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第二話

 ばしゃあ。

頭から熱湯をかぶせられる。

「あんた、ばっかじゃないの!なんでブラックコーヒーなんて持ってくるのよ!砂糖とミルクくらい気を利かせて入れなさいよ!

この、無能!」

パワハラが過ぎる。

これには怒りというよりも呆れが先に来た。

「だからってコーヒーの中身をおいらにぶちまけることはないでしょう」

と他人事のように冷静に諭すおいらは自分でもなんだか変な奴に思えた。

このメスガキの電波が移ったのだろうか。

いや、それはない。

こいつがクソガキ過ぎてついつい親視点で見てしまうのだ。

それにファーストキスをしてしまった相手な上、あまりほっとくこともできないからな。

「ふん、なによ、大人ぶっちゃって」

ぷいっとそっぽを向いて返答する上官殿。

やれやれ、こんな調子で大人になるとすぐにパワハラで何でも解決する癖がついてレスバはアホみたいに弱い惨めな奴と

烙印を押されてしまうぞ。

だがそれを言ってもメスガキに受け入れる器がないように思えたので黙って二杯目を注ぎにいくためその場を去った。


別にコーヒーの匂いは嫌いじゃない。

時間が経てば納豆の匂いがしないこともないが、納豆の匂いも臭いというよりむしろ香ばしくいい香りだと思っているので

そこまで嫌悪感はない。

なのでおいらはコーヒーをぶちまけられた白のワイシャツは脱がずにそのまま茶色の模様をアートとして着こなすことにした。

そんなおいらの風体をみたメスガキはぎょっとして

「な、なんで着替えないのよ」

と少し引き気味な声で言ってきた。

「いや、着替えるのもめんどくさいし、コーヒーの匂いが服からしてくるから悪くもないですし」

「あんた、非常識ね」

お前が言うのか、それ。

「私の服を貸してあげるからその惨めな服はやめなさい」

誰のせいだ、誰の。というか。

「貸してもらうって言ったって、サイズが合わないんじゃないんですか」

「あっ、そっか」

アホかこいつ。

「まあいいです。どうぞ、変な白い液体が入っててもご承知おきください」

とブラックジョークを交えてコーヒーのカップを手渡す。

「え?それどういう意味?」

素の声で返されるものだから思わず吹き出しそうになった。

しかしわざわざばらして怒られに行くほどマゾヒストになった覚えはないので

「ああ、練乳のサービスがあるかもねって意味です」

とごまかす。

「あら、それはいいわね。ありがとさん」

うきうきでカップをすするメスガキ。

知らぬが仏、か。

まあ入れてなんかいないんだが。


 「世界にはね、過激派と穏健派の二大巨頭がいるのよ」

白色の種類を語りだすタレントのような切り口だった。

話を引き付ける話術としては良いが、いかんせん大雑把だ。

概要がつかめないし、聞く体勢になっている相手に対してそれはあまり意味がないとおいらは思う。

だがまあ話の腰を折るのはもっとマナー違反だと思うので、

黙って床に胡坐をかいて座りコーヒーをすする。

「その穏健派に所属しているのが私、ひいてはあんたの上官様ってわけ」

ドヤ顔で胸を張ってくるが、偉くもなんとも見えないのはなんか裸の王様のようで哀れだ。

「でその二大派閥のキーとなったのが、あんたの持っていたエロゲー」

もう過去形なのが少し寂しい。

まああれだけ荒らされているのを見ると、

その過激派とやらがおいらの部屋を荒らしまわったのがわかるし

エロゲであろうがなにかしら窃盗されたのはわかる、こいつの話を信じる限り。

「なんでエロゲーなんかがキーになるんですか」

「知らないわよ。ただそのエロゲーがキーになるってことは上司に言われたから確かよ」

上司、ね。

もしやこいつも上司に同じような目にあわされてこんなにもゆがんでしまったのだろうか。

だとすれば少し同情の念がわくというものだ。

「というか上官様、中学生って以前におっしゃってませんでしたか」

「それは表の姿。裏では世界平和を守るエリートエージェント、よ」

エリートの単語をやたらと引き伸ばして大げさに言う辺り、その言葉は本当なのか疑わしい。

「なるほど、それが本当の事だとしましょう」

「うん、いや、本当なんだけどね」

「上官様、あなた何回もおいらんち来ているでしょう」

「そうね」

「その時になんでそのエロゲを自ら保管をしとかなかったんですか?」

「だって、あんたのエロゲ臭そうでいやじゃん」

ずばっと真顔で言われると傷つく。

ブルーな顔をしているおいらをみるなり

「あっはっは、傷ついてやんの」

と嘲笑するメスガキ。

「でもまぁそれは建前。本当はあんたを餌として釣って、過激派をおびき出す作戦だったのよ」

ふーん、まあよくありそうな設定だ。

創作とかでもよく見るな、こういうのは。

「へぇ、でもそれって上官様が持っていてもできるんじゃないんですか」

「いやいや、自分で持ってたら自分が思うように動けないでしょ。マークされてるわけだし」

「でもおいらは別になんの危害も加えられなかったですよ」

「ああ、多分ね、それあれだわ」

その言葉を続けようとしたが笑って一時中断するメスガキ。

「な、なんですか」

「プププ、まあここ何日間前にようやくあんたのエロゲを懐に入れる変態な習性のおかげで過激派も認識したんだけどね。

その時に私がそいつらの無線を傍受したら、、、ぷぷぷぷ!」

「もどかしいですね、さっさといってください」

「夜中に変な歌熱唱しながらちんちん晒してて気持ち悪いから近づかない方向でいこう、だってさ。

ぷぷぷぷ!」

あ、ああ。

確かにそ、そんな日があった。

だがあの時はしょうがなかったんだ。

掲示板で思いっきり自演がバレて、飛行機のあおりをされまくってストレスがたまりにたまっていたんだ。

あ、あれが見られてたとは。

名作エロゲで抜きながらそのオープニングを熱唱、なんてあの日でやるのは最後だったはずなのに。

なぜこう過去はぬぐわれないみたいな教訓のように見せつけてくるんだ。

心に訪れたショックは計りしれないほど大きく、おいらはしばらく無言。

「ふふーん、まああんたが落ち込んでようがどうでもいいわ。そのつらさっさとあげなさい」

メスガキは容赦なくおいらの髪の毛を引っ張りナイーブ状態に浸らせてくれなかった。

「で、ここからが本題よ。私が無職引きこもりニートの部屋にわざわざ訪れてあげた理由はね、ひとえにその過激派への罠を仕掛けてたってわけ」

「はあ」

「それが今日、ものの見事にすべてかわされたってわけ!この私の気持ち、わかる!?」

しらねーよ、そんなの。

と言いたくなったが、まあこいつが来たのが二週間前だったか。

念入りに先立ってきて罠を仕掛けて待ち構えていたって言うのに、悉く空振りに終わったというのは確かにその気持ちわからんでもなかった。

「まあそうですね。少し同情をしないでもないです」

「何他人事みたいに言ってんのよ!」

パチン!

