第三話
見た所怪しいものはいない、と言ったのがこの店を見渡した限りの第一印象だった。
店内の客は十二人。
まず一人目、見た所中年のおっさんだろうか。歳は四十を言ってるように見えた。少々肉つきが良すぎる気がしなくもない。
せわしげにノートパソコンのキーボードをたたいていることから、これから外商でもいくのだろうかとビジネスマンを想起させられる。
頭部は少し寂しげだが、全身黒スーツにワイシャツ、加えてベージュのネクタイを付けている立派な社会人だった。
おいらもいずれああなっていかなくてはならないと考えると、少し胸が痛い。
目は死んだ金魚の目、唇はカサカサ。
そのおじさんのかけているメガネは入社した前に買ったのだと思いたい。
さて、次はあそこのカップル。
男は最初に目を付けたおっさんとは対極の位置にある存在だと思った。
茶髪にピアス、アロハシャツ着用、しかも二十歳らしいのにも関わらず短パンをはいていた。れっきとしたチャラ男だった。
だがスタイリッシュで、すね毛の処理もしっかりしている。
清潔感があり、離れているここからもいい匂いがしそうに思えることからかなりモテそうな感じなのがまた悔しい。
つまるところ、おいらの敵である。
そんなエロゲ、なにそれ美味しいのと真顔で言ってきそうな男の対面には彼女と思われる微笑みが似合うとても美人な女がいた。
茶色のニットからはこの上なくおいしそうなモモが二つ実っていて、さらに慎まし気な様子を醸し出す黄土色の長スカートもよく似合っている。
少々この季節にしては暑苦しい格好に思えなくもなかったが、似合っていることこの上なかったので様になっていた。
その子も茶髪であり、彼氏の影響かと思うとはらわたが煮えくりかえる。
二人とも仲睦まじく笑いあって話している。うらやましい、というのが正直な感想だ。
しかし同じロングでもここまで印象が違うものかと前方でストローに息を吹きかけ
行儀悪く泡をふかしているガキと見比べる。
「なによ」
と口では言ってないが、目でそう語りかけていた。
おいらは薄ら笑いでそれを返し、また客たちの様子に目を向ける。
野郎ども三人組が四人テーブルに座っていた。
皆ガタイがいい。
それにムキムキだ。日に焼けているそのボディは男のあこがれの理想形とも言えた。
そしてそろって坊主、加えてまゆなし。目も鷹のように鋭く、そこらにいるチンピラよりもよっぽど強そうだ。
柔道部のように思えたが、ぱっつぱつの縞模様のシャツとズボン、胸にはいかりのバッジ。
船員なのだろうか。
手にはビールのグラス。
話題も何か下品っぽい。
「ぐっへっへ、今通りがかった姉ちゃん、何ランクよ?」
「おう、そりゃあAAランクプラスだぜ相棒!」
「何言ってんだブラザー、勿論Eランクに決まってんじゃねえか!」
「おぉん、なにを!このロリコンめ!」
「おいおい、ブラザー。だから俺は言ってるじゃないか、貧乳が好きなだけでそう言う趣味はないということを」
「同じようなもんだろ」
「なんだと!いくらなんでもブラザー、それはひどいぜ!」
「おいおい、喧嘩するな二人とも。結局おっぱいは大きいも小さいもいい、それでいいだろ?」
「流石ビックブラザー!わかってるな!」
「流石兄貴!」
「はっはっは、そう褒めても何も出んぞ!ちなみに今の子は太ももがむっちりしてたからSランクだな!がっはっは!」
こんな会話が大声でそれもちょっと洒落たようなカフェで繰り出されるものだからたまったもんじゃない。
しかしそれに対してカップルが何やら迷惑ぶっている様子なのでもっとやれとも思う。
夏休みだからだろうか、学生四人組がテーブル席でカードゲームをしていた。
一人はチェック柄の羽織に白Tシャツと青ジーンズ、そしてメガネ。
