表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/38

ep.27 山道にて

王都の北門の外、かつて使われていた山道。

今は「危険ではない」とされ、しかし誰も確信を持って語れないその場所を、

特別学級のアルフレッドとアストリッドが視察することになった。


境界の縁を歩きながら、二人は王都の外側と向き合い、

同時に、互いの立ち位置と関係性を静かに確かめていく。


これは、山道を確かめる任務であり、

そして、二人が「並んで立つ」ことを確かめるための小さな記録である。

 北門を出てしばらく進むと、道はゆるやかに細くなった。

 石畳はいつの間にか途切れ、踏み固められた土と小石が続いている。


「……ねえ、アル」


 アストリッドが、歩きながら何気なく口を開いた。


「これ、本当に“安全な道”なんだよね?」


 前を歩いていたアルフレッドが、少しだけ振り返る。


「“今のところ”はね」


「その言い方、ずるいなあ」


 アストリッドは軽く笑いながらも、周囲を見渡した。

 木々の間から差し込む光は穏やかで、風も静かだ。

 魔獣の気配も、異様な音もしない。


「でも、こういう場所ってさ。

 何も起きてないから大丈夫、って言われると逆に落ち着かない」


「……それ、エリーナ先生にも言われたことある」


「でしょ?」


 アストリッドは肩をすくめた。


「だから二人だけなんだろうな、って思う。

 何かあったら戦うんじゃなくて、見て、戻って、伝える役」


 アルフレッドは足を止め、資料を確認するふりをしながら小さくうなずいた。


「騎士団が出るほどじゃない。

 でも、放っておくほど信用もできない」


「曖昧だよねえ」


「王都の“外”は、だいたいそんな感じだよ」


 二人は並んで歩き出す。

 自然と歩調が揃っていることに、アルフレッドは少しだけ気づいて、何も言わなかった。


 やがて、道の脇に古い木杭が見えてくる。

 半ば倒れ、蔦に絡まれたそれは、かつて何かを区切っていた名残のようだった。


「これ……柵かな?」


「たぶん。昔は、ここまで人が使ってたんだと思う」


「へえ」


 アストリッドはしゃがみ込み、地面を指でなぞった。


「でも、今はあんまり通ってない。

 足跡も古いのばっかり」


「最近は、門の近くで生活が完結してるからね」


「それって、安心なのかな。それとも……」


 言葉の続きを、アストリッドは飲み込んだ。


 アルフレッドは少し考えてから答える。


「安心でもあるし、後退でもあると思う」


「後退?」


「人が引いた場所には、別の何かが入り込む。

 それがすぐ危険とは限らないけど……境界は、放っておくと曖昧になる」


「……アル、ほんとそういう言い回し好きだよね」


 アストリッドは笑った。


「前はもっと、はっきり言う人だったのに」


「そうかな」


「うん。前は、“危ないか危なくないか”しか考えてなかった」


 その言葉に、アルフレッドは一瞬だけ視線を落とした。


「……学級をまとめるようになってから、かな」


「だと思った」


 アストリッドは立ち上がり、軽く背伸びをする。


「無理してない?」


「してる」


 即答だった。


 アストリッドは一瞬きょとんとした顔をして、それから吹き出した。


「正直だなあ!」


「リーダーが全部抱え込むのは、よくないって聞いたから」


「誰に?」


「君」


「……言ったかも」


 二人の間に、くすっとした笑いが落ちる。


 道はさらに登り、視界が開けた。

 低い丘の向こうに、崩れた石積みが見える。


「あれが、終点かな」


「地図に載ってない場所だ」


「でも、何もないわけじゃない」


 近づくと、それがかつての小さな詰所だったことが分かる。

 屋根は落ち、壁も半分ほど崩れているが、人が使った痕跡は確かに残っていた。


「……誰か、来てるね」


 アストリッドが低く言った。


「最近じゃないけど。

 でも、獣だけって感じでもない」


 アルフレッドは周囲を観察しながら、深く息を吸った。


「ここまで確認できれば十分だ」


「行かないの?」


「うん。

 “ここまで人の管理が及ばなくなっている”って分かれば、それでいい」


「そっか」


 アストリッドはしばらく崩れた石を見つめ、それからアルフレッドを見た。


「ねえ。

 アルが一人だったら、もう少し先まで行ってた?」


「……行ってたと思う」


「だよね」


「でも、今日は二人だから」


「うん」


 それだけで、理由は足りていた。


 帰り道、来たときよりも会話は少なかった。

 けれど沈黙は重くなく、むしろ落ち着いていた。


「さ」


 門が見え始めた頃、アストリッドが言った。


「こういう任務、たまにはいいね」


「そう?」


「うん。派手じゃないけどさ。

 ちゃんと“考える役目”って感じがする」


「……ありがとう」


「何が?」


「一緒に来てくれて」


 アストリッドは少し驚いた顔をして、それから柔らかく笑った。


「当たり前でしょ。

 リーダー一人にさせるわけないじゃん」


 北門の石壁が、夕陽を受けて赤く染まっていた。

 二人はその下を並んで歩きながら、報告書に書くべき言葉を、それぞれ胸の中で整理していた。


 山道の先に何があるかは、まだ分からない。

 けれど――


 少なくとも今は、二人で確かめ、二人で戻ってきた。

 それだけで、この任務には十分な意味があった。

今回の任務は、騎士団が大規模に動くほどの危険は確認されていない一方で、

完全に放置することもできない――

そんな「境界の曖昧さ」を確認するためのものでした。


山道の先にあるもの自体は、物語上ではまだ重要ではありません。

大切なのは、そこが“人の管理から少しずつ外れつつある場所”であること、

そして、そうした場所を「誰が、どうやって確認するのか」という点です。


アルフレッドとアストリッドが選ばれたのは、

彼らが強いからでも、特別だからでもなく、

判断し、引き返し、持ち帰ることができる関係性を築いているからでした。


境界は、閉じて守るだけのものではありません。

人が生き、考え、関わり続けることで、かろうじて形を保っています。


このエピソードは、

その境界線の上に立つ二人の、ささやかな足取りを描いたものです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