これは理不尽な。

「もとはと言えばあんたが普段から身に着けていたのに今日だけなぜか外したのが原因でしょ!」

自分の無能さ加減で自滅したのにもかかわらずこのいいよう。

典型的なダメ上司だ。

「いや、おいらのを回収しといてダミーでも何でも作ればよかったでしょう。そもそも一方的に押しかけてきて

おいらとコミュニケーションをなにも取らずにその敵の対策をするのが間違いですよ」

「うるさいうるさいうるさーい!」

コーヒーを机に無造作に置いて、耳をふさぐ前方のクソガキ。

「あんたのエロゲーは臭そうで嫌なのよおおおおお!」

やっぱりそれが本音じゃないか、このクソガキめ。


 「とにかく、この件は全てあんたが悪い、でいいわね」

なにがいいのか。

メスガキの不手際百パーセントで元から決まっている、というか元々おいらとは何にも関係のない事案だ。

そんなしりぬぐいさせられる部下のような役を強要されても。

「い・い・わ・ね?」

ぐいぐいっと顔を近づけてくるメスガキ。

怒っていても可愛いのは流石だが、迫力もまたこの上ない位凄いのは余計だ。

「は、はい」

「わかればよろしい」

その口からはコーヒーの匂いがした。

「じゃあ、早速取り返しに行くわよ」

「今から!?」

「勿論。あらかた説明は終わったことだし」

「ま、まてまて。編成パーティーはおいらと上官様の二人だけですか?」

「まあ勿論ほかにも穏健派のエージェントはいるけど基本的に追うのは私たち二人よ。というか編成パーティーってRPGじゃないんだから」

全く、これだからオタクはとブツブツと呟いているのを尻目においらは自分のバックの点検をする。

現金二十万や免許証が入っている財布。

フルーツナイフ。

贔屓球団の帽子。

あとはノートパソコンとカメラと充電器、か。

スマホはポケットに入っている。

「ってなんで帽子が入っているのよ。いらないわよこんなの」

「ああ、おいらの宝物が!」

放り投げられる帽子をダイビングキャッチ。

「え、えぇぇ」

ドン引きされたがおいらはおかまいなくそれを抱きしめた。

真っ赤に燃える王者の印が刻まれるその帽子はおいらが初めてお父さんに買ってもらった宝物なのだ。

「ふ、ふん。まあでもそれ以外は特に変なものも入っているわけじゃなさそうだし、いいわ。

ほら早く担ぎなさいよ」

といってバックを投げてよこすメスガキ。

おいらは慌てて受け取りながら

「というか行くって言っても敵がどこにいるかわからないんじゃ」

「ふっ、甘いわね。確かに罠はかわされたけど、私が開発した追跡装置はきっちりと働いているのよ!」

「お、おお」

「なによ、その反応。あーあ、疲労し甲斐がないわね」

それは申し訳ないが、人間、本当にすごいものを見せつけられると反応に困るってのがあるから仕方がないのだ。

おいらはバックをしょって立ち上がりながら

「で、敵はどこにむかってるんです」

と問うた。

「うーん、この辺の地理に詳しくないからわからないわね」

おい、エリートエージェント。

「でもまあ、うん。まだそんなに遠くには行ってないわね」

本当かしらね、全く。

「で、この部屋はこのままなんですか?」

「あーそれは大丈夫」

首をかしげるおいらに

「穏健派のエージェントがそのうち来てくれてダミーとして住んでくれるから。あんたの家もそうよ」

はえー、結構本格的なんだな。と感心しつつ

「所で足はどうするんです?」

「勿論バイクよ」

