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ep.30 歩幅の違い

授業と実習を終え、寮へ戻るだけの、いつもの帰り道。


並んで歩いているはずなのに、いつの間にか少しずつずれていく歩調。

その原因は分かっているけれど、今さら言うのもどうなのか――


長年の友人であるアルフレッドとルーカスは、

廊下と階段、二つの道を通りながら、

「一緒に歩く」ということについて、言葉にしないまま向き合っていく。

その日は特に急ぐ理由もなく、アルフレッドとルーカスは並んで廊下を歩いていた。

授業と実習を終え、寮へ戻るだけの、いつもの帰り道だ。


夕方の校舎は静かで、人の気配もまばらだった。

遠くから聞こえるのは、どこかの教室で机を動かす音と、開け放たれた窓から入り込む風の音だけ。

足音が、やけに響く。


数歩進んだところで、アルフレッドが小さく息を吐いた。


意識していなければ、すぐに置いていかれる。

だから、気づいた時点で、もう少し息を整える必要があった。


「……ねえ、ちょっとさ」


歩きながら、アルフレッドはルーカスの背中に言葉を投げかけた。

今さら立ち止まって話すようなことでもない。けれど、言わなければ何も変わらないと分かっているからこそ、アルフレッドはいつもの調子で文句を言った。


「なに」


ルーカスは前を向いたまま答えた。

歩調は変わらない。足の運びも、呼吸のリズムも、まるで最初から決まっていたかのように一定だった。


「もう少し歩く速さ考えてくれない?」


言いながら、アルフレッドは一歩、二歩と足を刻み、ようやく横に並ぶ。

それだけで、わずかに息が乱れる。


「普通だと思うが」


「普通じゃないよ」


アルフレッドは思わず笑ってしまった。

本人に悪気がないのが分かるから、余計に厄介だ。


「君が二歩で進む距離をさ、僕は三歩使ってるんだよ?」


言ってから、わざとらしくもう一度足を動かす。


一歩。

二歩。

三歩。


「ほら。今ので三歩」


自分でも呆れるくらい、説明が具体的だった。

だが、こうでもしないと伝わらない。


「……そうか」


ルーカスは短く答えただけだった。


「そうか、じゃなくて」


アルフレッドは半ば諦めたように、半ば楽しむように言う。


「合わせるって発想がないでしょ。完全に」


「合わせているつもりだ」


「つもり、ね」


その一言に、アルフレッドは肩をすくめた。


文句を言いながらも、歩調は落とさない。

結局、自分が調整するしかない。


それが、もう癖になっていることも、アルフレッド自身よく分かっていた。


「大体さ、ルーカスの歩幅が基準なのがおかしいんだよ」


「俺の歩幅が問題か?」


「問題。大問題」


即答だった。


ルーカスは少しだけ間を置いた。

考えている、というよりは、言われた内容を一つずつ頭の中で並べ直しているような沈黙だった。


「……ちゃんと、隣にいるじゃないか」


「いるけどさあ……」


アルフレッドはため息をつく。

廊下の天井を見上げるようにして、少しだけ首を回した。


「一緒に歩くなら、同じ速さで歩こうよ。友人なんだから」


軽い調子で言ったつもりだった。

だが、言葉の奥には、確かな実感があった。


その言葉に、ルーカスはほんのわずかに口元を緩めた。

気づかなければ、見逃してしまう程度の変化だった。


「……そうだな」


歩調は変わらなかった。

だが、アルフレッドはそれ以上言わなかった。


言っても変わらないことと、言わなくても変わらないこと。

その違いを、彼はちゃんと分かっていた。


結局そのまま、二人は並んで廊下を進んでいった。

歩幅は違う。

音の間隔も、わずかにずれている。


だが、隣を歩くこと自体はやめなかった。



別の日。

同じように用事を終えた帰り道で、二人は階段を上っていた。


廊下なら、歩幅の違いは隠しようがない。

だが階段では、一段ずつ進むしかなく、その差は自然と埋まる。


代わりに、如実に現れるのは速度だ。


「ほら、遅いよ」


階上から、アルフレッドの声が飛んだ。


軽やかに数段先を行き、手すりに軽く触れながら振り返っている。

余裕のある動きだった。


「さっきまでの余裕はどうしたのさ」


ルーカスは一定の速度で上り続けながら、ちらりと上を見る。

特別遅れているつもりはなかった。


「急いでいない」


「それ、前にも聞いた」


アルフレッドは楽しそうだった。

階段という条件が、完全に自分の味方をしている。


一段、また一段。

距離は少しずつ開いていく。


その様子を見ながら、ルーカスはふと、数日前の廊下を思い出していた。


並んで歩いたときのこと。

自分の二歩に対して、アルフレッドが三歩刻んでいた足音。


あのとき、自分は何も意識していなかった。

ただ、いつも通り歩いていただけだ。


今は逆だ。


自分が、急かされる側になっている。


「……立場が逆だな」


思わず、そんな言葉が漏れた。


「え?」


アルフレッドが聞き返す。


一瞬、何か言いかけたように見えたが、

ルーカスはそのまま最後の段を上り切った。


アルフレッドは一瞬考えてから、すぐに理解したように笑う。


「ああ、あれね」


肩をすくめる。


「でも、これは公平でしょ。階段なんだから」


「そうだな」


ルーカスは小さく苦笑した。


歩幅の違い。

速度の違い。


どちらが速いか。

どちらが合わせているか。


そんなことは、たぶん重要ではない。


気づけば、また並んで歩いている。

今度は同じ高さで、同じ方向へ。


歩幅は違う。

速さも違う。


それでも、並ぶことはできる。


ルーカスは何も言わなかった。

アルフレッドも、それ以上は何も言わなかった。


階段を上り切った先で、ややずれた足音だけが、静かに響いていた。

誰かと一緒に歩くときって、

速さや歩幅がぴったり合うことのほうが、むしろ少ない気がします。

合わせているつもりだったり、合わせてほしいと思っていたり。


ルーカスは「隣にいる」という事実を重視する人で、

アルフレッドは「どうやって隣にいるか」を気にする人。

その違いは、きっとこれからも変わりません。


それでも、並んで歩くこと自体をやめない。

この二人の関係は、たぶんそんな形で続いていくのだと思います。

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