第一話
画面に映るは漆黒。
たまにつやのある女子の肌が見え隠れもするが、すぐ闇に染まる。
ずっと映せば、盗撮になる。
これはいけない。
おいらは犯罪だけは嫌なのだ。
両親にバレてしまえば仕送りもなくなり、ニート生活も幕を閉じることになる。
このおんぼろアパートの家賃だってそうそうコンビニバイトごときでは払えるものではないのだ。
今まで思う存分膨れ上がらされた性欲、それは合法という名のもとにおいて清算される。
したがっておいらは綿密に計画を実行する、合法的に性欲と鬱憤をため込ませてきた隣に住むメスガキを黙らせるほどの証拠をこさえることで。
さて、そろそろ頃合いか。
編集した動画は200ギガバイトにも及ぶ。
反射して悪だくみをする寸前の悪党の顔が映るスマホの画面。
罪悪感?児童福祉法違反?
ふ、なんだそれは。
まだ理不尽な社会で叩きのめされてニートになったこともないケツの青いガキにそんな法律などわかるものか。
余裕の、境地。
おいらはこれから隣に住むメスガキに見せる自分が編集した動画を再確認してみた。
「ふん、死んじゃえば?」
甘ったれた声、クソガキだ。
何回聞いても腹が立つ。
ああ、何度腹に拳を入れ込んでやりたいと思ったことか。
そして完璧に服従させて「ご主人様ぁ、すみません」と言わせようとしたのをどれだけ我慢したのか。
ただの強姦では相手も不服従だし、最悪通報されるかもしれない。
その自制心のみに基づき、おいらの精神はもはやありんこ一匹レベルの小ささまですり減った。
ロリっ子の萌え声にただただ罵倒されるというのは存外きついものだ。
それを趣味とする変態もいるそうだが、おいらはこれでもプライド高きニートなのだ。
年齢が自分よりも一回り小さいガキになめられるなど断固として許せんのである。
しかしそんなトラウマをよみがえらせ、まだ動画が始まって一秒もたってないのに閉じるなんて逃避行為はしない。
おいらは耳に栓をしたくなったが耐え、再び一時停止された動画を再生する。
「へっ、あんたのその間抜け面、便所とツーショットがお似合いよ」
とある魔法学校の名作を片手に何をぬかすかっ、このクソエロロリガキめっ!
…いかんいかん。
もう終わった過去の出来事に対していちいちキレてどうする。
ふっー、と胸をなでおろす。
心を浄土させる方向へと精神を集中させる。
「きもーい、その年でパソコンでエッチなゲームとか、生まれる意味あるの、あんた」
編集したのは自分だ、が。
この動画を作っている時は、何度も何度もパソコンから逃げたものだ。
くそっ、つらい。
別に見返さなくてもいいんじゃないか?
一瞬血迷ったが、その燃え滾った下半身は続けろと叫んでいる。
仕方なくロリ声にカタルシスを感じる息子に従い、耳から手を離す。
「あー、童貞くんだっ!きっしょ~!しねしねしねぇ!」
「もう、限界だ」
立ち上がるおいら。
ついでに息子。
ピンポーン。
軽快な音が響く。
「あ、童貞糞野郎。なによ、気持ち悪いからさっさとインターフォンの前から消えてくれない?きゃはははは」
けたたましい声がおいらの耳を汚す。
「うるせえ、はようドア開けんかい、ぼけ」
一瞬、間があく。
「なによ、その態度。警察よぶわよ」
立場がわかってないようだ、バカめ。
「おいらこそ、今すぐにでもここから警察に言って、お前を豚箱にほおりこんでやってもいいんだぞ」
「…どういう意味よ?」
おいらはそれには答えない。
「ここ二週間というもの、おいらの生活はボロボロだった。お前が隣に越してからというもの、
勝手に部屋に入り込んで、飯は喰らい、罵倒し、挙句に窃盗。決まり文句はこれだったな、
『通報したら逆に監禁されてたってチクってやる』だったか?
