅ、また種籾か……今年はやけに多いな……急げ!」


「……へい、分かりやした」


こうして荷役たちの一日は、慌ただしく過ぎていった。



「夕食」


「ほれ、フカ。今日はよう働いたろう。もっと食べよ!」

千姫が気前よく粥をよそって差し出す。


「あ、ありがとよ、姫さん」

フカはうやうやしく両手で受け取る。


その日の夜。

仕事を終えたドルゴンとフカはボロ屋に戻り、千姫と一緒に粗末ながら温かい夕食を囲んでいた。


「で、務めはどうじゃった?」

千姫が尋ねると、ドルゴンは淡々と答えた。


「荷の流れが分かれば、街も国も読める。

 ……成り上がるにはちょうどいい場だ。」


「そうか……ならよい。じゃが、身体だけは大事にせいよ。

 ほれ、お主ももう一杯。」


「うむ、いただく。」


千姫は、今度はドルゴンの皿に粥をよそいながら、ふと眉をひそめた。


「ところで、この粥、やけに滋味があるのう。肉も入っとるし……これは何の肉なのじゃ?」


確かに、貧乏暮らしには不釣り合いなほど濃い味だった。


「水鳥だ。川で見つけたので、石を投げて仕留めた。

 骨を砕いて煮るとよく味が出る。」


「い、石で……?」

千姫の動きが止まる。


「まったくよ、兄貴はとんでもねぇことするよ。あんなの誰も真似できねぇよ」

フカが盛大にため息をつく。


千姫とフカは驚き半分、呆れ半分で顔を見合わせながら、

それでもおいしそうに粥をすすっていた。



「農民もつらいよ」


商会の奴らときたら、金のことしか頭にない。

あいつらは、人間の皮をかぶった何かだ。


……俺は、もともと小さな畑を耕して、

女房とつつましく、けれど幸せに暮らしていたんだ。


数年前、豊作になるという噂が流れた。

商会も「今年は種籾がよく出ている」ともっともらしいことを言った。

俺は、ほんの少しだけ欲をかいたのかもしれない。

畑を大きくして、もう少し楽をしたい――そんな小さな夢を持ってな。


だから種籾を多めに借りた。

だが、その年の収穫は平年並み。

年貢を納め、契約分の麦を差し出したら……

利子分をつけて返す種籾が、もう残っていなかった。


それでも、女房と二人で必死になって頭を下げた。

商会は「今年だけは見逃してやる」と言った。


……だが翌年、神さまが背を向けた。

また種籾を借りて挑んだ畑は、不作だった。


貸付は雪のように積もり、

俺たち夫婦は、家と畑を手放すしかなくなった。

それでも返済には足りなかった。


「こっちは商売なんだよ。返せねぇは通らねぇ。

 お前が奴隷になるか、女房を娼館に売ってでも払ってもらうぜ」


商会の奴らは、淡々と言いやがった。


俺は女房さえ無事なら、自分が奴隷になってもいいと思った。

だが――


「私ひとり残されるなら……

 ここにいるのも娼館へ行くのも、変わらないよ。

 いいよ、私が行くよ……」


女房は笑った。泣きそうな顔で、笑ったんだ。

そのまま商会の奴らに連れていかれた。


俺は……全部、失った。


そして、俺だけじゃない。俺みたいな農民は、

この国には、ごまんといるんだ。


俺はそのまま王都へ流れて、

今はこうして日雇いの荷役仕事にしがみついている。


そんなある日、

変なやつが俺のいる班に入ってきた。


大柄で、見たことのねえ顔つきの男だ。


休憩の時、偶然二人きりになったとき、


「なぁ、おめぇが前に言っていた身の上話、もっと聞かせてくれねぇか?」


唐突に奴は聞いてきた。

俺は気づいたら自分の身の上を話していた。

誰かに聞いてほしかったんだろうな。

もう家も畑も、女房もねぇ俺の話を。


男は黙って聞いていた。

聞いているのかいないのか分からん表情で、ただ静かに。


話し終えた時、

男は初めて、普段とは違う低い声で言った。


「……農民たちを救いたくはないか?」


背筋が凍った。

優しい声じゃない。

だが、不思議と突き刺さってきた。


「お前には、人を率いる才があるようだ。

 その気があるなら……兵法を教えてやろう」


商会の連中に、思い知らせてやれるかもしれない。

そんな予感が、胸の奥の黒い部分でじわりと膨れた。


そして気づいたら、俺はうなずいていた。


ドルゴンという人物が好きで書いた妄想小説です。

楽しんで頂けたら幸いです。


次回、2025/12/19 20時投稿予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