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第二章商会乗っ取り編 第20話「鎮圧部隊派遣」

あらすじ

清王朝初期、王朝拡大に大きな影響をもたらした摂政王ドルゴン。

徳川家康の孫にして、豊臣秀頼の正室・千姫。

権力の絶頂期に若くして急死したドルゴンと、

大坂夏の陣で落城寸前だった千姫は、

突如見知らぬ世界へと身一つで飛ばされる。

そこから成り上がる二人の物語。


流れ着いたローデン王国王都フィオレンツにて、

荷役として働き始めたドルゴンは才覚を発揮し、

遂にハルトマン商会の王都倉庫長として正社員に就任する。

その裏で、王宮の奥にあるという帰還の鍵を手に入れるために、

二人は商会乗っ取りに向けて動き出す。


主な登場人物

ドルゴン:清朝初期の権力者・摂政王

千姫:徳川家康の孫・豊臣秀頼の正室 猫かぶりのお姫様

フカ:逃亡奴隷、ドルゴンにフカと名付けられる

河野:ドルゴンの部下となった日本人女性 人の醜聞を覗くことが生きがい

ヨアン:妹を買い戻すためにドルゴンの部下となった元丁稚の少年 

エルドリン:繁華街で火起こしの術を披露している大道芸人 ダルガの食客

ルーヴァ:エルドリンの孫 聡明な頭脳と術師の血統を持つ

ブリギッタ:ダルガの管理人となった老婆


リリア:ハルトマン商会長の一人娘 我儘お嬢様

カロリーネ:ハルトマン商会長夫人 ドルゴンと不貞の関係になる

エーバーハルト:ハルトマン家家宰


オズヴァルト:商会倉庫の荷役統括 現在は倉庫長ドルゴンの部下

商会長:ハルトマン商会会長

ベッセル:ハルトマン商会番頭

アグリオス:ハルトマン商会 農村統括長

エーリヒ:ハルトマン商会 農村統括の準社員


ゲルト:商会への借金で嫁を奪われた元自作農 王都で荷役をしていたが農民たちを率いて反乱を起こす


主な用語

ハルトマン商会:ドルゴン、フカが働いている商会

正社員:幹部

準社員:従業員

グライフェン地方:王都を支える一大穀倉地帯

グライフェン港:グライフェン地方の物流拠点


ダルガ:ドルゴンの屋敷、転じてドルゴンの私的組織

(わざ)・奇跡の術:体内の血肉を違う形に変換する術のこと。街の人たちからは魔法と呼ばれる

「覗き見」


商会長宅の応接間の裏には、古い改修の名残として細い観察用の空間が残されている。

壁に掛けられた大きな油彩画の裏板には、子供の小指の先ほどの小さな孔が穿たれていた。


「お嬢様、なんですかここは」


暗がりの前で、千姫が小声で尋ねた。


「フフッ、面白いものが見えるのよ」


リリアはそう言い、廊下の端に置かれていた小振りの椅子を指さした。


「それをここへ運びなさい」


リリアは千姫に命じた。

千姫は無言で椅子を両手で抱え、壁際まで運んだ。


リリアは椅子の位置を自らの手で直し、その上に乗った。

リリアは商会の内部を千姫に見せることが適切かどうかを深く考えている様子はなく、

ただ自分が安全な位置から人々を見下ろせる立場にあることを示しているようだった。


「ここから、おじさんたちの顔が見えるのよ」


リリアは得意げにそう言い、油彩画の裏板の孔に目を近づけた。


「お嬢様、怒られますよ」


千姫は控えめな声でそう言ったが、リリアは聞く耳を持たない様子だった。

千姫には壁の向こうで誰かが話していることは分かったが、内容までは聞き取れなかった。


応接間では、ドルゴンとカロリーネ、側女と家宰エーバーハルトが同席している。

卓上には書類が整えられ、午後の光が窓から差し込んでいる。


「九月も半ばになりますと、朝夕がずいぶん涼しくなりますわね」


カロリーネは穏やかにそう言い、指先で銀杯の縁をなぞった。


「ええ。夏の熱が引いて、ようやく落ち着いてまいりました」


ドルゴンは静かに応じ、カロリーネへ視線を向けた。


「庭の秋薔薇も、今がいちばんの見頃ですの」


カロリーネは微笑みを浮かべ、わずかに視線を伏せた。


「見頃を逃さぬよう、近くまた拝見できればと存じます」


ドルゴンはそう言い、言葉のあとに短い間を置いた。


リリアはそのやり取りを聞きながら眉をひそめた。

リリアはカロリーネが自分に向けることのない種類の笑みを見て、胸の奥にざらりとした感覚を覚えた。


「……楽しそうね、あの男、怪しいわ、変な頭をして」


リリアは小さくつぶやき、その視線を険しいものにした。


(変な頭……ドルゴン、来ておるのじゃな……ぷっ、変な頭とは、言い得て妙じゃのう)


千姫は「変な頭」という言葉を聞き、壁の向こうにいる人物がドルゴンであることを察した。

千姫の胸の内には、わずかに安堵に似た感情がよぎった。


そのとき、ドルゴンはふと視線を上げた。

ドルゴンは会話を止めずに、油彩画の方へと目を向けた。


(敵意の視線……だが、子供のものだ。ご令嬢か……)


