ep.15 実験の“代償”
焔月のある朝、教官室に向かう二人の姿がありました。
差し出すのは、真面目に書いた反省文。
口では「悪かった」と言いつつ、心のどこかで「まあ、許されるだろう」と思っていたふたりの前に、教官の裁きは容赦なく下されます。
――これは、ほんの少しの好奇心が招いた、ささやかな「代償」のお話です。
焔月の中弦、第22日。
朝の陽が傾きはじめるころ、教官棟の一室――エリーナ教官室にて。
「反省文、確かに受け取ったわ」
机に置かれた書類を、エリーナは一枚一枚確認するように目を通す。
騎士団所属の上級騎士としての顔と、教導者としての冷静なまなざしが、そこにあった。
ソフィアは緊張したまま、姿勢を正して立っていた。
隣のアルフレッドも、どこか覚悟を決めた面持ちで沈黙している。
やがて、エリーナはふたりの書いた反省文を重ねて、ぴしっと机に置いた。
「反省の言葉は立派。だが、行動に責任は伴う。
来週の給金は“反省料”として徴収する。――いい勉強代だと思いなさい」
その言葉は、まるで予告されていたかのように、迷いのない一刀だった。
「……ええ~~っ!?」
小声で、だが確実に抗議の色を滲ませた声をあげたのはソフィアだった。
しぼむように肩が下がる。
「アルが遅れなければ、たぶん……たぶん大丈夫だったんじゃ……」
と、ぼそぼそ抗議しようとするも、すぐ隣から返ってきたのは低くため息まじりのひと言。
「……まあ、俺もだ。あきらめろ」
アルフレッドは目をそらしながら、静かに己の罪を受け入れていた。
エリーナはそのやり取りを見ていたが、特に言葉を挟むことはなかった。
ただ、その口元にほんの僅か、笑みともつかない影が走ったようにも見えた。
⸻
教官室を出た二人は、並んで廊下を歩いていた。
ソフィアは何度目か分からないため息をつき、ぽつりとこぼす。
「……袋に“反省料”って書かれてたら、ちょっと、やだ」
「封筒に赤文字で“没収済”とか……見られたら、さすがに恥ずかしいかもな」
アルフレッドは苦笑しつつも、わりと本気で想像しているようだった。
ソフィアは力なくうなだれる。
「……つらい……」
そのとき、廊下の角を曲がってきた少女が、二人に気づいて声をかけてきた。
「ん? なんか浮かない顔してるね、あんたたち」
淡いブロンドの三つ編みを揺らして現れたのは、アストリッド。
背筋を伸ばし、わりと元気そうな声色だ。
「あ……おはよう」
ソフィアが小さな声で挨拶し、アルが軽く手を挙げた。
「……で? なにそのしょんぼり感」
「来週、給金カットになった」
アルがさらりと告げる。
「え?」
「……反省料だって。ふたりとも、来週ぶんなし」
ソフィアは語尾まで力が入らず、まるで遠くの話をしているみたいに言った。
アストリッドは一瞬きょとんとしたあと、噴き出す。
「……っふふ、マジで? 二人しておこづかい没収? 子どもじゃないんだからさ」
「……子どもですけど」
ソフィアが静かに反論するも、アストリッドは口元を抑えながら肩を震わせて笑っていた。
「まったく……」
と、アルが少し間を置いて口を開く。
「そういえば、教官……“連帯責任”って言ってたな」
「……は?」
「だから、アストリッドも対象になるかもって」
アストリッドがぴたりと動きを止める。
「……うそ」
「いや、わりと本気で」
「えっちょ、なにそれ、あたし関係ないじゃん! ちょっと!?」
アルは淡々としたまま、少しだけ目を細めて言う。
「嘘だ」
「…………ッ!」
アストリッドが思いきり頬を膨らませた。
「そういうのやめなさいって、ホントにもう!」
「笑った仕返しだよ」
「ソフィア、見た? この人ほんと性格悪いよ」
「……でも、ちょっとスッキリしたかも」
ソフィアはそう言って、はにかむように微笑んだ。
アストリッドがひとつため息をつく。
「はー……まあいいや。で? 給金ないってことは、今週末どうすんの?」
「……パン屋の新作、行きたかったけど……ムリかも」
「って、来週の話じゃないの?」
「うん……来週ぶん前借りして買うつもりだった」
「それはもう破綻してるから」
アルフレッドが軽くツッコミを入れる。
「うーん……じゃあ節約生活、スタートって感じだね」
「うん。……パン耳でも探しに行こうかな」
「それ、前にアルが言ってたやつじゃん」
「けっこういけるんだ。焼いてスープにつけると、意外と……」
三人は歩きながら、パン耳の調理法について真面目に語りはじめた。
どこか苦笑まじりで、でもどこか楽しげに。
遠くで、昼鐘が鳴る。
――生活は、ちゃんと回っている。
だけどやっぱり、「ちょっとした楽しみ」がある日常は、少し恋しいのだった。
そして、それは、彼らだけの話ではない。
⸻
同じころ、教官室の静寂の中にも、淡く残る“余波”があった。
静まり返った室内に、紙をめくる音だけが響いていた。
エリーナは二人の提出した反省文に目を通し直し、読み終えた紙を重ねて整える。
「ふぅ……」
息をついたあと、机の引き出しから一枚の封筒を取り出す。
金貨数枚分――本来、彼女が来週分として受け取る予定だった給金を封筒に詰め、それに「返納」の朱印を押す。
「反省料、ね……」
ぽつりと小さく呟いた。
誰にも言わなかったが、今回の件――教室の管理責任者としての立場上、自らの報告書に「指導不足」の文字を添えたのも事実だった。
もちろん、生活に困るほどではない。
けれど、痛くないといえば嘘になる。
「まったく……元気なのは、いいことだけれど」
机に封筒を置きながら、ふと口元にうっすらと笑みが浮かぶ。
どこか母親めいた、あるいは戦場帰りの古兵のような、静かな慈しみと諦観の混じった表情。
その目が見ているのは、ただの「指導対象」ではない。
少しずつ育ちゆく、未来の騎士たちの背だった。
「ま……あの二人の“減点”がこれで済むなら、安いものね」
そう呟いて椅子を引き、再び業務へと向き直る。
教官室の扉は、静かに、けれど確かに、彼女の姿を見守っていた。
今回の「反省料」による給金カット、
幸いにも寮生活の彼らには、寝る場所も食事もきちんと与えられているため、生活そのものに困ることはありません。
ですが――
食堂のメニューが決まっているように、そこに「ちょっと甘いものを足したい」とか、「気になるパン屋の新作が食べたい」なんていう小さな楽しみまでは、さすがに含まれていません。
だからこそ、パンの耳なのです。
ちょっと香ばしく焼いて、スープにつけて食べるだけで「なんか贅沢してる気がする」。
そんな小さなごちそうが、この一週間の彼らを支えてくれるかもしれません。




