第二章商会乗っ取り編 第21話「商会混乱」
あらすじ
清王朝初期、王朝拡大に大きな影響をもたらした摂政王ドルゴン。
徳川家康の孫にして、豊臣秀頼の正室・千姫。
権力の絶頂期に若くして急死したドルゴンと、
大坂夏の陣で落城寸前だった千姫は、
突如見知らぬ世界へと身一つで飛ばされる。
そこから成り上がる二人の物語。
流れ着いたローデン王国王都フィオレンツにて、
荷役として働き始めたドルゴンは才覚を発揮し、
遂にハルトマン商会の王都倉庫長として正社員に就任する。
その裏で、王宮の奥にあるという帰還の鍵を手に入れるために、
二人は商会乗っ取りに向けて動き出す。
主な登場人物
ドルゴン:清朝初期の権力者・摂政王
千姫:徳川家康の孫・豊臣秀頼の正室 猫かぶりのお姫様
フカ:逃亡奴隷、ドルゴンにフカと名付けられる
河野:ドルゴンの部下となった日本人女性 人の醜聞を覗くことが生きがい
ヨアン:妹を買い戻すためにドルゴンの部下となった元丁稚の少年
エルドリン:繁華街で火起こしの術を披露している大道芸人 ダルガの食客
ルーヴァ:エルドリンの孫 聡明な頭脳と術師の血統を持つ
ブリギッタ:ダルガの管理人となった老婆
オズヴァルト:商会倉庫の荷役統括 現在は倉庫長ドルゴンの部下
商会長:ハルトマン商会会長
ベッセル:ハルトマン商会番頭
アグリオス:ハルトマン商会 農村統括長
カール:商会長の叔父 一時的に番頭代理を務める
ゲルト:商会への借金で嫁を奪われた元自作農 王都で荷役をしていたが農民たちを率いて反乱を起こす
主な用語
ハルトマン商会:ドルゴン、フカが働いている商会
正社員:幹部
準社員:従業員
グライフェン地方:王都を支える一大穀倉地帯
グライフェン港:グライフェン地方の物流拠点
ダルガ:ドルゴンの屋敷、転じてドルゴンの私的組織
術わざ・奇跡の術:体内の血肉を違う形に変換する術のこと。街の人たちからは魔法と呼ばれる
「グライフェン砦の戦い」
グライフェンの砦は、グライフェン港から数刻離れた場所にそびえていた。
砦は小高い丘の上にあり、その前にはフォルン川の支流が流れ、砦の入口の前には橋が架かっている。
戦乱が起こった際、付近に敵軍が迫ると、ローデン王国は地域一帯の穀物と住民をこの砦に集めて籠城することを定めていた。
だが、ここ十年ほどは平和な時が続き、砦は使われることなく無人のままで、やや朽ちかけていた。
ゲルト、元自作農で全財産と家族を失って商会で荷役をしていたこの男は、
荷役の臨時収入で得た銀貨十枚を握り、荷役の仕事を辞め、この砦を拠点に据えて反乱に向けた準備を進めていった。
(詳しくは、第5話「荷役はつらいよ」、第7話「豊作予想」、第8話「娼館」を参照)
まずゲルトは、同じような境遇にある元自作農たちを、王都の労働者や農村の小作農たちの中から募った。
そしてゲルトは仲間たちと共に周囲の農村を回り、商会の非道を説き、立ち上がることを訴えて回った。
だが、今年は大豊作であったこともあり、ゲルトの声を真剣に聞く者は多くなかった。
しかし、港での騒動の一件をきっかけに、事態は一気に急変していた。
大豊作であっても農民の境遇が悪くなること、そして港での事件をきっかけに商会が強行的な徴収と懲罰に来ることが農民たちの間で共有され、砦には地域一帯の農民たちと今年の収穫物が続々と集まっていった。
そして現在、商会側がグライフェン港を取り返し、増援が到着したことを、農民側の斥候たちも察知していた。
農民たちもまた臨戦態勢を整えていた。
商会の鎮圧部隊は砦の前まで進み、隊列を整えた。
農民側でも数百人の農民たちが砦の橋の先に展開し、商会の鎮圧部隊を待ち構えていた。
「ハルトマン商会番頭のベッセルである。代表者はいるか」
ベッセルは前に歩み出て声を張り上げた。
「俺だ。俺の名前はゲルトという。
おい、番頭ベッセル!
よく聞け!
