episode5:単眼
「ま、待って!」
「ドウかシましたカ?」
「俺の体、なんでこんなのになってるんですか?」
「ダ か ら言ったでしょう。元のアナタの肉体はもう使えまセン。私が脳ダケヲ再構築して精霊の幼体に取り込んだのデス。」
「いや、この虫みたいな体が精霊?」
「虫ですカ。確かに変態をスルという意味では虫に近いかもしれまセン。デハ、ワタシはもう行きまス。」
「待ってください!まだ聞きたいことがたくさんあります!どうやったら僕は元の世界に帰ることができるんですか!」
「アナタは随分おめでたい頭をしてマスねー。戻れるわけないでショウ。アナタはあちらで死んだマま召喚されてますシ。」
「俺が、死んだ?」
あの日俺は学校へ行って、家に戻ったら父さんが―――
「うっ」
頭がズキズキする。
「オオ!いいですネ!この調子なら案外またすぐに会えるカモシレマセンネ。ソレデハ―――――
頭が割れるように痛い。
痛い。痛い。痛い。
痛い。
「ギャッ」
俺が起きると辺りは真っ暗だった。手探りで地面を確かめてみると、どうやら昼間の池の近くで気を失っていたらしい。かろうじて狭い木々の隙間から、雲から飛び出た月明りがもれることにより辺りが見渡せるようになる。
先ほど見たことは夢だったのだろか。いや夢にしては生々しく鮮明だ。
俺は、これからどうすればいい?
精霊王は俺が元の世界へは戻れないと言った。この世界で生きていくしかないのか?
俺は精霊王の言葉を思い出す。
―――デハ、時が来るまではこの世界を楽しんでくださイ―――
そうだ。精霊王の言葉が事実だとしたならば、俺は精霊王と約束、いや契約したときの記憶が戻れば精霊王の実験体にされるんだ。正直かなり怖いが、冷静に考えれば第二の生を授かったも同然だ。記憶が戻るまで待ってくれる精霊王も優しいのかもしれない。儲けものをもらった気分でこの世界を楽しもうじゃないか。うん。そう考えよう。
とりあえず人間を探さないとな。さすがにこの森の中で一生を終えたくはない。目も慣れてきたので少し辺りを散策してみる。
ん?遠くで何か光ってるような?目を凝らして確認する。すると光はどんどん近づいていてきていた。
はじめは光る植物かと思ったが、違うらしい。なんだ?
警戒しつつ待っていると小さな生き物が列をなして近づいてきていた。しかもシャンシャンという謎の音とともに。
虫の俺が小さいと思うくらいだから相当小さいだろう。見た目は誕生日パーティーでよく使われる尖がり帽子を深くかぶった蜘蛛のようだった。ヤドカリに近いかもしれない。それぞれの帽子の先端が黄緑色に光っている。まるで俺が起きてタイミングよく来てくれたみたいだ。警戒していたが、攻撃してこないことがわかると段々と可愛らしく見えてきた。俺が移動すると、そいつらもついてくる。今も何故か俺の周りをまわっている。
なんだこいつら?そう思いながらもここに来てからずっとごまかしていたいた寂しさや不安が浄化されていくのを感じた。ああ、こいつらとずっとここにいてもいいかもな。そう思ったときだった。
ガサッガサガサッ
近くの薮から不気味な音がした。ヤドカリたちが一斉に散っていく。俺はとっさに動くことができず固まってしまった。
現れたのは赤色の怪物。背が低く、単眼に人間の顔を張り付けたみたいだった。これまで見かけた生物は非常におとなしそうで、攻撃性がみられなかった。しかし、明らかにそいつは違った。明確に感じる殺意。生まれて初めて感じるものだ。
そいつは逃げ遅れたヤドカリを一匹捕まえると大きな口でかみ砕いた。ムシャムシャという咀嚼音が静かな森に響く。視線が俺に向いた。逃げなければ。そう思うが体が動かない。動け!動け!
単眼が目前に迫り俺をつかもうとする直前、死んだと思った。しかしそこで自分以外の何かの感覚が伝わってきた。周りのヤドカリたちの感情だ。恐怖や不安が伝わってくる。俺と同じだ。
だから。俺は思った。消えろと。目の前の脅威を排除しなければと、本能で思った。
その瞬間だった。近くの薮の中から単眼に無数の黄緑色のレーザーが放たれた。一斉に皮膚の一点に当たり辺りに肉の焼ける匂いが広がる。俺は突然現れたレーザーに驚き、自分が死ななかったことに安堵した。
レーザーの光が収まったあとは目が慣れず、奴がどうなっているのか少しの間よくわからなかった。しばらくするとピクリとも動かない単眼が確認できた。それと、俺の周りに集まってくるヤドカリも。
謎のレーザーで何とか助かることができた。もしかしてこいつらが助けてくれたのか?そう思いつつ、うつ伏せに倒れている単眼に恐る恐る近づいて、奴の頭部らへんを俺のプニプニした指でつついてみる。
ぷにぷに
ぷにぷに
うん。死んだっぽいな。そうヤドカリたちと安心した時だった。突然単眼の首が180度ねじれて目が紫色に光った。
まずい!油断した!
その目を見た俺は、あの記憶を強制的に思い出させられた。
それは高校生活の苦い記憶。
はじめはクラスのなかに馴染めていた。しかし、クラスのリーダー的なポジションの生徒とうまく会話できなかったことにより、ノリが悪い奴として孤立。そのあとは、友達もできず、裏で陰口をたたかれる存在になっていた。そのまま高校2年生になった。クラスが変わり、状況も好転するかと思ったが、それは違った。となりの席の女子と少し仲良くなったことにより、その彼氏だった生徒と揉めた。当然俺に味方してくれる存在もいないわけで、俺は陰口をたたかれる存在から、いじめの対象へと変化した。水をかけられたり、軽く殴られたり、蹴られたり。まったく知らない奴も混ざっているのだから不思議だ。
その日はひと際ひどかった。まさか顔を殴られるとは思ってもいなかった。俺は顔の傷の言い訳を考えながら帰路についた。そして、そして―――
夜明けの空に、一匹の虫が飛んでいた。
「shaaaaaaashaaaaaaa!!!!」
それは小さい体ながら大きな声で鳴いていて、慟哭のようにも聞こえた。




