第一章ボロ屋編 第4話「ボロ屋に落ち着く」
あらすじ
清王朝初期、王朝拡大に大きな影響をもたらした摂政王ドルゴン。
徳川家康の孫にして、豊臣秀頼の正室・千姫。
権力の絶頂期に若くして急死したドルゴンと、
大坂夏の陣で落城寸前だった千姫は、
突如見知らぬ世界へと身一つで飛ばされる。
そこから成り上がる二人の物語。
主な登場人物
ドルゴン:清朝初期の権力者・摂政王
千姫:徳川家康の孫・豊臣秀頼の正室 猫かぶりのお姫様
フカ:逃亡奴隷、ドルゴンにフカと名付けられる。
「服を売る」
翌朝、街に差す光とともに三人は動き始めた。
「ほぅ……大坂の賑わいには遠く及ばぬが、これほどの人波はこの国で初めて見たわ。」
千姫は外衣の影からこっそり街を眺め、思わず声を漏らした。
「さて、ドルゴンよ。これからどうするのじゃ?」
「まずは住処を得る。そして職を探し、生きる算段を整える。
……が、そのための金が尽きかけておる。」
ドルゴンはそう言うと、立ち止まり、ある店を指した。
看板には、小さく描かれた外衣の絵。
「ここのようだな。」
「ここは……衣を扱う店か?」
「そうだ。そして、ここで金を作る。」
荷物から、
ドルゴンは自身の服(袍子、外套、 肩掛け、手袋、革靴、脚絆、帽子) そして千姫の絹の羽織を取り出した。
「これらは絹と革と毛皮。
街道で民の様子を見た限り、この国でも高値がつくはずだ。」
「……そ、それは妾の羽織……。だが、今は金子がいるのじゃな。」
千姫は羽織に名残惜しげに触れたが、すぐに気丈に頷いた。
「それだけではない。」
ドルゴンは、自分の胸元をつまみ、
次に千姫の上衣を軽く指さす。
「姫の着ている服も絹だ。それもいずれ売る。」
「ま、まさか……妾にこの街中で素っ裸になれと言うのか?!
こ、この不埒もの!!」
千姫は一気に顔を真っ赤にし、外衣の裾を必死で押さえた。
「落ち着け。誰がそんなことを言った。」
ドルゴンは全く動じず、冷静に順序を示す。
「まず羽織や毛皮を売って金を得る。
その金でこの国の女の服を買い、姫が着替える。
その後、今着ている絹の衣を売ればよい。」
「……そ、そうか。
いきなり裸になるわけではないのじゃな……。」
千姫は胸をなで下ろすが、ふと何かを思い出したように小声で呟いた。
「で、では……ま、まさか、腰巻きも売るのか……?」
「……腰巻き? なんだそれは?」
「い、いやっ! なんでもないのじゃ!!」
千姫は羞恥で耳まで真っ赤になり、
外衣の中でもじもじと身を縮めていた。
「大丈夫かよ?商人なんざ足元見てくるぜ?」
フカが口を出してきた。
「まあ見ていろ、商とは戦の駆け引きと同じだ。」
ドルゴンはそう言って、服屋の扉を押し開けた。
「いらっしゃい……」
(なんだ、また貧乏人どもか。……ん? このあたりじゃ見ねぇ面構えだな。)
「どういう用だい?」
「へぇ、服を売りたいんでさぁ。あと、妹に服を買ってやりたくて……」
男は、外衣を深くかぶった小柄な娘を指した。
“妹”らしい。もうひとりの黒い肌の若造は家人か。
「これなんですがね……」
男が包みを開いた瞬間、思わず目を見開いた。
(なんだこりゃ!?)
革、毛皮、そして確かに絹。
しかも形はこの辺のもんじゃない。
貧民風情が持つ代物じゃねぇな。
「……あんた、こいつをどこで?」
「……こまけぇことは聞かねぇでくだせぇや。」
(訳アリってこったな……)
「見たところ、あんたら長旅で銭に困ってるんじゃろ?
うちも商売だ……銀貨20枚。これが精一杯だね」
「……そうなんすか。
他の店じゃ銀貨50枚なんて言われたんすけどねぇ。
それにこの毛皮なんて。冬毛で油もよく残ってて、軽くて温けぇ。
店に出しゃすぐ売れると思うんですがね?」
(……こいつ、分かってやがる。
毛皮の良し悪しまで正確に言い当てるとは……)
「……そうだねぇ。じゃあ、銀貨30枚。これでどうだい?」
男は黙って首を傾げ、それから娘を指差した。
「……あぁそうだ。
妹の着てる服も合わせて買い取ってくれやせんかね?」
娘の外衣を取って見せてきた女物は、これまた絹。
「な、いきなり何をするんじゃ!」
(……貧乏人のくせにどれもこれも上物じゃねぇか。
ちょっと煤けてるが顔立ちは品があって黒髪……どこの生まれだ?)
「へぇ……どれどれ、近くで――」
「ひ、ひえっ……」
娘に手を伸ばした瞬間、男の手がバシッと遮った。
「旦那ぁ。
妹は嫁入り前でさぁ、そいつは勘弁してくだせぇ。
……この店、女の方はいねぇんですかい?
妹の世話を頼みてぇんですが。」
言葉づかいは丁寧だが、
背筋が凍るほどの威圧感だった。
(な、なんだこいつ……!
言葉は丁寧なのに目が笑ってねぇ……!)
