ep.23 工房
王都西部の工業区にある大規模工房を、特別学級の生徒たちが見学する。アルフレッドは作業手順の合理性に、アストリッドは武器の改良の可能性に、エリクは父親の工房との違いに目を向けながら、それぞれの視点で工房の世界を体感する。工房長や職人たちの作業から、量産と個別制作の両方の重要性も学ぶ一日だった。
ガン、ガコン――。鉄を打つ槌の音が工房の奥深くまで響く。炉の赤い光が壁を照らし、火花が散って空気を揺らす。焼けた鉄と油の匂いが混ざり、濃密な熱気が室内に満ちていた。
「うわっ……熱い……!」
アストリッドは思わず手で顔の汗をぬぐい、半歩下がる。額にはうっすら汗がにじんでいた。
王都西部の工業区。騎士団や学園に武具を供給するこの一帯は、同時に職人を育てる教育区でもある。今日は特別学級の見学日で、アルフレッド、アストリッド、エリクの三人が案内されていた。
アルフレッドはノートを手に、炉や作業台に並ぶ金具や道具の配置をじっくり観察する。
「作業の順序、整理されてる……なるほど」と、心の中で呟いた。
アストリッドは火花が飛ぶたびに手をぱたぱたさせ、目を大きく見開く。危なそうな作業を見ては後ずさりし、熱気に顔をしかめる。
エリクは試作の剣や訓練用武具の重さや形を確かめるように手に取り、指先で転がしたり傾けたりして確認する。
その時、背後から声がかかった。
「お、見る目があるじゃねえか」
振り返ると、煤けた前掛けを着た分厚い腕の工房長が立っていた。
「今日は見学か。ゆっくり見ていけよ」
工房長の合図で、三人は作業台のそばに移動した。鉄片や金具、槌や研ぎ道具が散らばる中、職人たちは黙々と作業を続ける。炉の火で熱した鋼材を叩き、削り、研ぐ。流れるように進む作業は、整然として秩序が感じられた。
アルフレッドはノートにびっしり書き込み、作業の流れを追う。アストリッドは手順を観察しようと身を乗り出す。エリクは手に取った試作品を転がし、重心や形の感触を確かめた。
「誰が、何のために使うかで、道具の形も作り方も変わるんだ」
工房長が手を振り、作業中の職人を見ながら続けた。
「戦場用、訓練用、用途はいろいろある。量産と個別制作でも考え方は違う」
三人は頷き、工房内の空気を吸い込む。重い熱気、飛び散る火花、連なる槌音、整然と並ぶ材料と工具――すべてがこの世界の工房の現実を物語っていた。
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アルフレッドはノートを覗き込み、声をひそめて工房長に尋ねた。
「この作業、順番はどう決まっているんですか?」
工房長は笑い、手元の作業を止める。
「じゃあ、ちょうどいい。あの若手を呼んで、教えてもらおうか」
呼ばれた職人はアルフレッドとあまり変わらない年頃の青年だった。炉から取り出した鋼材を手に、順序立てて作業の流れを説明する。叩き、削り、研ぐ――効率を重視した分業の工房ならではの工夫が伝わってくる。アルフレッドは目を輝かせ、ノートにびっしり書き込みながら量産工程の秩序に感心していた。
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アストリッドは手にした投げナイフをじっと見つめ、工房長に問いかけた。
「亜人相手に、もっと刃が通るようにするには……どうすればいいんですか?」
工房長は腕を組み、火花の飛ぶ作業場を眺める。
「亜人は人間より筋肉が硬く、毛も密集している。普通の刃じゃ簡単に弾かれる。刃先を少し太めにして、刃の腹も厚くする。折れにくくして、刃自体で筋肉に食い込む力を持たせるんだ」
アストリッドはナイフを手に持ったまま眉をひそめる。
「うわ……投げにくそう」
工房長はにやりと笑った。
「扱いは少し難しくなる。だが、刃自体で力を持たせれば、腕だけに頼らなくても通る」
アストリッドはナイフを握り直し、目を輝かせた。
「なるほど……じゃあ、訓練用で試作してもらうことはできますか?」
工房長は手を軽く振り、笑った。
「わかった、作って送ってやるよ」
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エリクは周囲の作業に目を向けた。炉の前で鋼を叩く者、研ぐ者、削る者――作業が分業で進む様子をじっと観察する。
「……父さんの工房は、ほとんど一人で全部やってるから、こういう分業は新鮮だな」
工房長は頷き、静かに解説した。
「量産じゃ、一人で全部やってたら間に合わん。分業して効率と精度を両立するんだ」
エリクは小さく息をつき、口にした。
「そうか……父さんは一人でやってたから、作業の流れを全部頭に入れなきゃいけなかったんですね」
工房長が少し笑みを浮かべ、軽く訊ねた。
「どこの工房か、聞いてもいいか?」
「東の方の小さな工房です。日用品や包丁を作っていて……」
エリクは視線を工房の外に向けながら答えた。
作業をしばらく眺めたあと、工房長がふと目を細める。
「東ってぇと、あれか? 面白い包丁作ってるって噂のやつだろ。柄はボロボロでも、刃だけはまだ切れるってな。うちの職人も手にしたけど、作り方は全くわからなかったって驚いてたぞ」
エリクは少し顔を伏せ、声を潜めて答えた。
「……たぶん、父にしか作れないと思います」
そのままエリクは作業の流れを見つめ直す。分業による効率と精度の関係を目で確かめながら、父の工房での経験が自然と思い出されるようだった。
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工房長は作業台に手をかざし、三人に向かって言った。
「量産と個別制作、それぞれやり方は違うけど、どちらも大事だ。覚えておくといい」
三人はそれぞれの方法に思いを馳せる。アルフレッドは工程の合理性に、アストリッドは武器の改良案に、エリクは分業と父の工房の違いに心を動かされていた。
最後に工房長は小さな包みを三つ手渡す。
「記念品だ。学園にも納めてるやつだが、名前入りのペーパーナイフだ。量産品でも遊び心は忘れねえ」
三人は顔を見合わせ、揃って深く礼をした。
外に出ると、夕陽が工業区の煙突を赤く染めていた。白煙の向こうで、工房の槌音がまだ遠く響いている。
アストリッドが振り返り、笑顔で言った。
「ねえ、次はエリクの父さんの工房、見学できる?」
エリクは少し照れながらも、頷く。
「うん、そのうちにね。多分できると思うよ」
アルフレッドも微笑み、三人は夕風に吹かれながら工房を後にした。
王都の工房っていうのは、騎士団や学園に武具を納めるための大きな場所です。大量生産が必要だから、規模も大きくて、作業は分業で進むんですよね。個人の小さな工房とは全然違う。でも、その分効率や精度はしっかりしていて、道具や作業の流れを観察するだけでも、いろいろ勉強になります。三人がそれぞれ気になるところに目を向けていたのも、まあ自然なことですよね。




