ep.6 訓練の日々:ルーカス対アストリッド
特別学級による模擬戦訓練。
エミリアとの激戦を終えたルーカスに挑むのは、投擲と機動力を得意とするアストリッド。
飛び道具と接近戦を織り交ぜた変則的なスタイルで、疲労の色を見せるルーカスを追い詰めていく。
勝敗の行方は──そして、戦いの先で語られるものとは?
「先生、次ってあたしだよね?」
訓練場の空気が落ち着きを取り戻す頃、アストリッドがルーカスの方を振り向いて笑った。
「エミリア相手にあれだけやって、まだ動けるの? ……順番、逆の方がよかったなー。エリク、先に行かない?」
アストリッドが肩を回しながら、気楽そうに言う。
その隣で、エリクは小さく笑った。
「遠慮しとくよ。そういう時はたいてい損するから」
「そう? 遠慮しなくていいのにー」
アストリッドは笑いながら、器用に身体をひねって腰の装備を確認する。
その腰には、投擲用の木製ナイフが数本、背中には逆手で抜けるように装着された短剣が二本。動きやすさを優先し、重心も無理なく分散されている。
アストリッドがナイフの数を確認していると、ソフィアがぽつりと漏らした。
「それ、全部使うの?」
「どうかな?間に合えば良いけど、足りなきゃ拾うし、最悪、石でも投げる」
そう言ってアストリッドは笑い、指先で腰のナイフを一つ弾く。
「……う〜ん、でも石じゃ狙えないでしょ?」
「普通に狙えるよ。投げやすい石なら尚更良いけど」
アストリッドが軽やかな足取りで前へ出ていくのを、ソフィアとアルフレッドは少し離れた場所から見守っていた。
腰に複数のナイフを下げた彼女の姿は、他の騎士とはまた違った雰囲気をまとっている。
ソフィアはじっと見つめながら、小さく息をついた。
「……あんなふうに、ためらいなく飛び込めるのって、すごいなって思う。私も訓練はしてるけど、いざ本気でってなると……やっぱり、ちょっと怖い」
アルフレッドは隣で小さく頷いた。
「わかるよ。命のやりとりではないとはいえ、あの距離で全力を出すって簡単じゃない」
「うん……呪符が手元にあっても、咄嗟には頼れないし。だから、ああやって自分の身体で前に出る人って、本当にすごい」
「それに、前に立つ彼らが動きを抑えてくれるから、僕たちは術を撃てるんだ。呪符って、準備さえしてあればすぐ使えるけど……構えてる間にやられたら、どうしようもないし」
「だからこそ、ちゃんと守ってくれる人が必要なんだね……」
ソフィアは目を細め、じっと訓練場を見つめていた。
少し離れた場所で、エリクもまた視線を向ける。
「アストリッドは詰めのタイミングを外さない。……勝負はルーカスの体力次第かな」
その先では、ルーカスが無言で立ち上がり、槍を手にしていた。
汗を拭うでもなく、表情も変えず。だが、エミリアとの激戦の疲れは確実に刻まれている。
エリーナが腕を組み直しながら、ふたりの距離を測って声を落とした。
「──始め」
その瞬間、アストリッドは肩をすくめ、笑みを引っ込める。
空気が変わった。ふざけた口調は消え、彼女の全身が静かに戦闘態勢へと移っていく。
構えはナイフを両手に持ったまま。腰を落とし、視線はルーカスの肩と足元を同時に見ている。
そのまま、一歩──いや、半歩だけ踏み出す。
ルーカスが反応しかけた瞬間、両手が閃き、ナイフが二条の軌跡を描いて走る。
左右から放たれたそれは、対角線をなしてルーカスを挟み込んだ。
ルーカスは間一髪で体を捻り、対角から飛来する刃をかわした──が、その回避により重心を崩す。
アストリッドはすでに右手に三本目のナイフを構え、踏み込みと同時に、眉間を狙ってまっすぐに放った。
回避が間に合わずルーカスは槍を振り上げ、柄でナイフを弾く。
そこに、アストリッドが滑り込んだ。
左手で背の短剣を逆手に引き抜き、斬り上げ──続けて突き。
