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ep.10 昼下がりの再会

久しぶりに顔を合わせた、かつての仲間たち。

それぞれが歩み出した進路と、変わらない空気の中で交わす言葉。

昼下がりの中庭に、小さな再会の時間が流れます。

王都南学区──学生用の旧中庭。

かつてエリクが所属していた一般教室の面々が、進路面談のあと、久しぶりに顔を合わせていた。


中庭の広場には、他にも数人の生徒たちが散らばっていた。ベンチで本を読んでいる者、植え込みのそばで昼食を広げている者。どこかの班らしき数人が、書類片手に何やら真剣な話をしている。

旧中庭という呼び名のとおり、今では人の往来も多くないが、午後の陽射しの下、穏やかな空気が流れていた。


「おーい、ユリスも来てるぞー!」


赤みがかった茶髪を風に揺らしながら、レオンが広場の端で手を振った。肩までの髪と日焼けした肌が、以前よりも少しだけ逞しく見える。


その大きな声に、何人かの生徒がちらりとこちらを振り返る。

ユリスは少し眉をひそめながら歩み寄ってきた。


「レオン、もう少し静かに。ほら、ミーナも来てるんだから」


「わ、わかったって……」


ミーナは困ったように微笑みながら、二人に近づいた。淡い金髪を三つ編みにまとめた彼女は、相変わらずおっとりとした雰囲気をまとっており、小ぶりの手提げ鞄を肩から下げている。