今年は大豊作だったんだ。
なのに村じゃ腹をすかせている仲間が山ほどいる。
お前たち商会の取り立てがきつすぎるからだろうが。
まずそれを認めろ。
それから俺達が生きていけるようにやり方を変えるって言え」
ゲルトが応じた。ゲルトの声はよく通る声だった。
「言い分は聞いた。
農民が苦しいという話も、こちらに届いていないわけではない。
だが順序が違う」
「順序だぁ?」
「そうだ。
お前たちは穀物を差し止め、港で血を流した。
今ここに集まっているのは、まずその始末をつけるためだ。
穀物を出せ。そして、人質にしている商会の者を解放しろ。
話はそれからだ。」
「ふざけるな。
詫びもなしで、また取り立てるつもりか」
「謝罪をするのは、お前たちの方だろう。
本来なら港の件だけでも重い咎になる。
だが商会は、ことを大きくするつもりはない」
「……ほぉう。どういうことだ!」
「穀物を出し、
騒ぎを収めるなら、港の件は軽い罰で済ませる。
その上で、取り立ての仕組みについては
改めて話を聞こう」
「つまりこうだろ。
今まで通り穀物は出せ。
話は後で聞いてやる、ってやつだ。」
「秩序が戻らねば、どんな話もできん。
商会も村も、まず今年を乗り切る。
制度の話は、その後だ。」
「……話にならねえな。」
ゲルトの背後では農民たちがざわめき始めていた。
「聞いたかみんな!
こいつらは何も変える気なんかねえ!
穀物だけ出せってよ!」
「ふざけるなー」「いいかげんにしろ」
農民たちから怒号が溢れていた。
「俺たちは譲らねえ。
穀物が欲しいなら――
力ずくで取りに来てみろ!」
「うぉぉぉぉ!!!」
ゲルトの声に呼応して、農民側からどっと声が上がった。
ベッセルはその様子を黙って聞きながら、農民たちの列を見渡していた。
「……交渉は決裂ということだな」
「商会としては残念だ。
だが、穀物の搬出を妨げる行為は
これ以上看過できない。
よって、商会はこれより
実力をもってこれを排除する」
ベッセルはそう言うと、側に控えていた副官の傭兵隊長に指揮を引き継ぎ、自身は陣の後方へ引き下がっていった。
「構え」
傭兵隊長の一言に反応して、背後の傭兵たちは一斉に槍を下ろした。
「来るなら来い!」
ゲルトは大きな声で応じていた。
◆
「おお、あいつらおっぱじめる気だな」
「そうこなくっちゃな。これで話が済んだんじゃ、俺たちの旨味がないぜ」
商会の鎮圧部隊の傭兵たちの中から、そんな話し声が聞こえてきた。
「しかし、向こうから砦の外に出てきてくれるとは、やりやすいな」
「なぜ、砦に籠っていないんだろうな」
「見ろ、砦の壁が所々朽ちて隙間がある。あれでは籠っても上手く守れないと判断したんじゃないか」
「なるほど、だから橋で食い止めようってことか」
「だからって、橋の向こう(砦側)で待ち構えていればいいのに、こっち側で待ち構えているなんてバカな奴らだな」
「やはり農民か。戦いってものを何もわかっちゃいねえ」
「ハハハ」
兵法の常識として、橋を背にして戦うことは退路が狭まり、隊列も乱れやすくなるため危険とされていた。
橋の上は幅が限られ、後退すれば味方同士が詰まりやすく、ひとたび崩れれば混乱が広がりやすいからである。
そのため守る側は、橋を渡ってくる敵を橋の先で待ち構え、狭い橋を通って間延びした隊列の敵を順に迎え撃つのが定石と考えられていた。
傭兵たちの間には、戦いの常識を知らない農民たちの様子を見て、相手はすぐに崩れるだろうという思いが広まっていた。
「おい、いいのか隊長。このままだと前の奴らにおいしいものを全部取られちまうぜ。
こんなおいしい仕事はなかなかないぜ」
「まあ待て。あの布陣、何か嫌な予感がする。様子を見ておいた方がいい」
(まるでこちらを誘い込もうとするような布陣だ。あれをやるのは、ずぶの素人か兵法を知った者があえて執る策だ。はたして……)
鎮圧部隊の後方で、そんなことを考えている男がいた。
男の名前はラドウィンといった。ラドウィンは王都で十人を引き連れる小さな傭兵団の隊長をしていた。