「へえ、運転できるんですか?」

「何しらばっくれてんのよ」

「は?」

「あんた免許持ってんでしょ、知ってるわよ」

なんで知ってるんだ。

「なんで知ってるんだ、って顔してるわね。あまりエージェントを舐めない方がいいわよ」

この辺の地理の下調べもしてないくせにか。

「じゃあこの防弾性ヘルメットを付けなさい。それとお腹に防弾ジョッキを付けた方がいいわ」

といって引っ付いてくるから困る。

距離感がちょっとこいつ本当におかしい。

ドギマギするおいらとは対照的にテキパキと仕事だからと和キリっているのか淡々と体に引っ付いて防弾ジョッキを付けてくるメスガキ。

「はい、いいわよ。ってなに顔赤くしてんのよ」

「い、いえ。なんでもないです」

「ここからは本当に生き死にに関わるんだから気を引き締めていきなさい」

そういうメスガキは凛々しくて少し見ほれた。


 「…ちょっとそれは重くないですか?」

「なによ、私の体重の事言ってるわけ?だとしたら今ここであんたの人生は幕を閉じることになるわよ」

「じゃなくて、上官様の背負う荷物の事です」

パンパンに膨れ上がる二十リットルのバッグというだけでその壮観を想像するに易いだろう。

「ていうかなにはいってるんですかそれ」

「手りゅう弾とか最新式スナイパーライフルとかあとは………」

「職質されたらバイク走れないじゃないですか!おいてってください!」

「んー、まあそれもそうね。肉弾戦だったらこんなの使わなくても良いしそれに遠距離での戦いならあんたを盾にすればいいわけだしね」

そう曇りなき眼ではっきり言われても逆に不安になる。

大雑把というか軸がないというか、結局メスガキはおいらの言うことに従い手ぶらでバイクに乗ることになった。


「ナビゲート頼みますよ」

「へいへい、そこを右折ね」

お互いヘルメットを介して言ってるのでよく聞き取れない。

それに走行中の向かい風の影響もある。

「え、なんですって?」

「だーかーら!う、せ、つ!」

「あーはいはい、了解です」

「もう、この難聴ジジイ!」

脇腹にチョップされる。

この野郎、振り落としてやろうか。

だがおいらの胴体にしっかりと両腕をえげつないほど強い力で拘束しているのでそんなことをすれば自分まで道連れになってしまう。

だが、その後方の感触はそれなりによかった、思わず口角が緩むくらいには。

「あ、見てみて、海が見えるわ!」

ここ、おいらの住む町、門松町は海に面していて大規模ではないが県外でも名が知れている位の港があった。

海風が吹いてくるまでに海に近づいているこの道路の向かう先は当然港だった。

おそらく敵さんは海外に高飛びでもするつもりなのだろう。

やれやれ、船がまだ一隻もついていない様子だからいいものの、このまま気づかれずに逃げられたらどうするつもりなのだろうか。

いくら海が見えてきてもうすぐだと視覚的距離感から感じられても、到着するのはまだまだ。

遠目では海坊主のような風体で水蒸気や夏の熱波に遮られながらもゆらゆらと揺れながらこちらへ向かってくる様子の大きな船が近づいてきているのが見える。

タイムリミットは迫っているようだ。

船着き場周辺の市場やホテル街はなかなかに人の入りがよく、たとえGPS機能がよくたってこんな人ごみから探し出すのは容易ではないだろう。

まるで蟻のむれのような集合体がここからも見下ろせる。

ところで、船を逃した場合、

敵と同じく船のチケットでも買って乗り込むのだろうか。

それとも陸路?