その視線の先──少し離れた木陰に、黒髪の少年が立っていた。

エリク。特別教室へ異動してから、ほとんど顔を合わせていなかった旧友だ。


「……久しぶりね、エリクくん」


ミーナの声に、エリクは一拍おいてから軽く手を挙げた。


「うん。みんな元気そうでよかった」


「お前は全然変わってねぇなー。ちょっとは偉そうになってるかと思ったのに」


「どういう期待だよ、それ」


「いつの間にか“選ばれた側”になったじゃん。別に調子乗ってもいいんだぞ?」


レオンの軽口に、エリクは苦笑する。三人と向かい合い、木陰から広場の石畳へと一歩出た。

懐かしさと、少しだけ照れくささが漂う空気が、四人のあいだに広がる。


「でもさ、特別教室ってやっぱ大変なんだろ? あの鬼のエリーナ先生が教官だって聞いたぜ」


「鬼って……。まあ、厳しいのは確かかな」


「でも、なんとなく顔つきが変わったんじゃない? エリクくん、前より落ち着いて見えるよ」


ミーナの言葉に、ユリスも小さく頷いた。


「うん。少し雰囲気が違う。前より、言葉に芯がある気がする」


「……そうかも。あの教室は、流れが速いから。ぼーっとしてると、あっという間に置いていかれる」


そう言って、エリクはふと視線を落とした。

頭に浮かんだのは、誰よりも先に駆け出していく姉の背中だった。


「でもまあ、元気にはしてるよ。なんとか」


「それが一番大事だろ。生きてるだけで十分だって」


「……そんなに心配されてたのか、俺」


「当たり前だよ。エリクは学級内でもちょっと特別だったから」


ユリスが補足する。


「文官志望組からも、戦術志望組からも評価されてた。いなくなって、どっちの先生も残念がってたよ」


「……それはちょっと複雑だけど、嬉しいな」


レオンは鞄から紙包みを取り出し、手慣れた動作で中のパンをかじった。


「そういや、そろそろ進路とか本気で考えないとな。面談でも言われたけど、あんま実感わかねえや」


「……口の中、空いてから言おうね、それ」


ユリスが呆れたように言いながら、水筒の蓋を外す。隣ではミーナが膝の上に小ぶりの箱を広げていて、ふたを開けると、丁寧に並べられた手作りのおかずがちらりと見えた。


「それ、お弁当?」


「うん、たいしたものじゃないけど……。中庭は静かだから、ここで食べたくて」


「ふうん、いいね。そういうの」


エリクもそれに倣って腰を下ろす。石畳の熱が、午後の陽射しをしっかり伝えてきた。自分も持参していた簡素なパンを取り出し、ひとかじりする。


「レオンは正規騎士志望だったよな?」


「おう。一次試験は受けるつもり。合格率は低いけど、まあ、いけるだろって感じで」


「訓練成績、悪くなかったもんな」


「あとさ、トーレとかソルヴィとか、もうあんまり教室に顔出してねーけど、東の家に戻って農業継ぐってさ」


「この前リサに偶然会ったよ。畑の区画図みたいなの描いてて驚いた」


ミーナがそう言って笑う。


「マジかよ……なんか、俺らが剣振ってる間に、別の世界ちゃんと歩いてんだな」


「イェンスも、鍛冶工房の見習いやってるってさ。軍の道具とか作りたいらしい」


「手先だけは妙に器用だったな、あいつ。授業中でもずっと削ってたし」


「あと、セリナは観測所に行ってるんだって。天気とか星の動き、記録する仕事みたい」


「へえ……なんか堅いけど、らしいっちゃらしいな」


ミーナは頷いて、ふっと目を細める。


「私は……文官志望って言っても、現場寄りかな。調査とか測量とか、そういうのに関わりたいなって。あんまり前に立つのは得意じゃないし」


「地図の話、よくしてたよな」


「うん。今も手帳にちょこちょこ描いてる。学校の裏道とか、教室から中庭までの最短ルートとか。……まあ、趣味みたいなものだけど」


「それ、あとで見せてくれよ。絶対面白いやつだろ」


「えっ……う、うん、恥ずかしいけど」


「ユリスは……たしか、幕僚志望だったか?」


「そう。戦術とか情報分析の方に行きたいと思ってる。自分にはそっちの方が合ってるかなって」


「この前の模擬戦、配置すごかったよな。俺が突っ込んだら、敵がきれいに罠にかかったし」


「ちゃんと動いてくれたから成立したんだよ。……でも、ありがとう」


ユリスは少し笑い、静かに補足する。


「森のルートに敵を誘導して、タイミングよく陽動を仕掛けたの。皆が連携してくれたおかげで、誰も傷つけず終われた」


「……やっぱお前、怖ぇな」


ユリスは少しだけ眉を上げて、静かに笑った。


「まだ机上の話ばかりだよ。模擬戦だから良かったけど、実戦だったら通用しないかもしれない。でも、模擬戦だからこそ試せた。ありがたかったよ」


「なんか……お前、遠くに行きそうだな」


「行けたらいいけどね。でも、今はまだ、自分の足元を整えてるだけ」


その横で、レオンがぽんと手を打った。


「にしても──今の方が、昔より話すことが面白いよな」


「え? そう?」


「だって前は筆記試験で寝たとか、剣振って腰痛めたとか、そんなのばっかだったろ?」


「ああ……言われてみれば」


エリクが苦笑すると、ユリスがふと、懐かしそうに口を開く。


「……あの時、ラーシュ先生が“寝るなら答案の上で寝るな”って叱ってたの、今でも思い出す」


「いたなー、そういう奴!」


レオンが笑いながら身を乗り出し、ミーナが少し頬を膨らませた。


「それ、私じゃないよね……?」


「いやいや、違うけど……でもミーナはミーナで、試験中に地図描いてたことあったよな?」


「えっ、それは確認作業……だったの! だって問題の文章、妙に地形を意識してたから……!」


全員が吹き出し、しばらく笑い声が続いた。


──


遠くで、次の講義を告げる鐘が鳴る。

響きは控えめだが、校内を包む空気がすっと切り替わったように感じられた。


「……そろそろ戻らないと」


ユリスが立ち上がり、制服の裾をはらう。ミーナもそれに続いた。レオンは名残惜しそうに腕を伸ばす。

他のベンチでも、散っていた生徒たちが次第に立ち上がり、講義棟の方へ歩き出していく。


「なー、エリク。また時間できたら飯でも行こうぜ。今度こそ俺のおごりな!」


「それ、前にも言ってたような……まあ、楽しみにしてるよ」


「マジか、やった!」


ミーナは一歩だけ近づいて、そっと言葉をかけた。


「また話そうね。どこに進んでも、こうやって話せると思うから」


「……ああ。そうだな」


三人を見送ったあと、エリクはもう一度だけ中庭を見回した。

午後の風が、どこか懐かしいにおいを運んできた。


──また、ここで。

そんなふうに思えた午後だった。

作中では明言していませんが、この物語の背景にある王都では、職業に貴賎はありません。

農業、漁業、鍛冶や工房での仕事、星や天候の観測記録、そして騎士団などを志す道もまた、すべてが平等に尊重されるべき選択肢です。


誰かの役に立ちたい。自分の力を活かしたい。その気持ちが選んだ道であるなら、それは十分に誇るべき“進路”なのだと思います。

“上か下か”ではなく、“その人に合っているかどうか”──そんな価値観を、物語全体を通じて描いていければと思っています。

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