後の三人は皆黒色のシャツにアニメのキャラがプリントされたものと黄色の短パンを着ていて、メガネはつけていなかった。
すね毛が見えないことから小学生と思える。
ちょっと夏休みなので遠出をしに来たのだろうか。
にしてもカードゲームならここじゃなくてもできるのではないかと思うところだが。
髪型は特筆することもなく至って平凡。
全員黒髪ショートカットヘア。
皆喜々としていて、ゲームを楽しんでいる。
「へへ、ここでバーリア!」
「あっ、ずっるーい!この攻撃効かないじゃん!」
「いや、でもここでバリア返しが使えるよ!」
「ほんとだ!ありがとー」
「くっ、しまった。そうきたか」
「いやいや、栗田殿。まだ歯を食いしばるには少々早計かと思われますぞ」
「どうすればいい?」
「ふむふむ、この場合はまず、大砲としての役割のカードを引き下げ、代わりに雑魚カードを盾としてやるのがよろしいかと」
「つまり、ダメなカードで攻撃をいなせ、というわけだな」
「さようでござる」
なにやら一人口調が変な奴もいるが、仲睦まじく和気あいあいと遊んでいる様子はほほえましい。
ガチムチの兄貴たちの会話も意に介さず気さくにゲームをしあうのは、流石の子供の集中力と言うべきか。
「最近の子供ってカードゲームが流行りなのね」
おいらと同じくその小学生組を眺めるメスガキ。
「ええ、そうですね。若々しくていいことです」
「………」
沈黙。
なるほど、独り言はオーケーという事か。
強情だな、全く。
さて残りの二人だ。
一見二人で向かい合って縮こまって座っているように思えた。
しかしよく見ると
なにやら黒いフードを頭までかくして、お互いマスクの下からメロンソーダをストローですすっていた。
全身黒ずくめ、さらにサングラスもかけマスク着用、身バレ防止対策。
間違いない、敵はこいつらに違いない。
わざわざほかの客によくよく注意を払うまでもなかったな。
二人は意外と小柄に見えたものだからエージェントというのも意外と一般人のおいらでも行けそうだなと思って、
「ちょっと行ってくるわ」
とウインクで合図をして、席を立ち、そいつらの元に近づく。
二人は近づく成人男性にまるで関心を払わず、ひたすらメロンソーダを吸っていた。
その余裕、どこまで持つかな?
「おい、お前ら」
ズーズー。無視。
この野郎。
「おいらのエロゲーを返してもらおうか」
コンマ一秒後、それを言い終わった瞬間おいらはしりもちをつくことになる。
そしてその状態になってから初めて気づく腹の衝撃。
おいらの近くでメロンソーダを吸っていた黒ずくめはまるで息を吸うかの如く自然な動作で銃を構えていた。
行動が速すぎる。
おいらはまだ一ターン目も把握したばっかりなのに!
ターン!ターン!ターン!
サイレントガン特有の乾いた音が店に響く。
一瞬にして、店は混乱状態だった。
おいらはひたすら赤ちゃん歩きをする。
どうにか銃弾は免れたようだ。
「ヘイ、ボーイ!大丈夫か!?」
ムキムキマッチョの三人組のリーダー格と思われる人が背後に二人を従えて、おいらに尋ねてきた。
この三人以外の客は………
「………っ!?」
唖然。
こ、これは。
一瞬、全員眠っているのかと思った。
しかし、その風穴、またそこからこぼれ出ている赤い液体。
体はぐったりとしている。
………死んでいた。
もしや、さっきの発砲音はおいらじゃなくほかの客を撃っていたのか!?
さっきまで和気あいあいとカードゲームをしていた少年たち。
憎たらしいながらもお似合いのさっきまで仲睦まじく雑談をしていた美男美女カップル。
社畜の権化ともいえるほどのおっちゃん。
全員、この数秒のうちに死体へと化した、というのか!?
