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ep.8 神学の授業

昔聞いた“おとぎ話”が、今は“神話学”という科目として語られる。

講義室の黒板に並ぶのは、かつて物語の中で自由に飛び回っていた神々の名や、宝玉の数々。

試験こそないが感想文が課されるそれは、どこか現実味を帯びていて、同時にどこか遠ざかったものにも思える。


かつてはただの空想だった神話が、「学ぶべきもの」として眼前に現れるとき、人はそれをどう受け取るのか。


授業に臨んだ生徒たちは、内容の真偽よりも、語りの奥に潜む何かに、ふと耳を傾けていた。

それは、自分たちが育ってきた王都という現実と、物語が生まれた遠い世界との、ささやかな接点なのかもしれない。

午後の講義棟。柔らかい陽射しが窓から差し込み、教室の空気は少しだけけだるさを帯びていた。今日は年に数度ある「神話学」の合同授業の日で、生徒たちは通常の教室よりも広い講義室に集められていた。


教壇に立つのは、王都学院でも古株の教師、ルジェルド。神学と歴史を専門とし、その語り口の穏やかさと、時折交えるユーモアで、生徒たちからの評判も悪くない。


教室の一角には、特別教室の三人——エリク、エミリア、ソフィアの姿もあった。彼らは普段の訓練とはまるで違う雰囲気に少し緊張しつつ、それぞれのやり方で授業に臨んでいた。


「さて、皆。今日は『堕天の神と三つの宝玉』についての授業である。これは我らが王都に伝わる、最も古く、最も広く知られた神話のひとつだ」


ルジェルドがそう告げると、生徒たちはノートを広げ、ざわついていた教室も少しずつ静かになっていく。黒板には素早く、「堕天神」「宝玉」「天界」の文字が記されていった。


「昔々、世界の高みには“天界”があったとされている。それはこの世界の頂、山脈のさらにその上、雲の彼方に存在すると語られていた」


チョークの音とともに、山の上に浮かぶ城のような図が描かれる。


「そこには神々が住まい、世界を見守っていた。そして彼らのもとには、七つの宝玉があったと伝わっている。それぞれの宝玉には、世界の調和に関わる力が宿っていたそうだ」


静かに、教室全体に関心の気配が広がる。知っている話であっても、語られる調子が違えば、耳に残る。


「だが、その中のひとりの神が、ある時、三つの宝玉を盗み出した。理由については諸説ある。“力への渇望”“人間への贈り物”“好奇心から”……語る者によって解釈は異なるが、確かなのは、その神が宝玉を持ち天界を去ったということだ」


エミリアが頬杖をついて欠伸を噛み殺していたが、隣のエリクは真面目にノートを取り続けていた。ソフィアはというと、黒板の図をじっと見つめながら、何かを思い描いているようだった。


「神は天界から逃れ、遥か南へと向かった。雲を抜け、山を越え、やがて地の果てまで。追跡する神々の使者を振り切り、地上に降り立ったその神は、もはや天に戻れず、“堕天神”と呼ばれるようになる」


「その後、堕天神は地上に拠点を築いたとも、宝玉の力で異形の民を従えたとも言われる。いずれにせよ、天界は背信を許さず、使者を地上へと送り続けた。堕天神と天の使者たちの戦いは、今もなお続いている──そう記された古文書もある」


生徒の何人かが顔を上げる。“今も続いている”というその語り口に、少し現実離れした響きを感じたのかもしれない。


ルジェルドは板書の手を止め、生徒たちを見回した。


「ところで、七つの宝玉のうち、天界に残された四つが何か──皆は知っているな?」


何人かが、こくりとうなずく。


「そう。我々が“四宝月”と呼ぶ、夜空に浮かぶ四つの月。これらが宝玉の名残だという説がある。残された宝玉は、今も天の高みで世界を照らし、守っている──というわけだ」


教室の空気がほんの少しだけ、澄んだように感じられた。子供のころに聞いた昔話の一節が、ふと現実の一部に繋がる感覚。その曖昧な距離感が、生徒たちを一瞬だけ静かにさせていた。


「……そして、盗まれた三つの宝玉のうち、一つは地上に降りる途中で失われたとも言われている。海に沈んだとも、砂漠に埋もれたとも言う。そして──こうも伝わっている。“それは、王都の地下に眠っている”」


どよ、と控えめながらもざわめきが広がった。冗談のような話と受け取る者もいれば、ふと不思議な気配を感じた者もいた。


「もちろん、これは神話だ。事実かどうかは誰にも分からない。しかし、神話とは単なる“作り話”ではない。人々が世界をどう理解し、どう願ったか。その痕跡だ」


ルジェルドは語り終えると、黒板に描いた図を指差しながら、簡単な課題を出した。


「今日の内容をもとに、『宝玉と堕天神』をテーマに短い感想文を次回までに提出してもらう。内容は自由だ。教科書通りでなくて構わん。自分の言葉で書いてくれ」



授業が終わり、教室には再びざわめきが戻ってきていた。


「王都の地下に宝玉って……あれ、ほんとに言った?」

「見つけたらどうなるの?」

「まさか神が本当にいたなんて話、信じてないよね?」


エリクは感想文用のメモを整理しながら、周囲の声をぼんやりと聞いていた。斜め後ろのエミリアが肩をのばして小声で言う。


「ねえ、これって試験に出るの? 出ないなら感想文だけでしょ」


「たぶん……出ない。でも提出物にはなると思うよ」


「はー……じゃあそれっぽく書いとく。『神話とは昔の人の想像力であり~』みたいな」


「まあ、そう言ってしまえばそうかもね」


少し離れた窓際で、ソフィアがぽつりと言った。


「空から、宝玉が落ちてくるところ……もし本当に見た人がいたなら、それはすごく印象に残ったんじゃないかな」


エリクが応じる。


「うん。光の玉が空から落ちてくる──それだけで話になりそうだし。現実だったとしても、神話になるのはわかる気がする」


ソフィアは、少しだけうなずいた。


「きっと、誰かが、それを忘れないようにしたかったんだね」


エミリアが肩をすくめた。


「やっぱりロマンチストね。私はそういうのより、ちゃんと地に足ついた話が好きだな」


「でも、地に足ついてない話だからこそ、長く残ったのかもよ」


エリクの言葉に、エミリアはふんと鼻を鳴らした。


そのやりとりのなか、教室には次の授業の準備が始まり、ルジェルドは静かに黒板を拭き始めていた。

今回もAIに書いてもらっていたのですが、気づいたことがひとつ。


──授業中のパート、やけに密度が高いんですよね。


なるべく削ろうとしたんですが、どうしてもルジェルド先生が喋りすぎる。いや、削ろうとするとむしろ“語り”のバランスが崩れるので、最終的にはこのままでいくことにしました。


そのぶん授業後は、生徒たちが自由に話しているだけという、ちょっと緩めの空気になっています。作中でも、講師と生徒の温度差がそのまま文章密度に出た感じです。


気づけば、結果として「授業ってこういうものかもな」と思えてきたので、今回はこれで良しとします。

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