ep.12 アストリッドのステージ
今日は、特別教室の公開訓練日。学園に複数ある特別教室の中から、エリーナ教室とヘンリク教室が合同で技術披露の機会を担います。
その訓練場では、投擲演習で喝采を浴びるアストリッド、黙々と槍を振るルーカス、静かに実力を見せる重装組の生徒たち……それぞれのスタイルが交錯し、観客の視線が注がれていきます。
午後の訓練場は、いつもとは違う空気に包まれていた。
今日は、特別教室の公開訓練日。学園に複数存在する特別教室――そのうち、エリーナ教室とヘンリク教室の合同持ち時間として設けられた、「技術向上と交流促進」のための一日だ。とはいえ、それが建前であることを知らぬ者はほとんどいない。訓練場は朝から、学内の見学希望者に開放されていた。
技術を見たい者、冷やかし、怖いもの見たさ。動機はさまざまだが、生徒や教師を問わず、訓練場の周囲にはぽつぽつと人が集まり始めていた。
その中心――というより、ひときわ賑わいを見せているのが、訓練場の中央付近だった。
「今日の演目は“アストリッドの投擲演習”かぁ……」
柵の陰から場を眺めていたアルフレッドが、あきれたように呟く。彼の視線の先、滑らかな軌道を描いたナイフが、標的の中心を射抜いた。
「演目って……でも実際、参考になるとか言って見に来てるけど、あれ見て真似できる子、どのくらいいるんだろうね」
隣で立っていたエミリアが、腕を組んでぶつぶつ言う。目は訓練場の一角――いや、群がる観客の集団を睨んでいた。
「最前列、どう見ても技術なんて見てないでしょ。あの男子たち、ナイフの軌道とかまったく気にしてないよ」
「……だよねぇ。まぁ、アストリッドだし」
アルフレッドは苦笑した。
その本人はというと、群衆の注目を一身に集めながら、軽やかにナイフを投げていた。鮮やかな軌道を描き、いずれも寸分違わず標的を貫く。
「今日も絶好調! さー、次行くよーっ!」
訓練場の中央で、アストリッドが笑顔で手を振ると、それに応えるように歓声が上がった。まるで舞台のようだった。技術はもちろんだが、それ以上に彼女自身の存在感が場を支配している。
その少し離れた場所では、ルーカスが無言で槍を振り続けていた。正確無比な足運びと、無駄のない連撃。見学していた生徒が「……やっぱり化け物だな」と低く漏らし、背後で別の生徒がこくこくと頷く。
「すみません、その動き……もう一度だけ見せてもらっても……?」
とおずおずと声をかけたのは、同じ槍を扱う初等部の少年。だがルーカスは一言も返さず、ただ無言のまま構え直した。
「……あ、ありがとうございます!」
意味を察した少年が慌てて頭を下げると、後ろでひそひそと「喋ったことある?」「無理無理、怖いよなぁ」などと声が漏れた。
一方、訓練場の東側では重装組が演武を開始していた。
「参ります――!」
鋭く宣言したのは、ヘンリク教室のカスパル。重厚な大剣を振りかぶり、正確に、力強く、標的を叩き斬る。そのたび、見学者の表情が引き締まる。
「うわ……あれ、ただの素振りじゃないぞ。」「重心と剣筋、ぴったりだ……」
観客の中からは感嘆の声。彼の動きは一見ゆっくりだが、重さと練度を感じさせるものだった。無言で剣を振るうその姿は、ルーカスとは別の意味で静謐だった。
その隣には、同じくヘンリク教室のアーシア。
厚手の胸当てに籠手、脚甲。全身を覆う重装備のまま、長槍を片手に持ち替えながら、鮮やかに標的の間を移動していく。突き、回避、また突き。鋭い動きの連続に、観客の間に静かな緊張が走る。
「……あんな装備で、なんであんなに動けるんだ?」
「重さで鈍るどころか、重さを利用してる……ただの鍛え方じゃ無理だよ、あれ」
