第二章商会乗っ取り編 第18話「新しい住人達」
あらすじ
清王朝初期、王朝拡大に大きな影響をもたらした摂政王ドルゴン。
徳川家康の孫にして、豊臣秀頼の正室・千姫。
権力の絶頂期に若くして急死したドルゴンと、
大坂夏の陣で落城寸前だった千姫は、
突如見知らぬ世界へと身一つで飛ばされる。
そこから成り上がる二人の物語。
流れ着いたローデン王国王都フィオレンツにて、
荷役として働き始めたドルゴンは才覚を発揮し、
遂にハルトマン商会の王都倉庫長として正社員に就任する。
その裏で、王宮の奥にあるという帰還の鍵を手に入れるために、
二人は商会乗っ取りに向けて動き出す。
主な登場人物
ドルゴン:清朝初期の権力者・摂政王
千姫:徳川家康の孫・豊臣秀頼の正室 猫かぶりのお姫様
フカ:逃亡奴隷、ドルゴンにフカと名付けられる
河野:ドルゴンの部下となった日本人女性 人の醜聞を覗くことが生きがい
ヨアン:妹を買い戻すためにドルゴンの部下となった元丁稚の少年
エルドリン:繁華街で火起こしの術を披露している大道芸人
主な用語
ハルトマン商会:ドルゴン、フカが働いている商会
正社員:幹部
準社員:従業員
ダルガ:ドルゴンの屋敷
術・奇跡の術:体内の血肉を違う形に変換する術のこと。街の人たちからは魔法と呼ばれる。
「新しい住人達」
「婆さん、なんか出してくれ」
ドルゴンは街中で見かけた飯屋に、足が止まり、そのまま店先へと入っていた。
「はいはい、うちはあり合わせしかないけどね……はいよ、ゆっくりと食っていきなよ」
差し出された料理は、粗末な素材で整えられていたが、その仕事ぶりは丁寧だった。
料理を口に運びながら、働く老婆の様子が自然とドルゴンの目に入る。
忙しくテキパキと立ち働く姿は、かつて世話になった族母の面影を思い起こさせ、どこか近しい感覚が生じていた。
「アマ、旨かったよ。お代はここに置いておく」
ドルゴンは、老婆を"アマ(満洲語で母の意)"と呼んでいた。
「アマ?まあどおでもいいや、はいありがとね」
奇妙な呼び名を受け流しながら、老婆の意識は次の客へと向いていった。
その後、ドルゴンの足は折に触れてその店へ向かうようになっていた。
老婆は元来、上流階級の家々を渡り歩く使用人であった。
口ぶりに遠慮はないが、仕事ぶりは確かで、仕え先では重宝されてきた。
しかし、長く仕えた家が商売に失敗して離散し、仕え先は失われた。
老婆は年齢が重なっていたこともあり、次の奉公先は見つからず、身内にも先立たれていたため、身寄りのない身となっていた。
老婆は糊口を凌ぐため、貧民街で飯屋を営むようになっていた。
だが、遠慮のない口調が災いし、街の荒くれ者達といざこざが起き、
店を打ち壊されるという憂き目にあってしまった。
壊された店先で立ち尽くしていると、声がかかった。
「アマ、どうしたんだ?」
「ああ、あんたかい。どうしたもこうしたも、見ての通りさ。店を壊されて途方に暮れてんだよ」
「行く当てはあるのか?」
「天涯孤独の婆に行く当てなんてあるものかい。こうなりゃもう野垂れ死ぬだけだよ……」
「だったら、儂の屋敷で働いてくれないか。丁度、屋敷を管理する人が必要になってる。住み込みで働いてくれればいい」
「……何を考えているかは知らないがね、こうなっちまったら渡りに船だ。そうさせてもらうよ」
「よろしく頼む、アマ」
「前から“アマ”“アマ”って、それ何なんだい?あたしの名前はブリギッタって言うんだがね」
「フッ……アマはアマだ」
「まあいいさ、好きなように呼んでおくれよ……ご主人様」
「……“ご主人様”では収まりが悪いな。そうだな、儂のことは“フルシヤン(満洲語で摂政・導く者の意)”と呼んでくれ」
「フルシヤン様ねぇ……」
「アマ、“様”は不要だ」
「はいはい、フルシヤン、畏まりました」
こうして、ブリギッタはダルガの管理を任されることになった。
◆
それからしばらく後――
「ヨアン、これからお前は商会の準社員として儂の下で働いてもらう」
「承知しました。ドルゴン様」
ドルゴンは、新しく部下に加えたヨアンを伴ってダルガに向かって歩いていた。
「ここだ。屋敷には空き部屋がある。そこを使えばいい」
ダルガでは、初老の婆さんが待っていた。
「フルシヤン、この子だね」
「ヨアン、紹介する。ダルガの管理を任せているアマだ」
「あたしゃブリギッタだよ。この人は勝手に“アマ”なんて呼んでるけどね」
