準備の準備
翌日。
いや、3人が3人とも、その日は零時を超える時間までベッドに入らなかったので、より正確には、その日の朝。
3人は欠伸を噛み殺しながら教室に入り、朝のホームルームに入る前の休み時間中に少しだけ、次朗の席の周りに集まることになった。
「おはよーぅ」
ほぼ同時刻に教室に入った幸平と由香は、既に次朗が自分の席についているのを見て、カバンをそれぞれの机に置き、なんとなく次朗の席に向かった。
いかにも眠そうな声で2人に挨拶をしたのは由香である。
「はよー」
「あよぉー」
どちらもそれなりに眠そうな返事を返す。
「どうよ、何かいい方策でも思いついた?」
「まぁねぇ」
次朗の問いかけに対して自信ありげに答えたのが由香。
「ふぅん、どんな感じ?」
「それは企業秘密」
由香は半歩下がりながら笑って言う。
「幸平は? お前のことだから何か考えてるんだろ?」
「まぁ、なくはないけど」
「それも企業秘密?」
「うん、まぁ、そういうことにしておこう。どうせ次朗も同じだろ」
次朗もそこで笑い、男子2人の友達がそこでやってきたので、その会話はお開きになった。
*
どうも、作者winxです。
当然のことかもしれませんが、3人とも手の内は見せないようですね。
さて、ゲームに向けて今日一番頑張らなければならないのは、テスト問題と配点の傾向を研究するために、テスト作成者の先生を調べる必要のある次朗です。ということで、今回は次朗にピントを合わせながら、3人の行動をカメラに入れていきまましょう。
学校によっての違いはあるでしょうけれど、テスト作成者の先生というのは、ある程度秘密にされることが多いのでは? 自分の出身中学校では、先生が自らバラしたりすることもあれば、「それは教えられん」と一蹴されることもあり、先生によってその態度はまちまちでした。
さて、次朗達の学校ではどうでしょうか?
ではまた。
*
ホームルームが終わった次の一時間目、次朗にとって都合の良いことに、教科は国語だった。
始業のチャイムが鳴り、ちょうどのタイミングで、担当の斎藤教諭が教室に入ってくる。
直接訊くとい選択肢も無しではないが、幸平や由香に作戦を悟られないに越したことはない。そう考えると、授業中に堂々と質問するのは、良い手段とは言い難い。その点についてどうしようか、次朗は迷っているところだった。
「えーっと、とにかく中間試験の3日前くらいまでには、範囲まで進めたいな。……どうだろう、間に合うかな。まぁ、とにかくやっていきます。昨日の続きだね。この前配ったプリント、出してー」
先生が教科書を開きながら言った。
「先生、その前に昨日のトコでちょっと質問があるんですけど…」
由香が先生の言葉を遮った。
「お、なんや? テスト前だからって張りきってるな」
「まぁ、そうですねー」
教室に笑いが広がった。由香はもともと、こういうキャラクターである。
やはりテスト前ということで、いつもとは多少、授業を受けるクラスメイト達の雰囲気が違うように感じた。
特に、いつもよりも質問によって授業が中断される頻度が高い。次朗は授業中に限らず質問をするということはほぼないが、幸平はほぼ毎日、合計で三回以上は質問している。その幸平の質問量もいつもより多い。
しかし、何より注意を引いたのは由香の質問量だった。テスト前に限らず、由香はこんなに授業中に口をはさんでいくタイプではない。
(幸平はいつも通りって感じだけど、由香がこれだけ質問するっていうのは珍しいな)
次朗は右手でシャーペンをくるくると弄びながら、そんなことを考えていた。思考を巡らせながらも、先生が、テストを作るのが誰なのか、口走ったりしないかどうか、耳はずっと敏感に働せている。
また由香が先生の言葉を遮ったところだった。
そんな調子で授業はとぎれとぎれに進み、終了の2分前になった。
「んー、やっぱりこの調子でいくとちょっと危ないなー。次回からはちょっと、急ぎ目にいきますよー。間に合わせないと藤田先生に怒られるからねー」
「ん……」
授業の終わりが近づき、集中力を失いかけていた次朗の耳がそれでも反応する。
「テスト作るの、藤田先生なんですか?」
この訊き方ならば、他の2人にもあまり怪しまれないだろうと計算した、次朗のその時間中初めての質問。
次朗の作戦を知らない幸平と由香としては、特に不自然を感じることもなかった。
(まぁ……良く考えれば、作戦を知られてもそこまで、困りはしないんだけどな…)
次朗はそう考えた。
斎藤先生が答える。
「ん、ああ。言っちゃったか。うん、そう。でも一応、秘密にしておいてね」
先生が笑いながら言う。
「…どうも」
クラス全員の前で「秘密にしておいてね」もないだろうと思ったが、一応頷く。まぁそれに興味がある生徒も少ないだろうし、他クラスにばれたところでそんなに利害が起きるわけでもないだろう。斎藤先生はその辺、軽く考える人間のようだ。
何はともあれ、こうして次朗は、国語のテストについては第一段階を通過した。
国語については、次朗にとって運がいい要素が重なって簡単に情報を得たが、英語は逆に、次朗にとって芳しい状況ではなかった。
そもそも、その日は一週間で唯一、英語のない日だった。
(まぁいっか、英語は明日訊いて見てもいいし)