ドルゴンはそのように推し量った。

視線をわずかに細めただけで、表情を変えなかった。


リリアはドルゴンと視線が合ったと思い、息をのんだ。

とっさに身を引き、立っていた椅子の脚を踏み外した。


「きゃっ」


小さな声と共に椅子がぐらりと揺れ、ガタという音がわずかに応接間へ漏れた。


千姫は即座にリリアの腰回りに腕を回し、リリアの体を押さえた。

リリアは壁に手をつき、倒れるのをかろうじてこらえた。

千姫の手にリリアの鼓動が伝わってくる。


応接間では、カロリーネは物音に気づかなかった。

だが、ドルゴンの視線が絵画に向いていることに気づいた。


「どうかなさいましたか」


カロリーネはドルゴンに尋ねた。


「少し物音がいたしました。猫がおられるのですね」


ドルゴンは落ち着いた声で答えた。


「あら、当家には猫はおりませんよ」


カロリーネは不思議そうに言った。


「そうですか、勘違いだったようです」


「おほほ、おかしなことをおっしゃるのね」


ドルゴンはそう述べ、再びカロリーネへ視線を戻した。


リリアは「猫」と言われたことに気づき、顔を赤らめた。

サラはリリアの腰を支えたまま、声を出さずに様子をうかがった。


その直後、廊下を急ぐ足音が屋敷の奥から近づいた。

屋敷の使用人が応接間の扉を静かに叩いた。


エーバーハルトはその場で扉の方へ顔を向けた。


「奥様、お話中失礼いたします。ドルゴン殿、倉庫よりオズヴァルトという者が参っております。ドルゴン殿に急ぎお話ししたいことがあるとのことでございます」


エーバーハルトは落ち着いた声でそう伝えた。


ドルゴンは椅子から立ち上がった。


「奥様、少し外します」


ドルゴンは廊下へ出て、待っていたオズヴァルトに向き合った。


「オズヴァルト、どうした」


「倉庫長、先ほど港に、グライフェンの農村統括のエーリヒと名乗る担当者が火急の用だと川を下って来ました。

 その者は、グライフェン地方で反乱が起き、自分は上に報せるために解放された、仲間たちが人質になっている、

 自分は急いで上司のアグリオス殿にこのことを伝えなければならない、と言って倒れてしまいました。

 今は倉庫の事務所で休ませております。顔に大きな痣があり、激しい暴行を受けた様子です。

 一緒に下ってきた荷役の者たちにも確認しましたが、一同その証言を裏付けています」


ドルゴンはオズヴァルトの報告を静かに聞いた。


「分かった。上には私から伝える。オズヴァルトは港に戻り、その者を本館まで連れてきてくれ」


「承知しました」


オズヴァルトは一礼し、足早に廊下を戻った。


ドルゴンは応接間へ戻った。

そして、静かな足取りでカロリーネの前に立った。


「これから本館へ参ります。ベッセル殿に急ぎ伝えるべきことができました」


カロリーネは椅子から立ち上がり、ドルゴンの顔を見つめた。


「何か起きたのですか」


ドルゴンは表情を変えず、淡々と答えた。


「グライフェン地方で、大変なことが起きているようです」


応接間の空気は、先ほどまでの柔らかさを失っていた。

覗き部屋の暗がりで、リリアは自分の胸のざわめきと、遠くで動き始めた騒動の気配とを同時に感じていた。



「鎮圧部隊派遣」


土曜の夜、王都の商会本館では明かりが灯り、人々の声が絶えず響いていた。

