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「アンタってほんと愚図ね」「はい!(歓喜)」

作者: 織方愁




「アンタってどうしようもない愚図ね」


 私の婚約者は、完璧を具現化したようなお人だ。


 名門貴族の長男として生まれ、文武両道を地でいき、家族に愛されて育ったからか性格面も社交的で聖人君子と言っていい。天は一人の人間に才覚を授けすぎだ。

 ここまで来ると劣等感や妬みを持つ前に呆れてくる心情である。


 しかし、そんな婚約者だが、一つだけ度し難い欠点があった。


「その通りです!だから、もっと罵っておくれ、ルーシィ!」

「誰が呼び捨てにしていいと言った?」

「ああっ、ルーシィ様ぁっ!」


 私の目の前には、罵られて雑に扱われて涙目な婚約者がいる。


 この涙目が、悲しみや怒りなどの負の感情から来るものなら良い。

 しかし、残念ながら現実は非情。天は完璧な人間をお作りにならなかったのだ。その涙目は、快感によるもの。


 そう、私の婚約者は端的に言えば、ドMだったのだ。





***





 ルーシィ・レインは伯爵家の娘である。そして、婚約者であるトールボット・テンペストは公爵家の、それも限りなく王家直系の血筋に近い御子だ。


 この婚約の背景には、非常に古い家系であるレイン家の血を王族に取り入れようとする思惑があった。

 我が家はかつての王朝の始祖、征服王に従ってこの地に入植し、爵位を与えられたという史記がある。初代から連綿と続いた青い血は、ルーシィの中にも流れていた。


 王侯貴族の社会にとって、歴史の長さというのは、イコール権威に結びつく。

 例えば、客を歓待する時、たかが10代ほど続いた程度の侯爵や公爵がいた場合、我が家の方が席次が上になる。もちろん、この慣例において王族は例外に位置するが、歴史を無碍にすることはできない。

 比較的歴史が浅い現王朝の箔付けのため、為されたのがこの婚約だった。


 婚約が結ばれたのは、お互いに一桁の歳の頃。まだ顔も手も、ぷにぷにとした幼児と言って差し支えない時から、トールボットは美男の兆しを輝かせていた。

 初顔合わせの時、ルーシィはこの一歳歳上の婚約者を見て誓った。彼の身は私が守らねば、と。




 ここ、テンペスト王国の王侯貴族の子女は、一定の年齢になると王都の郊外にあるキングス・アカデミーに入学する。

 もちろん入学は義務ではないが、王の近くで働きたい場合、つまり王宮勤め希望の場合はこのアカデミーが前提条件だ。


 この学校は、名前の通り、国王の管理下にある。王の近くに行きたいならば、この地に子弟を送ることで、あるいはアカデミーに在学・卒業することで、王への忠誠を示す。平たく言えば、この学校は人質の献上場所だ。

 だが、こんな裏の機能がありながらも、表向きの機能も拍子抜けではない。官僚としての学識を身につけるためだったり、優秀な学者が集まっていることからの学究のためだったりで、入学を希望する者はあとを絶たない。



 そんなキングス・アカデミーに、ルーシィは今年の秋から入学した。

 いちおう学校という形を取りながらも、ここは自由な学究の場でもある。新入生の多くは、玖の月の始めから在学するが、春からの編入もままあるし、家の事情により在学時期は変動する。

 かく言うルーシィも、領地の事情で、少し遅れた十の月からの入学だった。



 建築から軽く百年は超えている、煉瓦造りの校舎に入る。いくつかの棟と広い敷地で成り立っているこの学校は、古いものと新しいものが混在していた。

 ルーシィが今いるのは、主に古典学関連の教室が集まった棟である。古典は王侯貴族の必須教養であるため、特に上流階級が集う場でもあった。


 まずは指導教官となる教員のもとに行こうと思っていたルーシィの耳に、中庭の騒めきが聞こえた。


「汚い手をわたくしのトールボット様から離しなさい!」

「そっちこそ、トールボット様に付き纏わないでください!トールボット様がかわいそうです!!」


 婚約者の名が出てきたことで、ルーシィは中庭へと通じる開いた窓に顔を出す。


「ああ、穢らわしい! なぜ、平民風情がアカデミーに入学できるのです!」

「アカデミーは自由で“平等な”学究の場所です! 今の言葉を訂正してください、エミリア様!」


 騒ぎの中心は、なんとルーシィの婚約者であるトールボットではないか。

 救いは、騒ぎ立ているのは二人の令嬢とその取り巻き連中であることだろう。


 トールボットの腕を掴んでいるピンク髪の令嬢は見覚えがないが、彼女と向かい合っている人は知っている。たしか、公爵家のエミリア・エリアス嬢でなかっただろうか。

 数回見かけた王都の社交会では、いつも中心にいる気位の高そうな、華のある令嬢だった印象だ。エリアス家は王族ではないものの、婚姻関係は度々あり、トールボットとは又いとこの関係のはず。