どちらにせよ、おいらの自由な時間が奪われるのは必須。

とほほ。


突然耳に違和感。

イヤホンのようなものを差し込まれたようだ。

赤信号だったからいいものの、こういうのを突然やられるのは困る。

「ちょっとなんすかこれ」

「あー、あー。聞こえる?」

「勿論ですよ」

ぷっぷー。

後ろからクラクションを鳴らされる。

おっと、もう青信号になっていたようだ。

おいらは慌ててアクセルを踏む。

「ねえ、聞こえる?」

同じことを二回聞いてくるとは、なんだろう、バカにしているのだろうか。

「はいはい、聞こえますよ」

その時、耳だけに注意を取られていて気づかなかったが、首の下にマイクを仕込まれていることも分かった。

あまり注意をそらさせるような真似はやめてもらいたいのだが、なるほど、とりあえずメスガキの言いたいことはわかった。

「なるほど、なんかスパイみたいですね」

「そうそう、機能してくれたみたいで何よりだわ。あとこれ小声でも十分拾ってくれるから便利よ。ちなみにこれは私が作りました、えっへん」

…スパイ活動よりエンジニアの方が向いているような気がするのだが、おっちょこちょいだし。

だがそれは飲み込んで

「凄いですね、でこれを使って二手に分かれて探すって感じですか?」

「何言ってんのよ、GPS発見器は私しか持ってないんだからそんなことできるわけないじゃない」

それもそうか。

「じゃあこれは何のために?」

「そりゃあ決まってるでしょ。こういうバイクの走行中にもおしゃべりができるじゃない」

機械はかなり有能なのに、使い方がとっても残念だ。

「なによ、この息の音は」

「いえ、なんでもないです」

「別にあんたと雑談したいってわけじゃないんだからね」

「じゃあ何をしたいんですか」

「そりゃあ情報収集よ」

「はあ」

「あんた、あのエロゲどこで手に入れたのよ」

成程、確かに言ってなかったような気がしなくもない。

「ああ、あれは確か親戚の叔父に譲ってもらったような気がします」

「へえ、じゃあエージェントを逃したらあんたのおじさんに聞き込みするってのもアリね」

「ええ、でも叔父は今海外にいますよ?」

「それがどうかしたの?」

「おいらパスポート持ってないんですが」

「それくらいエージェント用のパスポート貸してあげるから大丈夫よ」

法律的にアウトな気がするが。

「まあそれは置いといて、まずエージェントやらを捕まえることに集中しましょう。

あの港町、結構人いますけど、何か対策でもあるんですか?」

「なんかね、エージェントの位置ずっと固定なのよ。だから多分大丈夫」

「…それGPSの機械ごと外されたりしてませんか?」

「ふん、私の機械を甘く見ないでよね。生き物以外には反応しないセンサーがついてるんだから」

はえーそれまた凄い、が。

「相手は過激派なんでしょう?なにか攻撃されたときに対抗の手段はあるんですか?」

「まぁね。でも敵をだますにはまず味方からって言うし。それは見てのお楽しみね」

言葉の意味が違うような気がしたが、メスガキの言うことだ、あまり気にしない。


 「なによ、その鼻歌の曲は」

おっと、ついつい無意識にやってしまっていたようだ。

走行中にはよくラジオを聞いていたり曲を流している習慣が染みついたせいだろうか。

おいらはその曲の名前を教えてやった。

「あーあれね」

どうやらわかったらしい。

「そうそうあのアニメの歌ですよ」

「うんうん、一時期よく見てたわー」

普通の会話、まあ違和感はないのだが。

「そういえば上官様は一応エージェント、でしたっけ?」

「一応じゃなくて百パーセントエージェントよ」

「アニメなんて嗜む時間あったんですか?というか出自は?養成所なんてものがあるんですか?」

一度疑問に思うと、無限にそれは湧き出てきた。