あめえんだよ、あめえ。
このクソガキ中坊が。
おいらはここに証拠をこさえている」
胸ポケットのこんもりとしたところを指さして、インターフォンのカメラに見せつける。
心なしか唾を飲み込む音が向こうから聞こえてきた。
「いいか、例えば、これだ」
そしておいらはスマホを取り出し、先刻の動画を見せつける。
「いいか、これは一部に過ぎない。これは例でいうところの誹謗中傷ってやつだな。それに窃盗のときの現場はきっちり指紋も動画も取ってある」
これは嘘だ。
実際面倒くさくてやっていない。
この動画は脅しをよりリアルに見せかけるための「ふかし」に過ぎない。
「………」
画面向こうはずっと無言。
畳みかけるならここだった。
「いいか、もう一度言うぞ家にあげろ。さもないと今すぐUターンして交番に…」
ガチャ。
その時、不貞くされた中学生女子の顔が目の前に現れた。
黒髪ロングの150cm、そして二重のぱっちりとした目に胸はまな板と言えるほどの貧相具合、
しかし尻と太もも、すなわち下半身はそれなりに出来上がっていて、なかなかに鑑賞具合があるほどである。
また顔は今日も今日とて口惜しいが素晴らしく「美少女」だった。
そのメスガキはだぼだぼの白Tシャツに黒のミニスカートを着こなし
ジト目で俺を睨んで腕を組み、立っていた。その細い眉は吊り上がっている。
彼女いない歴二十二年。
初めて訪れた女子の家、その女子の年齢が中学生とは泣きたくなる。
だが、そんなことは木っ端としておいらの脳内から消え去った。
「な、なんだこれは」
玄関からリビングへの渡り廊下。
「なに立ち止まってるのよ、キモオタ。さっさと来なさい」
と前方のクソガキ。
いや、言われなくても行くのだが。
それにしてもこの匂い、火薬だ。
ということはこのおいらの横にぶら下がってかかっている無数の銃や手りゅう弾のようなものは………
考えないようにしよう。
黙って歩いて三十秒。
廊下の先にある一つの扉をメスガキが開く。
唖然。
廊下よりももっとひどく非現実的な風景がリビング、いやもはやこれは戦場の武器備蓄庫に等しい所に広がっていた。
「なんだこの物騒なものものは」
「なんだと思う?」
不敵に振り返って笑うメスガキ。
メスガキはドカッとその中央に据えられるソファに座り込んで、
ふっーと天井へ息をふく。
なんだそのデカい態度は。
おいらはただただ唖然としてつったっていたので、メスガキの大胆な態度にたじろぐ。
もしかしてこいつ、おいらを殺すつもりなのでは。
「………はっ」
つい声が出てしまう程の衝撃がおいらを襲った。
メスガキが天井に顔を向けるので、おいらもついつい追従して見上げるとそこにも銃火器や手りゅう弾、とにかく物騒な物々がぶら下がっていた。
尋常じゃない。
それだけははっきりしている。
ついでに周りを見渡すは、窓一つなく、これ以外に部屋は廊下をじろじろ見渡して歩いていた限りなさそうだった。
構造はほとんどおいらの部屋と同じ。
だが、窓がないというのは少し不自然に見える。
また物騒なモノが辺り一面に広がっていないことを除けば一般的なアパートのワンルームに思えた。
小さな台所に一つのベッド、備え付けだろうか、冷蔵庫。またソファの目の前にカーペットとその上にちゃぶ台が一つ。
バスルームはなさそうだった。
にしてもこのメスの匂い。
女というのは体を洗わなくてもこんなにエロ、、じゃなかったいい匂いをだせるのだろうか。
いや、近くのスーパー銭湯にでも通ってるのかもしれないな、おいらと同じく。
それにしても、後ろについて歩いている時にどんなに襲い掛かりたいと思ったことか。
どんなフェロモンだ、全く。
………はっ、そういえば。
すっかりここに来た当初の目的を見失うところだった。
こいつを問い詰めて、従順になるまで犯すんだったな。
「………っ」
いや、ここで下手に動けば射殺されるかもしれない。
変なことを言うなんてなおさらだ。
ここは相手の出方を待とう。
誰ともなく止められたわけでもないのに二の足を踏むおいら。
小心者、と心の中で自虐してみる。
しかし残ったのは虚しさだけだった。