……これが、死線。
嘘じゃなかった。
ターンターンターン。
そんな絶望に駆られている最中も銃撃音は続く。
「ヘイボーイ!何をしてるね!何でもいいからあいつに向かってモノを投げんか!」
いつしかおいらはムキムキマッチョ三人組が咄嗟に構成した机のバリケード内にいて、兄貴たちは必死に皿やらフォークを投げ続けていた。
おいらはそのマッチョマンに従い、床に散乱しているものをとにかく投げ続けた。
ああ、店員さん。
その胸には肉を切り裂いたというにふさわしい銃弾の喰らった傷跡が刻まれていた。
はばかりながらも胸に手を当てる。
鼓動はもうしていなかった。
「くっ、ブラザー!こいつ強いぜ!」
「わかっている!だが、速く始末しないと女の子が危ない!」
な、なに!?
見ると、メスガキは一対一となり黒ずくめと戦っていた。
おいらたちとは違って投げる位置が絶妙にいやらしい所なのでそうそう近づける様子になかった。
だがこのままじゃジリ貧だ。
「ってやばいぜ、ブラザー!こ、こいつ!近づいてくる!」
って、あいつの心配をしている余裕などなかった。
とうとう投げるものがなくなり、黒ずくめはすぐさまこっちにかけてくる。
ターンターンターン!
「兄ちゃん、あぶねえ!」
「えっ」
ばちゅっ、どちゅ!
肉がさける音が三つ重なる。
一つは前方の二人、もう一つはおいらの目と鼻の先にいるガチムチのリーダー格の兄貴だった。
「あ、兄貴………」
「へへ、心配すんなブラザー、これくらい屁でも………」
ターン!
兄貴は食い気味で、背中を撃たれ、そのまま眠りについた。
前方の二人の頭を見ると、穴が一つ、また一つ空いていた。
おいらのワイシャツはもはやどす黒い赤と茶色に交じって奇怪な模様を発していた。
その色は自分の心境に近かった。
全てがぐちゃぐちゃ。
視界は水で歪んで、なにも見えない。
だが、今おいらの頭付近に銃口がかざされたのはわかった。
ああ、死ぬんだな、と脱力。
そして観念。
「何やってんのよ!」
ぱひゅーん!
一つの銃弾がおいらの前髪をかすめる。
そしてターンターンターンと銃撃戦が目の前で始まったかと思ったら、もう体はカフェの外だった。
「もう、全く役立たずなんだから」
おいらはメスガキのわきにはさまれるような形で運ばれていた。
メスガキは全力疾走。
顔には苦悶の表情が浮かんでいる。
「油断してた相手も仕留めきれないなんて不覚ね。あんな雑魚二人も倒せないなんて………」
悔し気にそう呟くメスガキだったが、感想は本当にそれだけなのだろうか。
何時しか泣いていて、震えた声になりながらも
「ひ、人が、たくさんこ、殺されたのに!それだけなのか!」
パーン!
また銃声が聞こえたかと思って身構えるも、それはただのビンタの音だった。
「あんた、本当に、ばっかじゃないの!そんなの、そんなの、悲しいに決まってるでしょ!
でも、あんたみたいな無能が変な単独行動をするからそうなった!
偉そうな口を利くんじゃない!この馬鹿!
