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ep.26 3人の買い物日和

春の朝、エミリア、アストリッド、ソフィアの三人は、訓練の合間を縫って王都の市場を訪れる。

巡察任務の成果として受け取った“自由金”を手に、焼き菓子を選び、文具や装飾品を眺め、ささやかな贅沢に迷いながら歩く時間。

賑わう市場の中で交わされる何気ない会話と小さな選択が、彼女たちの日常と、それぞれの性格を静かに映し出していく。

風が吹き抜ける朝の市場は、いつものように石畳の上を賑わいで包んでいた。屋台の帆布が揺れ、香辛料や焼き菓子の匂いが漂うなか、人々の声と貨幣の触れ合う音が調和するように響いている。


「今日は混んでるねー。あちこちの部隊に支給があったのかな」


エミリアは活気に満ちた市場の通りを見回しながら、鼻を利かせて前を歩いていく。普段よりも人が多いようで、屋台の前には小さな列もできていた。


昨日の午後、三人は学級担当のエリーナから“自由金”を受け取っていた。特別学級では、基本的には月ごとに定額が支給されるが、任務や訓練の成果に応じて加算がある。今回は騎士団の巡察任務を手伝ったぶんが上乗せされたらしく、三人とも手元に少し余裕がある状態だった。


「みんな考えることは一緒ってわけね」とアストリッドが後ろから肩をすくめる。「何買うか決めてるの?」


「うーん、決めてないけど……お昼用に何か、甘いのが欲しいなぁ」


「……わたしも、甘いの……」とソフィアが小さく手を挙げた。手には布で包んだ小さな財布が握られている。


「とりあえず、食べ物からかな」エミリアが言うと、目の前にちょうど焼き菓子の屋台が見えた。


焼き上げられたばかりのスパイスクッキーが香ばしい香りを放ち、蜜を垂らした小さな果実パイが山積みになっている。


「すみませーん、これいくらですか?」とエミリアが訊くと、屋台の主人はにこやかに答える。


「クッキーは銅貨三枚、パイは銅貨五枚。焼きたてですよ!」


エミリアは小さな布袋を出して中身を確認した。「銅貨十五枚、銀貨が一枚……ふふん、これはいける!」


「クッキー、わたしも買うー」アストリッドが嬉しそうに財布を開き、「あ、やば。昨日インク買ったんだった……銅貨六枚しかないや」


「……一枚だけ、使おうかな」とソフィアもそっと銅貨を取り出し、クッキーを一つ買った。


三人は市場の端にあるベンチに腰掛け、買った菓子を頬張る。エミリアが口をもごもごさせながら呟いた。


「こうやって自由に買い物できるの、なんか楽しいよね」


「ね。訓練の合間にちょっと来るだけでも気分変わるし」とアストリッド。


「……たまに使うと、特別感あるかも」


「そうそう。やっぱり、余裕あるっていいことだよ」


お菓子を食べ終えた三人は再び立ち上がり、通りを抜けて文具屋の屋台へ向かった。そこには羽ペンや小さな手帳、絵入りの便箋などが並んでいる。


「わ、この羽ペン、すごい。握りやすそうだし、線も細そう……」エミリアが目を輝かせる。


「値札……銀貨一枚!? 高っ!」


「銀貨一枚ってことは……ちょっと高いね」とアストリッドが言うと、


「銅貨十五枚分だよ。クッキー五枚分」とエミリアが即答した。


「うわ、わかりやすい計算。……買えなくはないけど、迷うとこだなあ」


「筆記具って、毎日使うから大事だよね。でも、私は絶対すぐ壊す気がするからパス」


次に立ち寄ったのは装飾品の屋台だった。金属細工の指輪や、色とりどりの髪飾り、小さな鏡などが並んでいる。


「うわ、見てこのかんざし。可愛い……」

アストリッドが足を止めたのは、銀細工の花をあしらった一本のかんざしだった。


「訓練のとき邪魔じゃない?」とエミリアが言うと、アストリッドはちょっと肩をすくめた。


「うーん、確かに。つけたまま剣振るのは無理かなぁ。……でも、もし誰かに贈られたら、さすがに一度はつけてみるかも」


「誰かって……彼氏?」エミリアがにやっと笑う。


「まあ、いないけどね」


「でもさ、アストリッドってよく話題になってるよね」


「うん、騎士団に入ったばかりの若い人が、食堂でアストリッドの話してたって……」とソフィアがぽそっと言う。


「ほんとに? なんで私?」


「目立つからでしょ。元気で明るくて、可愛いし」エミリアがさらりと言う。


「や、やめてよ〜……そういうの照れるってば……」


アストリッドは笑いながらかんざしをそっと元に戻した。


「……これ、鏡……?」


ソフィアが棚の端に目をとめた。小さな丸い手鏡に、花の模様がうっすらと彫られている。値札は銅貨二枚。


「珍しいね、ソフィアがこういうの見るの」

アストリッドが横から覗き込む。


「……昨日、エリクに髪が跳ねてるって言われたから……」

ソフィアは小さな声でそう言いながら、鏡に映る自分の前髪をそっと撫でた。


「そっか。自分じゃ気づかないもんね、そういうの」


「これ、ほんとに銅貨二枚なんですか?」とアストリッドが訊くと、店主は笑って答えた。


「ええ、小さな傷があるんですよ。裏側の縁のとこ。気にならない人には、お買い得かと」


「……買ってみようかな。荷物にもならないし……ちょうどいいかも」


ソフィアは迷った末、そっと銅貨二枚を取り出した。


「よし、私はもう一回食べ物のとこ戻る! あの串焼き、美味しそうだった!」とエミリアが元気よく歩き出す。


「また食べるの!? よく動くもんねぇ」アストリッドが呆れたように言いながらも後に続いた。


市場はまだまだ賑わっている。布を買う者、花を選ぶ者、楽器を試す者。誰もが手の中の貨幣と相談しながら、今日の“ちょっとした贅沢”を探している。


エミリアは串焼きを手に取り、匂いを嗅ぎながら呟いた。


「これが銅貨三枚。うん、やっぱり美味しそう」


「全部食べたら、今月の分なくなりそうだけどね」とアストリッド。


「でもいいじゃん。楽しいし、お腹も満たされるし。あー……来週も頑張ろ」


「……がんばれば、またもらえるしね」とソフィアも静かに頷いた。


三人の笑い声が市場の喧騒に紛れ、貨幣の音とともに、風の中に溶けていった。

この話に出てくる貨幣は、銅貨と銀貨が主に使われています。

銅貨は日々の食べ物や小物を買うためのもので、銀貨は少し値の張る品や、長く使う道具に使われることが多い貨幣です。


市場の屋台で並ぶ菓子や軽食は、だいたい銅貨数枚。

銀貨一枚となると、学生にとっては「買えなくはないが、少し考える」額になります。

この感覚を基準にすると、銅貨一枚は現代の感覚でおよそ百円前後、銀貨一枚はその十数倍ほどと考えてもらうと、場面の温度感が伝わりやすいかもしれません。


特別学級の自由金も、この範囲で使い道を考える程度の額が支給されています。

日常の中で何を選び、何を見送るか——その判断が自然に見えるよう、貨幣の重さはこのくらいにしています。

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