おいらはビクビクとしてその辺のなんてことないリビングの床も何かしら仕掛けがあるのではないかという疑念を抱きつつ、
慎重に足で擦って確かめ、そこに胡坐をかいて
ちゃぶ台を通してメスガキの対面に座り込む。
スカートの中身がいい位置で見えそうで、なかなかに惜しく暗闇に隠れている。
しかしそのトライアングルゾーンの神秘感がますことにより、性的興奮はより一層確実なものにへと昇華した。
理性を保っておかないと、ついつい下半身のイチモツをしごいてしまいそうだったので、目線を右往左往させてあまりそこに集中させないようにした。
「目線がキモい、ほんとあんたって変態、、ね」
目線は上にあるのにどうしてそんなことがわかるのか。
語尾のやけに主張された、「ね」がまた一段とウザさを増していた。
「ち、違う!俺は変態じゃない、変態という名の紳士………」
「はいはい、ネット用語でイキりたがりのクソニート乙」
「………」
いや、これは歴史ある週刊少年漫画雑誌の有名作のセリフであって、
決してアフィリエイトサイトに話題として挙げられた記事に影響されたわけなんてことは一つもなく……
「心の声が漏れ出てる、キモい」
「はっ」
思わず口を覆う。
「やれやれだぜ」
ここはひとつクールに場をおさめることにした。
「声が全然似ていない。死ねば?」
というかさっきから死ね死ねと、うるさいのである。
って、あれ。
ソファからとっくにメスガキは消えていた。いつのまに。
どこにいったのだろう。
そう思ってまた視線をあたりにさまよわせる。いた。
にしても変な体勢だ。
壁に耳を押し当てて、また膝立ちで尻を突き出している。
なんだ、誘ってんのかこいつ。
一瞬のうちに立ち上がり、歩み寄ろうとすると
「Stop!Stay still there!」
小顔のロリ顔から想像もできないほどの恐ろしい剣幕、そしてトーンダウンしているが必死さは伝わる声を早口でまくし立てて、
おいらに手で制止するようなジェスチャーをしながら言ってくるものだから
思わず座り込む以外どうしようもできなかった。
気づかなかったが、なにやらメスガキはブツブツと小声で独り言をつぶやいているようである。
「No way! But,you never fail to impress......,however,however!That's too fast!」
結果として、英検準二級を四回滑って、三級の実力しか持ってないおいらにはその英語の聞き取りはあまりにも過酷であり
つまるところなにを言ってるのかさっぱりだった。
なんでこう、英語ってのは早口なもんかね。
もう少しゆっくり喋れ、と少し腹立たしい気持ち。
「おい、なんだよ、なにしてんだよ。人を変態という割にはお前も随分なもんじゃねえか」
そのうちに秘めていた思いは伝染し、言葉にも乗り移っていた。
なので女子中学生に言うには少し強すぎる語気へと化していた。
「ねえ、あんた、いつも懐にお気に入りのエロゲを忍ばせるっていうキモい趣味があったわよね」
お構いなしに質問を聞かず、逆に質問を返してくるといった大胆ぶりを目の前の女子中学生は披露してきた。
しかもいつの間にか壁に引っ付くのをやめ、俺の目の前にいるといった素早さ具合、
い、いや、そこまで顔を近づけられると、ちょっと……うぅ、童貞な自分を呪う。
「ねえ、どうなのよ、って聞いてんのよ」
それにしてもこの必死さはいったい何なんだろうか。
まぁ、別にこれくらい教えてやってもいいか。
銃でいきなり撃たれても困るし。
「あー、今日は持ってないな。ほらこの通り」
そう言いながら懐を開けてみせる。
「最近、暑いもんだからよ、流石にここのところ、常に身を離さずってのは難しかったな。にしても今日が初めてだが」
そう言い終わらないうちだった。
「ばかっ、死ねっ、しねっ、しねっ!」
途端においらの事を殴ってくるメスガキ。
な、なんだこの力は。
えげつない打撃、よほどその痩躯からは想起しがたいほどの拳の威力。
「い、痛い!痛い!」
「しねっ、しねっ、しねっ!」
く、くそ、やられっぱなしかよ。
激しいラッシュに身もだえる。
そして相手の様子をチラリと伺う。
………え?
