【備忘録】ソフィアの日記帳より
焔月の下弦 第11日
今日、ルーカスとエミリアといっしょに、王都のはずれの教会に行った。
霧がいっぱいで、道の先が見えなくて、でも空気がとても澄んでいた。
石の道が濡れていて、靴の音が吸いこまれるみたいだった。
話すと声が小さくなるような朝だった。
教会の裏には、たくさんのお墓があった。
名前が読めるものも、もう消えかけているものもあった。
風が通ると草が鳴って、霧の中で音が溶けていった。
静かで、ちょっと怖くて、でも落ち着く感じもした。
修道士の人が言っていた。
「名が消えても、魂はここに息づいている」と。
それがどういうことか、うまく想像できなかった。
でも、墓の前で手を合わせると、胸の奥が少しあたたかくなった。
知らない人のお墓なのに、不思議だと思った。
ルーカスはまっすぐ前を見ていて、何か考えているようだった。
エミリアは、ほんの少しだけ、悲しそうな顔をしていた。
ふたりとも、あの静けさの中で“何か”を分かっていた気がする。
わたしはまだ、それが何なのか分からない。
だけど、たぶん、分からないままでもいいんだと思った。
墓地のすみに、片腕のない青年がいた。
草を刈っていて、風が吹くたびに袖が揺れた。
修道士さんが「彼は墓守です」と言っていた。
戦えなくなっても、この場所を守っているのだと。
その言葉が、少しだけ心に残った。
「生き方」って、きっと、ひとつじゃないんだ。
剣を持つことだけが強さじゃなくて、
誰かのことを思って、静かにそこにいることも、
同じくらい大事な生き方なのかもしれない。
そう思ったら、胸の奥がちょっとだけ温かくなった。
でもその理由は、やっぱりうまく言葉にできなかった。
帰るころには霧が晴れて、丘の上から王都が見えた。
光が差して、屋根がいっぱい並んでいた。
ルーカスが「背筋を伸ばして帰ろう」って言って、エミリアが笑ってうなずいた。
わたしも笑った。なんとなく、そうしたほうがいい気がした。
祈るって、たぶんそういうことなんだと思う。
誰かのために、静かに立ち止まること。
ちゃんと分からなくても、手を合わせるだけで、
少しだけ世界がやさしくなるような気がした。
だから、今日はいい日だった。
明日も、空気が澄んでいると嬉しいな。




