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第二章商会乗っ取り編 第16話「ハルトマン家潜入作戦」

あらすじ

清王朝初期、王朝拡大に大きな影響をもたらした摂政王ドルゴン。

徳川家康の孫にして、豊臣秀頼の正室・千姫。

権力の絶頂期に若くして急死したドルゴンと、

大坂夏の陣で落城寸前だった千姫は、

突如見知らぬ世界へと身一つで飛ばされる。

そこから成り上がる二人の物語。


流れ着いたローデン王国王都フィオレンツにて、

荷役として働き始めたドルゴンは才覚を発揮し、

遂にハルトマン商会の王都倉庫長として正社員に就任する。

その裏で、王宮の奥にあるという帰還の鍵を手に入れるために、

二人は商会乗っ取りに向けて動き出す。


主な登場人物

ドルゴン:清朝初期の権力者・摂政王

千姫:徳川家康の孫・豊臣秀頼の正室 猫かぶりのお姫様

フカ:逃亡奴隷、ドルゴンにフカと名付けられる

河野:ドルゴンの部下となった日本人女性 人の醜聞を覗くことが生きがい


カロリーネ:ハルトマン商会長夫人 ドルゴンと不貞の関係になる

エーバーハルト:ハルトマン家家宰


主な用語

ハルトマン商会:ドルゴン、フカが働いている商会

正社員:幹部

準社員:従業員

「ハルトマン家潜入作戦」


ハルトマン商会長の屋敷前に、一人の少女が立っていた。

玄関の打ち金を叩くと、しばらくして屋敷の使用人が姿を現す。


「サラ様ですね。

 お待ちしておりました。

 こちらへどうぞ」


使用人に案内され、控えの間でしばらく待っていると、

カロリーネの側女を名乗る中年の女性が現れ、ついてくるよう静かに告げた。


扉の前で、側女は一度だけ立ち止まる。


「サラ。奥様がお呼びです」


低く告げられ、サラは小さく頷いた。

深く息を吸うことはしない。ただ背筋を伸ばし、視線を落とす。


側女が扉を開くと、柔らかな光が室内から差し込んだ。


サラは一歩、室内へ入る。

足音を立てぬよう、だが忍び足にもならぬ歩み。

扉が閉じる音を背に、二歩進んで立ち止まる。


室内には、すでにカロリーネが腰掛けていた。

その少し後ろの控えめな位置に側女が立ち、

壁際にはエーバーハルトが静かに控えている。


サラは顔を上げず、膝を折った。


「サラと申します。

 本日は、お時間を頂戴し、ありがとうございます」


声は張らず、かといって消え入ることもない。

年相応の柔らかさを残しながら、言葉の端に乱れはなかった。


「顔を上げてちょうだい」


促され、サラはゆっくりと視線を上げる。

真正面ではなく、わずかに視線を落とした位置で止めた。


落ち着いた眼差しだった。

怯えも、媚びも、背伸びもない。


「楽にしていいわ」


その言葉に、サラはすぐには動かなかった。

一拍置き、確認するようにもう一度だけ小さく頭を下げてから、

勧められた椅子へ静かに腰を下ろす。


背もたれには寄りかからない。

両手は膝の上で重ね、指先を揃える。


待つ姿勢だった。


——話す準備ではなく、

——聞く準備を整えた姿勢。


その様子を、エーバーハルトは黙って見ていた。

側女もまた視線を逸らさず、サラの所作を一つ一つ記憶していく。


カロリーネは、ほんのわずかに息をついた。


(……この子は)


まだ何も語らせていない。

それでも、

「育てられてきた子」であることだけは、すでに伝わっていた。


~~~~~~~


氏名:サラ・アプフェルフェルト

(洗礼名:サラ/アプフェルフェルト孤児院保護下)


年齢:十三歳前後(保護時の推定年齢より算出)


出自:

幼少期に身寄りを失い、推定三歳の頃、当教会の庇護のもと

アプフェルフェルト孤児院に引き取られる。

出生地・両親に関する記録は残っていない。


教育状況:

当教会修道女の指導により、

読み書き・算術を修めている。

理解力および学習態度は年齢相応以上。


日常の役割:

孤児院内にて、年少の孤児の世話、

および簡単な事務的補助を担う。

落ち着いた気質で、他者との衝突は少ない。


志向・動機:

将来的に修道の道を志すも、

年若きため司祭の勧めにより、

世間を知り、人と向き合う経験を積むことを希望。


所見:

慎み深く、虚飾を好まず、

与えられた務めを軽んじることのない性質。


推薦文:

本少女は、年若き身ながら、

言動に安定があり、学習態度も誠実である。

身元については当教会が保証する。


この者、優秀につき、

良家における「お話し相手」として

ここに推薦する。


王都聖マルティヌス大聖堂

司祭マティアス


~~~~~~~


カロリーネは推薦状に改めて目を通し、

目の前の少女へと視線を戻した。


(……顔立ちは、この辺りの者ではないわね。

 どこか、あの方に似ているかしら……)