涙を拭け!本当に殺されるぞ!ここは死線なんだ!」
恫喝、ここまで迫真のこもった説教を受けたのは初めてだった。
だから余計に、それは心に響いた。
「すみません、上官様」
「いいのよ。これも経験。でもよかったわ、防弾ジョッキをあんたに渡しといて。痛かったわね。頑張ったわ」
と頭をなでてくれた。
その手は柔らかくて、ついつい命令に逆らって涙をこぼしたくなった。
だが、上官様に言われた通り、今は悲しむ時じゃない、殺し殺される死線にいるんだ。
そんな暇はない。
目じりに力を入れ、自己叱咤する。
「この様子、敵は追ってきているみたいね」
おいらたちは港町の時計台の頂上で敵の様子を伺っていた。
ここら辺は人気がない。
絶好の戦闘スポットと言える。
「どこですか、上官様」
「あそこよ、ほら」
と言って指をさされても。
「ど、どこですか?」
「ええ、見えないの?まあ、コンビニ付近の坂道にほら、いるでしょ」
そう具体的にいわれても全く持ってわからなかった。
「しょうがないわねぇ。まあ、通信機があるから最悪敵の位置がわからなくてもいいわ」
とおいらの全くわかってなさそうな様子に溜息をつく。
「さっきほどの力は持ってなさそうな敵だから、まあ大丈夫だからね」
といって肩を叩いてくる上官様。
「ということはさっきのエロゲを持っていた敵は今船に乗り込んでるんじゃ?」
「ま、そういうことになるわね。けどしかたないわ」
く、くそ。
おいらが迂闊な行動をしてしまったばかりに。
そう悔いているおいらの肩を叩いて
「はい、もう過去の事でうじうじしない」
と励まされる。
「は、はい。すみません」
「ん、それでよし。あんたにはもう次の仕事が待ってるんだからね」
といって微笑み姿に軽く惚れた。
「はい、ありがとうございます。で仕事というのは?」
「ああ、それね。あんたはこれからここ時計台から降りて、港町にて敵と接近してきて。つまり囮をやってくること。よろしく」
とおもむろに背中から長いものさしのようなものを取り出しながら笑顔で言う上官様。
「え、囮とは」
「あら、知らない?だから敵の格好の的となるってことよ」
それ、死んでしまう奴じゃ……
だ、だがおいらはもう既に自身の行動で何人もの人間を死に至らしめている。
これくらいやって当然だ。
そう胸に決意を示して
「わかりました。では行ってまいります」
と見よう見まねで敬礼のポーズをして、降りようとしたところを
「あー待って待って」
といって肩を掴まれる。
「ほら、バイクのヘルメットつけないと危ないわ。ヘッドショットは一発で死んじゃうからね」
「あ、ありがとうございます」
上官様はおいらにヘルメットをかぶせて、来るかと思ったが
チュ。
不意打ちだった。
二度目のマウストゥーマウス。
そして向こうはどんな顔をしているのかと確認する前に黒いガラスにそれは阻まれてしまう。
「こっ、今度は本当に死んじゃうかもしれないから!前借り!前借りよ!報酬の!今回でさっきの失態の挽回をしなさいよ!」
といっておいらは無理やり出口に続く道に方向転換させられ、背中を押される。
「死んだら絶対許さないんだから!わ、私の大事な盾がいなくなってもらっちゃ困るんだからね!」
訳、いってらっしゃい、気を付けていってね、と言ったところか。
やれやれ、全くうちの上官様は。
こんなところで死ぬわけにはいかなくなったじゃないか!
パンパンパーン!
と、三発。
相手の足に命中。
よし、とどめだ、死ね糞野郎。
俺は、そこら辺に落ちていた鉄パイプをうずくまって倒れる敵に振り上げようとしたが
パンパンパーン!
と敵の銃声。
チっ、まあいい。
致命傷にはなった。
ふん、だが怪我人をかばいながら、この俺をいなせると思っているのか。
上官の部屋で銃を一丁くすねておいてよかった。
だが、銃弾はもってきてない。
たったの三発ではない、されど三発だ。
しかしどれも命中したのはよかった。
パンパンパーン。
やれやれ、こんな見え隠れしている屋根の上の上の俺にも銃弾が当たらないなんてな。
どうやら上官がおっしゃられていたことは本当だったようだ。
パンパンパーン………カチャカチャ!!
「なっ!?」
なっ、じゃねえんだよ。
ふ、リロードが遅い。
おら、ヘッドショット。
パーン。
見事命中。
ハエの駆除程楽なものはない。
さて、と。
フルコースの仕上げだ。
くらえ、鉄パイプ!!
キャハハハハハ!
港町に響く狂気の声。
少女は戦慄していた。
突如としてキャラが変わり、敵のエージェントを殺し、挙句鉄パイプで追い打ちをかけるような残虐さを醸す男に。
も、もしや、人の死に触れ、壊れてしまったのだろうか。
そんな考えが脳裏をかすめる。
いや、しかし、あんなひ弱な奴が。
「はっ、もしかして」
ここにしてようやく上司からのエロゲに関する極秘情報を思い出す。
「いいか、そのエロゲをプレイしたものは突如として超能力に目覚める。なので過激派の手に渡るとまずいのだ」
渋い上司の声が脳内で再生される。
その言葉は半信半疑だったが、まさか、本当に………?
