ep.32 エミリアとエリク
エミリアとエリクは、双子として育ち、同じ学校で学んできた。
幼少期の関係から始まり、父との日々、初等部での訓練、
そして中等部の終わりにかけての評価の違いまでを辿る。
同じ環境に身を置きながら、
エミリアは剣に傾き、エリクは符術と剣の両立を選んだ。
二人の歩みが、少しずつ並ばなくなっていく過程を描く。
エミリアとエリクは双子だった。
どちらが先に生まれたか、どちらが上か下か。両親はそういったことを、ほとんど口にしなかった。名前を呼ぶときも、用事を言いつけるときも、二人はいつも並べて扱われていた。
そのせいか、幼い頃の二人には、上下の意識はなかった。
一緒に遊び、同じものを食べ、同じように叱られる。どちらかが前に出れば、もう一方も自然と横にいた。
変化があったのは、エミリアのほうが少しだけ背を伸ばし始めた頃だった。
剣を持てばよく動き、走れば前に出る。できることが増えるにつれて、エミリアは迷わなくなっていった。
ある日、些細なことで言い合いになったときのことだった。
「私がやる」
そう言って一歩前に出たあと、エミリアは少し考えるように間を置いてから、付け足すように言った。
「だって、私、お姉ちゃんだし」
言葉はそれだけだった。
特別な宣言というほどのものでもなく、理由を説明するでもなかった。ただ、そうであることを前提にしたような言い方だった。
エリクは一瞬だけきょとんとした顔をして、それから首をかしげた。
姉かどうか、その時点ではよく分かっていなかったし、深く考えるほどのことでもないと思った。
「じゃあ、姉でいいよ」
そう答えて、そのまま引いた。
エミリアは満足そうに頷き、それ以上は何も言わなかった。
訂正されるとも思っていなかったし、議論になるとも思っていなかったらしい。
それ以降、エミリアは自分のことを「姉」だと言うようになった。
エリクも特に反論せず、そのまま受け入れた。
誰かに決められたわけではない。
ただ、エミリアがそう言い、エリクがそれでいいと思った。
その関係は、いつの間にか当たり前の形になっていた。
ーーーーー
子供の頃、エミリアとエリクは、父親によく遊んでもらっていた。
もっとも、それは一般的に想像されるような遊びとは少し違っていた。
走る、跳ぶ、体をひねる。
腕を伸ばし、足を踏み込み、重心を移しながら相手の動きを真似る。
当時の二人にとっては、ただ体を動かす楽しい時間だったが、
今になって思えば、そこには一貫した考え方があったように思える。
手に何かを持つこともあったし、何も持たずに向き合うこともあった。
決まった型を教え込まれることはなかったが、
どの動きにも無駄がなく、理由の分からない動作は一つもなかった。
ただ、その意味を説明されることはなかった。
必要なのは理解ではなく、まず身体が覚えることだったからだ。
その“動き”は、形を変えながらも、今の二人に確かに受け継がれている。
ただ、成長するにつれて、二人の受け取り方は少しずつ変わっていった。
エリクは、年齢が上がるにつれて、その遊びを面倒だと感じるようになった。
嫌いになったわけではないが、毎回全力で向き合うほどの熱は持てなくなっていく。
一方で、エミリアは違った。
体を動かすほどに、できなかったことができるようになる感覚にのめり込んでいった。
動きが速くなり、重くなり、鋭くなっていくのが、自分でもはっきり分かったのだ。
その頃から、エリクは別のものに目を向け始める。
母親が使ってみせる、不思議な“札”の力。
目に見える光と、理屈のある仕組み。
それを理解し、再現することに、エリクは静かな興味を抱いていった。
もっとも、だからといって体を動かすことを完全にやめたわけではない。
エミリアに付き合う形で、最低限の鍛錬は続けていた。
それが後になって、思った以上に役に立つことになるのだが――
それを知るのは、まだずっと先の話だった。
ーーーーー
初等学校の訓練場は、まだ子ども向けに作られている。
剣は軽く、動きも単純で、求められるのは正確さと素直さだった。
エリクは、最初から大きくつまずくことがなかった。
教えられた通りに構え、言われた通りに足を運ぶ。
一つ一つの動きは特別に鋭いわけではないが、乱れが少ない。
教師の指示にも、すぐに頷いて従う。
「いい動きだな」
そう声をかけられたとき、エリクは少しだけ照れたように視線を下げた。
できている理由を自分でもうまく説明できないが、体は自然と動いていた。
一方で、エミリアは同じ場所に立ちながら、少し違う空気をまとっていた。
剣を振る速度は速い。
踏み込みも深い。
力の入れ方も、決して間違ってはいない。
だが、教師が求めている動きとは、どこか噛み合わなかった。
