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第二章商会乗っ取り編 第13話「孤児の少女サラの消失」

あらすじ

清王朝初期、王朝拡大に大きな影響をもたらした摂政王ドルゴン。

徳川家康の孫にして、豊臣秀頼の正室・千姫。

権力の絶頂期に若くして急死したドルゴンと、

大坂夏の陣で落城寸前だった千姫は、

突如見知らぬ世界へと身一つで飛ばされる。

そこから成り上がる二人の物語。


流れ着いたローデン王国王都フィオレンツにて、

荷役として働き始めたドルゴンは才覚を発揮し、

遂にハルトマン商会の王都倉庫長として正社員に就任する。

その裏で、王宮の奥にあるという帰還の鍵を手に入れるために、

二人は商会乗っ取りに向けて動き出す。


主な登場人物

ドルゴン:清朝初期の権力者・摂政王

千姫:徳川家康の孫・豊臣秀頼の正室 猫かぶりのお姫様

フカ:逃亡奴隷、ドルゴンにフカと名付けられる

河野:ドルゴンの部下となった日本人女性 人の醜聞を覗くことが生きがい


ラナ:洗濯婦として働く狼族の美しい少女 千姫の友達


「孤児の少女サラの消失」


「ららららー♪」


明け方の河原で、一人の少女が歌と踊りの練習をしていた。

それは、少女の日々の日課となっていた。


――お母ちゃんは、美人の踊り子だったって、孤児院のシスターは言っていた。

私は、おぼろげにしかその人のことを覚えていない。


少し大きくなった私は、街の食堂に働きに出ていた。

食堂には、いろいろな国の商人がよく訪れていて、

ある日、帝都から来た行商人が、気まぐれに帝都の劇の張り紙を店に置いていった。


「親父さん、これ、帝都の劇団の張り紙だ。よかったら貰って飾ってくれ。

 お、嬢ちゃん、おめぇさん別嬪さんだね。おめぇさんなら帝都の劇団で花形になれるよ。ハハッ!

 ほら、このレオンみたいな」


男が渡した張り紙には、美形の男の姿と、それを讃える人々が背景として描かれていた。


途端、少女の頭の中には、大きな舞台に立ち、

観客から賞賛の声を浴びている自分の姿が浮かんだ。

その想像をしばらく楽しんだ後、少女の夢は固まっていた。


「私は、レオンみたいに、帝都の劇団でスターの役者になるんだ」


そんな夢を抱く孤児の少女サラは、

日々、河原で歌と踊りの練習に励んでいた。



「繁華街の方に、帝都の劇団の花形になりたいって言ってる、変わった孤児の娘がいるらしい」


サラの噂は、良い意味ではなく、街に広まっていた。


――ある日のことだった。


「るるるるー♪」


「エールと肉料理を出してくれ」


大柄で、変な頭をした男が一人入ってきて、そう注文した。

サラはその男の顔を何度か客として見かけたことがあった。


「はい、ご注文の品です。どうぞ~♪」


「歌うのが好きなようだな」


男が声をかけた。


「そうよ。歌うこと、踊ることは、私にとって生きがいなの。

 それに、私の夢は――レオンみたいに、帝都の劇団でスターの役者になることなの」


「フッ……大きな夢だ。本気なのか?」


「本気も本気だよ。

 こうして一生懸命働いてるのも、帝都への乗合馬車の金を貯めるためなんだ。

 何年先になるかは分からないけど……必ず、帝都に行くんだ」


「……その金、出してやろうか?」


男は唐突に切り出した。


「え? おじさん、それって本気なの?」


「……本当に金を貰う気があるなら、

 一週間後の朝、荷物をまとめて繁華街の橋の下の河原に来い」


そこは、サラが日頃、練習をしている場所だった。

男はそれだけ言うと、静かに食事を始めた。



その夜、サラは孤児院の狭い寝台に横になり、上の寝台の板を見つめていた。


(あのおじさん、本当にお金を出してくれるの?

 その代わりに、私に何か求めてくるんじゃ……

 でも、本当に出してくれるなら……

 このまま食堂で働いていても、帝都に行けるだけのお金を貯めるのに、何年かかるかわからない)


(えーい、サラ!

 お前の夢は、帝都の劇団でレオンみたいなスターになることだろ!

 何を迷ってるんだ……)


頭の中がぐちゃぐちゃになり、その夜、サラは眠れなかった。


――一週間後、早朝。

繁華街の橋の下の河原。


サラは小さな鞄に全ての私物を詰め、そこに向かっていた。

約束通り、大男は河原に立っていた。


「おじさん……言われた通り、来たよ」


「ほう。本当に来るとはな。……ほら、約束の金だ。

 ただし、この金を出すには条件がある」


(……やっぱりね。そんなうまい話はないよね。

 でも、それでも私は帝都に行く……)


「い、いいよ。

 本当にお金が手に入るなら……私を、好きにしても」


喉が詰まり、口の中が乾き、呼吸が浅くなる。

それでもサラは、必死に強がった。


「では、条件は二つだ。

 一つ、お前の名前を貰う。二度と“サラ”を名乗るな。

 二つ、二度とこの王都には帰ってこないことだ」


サラは、予想外の言葉に目をきょとんとさせた。


「……え? そんなのでいいの?