「ひっ……あ、あぁ、ちょっと待ってな。
おい、カアさん!
女の客だ!」
奥から肝の据わった女将が出てきた。
「はいはい……あらまあ。
この辺じゃ見ない娘さんだねぇ。
さ、こっちおいで。女同士で見てあげるよ。」
娘は明らかにホッとして、女将の方へ歩いていった。
男はその隙に畳みかける。
「で、この絹。だいぶ上等なもんでさぁ。
形は違えど、こういうのは金を出す客も多いでしょう?」
(……さっきの威圧のせいで俺は汗だくだ……
すっかり、あいつの調子じゃねぇか……)
「じゃあ、妹の服二着に、あっしの服一着を差し引いて……
銀貨40枚。……これで決まりでさぁね?」
(……やられた。
だが、この品なら実際そのくらい払う価値はある……)
「……ああ、あんたにゃ負けたよ。
それでいい。」
交渉は男のペースで成立した。
ほどなくして、奥から女将の声がした。
「できたよー! お連れさん、来な!」
娘が姿を現した。
淡い茶色のスカートに、
白いブラウス型の上衣。
鋤かれた黒髪は頭巾に包まれ、
顔の汚れも拭われて肌は白磁のように透き通っていた。
(……こりゃどこかの異国の姫かよ)
娘は頬をほんのり赤くして男の元に戻った。
「どうじゃ、似合うかの?」
「悪くない」
異国の言葉で二人が何か交わす。
「旦那、女将さん。世話になりやした。」
「アリガトウゴザイマシタ」
男たちは礼をして、店を後にした。
(とんでもねぇ客だった……
なんだあの男……ただ者じゃねぇ……)
「すげぇ、銀貨40枚なんて見たことねぇよ、初めに言われた額よりずっと多いじゃねぇか!
どうやったんだよ、兄貴!」
フカは店を出るなり声を上げた。呼び方もいつの間にか変わっていた。
「目・息・体……店主は品物を見るなり顔つきが変わっていて、品の価値が高いことはすぐ分かった。
あれを落とすことは容易い。」
ドルゴンは淡々と答えた。
「まったく、あの屋主の手が伸びてきたときは背筋が凍ったわ……
って……ドルゴン、そなた妾を囮としたであろう、この不忠者め」
千姫は少々不機嫌に言った。
「すまぬ……だが、生きる糧を得るためであった。許してくれ」
ドルゴンは素直に頭を下げる。
「まったく、今回だけじゃぞ。次からは、断りを入れよ」
「心得た」
「して、その金子でどのくらい、生きながらえることができるのかの?」
「ここまでの道中の食べ物の額から勘案すると、これから借りる住処次第だが、
一年は生きながらえることはできそうだ。」
「一年とな!……まずは、一息つくことができそうじゃのう。」
ドルゴンの答えに、千姫は安堵の声を漏らしていた。
「ボロ屋に落ち着く」
「部屋は一月、銅貨十五枚。最初だけ先払いで五枚だよ。
田舎もんは“汚い”“臭い”“狭い”って文句言うけど、王都じゃこれが当たり前さね。
嫌なら他を当たりな。」
服を売ってなんとか金を作った三人は、王都の貧民街へ向かった。
安く済ませたいのは山々だったが、あまりに荒れた区域は千姫には危険と判断し、
ドルゴンは慎重に区画を選んだ。
何軒か回った末、家族連れの多い長屋を見つけ、
その入り口に座る女主人に入居を願い出た。
女主人は、最初ドルゴンとフカの風体を見て眉をひそめたが――
「妹が年頃でして。なんとか置いてもらえやせんか。
ご迷惑は決しておかけしやせん。」
ドルゴンの低く丁寧な頼み込みに、
女主人は千姫を一瞥し、その小柄な娘の不安げな目を見て、ため息をついた。
「……まあいいさ。空きが一つだけある。変な真似だけはしないでおくれよ。」
こうして三人は、ようやく“寝る場所”を得た。
「うまくいって良かったな、兄貴、姫さん。」
フカがほっと息をつく。
「千姫、部屋は……少し狭くて汚いらしいが、大丈夫か?」
「ふふん、妾を誰と心得る。武家の娘ぞ?
ここまで幾度も野宿しておる。これしき、なんでも――」
得意げに顎を上げた千姫だったが、
部屋の戸を開けた瞬間、その顔が固まった。
「……ここが、部屋と?
く、臭……これはまるで厠の――」
ぴょん、と跳ね上がる。
「ひえっ……ね、鼠がっ!」
隅を走り抜けた影に千姫は腰を抜かしそうになった。
「どうしたんだよ姫さん?
俺が元々いたとこより、むしろキレイなぐらいなんだがなあ……」
フカは本気で不思議そうだ。
ドルゴンはしばし千姫の表情を見て、静かに思った。
(……高貴な娘には、やはりここは厳しいか。
だが、ここで生きるには慣れてもらうしかあるまい。)
千姫は白目をむきかけ、ふらりとよろめいた。
ドルゴンはそっと肩を支えながら言った。
「慣れよう、千姫。
ここから、我らの新しい暮らしが始まるのだ。」
千姫が小さく頷いた直後、また鼠が走り――
「ひゃっ!」
再び小さく飛び跳ねたのだった。
ドルゴンという人物が好きで書いた妄想小説です。
楽しんで頂けたら幸いです。
次回、2025/12/12 20時投稿予定