ラドウィンはハルトマン商会の臨時の動員に伴う雇い入れによって、今回の鎮圧部隊に参加していた。
平和な時代が続いている昨今は、傭兵たちにとって苦しい時期となっていた。
仕事は少なく、傭兵たちは、たまにある商会の護衛任務で糊口を凌ぐ日々を送っていた。
そんな中で今回の鎮圧作戦は、久々に大口の仕事だった。
略奪ができれば大きな稼ぎも期待できるため、傭兵たちは我先にと先頭を陣取り、早く砦に突入しておこぼれをいただこうという気持ちを募らせていた。
ラドウィンも苦しい生活を送る傭兵の一人だった。家族のためにも大きな稼ぎを作りたい気持ちは他の傭兵たちと変わらない。
だが、農民たちの様子への疑念が彼を陣の後方にとどめていた。
◆
「わあああ」
戦いが始まると、傭兵たちと農民たちは互いの長柄武器で牽制し合っていた。
傭兵たちが槍を構えている一方で、農民たちは槍を持つ者が少なく、ほとんどが農具を転用した木の棒を手にしていた。
その非対称の関係はすぐに崩れた。
傭兵たちの槍が農民たちの棒を打ち落とし、その刃先が農民たちの体に届き始めた。
「ぎゃ」「うわ」
農民たちの体からは鮮血がにじみ、痛みを訴える声があちこちで上がった。
「引け、引けぇ!」
やがてゲルトの号令がかかり、農民たちは背後の橋に向かって退却を始めていった。
「そら、崩れたぞ。一気に追い立てろ」
「どけ、俺が先だ」「いや、俺だ」
傭兵たちは敵が崩れたと判断し、橋を越えて追撃した。
橋の入口には早くおこぼれをいただきたい傭兵たちが殺到し、通路が詰まるほどだった。
橋に侵入できた傭兵たちは、橋を逃げる農民たちを懸命に追いかけた。
その中には、いち早く部下たちを救おうとする農村統括長アグリオスの姿もあった。
橋の先には、誰もいないように見えた。置き盾などはあるが、人の姿は見えない。
農民たちは砦の入口へ向かい、小高い丘の坂を上っていく。
傭兵たちはその背中を追いかけた。
「オラオラ早く逃げねえと叩っ切られるぞ!」
「ヒャハハッ、女たちは俺たちが可愛がってやるからよ!男どもは指をくわえて見とけや!」
傭兵たちは、勝利を確信し、侮蔑的な言葉を農民たちの背中に浴びせた。
傭兵たちが五十人ほど橋を越えた時だった。
「今だ!」
その瞬間、坂を上っていたゲルトが旗を掲げた。
次の瞬間、逃げていた農民たちは向きを変え、傭兵たちと向き合った。
砦の坂は農民たちに有利に働き、傭兵たちの動きを押しとどめた。
「俺達も行くぞ!」「うおおおお」
同じ時、置き盾の後ろに隠れていた農民たちが大勢現れ、橋を越えてきた傭兵たちの左右の側面を襲った。
気が付けば、傭兵たちは三方から囲まれ、身動きが取れなくなっていた。
「畜生、囲まれた」「これは罠だ」
「おい押すな、くそ、身動きが取れねぇ」
先頭の傭兵たちは不利を悟り一旦退却しようとしたが、後続の傭兵たちにはその様子が伝わらず、橋には後続が次々と押し寄せていた。
傭兵たちは橋を越えたところと橋の上で詰まり、混乱は拡大していった。
「よし、投げ入れろ」
その時だった。
身動きが取れなくなっている傭兵たちのところへ、何かが一斉に投げ入れられた。
投げ込まれた瞬間、それは砕け、炎が燃え広がり、傭兵たちの体を包んだ。
それは火がついた油壷だった。
「ぎゃあああああ」「熱いぃぃぃ」「助けてくれえ!」
傭兵たちの中から阿鼻叫喚の叫び声が上がった。
橋の上から川に飛び降りる者、身動きが取れないまま燃え尽きる者が現れた。
「敵は崩れた。追い返せ!」
身動きが取れない傭兵たちに対して、農民たちの攻撃は続いた。
橋の先に突き出した傭兵たちの集団の塊は次第に小さくなり、ついには橋の上にまで押し返された。
橋の向こうで発生した恐慌は、次第に橋の反対側へも伝わっていった。
「もうだめだ」「逃げろ」
一人、二人と逃げる者が現れた。
「逃げるな!」「体勢を立て直すんだ」
後方で控えていたベッセルは大きな声を上げ、何とか持ち直そうとした。