思考が面談とは関係のない方向へ流れていることに気づき、

カロリーネは気を取り直して口を開いた。


「サラ、あなたがこれまでどのように過ごしてきたか、教えてちょうだい」


「はい。幼い頃に両親を亡くし、孤児院で育ちました。

 シスター方のおかげで、学ぶ機会を与えていただきました」


「そうですか。

 孤児院で、読み書きまで教わるのは珍しいですね」


「……司祭様が、私に向いていると言ってくださいました。

 それだけのことです」


「普段は、何をしているのですか?」


「孤児院で、シスターのお手伝いをしています。

 帳面をつけたり、妹や弟たちの世話をしたり……

 できることを、できる範囲でやらせていただいています」


「なぜ、うちで“お話し相手”を務めようと思ったのですか?」


「私は、いずれ聖職の道に進みたいと考えています。

 ですが、まだ世間を知らず……

 司祭様から、まずは人と向き合うことを学ぶよう勧められました。

 修道院に入るには、多少の準備も必要ですので……」


カロリーネの質問に、サラは淀みなく応答を続けた。


「あなたは、“お話し相手”という役目を、どう考えていますか?」


「教える人ではなく、一緒に考える人だと思っています。

 分からないことを、分からないままでいられる相手……でしょうか」


(今までの子たちは、“教える側”に回ろうとしていた……

 この子は、娘と足並みを揃えようとしている……)


カロリーネは、

サラが才女と噂されながらもそれを主張しない態度に感心しつつ、

年端もいかない少女に劣っているような感情すら覚えた。


(では、この問いはどうかしら……)


少し間を置いてから、カロリーネは言った。


「……では、最後に一つだけ」


それは予定外の問いだった。

だが口を開いた瞬間、

その言葉をどこで聞いたのか、彼女自身にも思い出せなかった。


「——人は、学ぶことで自由になるのか。

 それとも、より縛られるのかしら」


(……あら)


カロリーネは内心で、わずかに首を傾げる。


(これ、私が考えた言葉だったかしら……

 それとも、あの方の……)


だが、今さら引くわけにもいかない。


サラは、答えを急がなかった。


——一拍。

——記憶をなぞる。


「……学ぶことで、

 自分が縛られているものを知ることはあると思います」


カロリーネの眉が、わずかに動く。


「ですが、

 何に縛られているのかを知らなければ、

 そこから離れることもできません」


(……?)


カロリーネは、内心で一瞬だけ黙った。


(……意味は、完全には分からないけれど)

(……でも、“賢そうな答え”ではあるわね)


「……なるほど」


彼女は、すました顔でゆっくりと頷いた。


「ありがとう、サラ。

 これで十分よ」


サラは深く礼をした。


「少し考えさせてくださいね。

 結果は追って知らせます」


「奥様、本日はありがとうございました。

 これにて失礼いたします」


そう告げてサラは部屋を後にした。


(最後の問、ドルゴンはああ答えろと言っていたが……

 本当に、あれでよかったのじゃろうか?)



「ほれほれー」


「あははは」「キャッキャッ」


面談を終えて、

サラ——サラに扮した千姫は孤児院にいた。


孤児の才女サラとして面談に臨むため、

数日前から“サラ”として孤児院に滞在し、

面談後も結果を待つ間、子供たちの相手をして過ごしていた。


子供たちは、

少し前に消えたサラと同じ名を名乗る少女が現れたことを、

最初こそ不思議に思ったが、

千姫と遊ぶうちに、そんな違和感はすぐに消えていった。


孤児院で小さな子供たちと遊ぶことを、

千姫は思いのほか楽しんでいた。


(江戸城で、妹や弟たちと過ごしたら、

 こんな感じじゃったのかのう……

 珠、勝、初、竹千代、国千代、松……

 皆、元気じゃろうか……)


幼い頃に別れた妹や弟、

共に過ごした者も、顔も知らぬ者も思い出して、

千姫は少しだけしんみりとした。


「いたた、髪をつかむでない」


「ひゃっ、どこを触っておるのじゃ」


「こらわらべども、いいかげんにせい!」


「わぁ、怒ったぁー!」


だが子供たちがいたずらし、はしゃぎ回るため、

その気持ちはすぐに吹き飛んだ。


「サラさん、お手紙ですよ」


子供たちを追い回していた千姫を、

孤児院の院長シスターが呼び止めた。


「はい、院長先生」


千姫は動きを止め、

畏まった返事をしてから、静かに院長のもとへ足を運ぶ。


「ありがとうございます。お預かりします」


手渡された手紙には蠟印が施され、

開封された形跡はない。


千姫はそれを開き、

中身に目を通した。


~~~~~~~


アプフェルフェルト孤児院御中


先日は、貴院よりご紹介いただいた

サラ・アプフェルフェルトについて、

ご足労をおかけいたしました。


面談の結果、

当家にてお話し相手として採用することを決しましたので、

ここにお知らせいたします。


つきましては、

九月十四日に、

本人を当家までお越しくださるようお取り計らいください。


なお、身の回りの品につきましては、

必要最小限のもので差し支えありません。


本件につき、貴院ならびに司祭殿のご配慮に感謝申し上げます。


カロリーネ・フォン・ハルトマン


~~~~~~~


手紙を読み終えた千姫は、

静かに院長へと告げた。


「院長先生、明日こちらを発ちます。

 短い間でしたが、お世話になりました」


「そうですか。

 それでは、どうかお気をつけて。

 主の御加護がありますように」


院長はそれ以上を問わず、

千姫の前途を案じる言葉だけを添えた。


ドルゴンという人物が好きで書いた妄想小説です。

楽しんで頂けたら幸いです。


次回、2026/2/13 20時投稿予定

追記:創作が間に合わないため、2/14,15日中の公開予定となります。

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