「質問が多いわよ。まあ私は優秀だから最初から答えてあげるわ」

たった三個だがな。

トンネルの中、なにかしら空々しく感じられる走行中。

ロりの声はおいらの耳に響く。

「まず一つ目、アニメくらい見れる時間なんてあるわよ。というか本来アニメというのは子供向けなんだから全く見てないってのも変な話だわ。

でも最近のアニメの視聴者のターゲットは子供じゃないってのも聞くけどね」

なるほど、結構サブカル系に理解がある感じだ。

趣味が合うかもしれない。

「二つ目の質問ね。アメリカ生まれのアメリカ人よ。だからこうやって日本語をしゃべってるけど急を要する時はついつい英語になっちゃうのよ

あの壁に耳を押し当てた時も、悉く私のトラップがかわされるのがわかって唖然としたわけよ」

ほう、そういうことだったのか。

だが少しそれに対しては疑問が生まれる。

「でも黒髪ですよね」

「ああ、これは染めてるのよ。本当は金髪」

へぇ、入念だな。

「張り込み調査で違うエージェントの網をかけるのに私の本性がバレちゃいけなかったからね」

「眉毛も染めたんですか」

「そうよ。念には念を入れるのよ、私は」

トンネルから抜けて爽やかな風がおいらたちを出迎えてくれる。

海の景色はこの道が山を迂回するルートのため、木々に阻まれ、水色のまだら模様と化していた。

ドライブってのも、結構楽しいもんだ。

「って、聞いてた?今の話?」

「え、ああ。すみません。もう一度お願いします」

ついつい、運転に夢中になっていて、聞き洩らしていたようだ。

イヤホンからは息を吐く音が聞こえる。

「はあ、全く。しょうがないわね。三つ目、養成学校は確かにあったけど、義務教育もあったし、全然非人道的な感じの施設ではないわ。

創作やら見まくってるあんたの偏見とは全く違うってわけ。そもそも入学は代々エージェントの家系じゃないと入れないことになってるのよ」

エージェントの家系、ね。

まああまり突っ込んでも野暮だ。

どうせおいらとは縁もゆかりもない事柄なんだからな。


 「で、あんたはどうなのよ」

藪から棒にメスガキはそう聞いてきた。

「どうとは?」

「出自とかよ」

「特に普通ですよ。義務教育を終え、高校卒業、大学に入って中退。就職活動を始めるもなれずにニート。現在はハローワークに言ってると親に

嘘をついて引きこもり生活。なんら普通の人間です」

「社会のごみじゃない」

「個人の主観で決めつけるのはよくないですよ」

こういう暴言は言われた直後だと普通に返答できるのだが、後々になって効いてくる部類だということをおいらは知っている。

ああ、数時間後が怖い。

「いやいや、親に嘘つくのはよくないでしょ」

正論だ、しかし。

「親が元々自分とは見合わないくらいの高いレベルを望んできたのが悪いんですよ。結果いい大学には入れたものの、燃え尽き症候群に

なって退学。おいらも自分に見合ったレールの道を歩みたかったものです」

「そんなのあんたの努力不足じゃないの。よくないわ、そういう言い訳」

「…一般論でおいらをいじめるの、そんなに楽しいですか?」

「いや、そういうこと言ってんじゃないのよ。責任から逃げるような習慣は控えた方が身のためって言ってんの」

「あんたはおいらのなんなんだ?」

「………あ?」

胴体がボンレスハムのように締め付けられる。

「なんですって?」

「……お前においらの苦しみのなにがわかるってんだ」

「お前、って、なによ」

体が縮まらないことを知らない。

だがおいらは自分なりにプライドがある。

それをなくしてはおいらはおいらじゃない。

「ふん、百歩譲って上司ってのは良い。だがお前はおいらのお母さんでもなければ保護者でもない!人の生きざまをそう簡単に指図するな!」

「………っっ!!」

何も言い返せないようだった。

しばらく気まずい沈黙の幕がおりた。

「で、でも、わ、私だって!」