一瞬おいらは当惑した。
な、なんで…
なんで、殴っている方が泣いているんだ?
しばらくずっとマウント状態になって殴られていた。
もはや痛みも感じないくらいにおいらの頬は腫れあがっていた。
抵抗しようという気は全く起きなかった。
その理由の一つにまず勝ち目がいかんせん微塵もないように思えたのがある。
二つにその感情よりもなぜ加害者が泣いているのかというのが脳裏に先走っていたからである。
おいらは親の仕送りをほとんどエロゲやパソコン関係、つまりサブカル系に投資していたため、
ある程度こういうシチュエーションは慣れていた、デジタル方面で。
これは、そうだな、エロゲではないがノベルゲーのとある有名作の冒頭がこんな感じだったな。
ああ、またやりたくなってきた。
あのシチュエーションではバットだったな、確か。
拳でよかった。
と、ニヤニヤ笑いを浮かべていると
「何笑ってんのよ、この変態!」
と見とがめられ、拳の威力は増幅。
確かに笑う状況じゃなかった。
危ない危ない、また神妙に殴られる状態を確保せねば………ってそうじゃないだろ。
「おい、これいつまで続くんだ」
「私の気が住むまでよ、バカ」
つまりこいつの気まぐれで二日くらいこの状態が続くこともあれば、あと数秒後に突然終わる可能性もあるってことか。
冗談じゃない。
「何か、お前の気に触れたのなら謝るよ、だが思い当たらないんでなにも言えないってのが現状だ」
「………」
まるで聞いていない。
「おい、聞いてんだが」
「………」
「……ったく、これだからクソガキは困る。一生そうしてろ、バカがよ」
「なんですって!?」
ちょ、悪態をついたらこれだ。
良い耳の構造してやがる。
「ああ、いくらでも言ってやる。ガキには付き合えねえっての」
「………っ!!」
ほら、このくらいの煽りで顔を真っ赤にさせやがって。
とどめに言ってやる。
「ガキの本性極めけり、ってやつだな。その真っ赤な拳と顔はよ。けっけっけ!」
「……じゃあ、あんたは大人だってのね?」
思ったより効いたのか、体を震わせ、口角をこれでもかという程に引きつらせて問うてくる。
ひとまず、暴力をやめてくれたのはよしとしよう。
さて、余裕が生まれてきた。
ここはひとつ、見栄を張って堂々と。
「あだぼうよ、お前みたいなガキンチョと違ってな、おいらは大人だからな。どんなことが起きてもCHARA,HECCHARAよ」
ついでに自分の胸を握りこぶしでどんと叩いておく。
「………ふーん、本当ね?」
そこまで眉毛を吊り上げることもなかろう。
悔しいなら悔しいとはっきり言えばいいのに。
まぁ、ガキだからな。
それも仕方ないか。
「ああ、そうとも」
「それがたとえ死線であっても?」
何を言い出すんだ、今度は。
中二病か?