ブリギッタはドルゴンの部下になっても遠慮のない口調が変わることはなかった。
「ヨアンです。よろしくお願いします。えーっと……」
ヨアンの視線が二人の間を往復する。
「ヨアンが呼びやすいほうで呼べばいい」
「じゃあ、ブリギッタさん。よろしくお願いします」
「はい、よろしくね、ヨアン坊」
「あの、ドルゴン様、フルシヤンとは何でしょうか?」
ヨアンは、聞きなれない言葉の意味を尋ねる。
「この人がそう呼べって言うから、あたしはそう言ってるんだけどね」
ブリギッタが割って入る。
「……」
問いを受け、ドルゴンの思考が巡る。
この国に流されてから与えてきた名。
自らの呼称、ダルガという屋敷の名。
ブリギッタとヨアンを迎えたことで、屋敷の中に自分を中心とした私的な組織が作られ始めている。
(通り名は、組織の一員であることを示す証となるか・・・)
ドルゴンの視線がヨアンへ向く。
「フルシヤンとは、儂の国の言葉で貴人への尊称のようなものだ。
ヨアン、ダルガの中では儂のことはフルシヤンと呼ぶようにせよ」
「承知しました。フルシヤン様」
「“様”は不要だ。フルシヤン自体が敬称となっている」
「承りました。フルシヤン」
少し間を置いてドルゴンは続ける。
「ヨアン、お前をダルガに迎えるにあたり、お前にも名を授ける。
普段は“ヨアン”でよい。だが必要な時は別の名を用いることになる」
「必要な時とは何でしょうか?」
「そのうち分かる」
それ以上の説明は置かれなかった。
ヨアンの問いは胸中に留められた。
「お前の名は……そうだな、“トロ(満洲語で、継ぐ者・次世代の意)”とする」
「トロですか。どのような意味ですか?」
「……いずれ話す。まずは、よく働き、よく学べ」
「……承りました。フルシヤン」
ドルゴンは、その問いの答えをはぐらかした。
ヨアンは、その態度に疑問を感じながらもまた飲み込むことにした。
◆
ヨアンがダルガに迎え入れられて、またしばらく後――
ドルゴンは街を歩く中で、浮浪者の一団の中に見覚えのある老人の姿を目に留めた。
「エルドリン殿、ご無沙汰しております。このような場所で、どうかされたのですか」
その男は、繁華街で火起こしの術を披露していた大道芸人、エルドリンであった。
エルドリンは、どこか力の抜けた表情で顔を上げる。
隣には、案じるように寄り添う子供の姿があった。
「ああ、あんたか。どうしたもこうしたもないわい。
部屋を追い出されたんじゃよ。家賃が値上がりして未払いが重なっての……
孫と共に、こうして空の下に放り出されて、儂らはもう八方ふさがりじゃわい」
エルドリンの声には、状況を受け入れた諦めの響きが混じっていた。
ドルゴンは、少し考えて口を開く。
「……でしたら、私に付いてきていただけますか?」
思いがけない提案に、エルドリンは首を傾げながらもドルゴンの後を追うことになった。
そのまま、孫と共にダルガへ迎え入れられる。
「おひょ、こんな良い部屋にタダで住んでいいのかの?」
「はい。エルドリン殿は客分です。お孫さんと共に、いつまでもダルガに居ていただいて結構です。
その代わり……私の先生として、相談相手になっていただきたい」
「分かった。恩を受けた身じゃ。知っていることは何でも話させてもらおう」
「よろしくお願いします、先生。
ダルガの中では私のことはフルシヤンと呼んでください。
それから、このダルガに住む者には通り名を持っていただきます」
「ああ、構わんよ……フルシヤン」
「では、先生の名は……“ウルギ”とします。
私の国の言葉で、知恵や策という意味です」
「ウルギね。ふむ、悪くないの」
与えられた名は、静かに受け取られた。
「ところで、フルシヤン。お前さん、連れがおらんかったか?ほれ、あの黒いのと娘がおったじゃろう」
エルドリンはかつて共にいた二人の姿が見当たらないことに気づき、ドルゴンに問いが向けられた。
「ああ、フカですね。この屋敷には居ませんが、今は近所に住んでいます。そのうち紹介しますよ」
それ以上の説明は続かなかった。
「……娘の方は?」
沈黙がわずかに落ちる。
「娘……はて、そんな者いましたかな?先生は記憶違いをされているのではないですか?」
あの日、確かに二人の連れがあった。
しかし、女の存在は否定される。
エルドリンは言葉に含まれる含意を察し、追及は控えられた。
「……そうじゃったの。すまん、どうやら儂の勘違いだったようじゃ」
そのやりとりを、エルドリンの孫は不思議そうに見つめていた。
