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ep.31 芽の出たジャガイモ

寮の台所で、ソフィアが偶然見つけた芽の出たジャガイモ。

どうすべきか迷っているところに現れたのはアストリッドだった。


二人で芽を取り、仕分けをし、料理の準備をする。

ただそれだけの時間の中で、

ソフィアはアストリッドの意外な一面に触れ、

アストリッドは思いがけない呼ばれ方に、ほんの一瞬だけ立ち止まる。

寮の台所は、昼下がりの静けさに包まれていた。

食事の時間にはまだ間があり、使われている気配はない。

窓から差し込む光が作業台の縁を照らし、木製の床には淡い影が伸びている。


ソフィアはその一角で、箱の前にしゃがみ込んでいた。


本来なら、ここはあまり覗かない場所だ。

調理の当番でもなければ、用事もない。

けれど、たまたま通りかかったとき、箱の隙間から伸びる白いものが目に入った。


「……あ」


小さく声が漏れる。


箱の中には、保管されていたじゃがいもがいくつも入っていた。

そのいくつかから、細い芽が伸びている。

白く、少し透明がかったその芽は、弱々しいようでいて、確かに生きていた。


「じゃがいも……」


指先で、そっと触れる。

芽は思ったよりも柔らかく、指に抵抗なく曲がった。

皮も、少ししなび始めているものがある。


食べられないのだろうか。

それとも、まだ大丈夫なのだろうか。


知識としては、どちらとも言えなかった。


「芽、出てる……」


呟きながらも、どうすればいいのか決めきれず、そのまま箱を見つめる。

捨てるべきなのか。

誰かを呼ぶべきなのか。


迷っているうちに、背後から軽い足音がした。


「あれ、ソフィア?」


振り返ると、アストリッドが立っていた。

袖をまくり、エプロンを身につけた姿は、完全に「台所に立つ人」のそれだ。


「なにしてるの?」


「じゃがいも……芽、出てる」


ソフィアは箱を指さす。

言葉は短いが、どうしたらいいのか分からない、という気持ちはそのまま含まれていた。


アストリッドは少し腰を落として箱を覗き込み、すぐに状況を理解した。


「あー、ほんとだ」


驚く様子はない。

むしろ、見慣れた光景を確認しただけ、という反応だった。


「でも、これなら大丈夫だよ」


「だいじょうぶ?」


「うん」


そう言いながら、箱を持ち上げ、作業台の上に置く。


「ただね、芽が出ると栄養取られちゃうから」


言葉は軽いが、手際は迷いがない。


「放っておくのは、あんまりよくないかなー」


「……なるほど」


ソフィアは頷く。

理解した、というよりは、「そういうものなんだ」と受け取った感覚に近い。


「とりあえず、芽取ろっか」


「……うん」


二人は並んで作業台に立った。

じゃがいもを一つずつ手に取り、確認していく。


「芽を取ってねー」


「うん」


「保管用だから、綺麗にえぐらなくてもいいよー」


「うん」


言われるたびに、ソフィアは小さく頷く。

作業そのものより、「どうすればいいか」がはっきりすることに安心している様子だった。


指先で芽を折り取る。

見落とさないように、念入りに。


「取った芽と根っこは、こっちに入れて」


「うん」


器に入れるたび、かすかな音がする。

それが少しずつ増えていくのを、ソフィアは横目で確認していた。


「これは……ちょっと、しわしわ」


持ち上げたじゃがいもを見て、アストリッドはすぐに判断する。


「あ、それは今日使っちゃおう」


「こっち?」


「そうそう」


「うん」


判断の速さに、ソフィアは内心で少し驚いていた。

迷いがない。

考えている様子もない。


「あとね」


作業を続けながら、アストリッドは何気なく言う。


「終わったら、ちゃんと手洗ってねー」


「どうして?」


「芽とその周り、毒あるから」


「……!」


思わず、ソフィアは手を止めた。

指先をじっと見る。


「だいじょうぶ、触ったくらいなら平気」


すぐにフォローが入る。


「でも、洗うのは大事」


「……うん。洗う」


即答だった。

理由を理解するより先に、「そうするべきこと」として受け取る。


やがて芽取りが終わり、保管用は箱に戻された。

料理用だけが作業台に残る。


「じゃ、今日使う分ね」


アストリッドはナイフを手に取る。


「見てて」


その言葉通り、手元の動きは滑らかだった。

皮は薄く、無駄なく剥かれていく。


するり、するり。


「……!」


ソフィアは目を見開いた。


「はやい……」


「慣れだよ、慣れ」


そう言いながらも、手は止まらない。

じゃがいもは次々と形を整え、ボウルに収まっていく。


「すごい……」


思わず漏れた声に、アストリッドは少しだけ笑った。


「アストリッドって……」


ソフィアは言葉を探すように、少し間を置く。


「お母さんみたい」


ナイフが、ほんの一瞬止まった。


「……あはは」


苦笑しながらも、その表情はどこか柔らかい。


「それ、褒めてる?」


「うん。たぶん」


「たぶん、かー」


肩をすくめてから、少しだけ間があって、


「でもさ」


言葉を探すように、視線が一度だけ手元に落ちる。


「せめてさ、お姉ちゃんにしてほしいなー」


「……お姉ちゃん」


ソフィアは迷いなく頷いた。


「うん。それがいい」


「なら、よし」


ソフィアに笑顔を向けて再びナイフが動き出す。


台所には、皮の落ちる音と、じゃがいもが転がる音だけが残る。

誰かと一緒に過ごす、取り立てて特別ではない時間。


けれど、ソフィアにとっては、

「どうすればいいか」を自然に教えてもらえる、少しだけ安心できる時間だった。

今回出てきたジャガイモは、以前の東部巡察の際に貰ったものです。

寮の食事は基本的に賄いで用意されるため、

こういった保存食はどうしても存在感が薄くなりがちで、

気づけば台所の隅で芽を出していました。


芽の出たジャガイモは、ちゃんと処理すれば普通に食べられます。

とはいえ、放っておけば味も落ちますし、保管にも向きません。

「見つけた人が気づいて処理する」

そんな小さな判断が必要な食材でもあります。


今回は、その役目をソフィアが担い、

それを当たり前のように手伝うアストリッドがいました。

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