ただの人間の二面性として片づけるには、その一瞬にして屋根の上にのぼる身体能力。
そしてそのうえで一歩も動かずにただ体をくねらせて銃弾を交わす身のこなし。
正確な射撃。
どれも素人には到底不可能な動き。
精神の問題ではなさそうだ。
それにしたってあの腕力。
相手の頭を鉄パイプで一撃で粉々にするとは。
前に柔道でいなした時には一切そういうたぐいの力は感じられなかったのに。
この豹変は………異常だ。
というか、警察官が向こうから近づいてきている気がする。
チッ、こういうところで無能なのは本当に変わっていない。
あの初恋の男を回収しに行くか。
「キャハハハハハハ!アハハハハハ!」
おかしい。
さっきから、おいらの体がおいらの物じゃないみたいだ。
体が、自然と動く。
これがおいらの内に秘められた力なのだろうか。
というか囮役を頼まれていたのに、殺してしまってよかったのだろうか。
そんな迷いとは裏腹に、鉄パイプを振る手は止まらない。
ゴジュッ!ブシュッ!ドジュッ!
もはや原型をとどめていない肉塊に追い打ちをかける自分。
しかし心には爽快感が生まれていた。
それは殺人に対しての気持ちでは決してなかった。
そういう悦楽ではない。
ただ、あそこで死んでしまった人たちの仇を取れたような気がして………
なんだか目にゴミがたまった。
前は見えない。
も、もうやめろよ、自分。
な、なんでこんな残酷なことをするんだ。
手は、とまらない。
ゴジュッ!ブシュッ!ドジュッ!
プシュッと、返り血が、おいらの白Tシャツを汚す。
その時点で、おいらのTシャツは本当の意味で汚れた。
そしておいらはもうこの血に対して一生の責任を取らなければいけないということに、身が震える。
「うああああああああ!」
叫ぶ、泣く。
つまり、発狂。
手は、とまらない。
だ、だれか、と、止めてくれ!
ああ、おいらを、助けてくれ!
「そこのきみー!そこで止まりなさーい!」
遠くからメガホンの声が聞こえる。
パトカーのサイレン。
向こう岸、から聞こえる。
ああ、警察さん、か。
こんな人殺し、逮捕されてとうぜ………
コ ロ セ !!
オ レ ノ ノ ウ リ ョ ク ハ サ ツ ジ ン ノ タ メ ニ ア ル !!
コ ロ セ !!
オ マ エ ノ ジ ョ ウ シ ノ タ メ ニ モ ‼
「ぐああああああああ!」
ま、まただ、この感触。
時計台をでてから突如として沸き起こるこの声。
自分ではない、どこか知らない人の、声。
ああ、洗脳。
く、くそ!
ま、また、おいらの意識は………!!!
「こらー!止まりなさい!ちょっ!何をしている!ひかれるぞ!おい!君!聞こえないのかあ!うわっ!」
パリーン。
パトカーのフロントガラスの割れる音。
きゃははは、爽快だねえ!
時速六十キロなんて遅い鉄の塊にこの俺がひかれると思ってるのか!この馬鹿どもが!
バン!バン!
ドジャアッ!!
「ケヒッ!ケヒヒヒヒヒヒ!ようやくあいたぜ、意外と固いんだな、車の天井部分ってのはよお」
「う、うわああああああああ!ば、ばけものおおおお!」
「よ、よせ、うつな!」
「いや、撃て!さあ、俺はここにいる!!」
「う、うわああああああ!」
パンパーン‼キーン!