何か言おうとしている。

もう反応する気にもなれない。

「わ、私だって!あ、あんたの!」

上司という言葉はもう封じてある。

もはや何もいう事は出来ない哀れなメスガキにおいらは沈黙を持って返す。

「あ、あんたの………」

必死に言葉を探しているのかそれ以上先は出てこないようだ。

「は、は、はっ!」

犬のように息を吐くような音。

それは声を発しているのか息を吸い込もうとしているのかわからなかった。

だがそのうちに

「知らないわよっ!そんなの!」

と背中を殴打するとともに、マイクをしているにもかかわらず大声を出した。

耳と背中、その両方が刺激されたおいらはあと少しのところでガードレールにぶち当たる所だった。

「バカじゃないのか、何をする!」

「そ、それはこっちのセリフよ!何言わせようとしてんのよ!」

別に何も強要してなどいないのだが。

まあいい。

メスガキなんて所詮こんなもんだ。

「あんたがそこまでひねくれたニートだなんて知らなかったわ」

「へいへい、上官様は夢想家であらせられて」

「………っっ!!」

その刹那、金的にとてつもない負荷がかかった。

「うおっ!」

「もうしらない!もう一切私に喋りかけないで!」

だからって男の急所をいたぶることはないだろう。

全く、困った奴だ、ほんとに。


 港町、おいらも子供の頃一度来たことがある。

そして二回目がまさかの電波な少女と来ることになるとは思わなかったが。

ツーンとすねながら、人混んだ町中を先導して歩くメスガキ。

その目は持っている機械、おおよそGPS発見器に向けられていた。

一見して歩きスマホに見えなくもないその体勢は、とても危なっかしく、せめて人のいない場所でやってくれと思う。

「ほら、危ないから手をつなぎますよ」

といって手を差し伸べても、ツーンとそっぽを向いて、先へ歩いて行ってしまう。

これだからガキは。

だがこんなことでいちいち頭を悩ませていたら、これからの旅で身が持たないだろう。

やれやれ、ファーストキスなんてもらうんじゃなかった。


 半径百メートル丁度でメスガキを追跡していくこと十分。

もう既に船は来ているのだが、乗客はまだ乗れない様子だった。

なのでそのメスガキがついに足を止めた先のカフェに敵がまだのんびりコーヒーをすすっているとしてもおかしくはなかった。

「おい、ここに敵がいるのか?」

「………」

このおいらの耳のイヤホンは何のためにあるのだろうか。

無用の長物、という言葉を頭に浮かべながら、おいらに構わず店内に入っていくメスガキに追従し前に進む。


「アイスティーを一つ」

「じゃ、おいらもそれを」

おいらはメスガキと同じテーブル席に着く。

すると眉をひそめてこっちをみるや、はたまたお冷の水滴でテーブルに何か書くような真似をし始めた。

ガキくさいな、と思って無視してたが、そのうちに足をけってくるので、見てやると

「い っ し ょ に す わ ん な」

とわざわざこちらから見えるようにさかさまに書いた文字があった。

器用だなと思いつつ、こちらも対抗して

「す ね る な よ」

とあちらから見えるように書いてみた。

「す ね て な い ! !」

顔を真っ赤にしてもはやぐちゃぐちゃの蛇文字をようやくにして解読するとそんな風なことが書いてあった。

やれやれ、ほかにも客は入っているんだ。

ちょっと注目され始めてきている。

おいらはいい加減そのガキのような真似をやめ

「いいから普通に話しましょうよ。で、いるんですか、ここに」

と言ってみる。

「い る」

素早く書かれたそれは確かに暗号としては適していると思った。

だが、めんどくさいという思いの方が先走った。


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