しかしおいらも人の事は言えない痛々しい過去を持っているからあまり責めることはできない。
「ああ、勿論さ。ノールックで敵なんかイチコロだね」
おいらは背中にも目を付けているからな、背後からの忍び寄る反連邦軍のロボットなんか朝飯前、と付け足そうとしたところに
「わかったわ、じゃあ見せてもらおうじゃない、その大人とやらを」
チュっ。
「これはご褒美も前貸しよ。べ、別にあんたの事がすきってわけじゃないんだからね!」
初キスだった。
しかもマウストゥーマウス。
はえー、こんなに体があったまるものなのか。
「ワンモア」
人差し指を天井に突き出しながらせがんだ。
「だめ、あくまでこれはご褒美なんだから」
「ワンモア」
おいらはとてもしつこい性格だった。
「うるさいっ、キモいのよ、このオタク!」
げしっ。
鼻孔をくすぐるはファーストキスの相手の足の裏の匂い。
「な、なにをする!」
「うるさいうるさいうるさい!こっちだってファーストキスなんだから二回もなんて強情が過ぎるわよ、このばかっ!」
え、な、なんだ、そのとても胸に来る情報は。
初恋とファーストキスが中学女子だなんて、おいらも耄碌したもんだ。
しかしその記念すべき瞬間が顔に足を踏んづけられている状態というのはいかがなものか。
だが、相手が美少女っていう事なので、おいらは胸をなでおろすことにした。
よっこいしょういち、と。
おいらは立ち上がろうと膝立ちになるも、まだ地面をおいらの顔だと勘違いしているメスガキに
「おい、マイハニー。この足をどきたまえ」
と優しく言ってあげるも
「だぁれが、マイハニー、よ!」
「ごふっ」
腹にとてつもない衝撃。
おいらの体は宙を舞い、そしてその数秒後、壁に叩きつけられていた。
「勘違いするんじゃないって言ってんでしょ!別に私はあんたのことなんか好きでも何でもないんだから!」
「じゃ、じゃあなんでそんな急にキスなんてしたんだ!」
せき込みながらおいらは申し立てまつる。
「決まってるでしょ!あんたはこれから私の盾となってもらうの!」
「………は?」
「だから、あんたはこれから私の手ごま!というかもとからあんたが生み出した問題なんだから、あんたが処理すべきなのよっ」
電波な少女はエロゲで散々慣れていたが、リアルだとかなりきついってことがわかった瞬間だった。
「すまん、なんだって?もうちょっと丁寧に順を追って説明してくれ」
目じりを抑えつつ、聞いた。
「だぁから、あんたはこれから自分のエロゲを取り返しに行くのよ」
「……は?」
「で、その時に、もしかしたらあんたは死ぬかもしれないってこと」
「………」
「いい、わかったら返事よ」
「………」
わからなかったので無言。
「ふん、コミュ障陰キャなんだから。まぁいいわ」
いいのか…随分気分屋な奴だ。
「じゃあこれから早速あんたのエロゲを取り返しに行くから、
あんたは自分の部屋に戻って実用品をできるだけバックに詰め込んでもう一回ここに来なさい。それと私の事はこれから上官と呼ぶこと」
声高々に、そしてそれで説明はしきったといわんばかりの満足気な顔をする「上官様」を残しておいらはそそくさと部屋を立ち去った。
いくら顔が良いったって、あんな頭のおかしな奴とは…ちょっとがっかりだ。
やれやれ、ファーストキスをもらっただけよしとするか。
もう隣の部屋はこれで金輪際訪れることなどないに違いない。
というか、当初の目的はもう闇に葬られているのだが、まあキスはできたわけだし、いいか。
それにあんな気がおかしいやつとこれ以上一緒にいると、おいらまでおかしくなっちまう。
溜息をつきながらドアを開く。
「………なんだこれ」
おいらの、部屋、だよな?