「そうじゃ、紹介が遅くなったのう。孫のルーヴァじゃ」
エルドリンは孫を紹介することにようやく思いがいたり、ルーヴァに挨拶を促した。
「ルーヴァです。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
ドルゴンは軽く答え、ルーヴァには関心を示さず、またエルドリンとの会話に戻った。
◆
「ローデン王国は帝国の一領邦にあたる。国王は帝国の選帝侯にもなっておる。
現国王フェデルナント王の治世は十五年、ここ十年は大きな戦もなく、平和が続いておる」
その夜、ドルゴンはエルドリンの部屋を訪れ、盤を挟んで話が交わされていた。
エルドリンのこの国と世界についての知識は広い。
そしてドルゴンが確認したい事柄は多かった。
だが、一度に問えば尽きないため、焦らず順に確かめていく形が取られていた。
傍らでは、ルーヴァが部屋に備え付けの本を取り出して読んでいる。
「むぅ、なかなかやるのう」
ドルゴンはこの国のシャタル(モンゴルの将棋)に触れるのは初めてであったが、
エルドリンから簡単に規則を教わると、間もなく手筋が掴まれ、三局目には形勢が拮抗していた。
本に飽きたのか、ルーヴァは小さくあくびをし、盤をエルドリンの後ろから覗き込む。
しばらく眺めた後、耳元で何かを囁いた。
「おお、そうか……では、こうじゃ」
助言を受けた一手が盤上に置かれる。
(ほう……いい手だ)
わずかにドルゴンの眉が動く。
その後も一手ごとにルーヴァの囁きが重なり、局面は次第に傾いた。
「ほい、王手」
「詰みだな」
投了が置かれ、ドルゴンの視線がルーヴァに向けられる。
「強いな。どこで覚えた?」
「えーっと、おじいちゃんの相手をよくしていたぐらいかな」
ルーヴァは淡々と答える。
(エルドリンの孫、特に気を止めていなかったが、この子もまた逸材のようだ……)
「先生、お孫さんの名は何でしたかな?」
「ルーヴァです。ねえ、フルシヤン様、お願いがあるんですけど……」
「“様”はいらんが、なんだ、ルーヴァ?」
「このお屋敷に、もっと本はないんですか?この部屋にある本は全部目を通しましたけど、どれも退屈なんです」
「……」
ドルゴンは考えを巡らせた。
「先生、ルーヴァは術を使えるのですか?」
「ああ、使うことはできる。じゃが、小さい体で扱うのは危険でな、使わせぬようにしておる」
「そうですか」
(聡明な頭脳、術師の血統……)
「ルーヴァ、お前にも通り名を授けよう。
そうだな、……では、“イルゲン”だ。光、ひらめきという意味になる。その知啓、ダルガのために役立ててもらおう」
ルーヴァの視線が祖父へ向く。
「フルシヤン、まさか孫に危ないことをさせるのではないだろうな。祖父として、それは全力で止めさせてもらうぞ」
覚悟を帯びた目がドルゴンに向けられる。
「ご安心ください。ルーヴァは先生と同様、私の相談相手です。危険な目に遭うことはありません」
「そうか」
エルドリンの表情が和らぎ、頷きが返される。
「お名前、ありがたくいただきます。フルシヤンさ……フルシヤン」
慣れない呼び方が整えられる。
すこし、間が置かれる。
「それで、本の方は……」
「儂の部屋に置いてある本は、好きな時に持って行って読んでよい。
ただし、儂の机には触れるな。中を覗けば、お前も先生もこの屋敷に(生きて)いられなくなるぞ」
「ありがとうございます!約束も絶対守ります」
ルーヴァの明るい声が部屋に響いた。
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ダルガ構成員一覧(現時点で明らかになっているもの)
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■ ドルゴン
通り名:フルシヤン
意味 :摂政・導く者
■ フカ
通り名:フカ※そのまま
意味 :黒
■ ブリギッタ
通り名:アマ
意味 :母
■ ヨアン
通り名:トロ
意味 :継ぐ者・次世代
■ エルドリン
通り名:ウルギ
意味 :知恵・策
■ ルーヴァ
通り名:イルゲン
意味 :光・ひらめき
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ドルゴンという人物が好きで書いた妄想小説です。
楽しんで頂けたら幸いです。
次回、2026/2/27 20時投稿予定