 それにしても、トールボットに絡みついているピンクの髪の人は誰なのだろう。


 肝心の婚約者は、感情を読ませない微笑を浮かべているが、付き合いの長いルーシィには困っているのが見て取れた。


「こんな、最悪な人とは縁を切るべきです! トールボット様!」

「メイヴ・メーソン! 言わせておけば!わたくしは公爵家の娘なのよ、所詮は男爵の娘が言っていいことではないわ!」


 ふむ。メーソン、どこかで聞いた覚えが。うーん、それにしても。何か、行き違いがある気がする。


「こんな意地の悪い人が、これからの王国を担うトールボット様の妻にはふさわしくないです!」


 いつからエミリア・エリアスが、トールボットの許嫁になったのだろうか。


 ルーシィは、自分の視線が冷たくなったのを自覚した。

 その視線に射抜かれたからか、トールボットが一瞬ビクンと体を震わせ、すぐさまルーシィの存在に気づく。目と目があったことに、ルーシィは知らず口角を上げた。


「ーーこのッ!」


 エミリアが振り上げた手を、トールボットが止める。


「トールボット様ぁ!…………えっ」


 それに安堵の顔をしたメイヴも、あっさり腕を振り払われた。トールボットは野次馬を気にせず、窓際のルーシィのもとへと馳せ参じる。


「ご機嫌よう、ルーシィ」

「こちらこそご機嫌麗しく」


 トールボットと親しげに話す、第三者の令嬢の登場に、一気に中庭は困惑の空気に包まれる。


「あっあなた、何者ですの!?」


 相手に名を尋ねる時は、まず自分が名乗ることがマナーだ。そもそも、最初は挨拶が当たり前だろう。


「……ご機嫌よう、エリアス様。私はレイン家のルーシィと申します」


 けれど、わざわざ相手と同じ次元に立つ必要はない。


「テンペスト家のトールボット様の婚約者です」

「えっ」「うそっ」


 あえて、はんなりと微笑んでみせる。


「しっ知ってるわよ! レイン家は所詮、伯爵家でしょう! なら、わたくしの方がテンペスト家に相応しいわ!」


 いち早く立ち直ったエミリアの言葉に、ルーシィの視線は氷点下となる。


「あらあら、エリアス家のご令嬢である貴女がそれを言いますか。嘆かわしいですね、最近の公爵家の教育はなっていない……いえ、これだと他の公爵家といっしょくただから失礼でした。言い直します、新興の家は品がなっていないですね」

「新興の家ですって!」


 ルーシィの態度に萎縮していたエミリアは、それに憤怒する。


「エリアス家は、わたくしの高祖父が戦争で国王陛下のお命をお守りして、公爵位を賜った名家なのですのよ!」

「あら。それは浅いですね」


 この国の爵位制度は複雑だ。単純な位の他にも、様々な要素で権威は変わる。


「レイン家は、かの征服王に従った旗持ちを、とりあえずは始祖としています。征服王に武勲の成果として、爵位と領地を賜り、征服王の直系の王朝が途絶えてからも、この国を守ってきました。細かいものまで話すとキリがないので、大きな物を言えば………無策王に代わった祖国防衛、獅子王の聖戦における敵城砦攻略の一番槍、失地王の宣言の証明書印の一人、黒鉄王の軍師………と、まあ、挙げていったらキリがないです」


 始祖に関しては、征服王の遠征前の家系図も残っているが、この地に初めて定住したのがその先祖なので、とりあえず始祖ということにしている。


「それで、たしかエリアス家は高祖父でしたよね?」


 征服王が活躍したのは、それこそ千年ほど前の出来事だ。歴史の長さだけで言えば、比べられるものではない。


「そもそも。歴史の古さで言えば、エリアス様はメーソン様を馬鹿にできないですよ」


 自分の名が出たことに、メイヴは驚く。


「メーソン家といえば、征服王より以前から、この地で築城を生業とした一族。征服王からも請われ、この王都にある白亜城を献上したのもメーソン家の人間。テンペスト王国の戦史に伝わる、幾多の名城は全てメーソン家の作と言われています。たしか、エリアス家自慢の居城も、今は男爵位を賜っているメーソン家氏流の作であるはず。その男爵家の血を引く令嬢に、随分な物言いをするんですね?」