構造としてはメスガキの部屋とほぼ変わらないおいらの部屋はまず壁に無数の穴が開いていて、またリビングの扉は風穴が出来上がっていて
玄関のここからでもリビングのテレビが覗かれる。
そのテレビには割れの後が見られた。
おいらは別に自分の部屋を壊して快感を得る趣味はもっていない。
つまりこれは異常事態。
背中に冷たいものが一筋流れる。
ここでさっきのメスガキの言った言葉がなんだか現実じみるように思えてきた。
なにか、ヤバいことがおいらの周辺で起こっている。
一応五年も暮らしたのでそれなりに愛着の沸いていたこの部屋の無残たる姿をこれ以上見たくなかったので
とりあえずメスガキの言うことに従ってさっさと部屋を出た。
「おい、おいらの周辺で何が起きているんだ!」
瞬く間にメスガキの部屋にカムバックしてきて早速扉を開くなり、そう叫んだ。
廊下を走って流れるように扉を開いた先にはさっきと同じ風景が広がって………いなかった。
鼻先には銃口。
今度は違う事柄で叫びそうになった。
銃を構えるメスガキはこれ以上ない位の真剣なまなざし、本当に引き金を引きかねないくらいのシリアスさを醸していたが、
いずれおいらの顔を視認するや否や
「いやーごめんごめん、突然の来訪者に慣れてなくてね。でも気を付けなさい、また次にそんなことをした場合、
今度は言葉も発させないうちにうっちゃうかもしれないから」
笑いながら銃口を下ろした。
冗談じゃないし、笑えない。
おいらの顔の血がさめていくのがわかった。
ってなにを怖気てるんだ、自分。
ひとまずメスガキは殺す気はないらしいのが分かったんだから自分に関することを執拗に問い詰めよう。
「おいっ、おいらの部屋の惨状!アレはいったい何なんだ!」
「両肩を掴むな!暑苦しい!それに上官を捕まえてため口とは何事か!」
「うるせえ、メスガキ!」
「メッ、メスガキですって!?」
「そうだ、メスガキ。はよう答えんかい!」
「私の事は上官、って呼びなさいって言ってるでしょ!」
「うるせえ、メスガキっ!」
「………上官って呼ばないと教えてあげなーい」
ちっ、いちいち仕草がガキっぽいやつだ。
実際ガキなんだからしょうがないか。
「ふん、わかったよ。上官、何が起きているのか教えてくれないでしょうか」
「肩を離して言いなさいよ、ばぁか」
思わず舌打ち。
だが聞こえなかったようで、ニマニマしながらこっちを見てくる。
ふん、ご機嫌だな。
「上官、自分の周辺で何が起こっているのかご教授願います」
「あっはっはー良い気持ち!へっへっへ!その真面目ったらしい顔!ぜーんぜんにあってないわよ!きゃっはっは!」
ここで世界中の活火山が噴火したとして、おいらはそれに対して全くもって関心を払わないであろう程の憤怒が込みあがってきた。
「このメスガキっ!」
組み伏せてもう一度キスして大人の怖さを思い知らせてやるっ!肉弾戦なら………
「ふん、バカね」
「なっ」
体格差は確かにあった。おいらは一応百八十センチの八十キロというそれなりにガタイはよかった。
だが、それもいとわないほどの武術、いや合気道、はたまた柔道だろうか。
おいらの力はいともたやすく流され、逆にその自分のこわばった体、体勢を利用され地面に放り投げられる。
そして締め技。
「う、、がっ!」
昔柔道部のやつらにいじめられて、気を失った記憶がフラッシュバックした。
「わかった!すみません、上官!わたくしが悪かったです!どうかお慈悲を!」
「あっひゃっひゃっひゃっひゃ!言えるんじゃない!でもお仕置きだから気を失わない程度にしめてあげる!」
このクソガキ………だがここで怒りをあらわにしてさとられてもいけない。
「ほらほら、嬉しいでしょ、こんな美少女にしめられるなんてさ!」
「自分で美少女って言う奴ほど不細工な奴はいねえよ、カス」
あ、つい口に出てしまった。
ほ、ほら、ば、バカなことをやったな、自分。
段々込められる力が強くなっていくだろう?