短剣の連撃が、ルーカスの間合いを詰めた状態で繰り出される。
ルーカスは槍の柄で一撃目を受け止め、二撃目を逸らすが── その応酬にルーカスの軸がぶれる。
すかさず、アストリッドの右手が再び動く。
鞘から抜いたもう一本の短剣。それを、踏み込みの間合いからまさかの投擲。
刃は真正面、喉元へ向けて放たれる。
短剣が喉を射抜かんと迫る中、ルーカスの身体が勝手に動いた。
槍を傾け、刃を弾く。──意識よりも先に、反射で動いたそれは、決して余裕ある応対ではなかった。
あと半歩でも遅れていれば──試合は、そこで終わっていた。
鋭く、迷いのない一投。あの一撃に、彼女の本気が込められていた。
アストリッドはすでに手元の最後のナイフを抜き、間合いに飛び込んでいた。
接近、投擲、斬撃──続けざまに、低い姿勢からの一閃。
「……!」
崩れかけた体勢のまま、ルーカスは槍を横へ振り抜いた。
筋肉に微かな痺れが走る──疲労が、反応のわずかな遅れとなって現れる。
それでも、ナイフを受け止め、その勢いでアストリッドを押し返す。
「──っ!」
アストリッドは槍の一撃で間合いの外へ弾かれた。
踏ん張る暇もなく地に足をつけたとき──すでに、ルーカスの動きは始まっていた。
「……あ」
視線を戻すより早く。
ルーカスの槍が、一気に踏み込んで突き出される。
穂先が、アストリッドの喉元でぴたりと止まった。
動けない。避けられない。
完全に捉えられていた。
「はーい、負け。ギブギブ」
両手を挙げて降参のポーズ。
その顔は少し悔しそうで、でもやっぱりどこか楽しげだった。
ルーカスは小さく息を吐き、穂先を下げる。
肩の内側がじんわりと重い。呼吸を整えるように息を吸い、もう一度吐いた。
エリーナの声が響いた。
「終了。位置に戻れ」
静かな言葉に、緊張の空気がゆっくりとほどけていく。
アストリッドがナイフを拾いながら、苦笑混じりに言う。
「くーっ、やっぱルーカスは堅いね。投げも斬りも、全部通らないじゃん……」
エリクがぽつりと呟いた。
「それだけやってまだ捌けるって、やっぱすごいな。ルーカスは」
アルフレッドも頷いた。
「単純な防御だけじゃない。流れを読んで、押し返す判断が的確だった」
その中で、エリーナは視線を動かさず、淡々と告げる。
「アストリッドの動きは悪くなかった。踏み込みも、投擲の流れもよく考えていた。ただ──」
一瞬、間を置いてから続けた。
「……決め手が軽い。押し込む力が足りない。いくら揺さぶっても、最後に打ち抜けなければ意味がない」
アストリッドは艶っぽく肩をすくめ、自分の腰を軽くなぞるように撫でた。
「軽いのが取り柄なんだよね、色々と……。ほら、私って線が細いから」
苦笑しながらそう言って片目をつぶる。
「でもまあ、ああいう押し込みはエミリアに任せるってことで」
それを聞いていたエミリアが、少しだけ口を尖らせる。
「……それって私が重いみたいじゃない」
アストリッドがすかさず笑い返す。
「褒めてるんだけどなあ? ちゃんと“重みのある一撃”ってことで」
ルーカスは少し視線を逸らして、ふっと笑う。
エリーナはそんなやり取りを横目にエリクへと視線を移す。
「──では、次。最後はエリク」
観戦していたエリクがゆっくりと立ち上がり、静かに一礼する。
槍を携えながら、ルーカスが再び立ち位置に戻る。
呼吸は整ってきているが、確かに疲労の色が見え始めていた。
投げる、ってなんかロマンがあると思うんですよね。
刃が空を裂いて走る、その一瞬の静と動。
狙って、投げて、当たる。そこに全部が詰まってる感じがして、妙に惹かれます。
もちろん実際には、刺すより当てる方がずっと難しいし、命中しても倒せるとは限らない。でも、だからこそ「決め手にできる投擲」には、どこか夢があります。
まあ、今回は決め手にはなりませんでしたけど…。