「ごふっ!」
「おいおい、断末魔にしてはちいせえじゃねえかよお!ええ!?ポリ公さんよぉ!」
「じゅ、銃弾を!バットで!?」
「おっと、運転手さん、前がお留守だぜ!」
「なっ!」
突風、さらに火薬の匂い。
「ふん、あっけねーな。爆発オチとはよ」
「あんた、誰よ」
まるで足音がしなかった。
流石「上官様」だ。
振り返ると、そこには険しい顔をした美しい女が立っていた。
確かに、惚れるのも無理はないな。
だが、少し幼女過ぎる。
なあ、そうは思わなかったのか?俺よ。
「あのね、正直言ってやりすぎ」
スナイパーライフルを胸に突き付けてくる上官様。
「はあ、まあでも大戦果でしょ、俺にしては」
「お、、、おれ?」
「そう、俺。間抜けな俺は引っ込んでもらってんだ」
「あんた、二重人格だったの?」
「いや、違うね。確かに、違った」
火薬のにおいと潮の匂い。
こんな爽やかな青空と赤い炎のマッチング、最高だ。
「ふっふっふ、俺は確かにあのおいらとか抜かす奴とは違う、が。元からこいつの中に存在していたわけじゃない」
「ど、どういうことよ」
「つまり、俺は元々あのゲームの中にいた神だ」
「………」
ふん、いいねぇ、その困った顔つき。
ついつい、殺したくなるなぁ、まあでもそれをやると、あのゲームに戻るよりも先にこいつから存在を抹殺されちまう。
「いいか、あいつが普段からエロゲを持っていた習慣。それは単にあいつが変態だという一因もあるが、それは些細なことに過ぎない。
俺がそうさせたのだ」
「………」
もっとゆがんだ顔になった。ああ、たまらねえ!
モ モ ウ イ イ ダ ロ 。
カ 、 カ エ セ ヨ 。
ふ、そろそろ潮時か。
「そろそろお別れのようだ、上官様、とやら。俺はこの体が死ぬ寸前になった時、
また俺の能力が思う存分に使えるようになった時に限り出てくる。
ただ実行者は主人格、それだけは変わらない。覚えておけ。
あいつが、殺すのだ。
俺は命令してるに過ぎない
その時にはまたよろしく頼むぜ。
あとは、そうだな。
俺はあのエロゲの世界に戻りたい。
だから死に物狂いであれを取り返してくれ。じゃあな、お別れに一発だ」
「な」
「あばよ」
パーン!
くっ!
こみあげる嘔吐感、そして罪悪感。
な、なんだこの胸のつっかえは。
嫌だ、ひたすら自己嫌悪の感情は沸き起こる。
脳は目覚めることを拒否する。
この虚脱感、
さっさと地獄に落としてほしかった。
が、思いとは裏腹に目覚めてしまう意識。
ゆっくり目を開ける。
「あ、起きたわね。大丈夫?」
そこには優しい顔をした上官様がいた。
「あ、え、はい」
おいらの頭は上官の太ももの上にあった。
柔らかくて、とても安心感があった。
ここはどこだろうか。
首を動かすと、そこには傷口が一つ、
「って大丈夫ですか!?」
腹に一発、銃弾を食らっていたようだった。
防弾ジョッキを着てなかったのか。
不用心な!
「だ、誰にやられたんですっ!?」
上官は一瞬、戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに微笑みに変わり
「ちょっと警官に油断したわ。それより、あんた、無茶な動きをしたわね」
「け、警察?………っていってえええ」
なんだこれ!?
筋肉痛か!?
「ほら、言わんこっちゃない」
そういって腕を組んでため息をつく上官様。
「今日はここで野宿ね。明日の船であいつらを追うわよ」
「で、でもここ管理者が入ってくるんじゃ」
「大丈夫、もうエージェントに連絡は取ったわ、それに警官の隠ぺいもね」
「え、なんですか、それ」
「あっ、あああ、いや、なんでもない、何でもないわ。さ、さ、もう日が傾いてきてるからこれでも食べなさい」
といって焦りを取り繕うようにビスケット一枚を渡してくる上官様。
とても怪しかったが、そんな人にバレたくない事柄を無理やり暴く趣味はなかったので
「あ、ありがとうございます」
と受け取り、またいただく。
本当はチョコレートがよかったなと思いつつ、夕日でオレンジ色に染まる海岸を眺めていた。