グライフェン港が農民反乱勢力に占拠されたとの報を受け、緊急会議が招集されていた。


長机の奥に座る番頭ベッセルが、農村統括長アグリオスへ視線を向けた。


「アグリオス、状況を説明してほしい」


アグリオスは一礼し、背後に控えていた若い男へ目を向けた。


「エーリヒ、君から話してくれ」


解放されて王都へ戻ったばかりのエーリヒが、静かに前へ進み出た。

その頬には暴行の痕が残り、口元にはまだ腫れがあった。


「反乱の首謀者は、ゲルトという自称元自作農の男です。彼は次のように伝えました」


エーリヒは商会に説明するために言葉を整え、要点を告げた。


「農民は穀物とともにグライフェン砦へ籠もるとのことです。穀物を望むなら、我々にこれまでの対応を詫び、彼らが納得できる条件を示せ、という趣旨でした」


室内にざわめきが走った。


「何様のつもりだ」


「農民どもが……」


怒声が上がる中、アグリオスが口を開いた。


「港に残っていた準社員たちは、人質に取られています」


視線がアグリオスに集まった。


アグリオスは背筋を伸ばし、さらに続けた。


「彼らは私の配下です。一刻も早く彼らを救出する必要があります」


その言葉に、場の空気が重く沈んだ。


ドルゴンは、エーリヒがなお言葉を飲み込んでいる様子に気づき、穏やかに声をかけた。


「エーリヒ君、他にも伝えておくべき事情があるのではないかね」


エーリヒは意を決した様子で小さく息を吸った。


「ここ三年続きの不作で、農民の借金は積み重なっていました。今年は豊作でしたが、穀物価格が暴落しました」


エーリヒは顔を上げた。


「豊作に希望を託していた分、失望は大きかったのだと思います。借金はむしろ増え、財産や家族を手放した者も大勢出ています」


沈黙が落ちた。


「あー、ちょっといいかの」


商会長の隣に座る男が、ゆっくりと口を開いた。


「カール叔父上、なんでしょうか」


商会長が問い返した。


「そこの若いのが言っていたことで思い出したんじゃがの、三十年ほど前にも似た局面があったの。ほれ、ベッセルも覚えておるじゃろう。あの時も多くの血が流れたわ」


「はっ。当時は商会に入ったばかりでしたが、大きな農民反乱があったことは覚えております」


ベッセルはそう答えたが、それ以上の言葉は続かなかった。

ベッセルの中では、その出来事は遠い昔の記憶となっており、当時の反乱と今回の事態の関連性を即座に結びつける様子はなかった。


「儂もあれ以来、同じ局面に出くわしたことはないがの……」


カールはそう言って口を閉じた。


ベッセルは机に手を置き、商会長へ顔を向けた。


「現行の契約制度はここ十年で整えたものです。しかし、今年のような価格暴落までは想定しきれていないようです」


一人の幹部が問いかけた。


「制度を改めるべきでしょうか」


ベッセルは首をわずかに振った。


「それは鎮圧後に検討する話だ。当面は事態を収める必要がある」


ベッセルは商会長へ向き直った。


「鎮圧部隊として、まずは先遣隊百名を送り、状況を把握することを提案いたします。隊長はアグリオスが適任かと存じます」


商会長はアグリオスを見た。


「アグリオス、任を引き受けられるか」


アグリオスは深く頭を下げた。