 い、いいよ。その条件、飲む」


「よし、交渉成立だ」


硬貨の詰まった袋が、サラの手にずしりと乗せられた。


「……ねえ、おじさん。

 これから名無しじゃ困るからさ、

 名前をあげたついでに、新しい名前をちょうだいよ」


「……いいだろう。

 エルギ――歌。イラハ――踊り。

 ……では、“エル”だ」


「“エル”ね。“エル”、“エル”……悪くないんじゃない。ありがとう、おじさん」


「朝一番で帝都に向かう乗合馬車がある。

 さっさとそれに乗って行くんだな」


「言われなくても、そうするつもり。

 じゃあね、おじさん。本当にありがとう!

 私、絶対、帝都でレオンみたいなスターになってみせるから!」


サラ――いや、エルとなった少女は走り出し、

橋の向こうへと消えていった。



その日、サラは食堂に姿を見せなかった。

心配した食堂の者が孤児院を訪ねると、


「サラは重い病に伏せった」


という返事が返ってきた。

サラは、無断欠勤を理由に食堂を解雇された。


――数日後、王都の洗濯場。


「ねえ、聞いた?

 繁華街にさ、帝都の劇団の花形になりたいって言ってる、

 変わった孤児の娘がいるって話があったじゃない」


「あったあった、そんな話」


「その娘、お店をクビになったんだって。

 なんでも、その娘目当てで来てたお客さんが、

 けっこういたらしいんだけどさ……

 みんな、いなくなって残念がってたって話だよ」


「へえ……そうなんだね」


「でも孤児院の話だと、

 才女の娘がいるって聞いたけどな。

 孤児なのに、読み書きができて、

 所作もきれいで、とても頭がいいんだって」


王都には、また新しい噂が流れ始めていた。


「……へえ。お千、孤児の才女だって。どんな子なんだろうね」


「そうね……

 私と同じくらい、聡明な娘かもしれないわね」


「アハハ、なに言ってんだよ」


ラナと千姫は、たわいもない話をして笑いあっていた。



「特訓」


薄曇りの午後。

ダルガの客間で、千姫と河野が向かい合って立っていた。


「初めましてお嬢様、よろしくおねげーいたします」


「千姫様。“よろしくお願いいたします”ですわ」


「よろしくお願いいたします」


千姫は、上流階級に仕える者としての言葉遣いと所作を、河野から厳しく叩き込まれていた。

この国に来て半年ほどが経ち、現地の言葉での会話能力は大きく向上していたが、

口調はまだ庶民のものだったため、矯正訓練が続いていた。


――そして


「――よろしいですか。

 これは礼ではありますが、卑屈になるためのものではありませんわ」


河野は足元を指す。


「右足を半歩引きます。

 つま先は逃がさず、床を踏む感覚を残してください」


千姫が従うと、河野は小さく頷いた。


「膝を折ります。深くはありません。

 腰は落とさず、背骨を一本通したまま」


「視線は落としすぎない。

 相手の胸元を見るくらいで十分ですわ」


「手は、こうです」


スカートの両脇を、指先でつまむ。


「布を持つのではなく、

 “布がそこにある”ことを示すだけですの」


「……力が入っていますわね」


「のう、コウノ……もう少し手加減はできぬのか」


「厳しくお教えせよ、とのドルゴン様のご命令ですわ」


「くぅ……鬼め」


「過剰な礼は、相手に主導権を渡します」


「礼とは、従属ではなく“位置の確認”ですわ」


千姫がもう一度動作を繰り返すと、今度は静かに収まった。


「よろしゅうございますわ」


「正しいカーテシーは、

 頭を下げるためではなく、

 立っている自分を崩さないためのものです」


「……難しいのう」


「ええ。だからこそ、できる者は信用されます」


「では行きましょう。

 千姫様は、もう“下町の娘”ではございません」


千姫は背筋を伸ばした。



――善き言葉は、静かに語られる。

 静かな心は、争いを呼ばな"な"。――


「千姫、ここの綴りが違う。正しくは、こうだ」


夜。

仕事から戻ったドルゴンが、千姫と机を挟んで文字の練習をしていた。

千姫は顔を紅潮させながら、慎重に羽ペンを走らせる。


「よし。いい上達ぶりだ。

 この分なら、読み書きは十分と言える域に達するだろう」


「――コウノ、言葉遣いと所作の修練は?」


「はい。目を見張るものがございますわ。

 もうしばらくで、“孤児の才女”にふさわしいものとなりましょう」


「ふん。この程度、なんてことはないわ」


「では千姫、この一節を百遍書いて、今日は終わりだ」


「百!? ひぇぇ……

 やっぱり特訓は、つらいのう……」


「泣き言は、終わってから聞こう


 ……おい、フカ。寝るな。お前も百遍だ」


「Zzz……い、いや、寝てないっすよ」


フカは目をこすり、あくびを噛み殺した。


ドルゴンという人物が好きで書いた妄想小説です。

楽しんで頂けたら幸いです。


次回、2026/1/30 20時投稿予定

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