頷き合う見学者たち。アーシアは最後に一歩踏み込み、半回転して後方の標的へ振り返りざまの一撃――これが見事に命中し、見学者のひとりが思わず拍手した。
そのように、訓練場全体が開かれ、自然に技術と交流が入り交じる中で――
やはり注目の的は、アストリッドだった。
「じゃ、ちょっと応用編いっちゃおっかな!」
そう言って背を向けたまま回転しながら投げたナイフが、再び中心を貫く。見事な一投に、ひときわ大きな歓声が上がった。
「……ほんとすごいけどさ」と、アルフレッドが苦笑しながらつぶやく。
「やっぱり参考にはならないよね」
「うん、間違いない」
エミリアも首を振る。彼女自身、剣術に自信はあるが、ああいう見せ方は性に合わないらしい。
だが、アストリッドは違った。
「さぁさぁ、ラストーっ!」
高く放った金属リングに、次々とナイフを投げて命中させる。リングが空中で砕け、キラキラと光の粒のように舞い落ちる。その華やかさに、場は一瞬、舞台のような静寂に包まれ――やがて、盛大な拍手が沸き起こった。
「ありがとーっ!」
アストリッドは笑顔で手を振り、柵際へ向かう。
だがその途中――ふと、目を留めた。
そこにいたのは、小柄な少女。まだ初等部だろうか。周囲の喧騒に紛れず、真剣な目で演習を見つめていた。手元にはノートと鉛筆。何かを書き込みながら、小さく頷いている。
(……あら?)
アストリッドは軽く跳び下りて、柵の外の少女に声をかけた。
「ねぇ、あなた。今、何描いてたの?」
少女は驚いて顔を上げたが、すぐに頭を下げる。
「あ、すみません、軌道を……投擲の。リズムと、呼吸のタイミングとか……」
「へぇ、すごいね。それ、自分で考えたの?」
「はい……あの、見ちゃいけなかったら……」
アストリッドは目を細め、微笑みながら柵越しに手を差し伸べた。
「そんなの、大歓迎。……むしろ、ちゃんと見てくれてたの、あなただけかも」
「えっ……」
「ほら、あそこ。あの男子グループとか、ナイフの種類すら見てないもん」
アストリッドがひそひそと笑うと、少女も思わず吹き出した。
「もしよかったら、後で少しだけ見せてあげる。教えるのは苦手だけど……もしかしたら、何か盗めるかもしれないしね?」
「……はいっ!」
ぱっと明るくなった少女の表情に、アストリッドは軽く手を振って訓練場に戻る。
「なんか、いいことしてたね?」とエリクが言うと、
「見てくれてるなら、応えたくなるでしょ?」とアストリッドは肩をすくめた。
「“見せる”って、ただの目立ちたがりってわけじゃないのね」と、エミリアがぽつりと呟く。
「うん、張り合いって、そういうもんだよ」
アストリッドはそう言って笑う。
アストリッドを見る少女のまなざしが憧れの色を増していくのに、彼女はちゃんと気づいていた。
さて「特別教室」は、王都の学校内でも一風変わった存在です。選抜された生徒たちが、それぞれの教室方針に従って、より実践的な訓練や研究に取り組む場――なのですが、実のところ、教室ごとに色がずいぶん違います。
というのも、特別教室は「教師のスカウト制」で生徒を集めており、いわば各教師の“推し”で構成されているのです。指導方針はもちろん、得意分野や人を見る目にも教師の個性が強く出ます。そのため、同じ「特別教室」でもエリーナ教室とヘンリク教室では、雰囲気も訓練の方向性もまるで別物。言い方は悪いですが、“教師の趣味”が色濃く反映されているわけですね。
生徒側もそれを理解しており、自分の得意や目標に合った教室へ進むか、あるいは運命的に引き込まれるか――。そのあたりもまた、彼らの日常の一部です。