「承ります。早く部下たちを救出しなければなりません。私が現地に赴きます」


商会長は頷いた。


「では、アグリオスを隊長として先遣隊の派遣を許可する。ただし、あまり先走りすぎないように」


「はっ」


ベッセルが続けた。


「本隊二百名を一週間ほどで整え、私が総隊長として後続いたします」


商会長が問いかけた。


「ベッセル、農民反乱は久々だが、問題はないか」


「これまでの経験を踏まえて対処いたします」


ベッセルは落ち着いて答えた。


商会長は静かに頷いた。


「ベッセルを総隊長として承認する」


「はっ。……ドルゴン倉庫長、王都から必要な物資を鎮圧部隊に送ってくれ」


「承知しました」


ドルゴンは短く応じた。


ベッセルはさらに続けた。


「私の不在中、番頭職はカール殿にお願いできればと存じます」


商会長は隣に座る叔父へ向き直った。


「叔父上、お願いできますか」


カールは短く答えた。


「ああ、分かった。引き受けよう」


こうして体制が整えられた。



二日後の月曜日、アグリオス率いる先遣隊は王都を発ち、翌日グライフェン港周辺に展開した。


港を見つめたアグリオスが言った。


「守りは薄いように見えるな」


副官となっている傭兵隊長が応じた。


「兵の配置に隙があります。あれなら先遣隊だけでも港の奪還は可能かと」


アグリオスは頷き、命じた。


「隊列を整えよ。正面から押す」


傭兵たちは盾を構え、港へ突入した。


農民側の男が叫んだ。


「持ちこたえろ!」


しかし押し返され、別の男が声を上げた。


「もうだめだ、退け!」


農民たちは港を放棄して退却していった。

グライフェン港は奪還された。だが、そこに人質となっている商会の準社員の姿はなく、穀物もほとんど残されていなかった。


港に立つ先遣隊の傭兵の間には、安堵と軽視が入り混じった空気が広がった。


「所詮は農民だ」


そう口にする者もいた。


アグリオスは先遣隊を呼び寄せた。


「砦と周囲の集落の様子を探れ。兵数と穀物の動きを確認しろ」


命を受け、周囲へ斥候が走った。


戻ってきた斥候から報告を受けたアグリオスは、短く呟いた。


「農民は宣言通り、穀物とともに砦へ籠城しているな……」



グライフェン港奪還から一週間後、ベッセル率いる鎮圧部隊本隊二百名が到着した。

その間、王都ではドルゴンが輜重の手配を指揮し、食料、矢束、薬が川船で滞りなく送り込まれていた。


鎮圧部隊三百名がグライフェン港に揃うと、ベッセルは部隊を整列させた。


「砦へ進み、反乱を鎮圧する」


アグリオスが声を重ねた。


「一刻も早く仲間たちを救出するぞ」


ベッセルは続けた。


「規律は崩すな。ただし、働きに応じた取り分について、私は細かくは問わない」


「おっしゃー、やってやるぜぇ!」


傭兵たちが応じた。傭兵たちの間では、農民は数こそ多いが統制は取れていないという見方が広がっていた。


鎧の軋む音とともに、隊列はグライフェン砦へと向かっていった。


ドルゴンという人物が好きで書いた妄想小説です。

楽しんで頂けたら幸いです。


次回、2026/3/13 20時投稿予定

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