しかし、その流れには逆らえなかった。
「総隊長!この状況では立て直すのは無理です。港まで引きましょう!」
ラドウィンがベッセルに声をかけた。
混乱した状況の中で、ラドウィンの傭兵団は唯一まともな隊形を保っている集団と言えた。
「……引け、港まで引くんだ!」
ベッセルはしばらく黙して考えていたが、やがて意を決し、撤退の命令を出した。
傭兵たちはバラバラになって逃げていた。
それは潰走と呼ぶべき状況だった。
商会の鎮圧部隊は、実質的に壊滅していた。
「商会混乱」
「ご、ご報告します」
その声は震えていた。
グライフェン砦からの急報を受けて、ハルトマン商会では緊急の会議が開かれていた。
「グライフェンの砦において、我が方の反乱鎮圧部隊は農民たちに敗北しました。
アグリオス様は戦の中で行方不明となり帰還しておらず、ベッセル様はご無事で港まで引いたものの、
雇い入れた傭兵たちはほとんど逃散してしまい、港には五十人ほどしか戻ってきておりません。
現在、ベッセル様は港に留まり、農民たちによる港の再奪取に備えています」
報告を聞いた一同は重く沈黙した。
商会の内部では、港があっさりと奪還できたことに気が緩み、反乱の鎮圧は時間の問題だという楽観的な雰囲気が広がっていた。
それだけに、敗北したという報告は場の雰囲気をいっそう重くしていた。
「倉庫長ドルゴンより報告します。
我が方の敗北の噂はすでに王都中に広まり、人々は穀物供給への不安から穀物の買い占めに走り、
穀物価格は上昇しています。
加えて、敗北の報により我が商会の手形が売られ、手形の信用不安が起きかけています」
ドルゴンは淡々と報告を続けながら、会議の場の様子を見渡していた。
「今年の契約分の穀物納入は一週間後には始まる。今月の末には、王国への年貢の納入だ……
もし間に合わなければ、我が商会はお終いだ……」
商会が契約を遂行できないこと、まして王国の年貢の徴収代行に失敗することが何を意味するのか――。
その重大さが不安となって商会長の頭を満たし、商会長は頭を抱えて嘆いた。
番頭代行のカールは口を噤み、周囲を見渡すだけだった。
だが、番頭ベッセルが失敗したという状況に対して手を挙げて進言する者は現れなかった。
沈黙がしばらく続いた。
「よろしいですか」
ドルゴンが口火を切る形で手を挙げた。
「ドルゴン倉庫長、何かね」
カールが応じ、周囲の視線がドルゴンに集まった。
「私が、農民たちを説得に行って参ります」
「勝算はあるのかね。あのベッセルが失敗したのだぞ」
「分かりません。ですが、このまま手をこまねいていても解決の手段が見当たりません。
今さら失敗しても、我が身の亡骸が一つ増えるだけです。行かせていただけませんか。
その代わり、成功した暁には相応の地位と恩賞を賜りたいと存じます」
周囲はざわついたが、ドルゴンに対して声を上げる者はいなかった。
カールは商会長に視線を向けた。
「もうこれ以上、傭兵を雇い入れる余裕はない。商会としては農民たちに謝罪して妥協することもできない。
それでも引き受けるのか、ドルゴン……」
「引き受けます。我が身一つで行って参ります」
「分かった。ドルゴンの派遣を許可する」
「承りました。
倉庫には鎮圧部隊の食料用に買い集めた穀物が残っています。こちらを最初の契約納入分に充て、
農民たちから穀物が手に入るまでは、市場からの買い戻してなんとか穀物を確保して凌いでください。
私が不在の間の倉庫長代理はオズヴァルトを推薦します。彼なら滞りなく業務を遂行することができます。
また、この状況に対処するために、ベッセル殿には私と交代する形で王都に戻ってきてもらいましょう」
異論を唱える者は現れない。
「進言を聞き入れる。そのようにしてくれ」
商会長の暗い声が会議室に響いていた。
ドルゴンという人物が好きで書いた妄想小説です。
楽しんで頂けたら幸いです。
次回、2026/3/19 20時投稿予定
※祝日前の木曜日の夜に投稿します。