「今のは違う。もっと力を抜いて」
そう言われて動きを直すと、今度は別のところで止められる。
「そこは踏み込みすぎだ」
エミリアは一度、深く息を吸った。
言われていることは理解できる。
頭では分かっているのに、体が先に動いてしまう。
それは、これまで父と“遊び”で積み重ねてきた動きだった。
速く、低く、しなやかに動くための癖。
この場では、それが正解ではなかった。
訓練の合間、エリクはエミリアの様子をちらりと見た。
何度も止められ、何度もやり直している。
「大丈夫?」
声をかけると、エミリアはすぐに顔を上げた。
「平気」
即答だった。
悔しさよりも、分からなさのほうが勝っている顔だった。
その日の帰り道、エリクは教師から符術講義の予習について声をかけられた。
母の符術を思い出しながら、札の仕組みに目を向ける。
エミリアは、剣の持ち方を一人で反復していた。
教えられた動きと、自分の体の感覚を、何度も擦り合わせるように。
日が傾く頃、二人は揃って家の門をくぐった。
ーーーーー
中等部に進んでからの数年間で、二人の立ち位置は、少しずつだが確実に変わっていった。
エリクは、相変わらず大きくつまずくことがなかった。
剣術では基礎を崩さず、符術でも失敗が少ない。
派手な成果を上げることはないが、訓練や演習で足を引っ張ることもない。
求められたことを、求められた水準で、確実にこなす。
それは、評価として見れば十分に「優秀」の範疇だった。
ただ、その安定は、目立たなかった。
伸び幅がないわけではない。
だが、急激な変化がなく、波もないために、成績表の中に埋もれてしまう。
教師からの評価は、いつも似たような言葉に落ち着いた。
――手堅い。
――安心して任せられる。
――真面目で、冷静。
それは信頼の言葉ではあったが、
推薦や話題に上る理由にはなりにくかった。
一方で、エミリアは、初等部の終わりに符術が使えないと判断されてから、
ほとんど迷うことなく、剣術に比重を移していった。
符術の講義に出ないわけではなかったが、
そこに期待される存在ではなくなったという自覚は、本人にもあった。
だからこそ、彼女は、剣を振る時間を増やした。
父から教わった“動き”は、今でも鍛錬として続けていた。
学校で教えられる制式の剣術と、それを無理に切り離すことはしない。
だが、どちらかに寄せることもなかった。
二つを、そのまま擦り合わせる。
体が覚えてきた感覚を、否定せず、修正もせず、使い続ける。
結果として、エミリアの動きは、次第に独特なものになっていった。
速いが、荒くない。
力強いが、重くない。
教本通りではないが、崩れてもいない。
試合形式の訓練では、勝つことが増えた。
だが、その勝ち方は、説明しづらかった。
教師の中には、評価に迷う者もいた。
基礎に忠実かと言われれば、首を傾げる。
だが、実戦では結果を出す。
「変わった動きだな」
そう言われることが、いつしか増えていった。
中等部の終盤になる頃には、
エミリアの名は、成績とは別のところで記憶されるようになる。
一方のエリクは、その変化を横で見ていた。
焦りがなかったわけではない。
だが、やり方を変える理由も、彼には見つからなかった。
自分にできることを、積み重ねる。
崩さず、急がず、立ち止まらず。
それは、幼い頃から変わらない姿勢だった。
その頃から、王都騎士団の上級騎士や教官が、
中等部の訓練を視察に訪れることが増えていく。
目的は、将来性のある人材の選定。
その視線の中に、エミリアが入るのに、そう時間はかからなかった。
エリクの名は、その時点では、まだ挙がらなかった。
こうして二人は、
同じ場所に立ちながら、少しずつ違う時間を過ごすようになる。
ちなみに、王都の学校では、中等部から先へ進むかどうかは成績次第です。
優秀な者は、ほとんど選択の余地なく高等部へ進み、騎士団の道へと繋がっていきます。
王都にとって、騎士団は欠かせない存在です。
外からの脅威が絶えない以上、強い人材はいくらあっても足りません。
そのため、制度として見れば、どこか徴兵に近い側面もあります。
とはいえ、当の本人たちにとっては、
「進むことになったから進む」
それくらいの感覚でしかありません。
エミリアもエリクも、この頃はまだ、
将来の役割や責任について深く考えてはいませんでした。
ただ学校に通い、訓練を受け、家に帰る。
その日々の延長線上に、次の段階があるのだと思っていただけです。
符術が普及してから、危険は以前より減った――
そんな話を大人たちがしているのを、何度か耳にしたことはありましたが、
それもまた、どこか遠い話でした。
二人にとっては、
今の立ち位置と、目の前の課題のほうが、ずっと現実だったのです。