 エリアス家の居城は、流石に王城の白亜城には及ばないものの、強く美しい名城として有名で、羨望の的でもある。

 そのような城を本拠地とするのは、エリアス家の権威にもつながっていた。


「そんなつもりは……ッ!」


 エミリアに反論はない。いや、出てこない。


 男爵を貶すことは、その築城の評判を落とすということ、ひいてはエリアス家の名誉毀損につながる。

 これ以上、何か言われる前に、と。周囲にいた取り巻きたちが押すようにして、エミリアは中庭を後にする。


 そして、ルーシィは、残ったもう一人の令嬢を睥睨した。


「メーソン様」

「えっ」

「貴女、キングス・アカデミーを、自由で“平等な”学究の場所と言いましたね。それを貴女に言ったのは誰ですか?」

「みっみんな、ですよ!」

「それは可笑しいです。この学校は、平等な場ではないのだから」


 自分よりも低い位置にある、クリっとした丸い瞳を見る。


「どういうことですかッ!?」

「ここ、キングス・アカデミーは、今から約八百年前の名君、英傑王の命により始まりました」


 その学校について知りたければ、創立時の目的あるいは理念を調べればいい。

 学校の機能というのは、染み付くものだ。時が経とうと、人が変わり、所在地が変わっても、理念は変わらない。トップが意図して、徹底的に、継続的に動かないと変わるものではないのだ。


「英傑王は自身の王宮を強化するため、優れた官僚の育成を目指し、アカデミーを創設しました。その創設理念は今も健在です」


 時代の経過とともに、様々な機能が捕捉されていったが、根本は変わらない。

 それは、王の手足となる優れた家臣の育成。これに尽きる。


「このアカデミーは確かに、王国に有益な人材には非常に寛容で、自由を許します。けれど、そうではない人間は淘汰される。はたして、メーソン様、貴女は王に利する人間ですか?」


 ルーシィの目から見て、メイヴがそれほどの人間には見えない。

 確かに、歴史が古く名誉あるメーソン家の出身で、中庭に集まった味方をつくる彼女の手腕はなかなかのものだろう。メイヴの取り巻きには、有力な家や由緒ある家、高位な家の出身がいる。


「そんな………そんな言い方!まるで、王様の利益にならなきゃ、存在意味がないみたいな!」

「あら、それは陛下への反逆、と受け取っていいのですか?」

「………ッ!?」


 テンペスト王国は、王と議会が協調して政治を行なっている。

 けれど、王の力は強大だ。議会の存在理由も、王の助力機関という位置付け。この国は根本的に、王の存在を前提にしている。


「ーーすみません!レイン様、メイヴ嬢はまだ入学して日が浅く。大目に見てやってくれませんか?」

「どうか。私たちの方でも、しっかり言い聞かせますので」


 ルーシィとメイヴの間に、取り巻きの二人が割って入る。


 メイヴの物言いは、王政の中枢にいると言っていいトールボットを前にして、随分と貴族制、ひいては王を頂点とする現体制を堂々と批判したものだったのだ。


「いいでしょう。それとメーソン様、私たちの婚約は個人の問題ではなく、私たちそれぞれの家と国王陛下の意向により結ばれたものです」


 だから手出し無用、と言外に伝える。ルーシィとしても、この場を治めたかっただけで、誰かを罰したい訳ではない。

 メイヴはまだ不満そうだが、周囲にいた令息たちに促されて、中庭を去っていった。





「はぁー」


 大きくため息を吐いて、ルーシィは婚約者に視線を向けた。


「君の手を煩わせてしまったね。すまない」

「でしたら、せめて反省の態度をみせてくれませんか」


 こんな時なのに、トールボットは自分に関心が向いたのが嬉しいのか、ニコニコしている。


「そもそもトールボット様なら、あれくらいの令嬢のあしらいは些事では?」


 トールボットの目が怪しく光ったのに、ルーシィは後退りしそうになった。


「君が領地に行ってしまって、なかなか会えなかっただろう? だから、帰ってくるまでに、君の悋気をできるだけ煽れる場を整えておこうと思ったんだけど」


 女性の扱いは難しいね、とトールボットは笑って言った。

 乙女心を弄ばれている彼女たちに同情すればいいのか、嫉妬をさせられる自分を哀れに思えばいいのか。


「ルーシィ。もちろん、この後、僕のサロンに来るよね?」

「……………………指導教官の方に挨拶した後なら」


 ルーシィはこの婚約者からは逃れられない。





***





 そして、冒頭に戻る。


 堪らず背筋がゾクリと疼いたのに、気づかないふりをする。

 決して私が婚約者を蔑ろにするのは、婚約者の要望であって、私の性癖ではないと自分自身に言い聞かせる。そう、絶対に、私自身は婚約者を罵ることに快感は覚えないのだ。


「もう、こんなにあられもない姿を見せて。恥ずかしくないの?」

「そんな君がッ」

「私が何? こんな変態の相手は、私ぐらいしかいないものね?」


 その時の私は自覚していなかった。


 恍惚とした様子の彼に、知らず私の口角が獰猛に上がっていたことを。


下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。


面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでお願いします。


ブックマークもいただけると、とてもうれしいです。よろしくお願いします。

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