(でも、とりあえず職員室に行ってみようかな。斎藤先生もあんな風だったし、聞いてみれば案外サラっと教えてくれるかもしれない)
そう考え場がら次朗は昼食を終えた昼休み、教室を出た。その時に幸平の机の後ろを通ったが、彼は英語の教科書とノートを広げていた。英語がない日であるにも関わらす、勉強のために持ってきたらしい。
足を職員室に向け、廊下を進む。
テスト期間中は、教師達が作っているテスト問題を生徒が見てしまうことのないように、職員室への生徒の出入りが禁止される。生徒たちは部屋のドアを開けたところで、用のある先生の名前を呼び、先生の方から来てもらうしかない。
(そこまでして「テスト問題作る先生誰ですか?」とか、訊きにくいな……)
そういう考えに思い至り、足を動きがスローペースになる。
(どうしようか……)
教室まで戻ろうかと、足の向きを変えた時。
(あ、待て)
英語の担当の大谷先生が1年4組の担任であることを思い出し、目的地をそちらに変更。
もう給食の時間は終わってしまっているから、まだ教室にいる可能性は低いけれど、行ってみる価値はある。道中で出会うかもしれないし。
案の定、階段を降りていく途中で、正面から昇ってくる大谷教諭に遭遇した。
「あ、大谷先生。ちょうど良かった」
「ん、おお里崎。どうした?」
「ちょっと訊きたいんですけど、中間テスト、英語は今回誰が作るんすか?」
単刀直入に訊いてみる。
「あー、悪いけどそれは教えられんなー」
「……そうっすか」
「まぁ、一応秘密にしとくってことになってるから。悪いなー」
「じゃ、先生が英語の時間に口を滑らせるのを期待します」
次朗は冗談混じりにそう言ったが。
「お、じゃあ気をつけることにしようかな」
言わなければよかったと後悔した。
教室に戻って、昼休みの残りの時間は友達と喋りながらも、問題となってしまった英語の対策を考えながら過ごした。
(んー、なんとか、ならないかなー)
あの分では、大谷先生が口を滑らせるもの期待できないし、他の先生に訊くって言うのはちょっと、やりづらいし。
次の時間は体育。バレーボールだった。
その日、次朗が家に帰ることには、一つの対策を思いついていた。さっそく、昨日の夜も手にしたテストファイルを取りだし、2年になってから今まで、4回あった定期テストの英語を調べる。
(これが大谷先生……これは宮川先生、次に水島先生。で、この前のやつが…大谷先生。か)
2年生の英語を担当している英語の先生は4人。もう一人、結城先生がまだ、一度も作ってない。結城先生は、今年教師になったばかりの新人。だから今まで、テスト作成を担当しなかったっていうことだろうか。
次朗は、4人の先生がローテーションで順々にテストを作っていると考えていたので、今回は一周してまた最初に作った先生に戻ると想像していたが、今年最初のテストを作った大谷先生はすでに前回、2回目の担当を済ませていた。
(そろそろ結城先生に回るか……それとも、宮川先生か水島先生なのか。さすがに大谷先生の連続はないだろうから)
(しかし、結城先生が作るとなると、厄介だな。研究しようがない)
(でももし、結城先生が作るとしたら……)
次朗はファイルをめくって一年生の時の三学期中間テスト、去年の理科の新人教師、香山先生が作ったものを見る。いつもとは違う問題用紙のレイアウトに少し戸惑ったが、回答用紙は見慣れた感じのものだった。回答用紙のレイアウトについては、他の先生のものを参考にしたのではないだろうか。
三学期の中間テスト。今回もそのテストである。三学期の中間というこのタイミングで新人にテストを作らせるとすれば、結城先生が作る可能性は高い。深読みのしすぎかもしれんばいが。
(とにかく、結城先生が作るとしても、他の先生のものを参考にする可能性は高い、な)
(となると、誰のやつを参考にするか、だけど)
大谷先生の可能性が高い、と次朗は判断した。
他の3人の中では大谷先生が一番のベテランだし、2回テスト問題を作っているから、参考にする情報も多いのではないだろうか。
(でも、宮川先生や水島先生が作った場合はつらいな。大谷先生が作る可能性は低いだろうから、大谷先生のテストを研究することについてのリスクは少し高い)
(まぁ一応……宮川先生と水島先生のやつもある程度調べておくか)
次朗はそう決めて、とにかく確実な情報を得た国語についての研究を進めることにし、ファイルから、過去に藤田先生が作ったテストを取り出して、机の上に広げた。
*
どうも、作者winxです。二度目ですが。
誰が作るか分からなかった上に、研究もしにくいという非常に運の悪い英語ですが、次朗自身は希望が断たれたとは考えていないようです。
さて、彼は気づいていませんが、由香と幸平もそれぞれ自分のやるべきことを遂行すべく、力を入れていましたね。さて、どうなるやら。
このままの調子で2週間が過ぎていきますが、この間に一つだけ、水島先生が作成者になることはない、という情報を次朗は得ました。研究するのが大谷先生のものと宮川先生のものに絞られて、次朗にとっては一つのラッキー。
さて、次回からはいよいよ、テストが始まります。
ではまた。
*
この日も3人が眠りについたのは、零時を過ぎてからだった。