「なぁ、な、ななな、なんですっててぇぇぇえええ!」
「ぐええええ!!」
しかし、ここまで力が強くなるとは。
つい声が出てしまう程だ。
「いいわ、そ、そんなに締められるお仕置きが好きならお望みの通りにやってあげる!」
「ちょっ、すみません!本当に、それだけは勘弁を!」
「問答無用!」
「ぐえええええ!メスガキィィィイ!ィィ………」
断末魔をあげるに等しい壮絶な痛みが首付近を襲い、おいらの意識は徐々にフェードアウトしていった。
「わったしのこっとは~?」
「…上官様」
「ちっがーう、もう一回。わったしのこっとは~?」
「チッ、上官様、です」
ぱちーん。
乾いた音がおいらの頬から響き渡る。
「ねーねー、上司に向かって舌打ちをする部下がいるかしら?」
「………」
「へーんーじ!」
パチン!
「はい、いません」
「そうよね、そうよね」
「………」
「じゃあもういっかーい」
「………」
「…んーとねー、上司に向かってメンチを切る部下がいるかしら?」
「たくさんいるでしょう」
パチン。
「んー?」
「いえ、いません」
「そうそう」
「………」
「じゃあもう一回ね。私も疲れたから早くこれ終わらせたいものだわ」
「………」
「上司の言うことはー?」
「…絶対です」
「せーいかーい。じゃあわたしのことは~?」
「上官様です」
「おぉー!すごーい!はじめてできたねー!よしよし、撫でてあげる」
この聞きしに勝る拷問はかれこれ二時間続いた。
上記の会話は終わる直前のたった数分を切り取った出来事に過ぎない。
このクソガキ、本当に鬼である。
自分の期待した回答ではない場合、無慈悲にビンタ、それも強烈なのを。
またおいらは床で正座、メスガキはソファの上で優雅に足組という位置関係すらこの徹底ぶり。
こんなひねくれた性格、若いうちから修正した方がいいと思うが、そんな優しい気がいをこいつに見せるには少々嫌な出来事が多すぎた。
「いやー、調教もようやく終わったわねぇ」
と言ってご満悦な笑みで伸びをするメスガキ。
少しでも胸があったら少しは目の保養になるというのに。
「目線はいやらしいわよ。また、さっきのやる?」
「いえ、滅相もございません。上官の自意識過剰かと思われます。私はただ単に窓を見ていただけであり………」
「この部屋に窓はないわよ、ばか。まあいいわ、少しは目をつぶっておいてあげる」
とことん上から目線でいきたいらしい。
ふん、精々枕を高くして眠れると思うなよ。
「じゃあ、調教も終わったことだし、これからの事について少し話しておきましょうか」
言い終わったメスガキはおいらに顎でしゃくって何かを合図する。
と、そんな身振りで示されても。
信頼関係が構築どころかむしろ消え去る寸前のおいらたちに何が伝わると思っているのだろうか、このクソガキは。
もしかして小学校の頃の友達百人計画という幻を妄信していてまだなお、頭にこびりついているのだろうか。
だとすれば気の毒だ。
だがそんな哀れみの感情は面に出さずおいらは素直に疑問を口にする。
「あ、あの。な、なんでしょうか?」
「んー?だぁ、かぁ、らぁ。これから込み入った話するんだからコーヒーでも淹れてこいってんのよ」
「………承知しました」
コーヒー、ね。
タバスコでもこっそりいれてやろうか。
というかそもそも飲めるんだな、こんなクソガキでも。
おいらは床のそこらに散乱している銃の隙間をまたいでキッチンへ足を運んだ。