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ep.33 廊下の掃除

これは、アルフレッドが特別学級に加わって間もない頃の、ささやかな出来事だ。

年齢も立場も周囲と少し違う自分が、日常の小さな作業を通して、仲間との距離を少しだけ縮めていく――そんな一日である。

これは、今から一年前の出来事だ。


アルフレッドがエリーナの教室に加わって、まだ日が浅かった頃のことになる。

王城を改装した校舎の空気にも、寮の生活にも、ようやく慣れ始めたかどうか――その程度の時期だった。


年齢だけを見れば、彼は後から来たにもかかわらず年上だった。

しかも符術士は彼ひとりで、自然と「まとめ役」を期待される立場に置かれていた。


期待、というよりは、周囲の無言の前提に近い。

誰かが指示しなくても、そういう位置に収まるものだと、皆が思っている。


それが楽な役目でないことは、最初から分かっていた。


先にいたルーカスやアストリッド、そしてエミリアは、すでにこの場所でそれぞれの役割を持っている。

力関係も、得意分野も、互いの距離感も、すでに出来上がっていた。


そこへ途中から加わった自分が、同じ目線で並んでいいのか――

正直なところ、よく分からなかった。


符術の知識や判断力では、役に立てる場面もある。

けれどそれは、「ここにいる理由」そのものとは少し違う気がしていた。


とりわけ、エミリアに対しては。


剣だけで立っている彼女と、符術を主に使う自分とでは、立つ場所が違う。

戦い方も、頼られ方も、そもそも向けられる視線が違う。


必要な会話は交わすが、それ以上踏み込むことはない。

踏み込めない、というより、踏み込むきっかけが見当たらなかった。


だから、ときどき考えてしまう。


――自分はこれから、本当に必要とされるのだろうか。


そんなことを思いながら、

アルフレッドは寮の廊下に並べられた清掃用具を見ていた。


当番表に名前がある。

それだけの理由で、今日はここにいる。


雑巾や箒を確認し、アルフレッドは箒を手に取り、埃の溜まった床を軽く掃き始めた。

木の床は一見きれいだが、端の方には細かな埃が溜まっている。

光の加減で浮かび上がるそれを見て、思ったよりも溜まっているな、と小さく思う。


しばらく箒を動かしていると、足音が近づいてきた。


「……あ、やっぱりここだった」


顔を上げると、箒を肩に担いだエミリアが立っていた。

探していた、というより確認に来たような口調だった。


「もう始めてたんだ。

 じゃあ、私、反対側やるね」


軽くそう言って、向かい側へ回る。

箒を下ろす動きは迷いがなく、何度もこの当番をこなしてきたことが分かる。


「うん、助かる」


短く返し、アルフレッドは視線を床に戻す。

しばらく二人で、箒の音だけが廊下に響いた。


廊下の途中まで進んだところで、アルフレッドは手を止め、視線を先の階段に向ける。


「……階段の方、先にお願いしてもいい?」


少し照れもなく、自然な調子で尋ねる。


エミリアは一瞬そちらを見て、箒に視線を落とし――

ほんの短い間、考えるように眉を上げる。


「うん、了解」


笑みを返し、箒を持ち直す。

階段の方へ歩き出す姿に、アルフレッドも軽く頷いた。


「こっちは最後でいい?」


「うん、助かる」


簡単なやり取りだったが、それで作業の流れは自然に決まった。


二人はそれぞれの場所で、箒で埃を掃いた後、モップで床を拭く。

互いに目線を交わさずとも、無駄なく効率よく進む。


作業中、エミリアがふと口を開く。


「こういう当番、どう?」


「どうって?」


「年上なのにさ。掃除当番とか、正直どう思うのかなって」


少し首を傾げてこちらを見る。


「それは年齢関係ないだろ?」


苦笑し、一拍置いて続ける。


「まあ、来たばっかだと、何していいか分からない時間の方が落ち着かない」


「そっか……それもそうね」


返事だけで十分だと判断したらしいエミリアは、またモップを動かす。


廊下と階段の掃除が終わる頃には、床の色がはっきりと変わっていた。

拭いた場所と、まだの場所の境目が、思った以上に分かりやすい。


エミリアが箒を止め、集めたゴミをちりとりにまとめる。


「……こんなもんでいいかな?」


「だな。思ったより汚れてなかった」


アルフレッドはモップを絞り、最後に手すりを一度だけ拭き直す。

水気を確かめてから、桶の中に戻す。


少しの間、二人とも黙って廊下を見ていた。

終わった、という実感だけがそこにあった。


「……やりやすかった」


ぽつりと、エミリアが言った。


アルフレッドは一瞬顔を上げ、ゆっくりと頷く。


「……そう言ってもらえるなら」


それ以上は続かず、エミリアは何も言わず桶を持ち上げ歩き出した。


アルフレッドはその背中を一瞬見て、散らばった用具をまとめる。

箒を立て、モップを畳み、空になったちりとりを重ねる。


声をかける必要はなかった。

どちらが何をするか迷う場面でもなかった。


用具置き場の前で、エミリアが立ち止まる。


「ありがとね」


それだけ言って、桶を棚に戻す。


「……うん」


短く返し、アルフレッドも用具を所定の場所に収めた。

それ以上、言葉は続かなかった。

けれど、気まずさはなかった。


廊下を出るとき、アルフレッドは一度だけ振り返る。

さっきまで掃除をしていた廊下は、特別な変化があるわけではない。

ただ、きれいになっているだけだ。


廊下を出るとき、アルフレッドは自分の足取りが少しだけ軽くなっていることに気づいた。

ここに来てからずっと残っていた引っかかりが、理由を探す間もなく、いつの間にか薄れていた。


彼はそれ以上考えず、前を向いて歩き出した。

今回描かれた掃除当番は、寮の中での持ち回り制です。生徒たちは自分の生活空間を自分たちで整えることで、日々の規律や責任感を少しずつ学んでいきます。


校舎でも同じように当番制が採られており、特別な行事や大掃除でなくとも、日常的に生徒自身の手で清掃が行われています。こうした日常の積み重ねの中で、互いの距離感や信頼感も自然に育まれていくのです。

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